【特別寄稿】イスラエルにおけるコロナ禍──ユダヤ教超正統派と世俗派のあいだで|山森みか

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初出:ゲンロンα 2020年5月30日配信

 ゲンロンカフェではこの4月、当時ドイツ在住だった高橋沙奈美さんに、同地およびロシア、ウクライナの東方正教会におけるコロナ禍への反応と対応についてレポートをいただきました。今回はコロナ禍における世界の宗教を知る企画の第2弾として、イスラエル在住の山森みかさんに、同地の社会状況とユダヤ教についてレポートをいただきます。イスラエルの文化は、日本ではそれほど知られていないのではないでしょうか。山森さんの著書『「乳と蜜の流れる地」から──非日常の国イスラエルの日常生活』(新教出版社)によると、「ユダヤ人であれば、好むと好まざるとにかかわらず、宗教と民族は一致する」とのこと。全世界に降りかかったコロナ禍に対して、宗教的慣習が人々のふるまいを大きく規定しているイスラエル社会では、どのような対応がなされたのでしょうか。
 
 6月5日(金)19:00より、山森さんとビデオ通話をお繋ぎし、上田洋子が聞き手となってお話を伺う【放送限定!2時間番組】「コロナ禍から見るイスラエル社会──宗教、民族、国家、家族」を、ニコニコ生放送のゲンロン完全中継チャンネルから生放送いたします。番組チケットは500円(チャンネルの月額会員は無料)。ニコニコ生放送のタイムシフトに対応しており、放送終了から1週間後の23時59分までの間、番組はくり返しご覧いただけます。番組の詳細は下記をご覧ください。
 配信URL= https://live.nicovideo.jp/watch/lv326291851
 概要URL= https://genron-cafe.jp/event/20200605/
 
 好評を博した第1弾の動画はVimeo にてご視聴いただけます。こちらもぜひご覧ください。高橋沙奈美×上田洋子「復活2020──コロナ・イデオロギーと正教会」(編集部)

ユダヤ人の諸集団


 ユダヤ人と言われる人々の中にも様々な集団があり、それぞれまったく異なる生活をしていることをご存じだろうか。私が住んでいる現代イスラエル国は人口900万人弱だが、その構成はユダヤ人75%、アラブ人20%(ムスリムとキリスト教徒)、その他(ドゥルーズ教徒やアラブ人以外のキリスト教徒など)が5%となっている。そしてユダヤ人の内訳は、世俗派45%、伝統派25%、宗教派16%、超正統派14%である。

 この区分けは必ずしも厳密なものではなく、それぞれの集団内にもグラデーションがあり、どちらかといえば自己理解に依拠する点もあるのだが、大まかに言うと世俗派というのは、ユダヤ教の様々な規定(食事や安息日)をあまり遵守せず、西洋近代的合理主義に基づいた生活様式で暮らしている人々である。伝統派は世俗派よりは伝統を守っているが、宗教派ほどではない。宗教派の人々は、ユダヤ教の規定により忠実だが、世俗の職業にも兵役にも従事する。超正統派の人々は、定められた規定を厳格に守って生活しており、生涯をユダヤ教の経典であるトーラーの学習にささげるのがよしとされているため、兵役には就かない。超正統派の男性は、揉み上げとひげを伸ばし、夏でも長いコートに帽子をかぶっているので、簡単に見分けられる。女性は長袖に長スカートで、髪を覆っている。宗教派の男性は帽子ではなく、頭に丸いキッパと呼ばれるものをつけていることが多い。超正統派・宗教派の女性は足の線が出るズボンを身につけることはなく、どうしてもズボンをはく時は上からスカートで覆う。一方世俗派の人たちは、今日の世界で標準的な服装であり、袖なしや半袖、短パンや膝上丈のスカートを身につけているので分かりやすい。
 
通勤列車でも、時間が来ると祈祷用肩掛けをかけ、アプリを見ながら祈祷するひとがいる

 
 ここまではユダヤ教の規定遵守の程度によって諸集団の特徴を語ってきたが、その政治的立場に目を向けると、また異なる様相が見えてくる。現代のイスラエル国は、ユダヤ人が国を持たなかったが故に味わってきた悲劇を前提として成立している。それを示すのが、ユダヤ人の祖父母を持つ者はだれであれイスラエル国籍を付与されるという帰還法である。

 これは、次にユダヤ人に対する迫害が起きた時にはイスラエル国が彼らの逃れ場所を提供するということを意味する。ユダヤ教の規定においてはユダヤ人の母から生まれた者、あるいはユダヤ教に改宗した者のみをユダヤ人とみなす。けれども、ナチスがユダヤ人の祖父母を持つ者すべてを迫害したため、ユダヤ教から見れば非ユダヤ人であっても、ユダヤ人の祖父母がいればイスラエル国籍が付与されるのである。ここにあるのは、近代国民国家イスラエルという枠組みはユダヤ人が世界で生き残るための一つの政治的手段にすぎず、国旗も国歌も徴兵制も、ある意味で世俗の事柄に属するものだという認識である。そして超正統派の人たちは、世俗のイスラエル国を認めず、前述のように徴兵も拒否している。彼らにとって意味があるのは自分たちの宗教共同体のみであり、世俗国家の世俗法よりも、宗教法が優越しているのは自明の理なのである。

 なお、聖書の記述に基づいていわゆる大イスラエル主義を唱え、宗教的信念から現代イスラエル国の領土拡張を主張し、ユダヤ人入植地を拡大したり、より過激な行為に至ったりする人たちもいるが、彼らは超正統派ではなく、宗教派に軸足を置いていることが多い。いわゆる宗教右派である。世俗派の人々の政治的立場は右から左まで様々だが、パレスチナ問題についてはイスラエルにおけるユダヤ人の特権を認めず、徴兵拒否をするような急進的左派もわずかではあるが存在する。ここにおいて、ことパレスチナ問題に関しては、世俗派内急進的左派に属する人々と、超正統派の人々の立ち位置が近くなるというねじれが生じるのであった。

 このように超正統派の人々は、一方ではユダヤ人の存在そのものを規定し、またその拠り所であったユダヤ教の数々の規定を遵守し続けることで、いわばユダヤ教の根幹を担っている。にもかかわらず、トーラーの学習に邁進する生活のみをよしとして徴兵義務を拒否し、子沢山で政府から援助金をもらって納税せず、近代的な価値観を受け入れないばかりか時代遅れな自分たちの法に基づいて世俗派を批判する厄介な人々だと、世俗派の多くの人々に考えられている。安息日を遵守し、食物規定にも服装規定にも厳しい超正統派の人々と、価値観の異なる世俗派の人々が同じ地域に住むのは不可能である。世の中には話し合って歩み寄りができる問題とできない問題があり、実際の暴力につながるようなトラブルを回避しつつ共存を続けるためには、互いにできるだけ干渉せずにすむゾーニング、住み分けしかない。

 よって同じユダヤ人の中でも、属する集団によって居住地が自然に分かれている。なお、超正統派がそんなに国民国家を軽視するのであれば政治に一切関わらないかといえばそうでもなく、彼らは自分たちの要求を通すために政党を作って国会に代表を出し、組閣の際は政党間の綱引きに乗じてキャスティングボートを握っては閣僚を送り込んでもいるのであった。

コロナ禍と超正統派


 前置きが長くなったが、コロナ禍が起きた時、イスラエルの保健相は超正統派のリッツマンであった。このリッツマンは、それまでにもLGBTは治療可能だ等の問題発言を繰り返し、批判を浴びて来た人物だった。国家の非常時に、なぜよりによってこの人が保健相なのかと多くの国民が思ったことであろう。

 ネタニヤフ首相が主導するイスラエルのコロナ禍対策は、きわめて迅速であった。1月末には、地域を問わず中国から入国・帰国した人には14日間の自宅隔離が義務付けられた。2月末には日本を含むアジア諸国からの入国・帰国者も14日の自宅隔離となり、日本に一時帰国しており22日にイスラエルに戻った私も、その対象となった。3月15日には私が勤務する大学の後期授業が始まり、自身の隔離期間も明けたので出勤したのだが、その週の19日の夜にネタニヤフが会見し、翌20日朝からあらゆる教育機関が閉鎖し、授業のリモートへの移行が告げられた。このため私たちの大学も、翌週からすべてをリモート授業にする運びとなった。事前の調整や準備なしにいきなりスタートして走りながら考え、新たな事態に直面してゲームのルールが変わったら即座の方針転換を厭わず、外部の批判をものともせず、なりふりかまわず自国民の安全確保に邁進するという、いつものイスラエル方式である。
 
バスでは運転士の感染を避けるため、最前列の席は使用禁止となった

 
 それからほぼ毎晩、ネタニヤフ首相とリッツマン保健相、そして保健省最高責任者のバル・シマン・トーヴが三人そろって会見し、政府の方針を説明するのがルーティンとなった。たいていの場合、閣議決定がその後に為され、翌朝詳細が発表されるという流れである。いかにも超正統派のいでたちのリッツマンが「神の助けによりペサハ(過越祭)までにはメシアが現れてこの禍を取り除く」等の宗教的言辞を述べた後、普通の服装のバル・シマン・トーヴがひきとって、数字やグラフを示しつつ具体的方針を明晰な口調で語る。

 これを見るのは、イスラエルの現状の反映という意味でもなかなか興味深かった。当初イスラエルにおける人口当たりの病床数は、刻々と惨状が伝えられるイタリアやスペインよりも低かった。そのため、政府の危機感は深刻であり、とにかく厳しい入国制限と、罰金や罰則を伴う住民の集会・外出禁止措置で当面の感染者数増加を抑えて時間を稼ぐという説明が繰り返し為された。そして実際に、テルアビブ近郊のシェバ医療センターの地下駐車場に、新型コロナウイルス患者専用の約100床のICUが突貫工事で設置されたのである。イスラエル人というのは、普段はまったく勤勉に働いているようには見えないのだが、いざ非常時となると急に効率的に仕事ができる人々で、これまたいつもながらのイスラエルの風景であった。

 


 だがこの厳しい外出制限、集会禁止令にもかかわらず、普段通りの集会を続けていたのが、超正統派のイェシバー(トーラー学校)であり、シナゴーグでの礼拝祈祷であった。

 もともと超正統派は子沢山で密集して住んでいること、テレビやインターネットなどから情報を得ず独自の生活様式を守っていることから、彼らの居住地域での感染拡大が懸念されていた。それが、3月末に感染者の3分の1がユダヤ教シナゴーグやイェシバーで起きたことが判明した結果、警察がシナゴーグを巡回し、集団祈祷は戸外で互いに2mの間隔を保ち、10人以下でのみ可能ということが政府によって決められた。ユダヤ教においては成人男子(宗教的成人は13歳以上)10人以上が集まって初めて宗教的儀礼が成立するため、10人というのはきわめて重要な数である。だがしかし、たとえばそこに19人いた場合、10人と9人に分けてしまうと9人の集団は儀式が成立しないのではという問いが残る。また同時に、スーパー、食品店や薬局、どうしても必要と認められた出勤以外で家から離れていいのは100mまでとなった。それ以外で認められる外出は、近い親族の葬儀、診療、高齢者等への支援目的、そしてデモへの参加である。実際、この時のSNSタイムラインには、互いに2mの距離を保って行われた反ネタニヤフ・デモの情報と写真が回ってきていた。

 そのような時に、リッツマン保健相夫妻が属しているシナゴーグが政府決定に反して集会を続けていたこと、そして同保健相夫妻の感染が発覚した。その結果、保健相と接触した政府閣僚も14日の隔離に入ることになった。さらにはペサハ前の食物規定の認定のため国を巡回していたユダヤ教ラビが、北部のアラブ地域の感染源になったことも分かった。ペサハ期間中は酵母入りパンだけでなくあらゆる小麦粉製品が摂取禁止なので、食品流通業者はその規定を守っているとの認定をペサハ前に受けなければならないのである。ここに至って、以前から世俗派が超正統派に対して抱いていた不満は頂点に達した。彼らはその宗教的信念のために、世俗派が支えている国家のフリーライダーであり続けるばかりか、今度は他者の生をも脅かすのかと。それまで、街を歩いている時に感染源との疑いをかけられる徴になっていたのはアジア人的外見だったのが、今度は、遠目にも分かる超正統派の服装が人々の忌避の対象となったのである。

 結局政府は警察と軍を投入して、テルアビブ近郊の超正統派居住地区ブネイ・ブラク等を封鎖。可能なかぎり感染者を隔離し、各戸への食料の配布も始めた。またたとえ戸外で10人以下であっても、祈祷集会が禁止された。そして4月7日から始まるペサハの夜を前に、ついに主席ラビが今年のペサハは同居核家族だけで祝うこと、非同居親族とはリモートでつながるようにという見解を発表し、前代未聞のペサハとなった。

忘れられないペサハの夜


 ユダヤ人にとってペサハは、ヘブライ語聖書(いわゆる旧約聖書)の出エジプトを記念するきわめて重要な一週間の祭日である。それは世俗派の人々にとっても同様で、初日の夜はセデルと呼ばれる食卓を大勢で囲み、マッツァ(種なしパン)をはじめ出エジプトにちなむ伝統的な食事を摂る。その食事はハガダーという式次第を回し読み、歌をうたったりしながら進行するため、深夜までかかるのが常である。今年は4月7日の夜がそれに当たったのだが、都市間の移動制限はもとより、その日の午後から翌朝までは家から一切出てはならないことが告知徹底され、多くの警官が検問のため配置された。
 
昨年のペサハの時のスーパー。ペサハ期間中食べてはいけない小麦粉製品に覆いをかけてある

 
 共に食事をしていいのは同居人のみということだったが、そう言われると人々はいろいろ工夫をするもので、都市部ではマンションのベランダに皆が食卓を出して上下前後左右の部屋に住む住民たちが声を合わせてうたったり、一軒家が並ぶ住宅地では各戸が門前や歩道に食卓を出し、隣近所とは距離を保ったまま共に祝ったりしたようだ。

 テレビのニュースによると、外出制限を徹底させるため出動して路上のパトカーで待機していた女性警官が、そうやって祭を祝う近隣住民たちにパトカーのマイクから「イスラエルの民よ、私はあなたたちを愛している、あなたたちの安全を守っている、ペサハおめでとう」と呼びかけ、住民がそれに歓呼で応える一幕があり、この国における住民と、治安維持に携わる人の関係を浮き上がらせた。つまりこの国においては、ユダヤ教超正統派(人口の10%)やアラブ人(同20%)を除き、女性を含めて大多数の国民に徴兵義務があるため、兵士等の治安維持要員は、自分自身や家族や友人知人なのである。もちろん小さな権力を一時的に手にした警官の行き過ぎた取締りへの批判と反発は常にあるのだが、同時に、彼らとは同じ共同体の一員であるという感覚もまた強く存在する。ちなみにうちの近所ではそのような新たな試みはなかったが、作った料理をお隣と交換し合って、同居家族以上に人数は増えない代わりに品数が増えたペサハの夜であった。

イスラエルにおける集会権


 ペサハが明けた後、幸い懸念された医療崩壊は起きず、感染増加率も徐々に抑えられてきて、イスラエルは出口政策を模索しはじめた。その時真っ先に問題とされたのが、超正統派の宗教的集会権である。彼らは、世俗派のデモ権は常に守られているのに、自分たちの宗教的集会権が剥奪されていることの理不尽を訴え、間隔を保たないデモを路上で行って警察と衝突、巻き込まれた子どもが負傷する騒ぎになった。結局、当面のあいだ、戸外において20人までの祈祷なら可という規則が設定され、19人の場合はどうするのかという問題も解決された。20人になるまでは一つの集団で祈祷すればいいし、21人になったら10人と11人の二つに分ければいいからである。
 
間隔を保って祈祷している人々(筆者の友人が撮影したビデオのキャプチャ。掲載許諾済み)

 
 また少し危機を脱したと見るや、世俗派の人々があらゆる要求を掲げてデモを始めたのも、いかにもイスラエルであった。反ネタニヤフ、教育機関を早く再開せよ、教育機関の再開は早すぎる、外出禁止下のDV被害の訴え、自営業者への補償金を早くよこせ、市場を再開させよ、芸術と文化を忘れるな云々。失業者が100万人を超えたこの状況においては、だれもが何か主張したいことがある。とりわけ、テルアビブのラビン広場の床に間隔を空けるための印をつけ、マスク着用の2000人が整然と集まった反ネタニヤフ・デモの光景は印象的であった。

 何か主張したいことがある時には、彼らはとにかく路上に出たり広場に集まったりする。デモをすれば効果があるからやるというよりも、そういう時はどうしても広場で集まりたいという強い欲求が感じられる。SNS空間にとどまらず、顔と肉体を持った諸個人が集まることでの意思表明への志向は、心情ではなく行為が宗教的に課されるという、ユダヤ教に色濃く刻印された身体性との関係で興味深い。
 
デモに参加するのが難しいときは、自宅前に政治的主張を掲げる人も。Bibi Go Homeと書かれている(Bibiはネタニヤフの愛称)。筆者自宅前で撮影
 
 

 超正統派にとって宗教的集会権がどうしてもあきらめきれないのと同様、世俗派にとってはデモに代表される政治的集会権こそ死守すべきものなのだ。このデモ権が剥奪されるようなことになったら、おそらく政権は倒れるだろうと思った。

人間にとって本質的に必要なものとは


 こうしてコロナ禍の第一波がどうやら乗り切れそうだという空気が醸成され、制限緩和に向けてのロードマップが議論されるようになると、人間にとって本質的に必要なものとは何かという問いが改めて浮上してきた。もちろん、超正統派のように非科学的な信念に基づいて行動し、他者の生を脅かすのは論外である。だが、たとえば死にゆく感染者に一切の面会を許さず、家族が耳元で最後の祈りをささげる権利まで剥奪するのはいかがなものか。感染を拡大させないためには面会禁止徹底が最適解だろうが、この問題については医療関係者自身が「私はこのようには死にたくない」と声を上げ、病院の厳格な管理の下、ごく少数の家族が最後の面会を許される試みが始められた。

 食品と薬以外に人間が本質的に必要とする品は何かという問いに対しては、文具や家具が解として挙げられた。その結果、玩具店は再開を許されないのにIKEAは開店するという事態になった。そして外出禁止に飽き飽きしていた人々がIKEAに押し寄せ、入場制限をかけている入口に列をなした。さらにはIKEAが保健省に賄賂を送っていた疑惑まで浮上した。

 他方、IKEA開店直後の戦没者記念日(4月28日)には、墓地での混雑回避のため、今年にかぎって当日の遺族の墓参が禁じられた。この戦没者記念日には、各地の墓地で追悼式典が行われ、政府や軍の関係者と遺族が集うのが常である。戦没者といってもつい最近亡くなった人もいるわけで、遠い昔の出来事の記念日ではない。そして墓参の日をずらした家族も多かった一方で、2014年のガザ紛争で息子を亡くしたある夫妻が、どうしてもその日に墓参したいという思いに駆られて墓地に向かったことが報道された。ニュースによると、そのような遺族が来た場合は墓地の守衛も敢て止めることはせず、式典のために到着した軍の幹部も遺族を咎めることはなかったらしい。同じ日にIKEAに買い物に行くのは人間の生にとって本質的に必要なこととして許可され、息子を戦死させた夫妻が戸外の墓前で追悼するのが不可だなどという理屈があっていいものかと、多くの人が思ったことだろう。こうしていかにも科学的、客観的根拠に基づいているように見える施策であっても、諸個人の生における本質的に必要なこととは必ずしも合致しないことが、明確になった。

 また、ショッピングモールと市場のどちらが本質的に必要かという論点も浮上した。モール営業再開に当たっては、当初政府が入場者のスマホに本人追跡アプリを入れさせるのを条件としたが、これにはモール経営陣側が激しく反発した。そんなことをしたら顧客が離れるとの判断から、建物内の人数を数える機器を使うことで個人情報を集めることなく人数制限をかけられると主張し、結局追跡アプリなしでの再開許可を勝ち取った。一方市場はそのようなハイテク機器がないためか、あるいは政府との関係が緊密でないためか、営業許可の順番は後回しにされ、市場の店主たちが連日デモをかける事態となった。この期間中、スーパーや個人の食品店はずっと営業して人々の食卓を支えていたのに、市場は早い段階で営業停止になっていたのである。

イスラエルにおけるアラブ人国民と非常事態


 ユダヤ教超正統派が、情報伝達手段の不備、あるいは確信犯的な集会権の固持により大きな感染拡大源となったのに対し、当初は危険な兆候がいくつかあって不安視されていたアラブ人、とりわけイスラム教徒の居住地域は、今回の感染拡大については、結果的にほとんど問題にならなかった。あらゆる宗教施設が感染源になったわけではなかったのである。

 報道された彼らへのインタビューを見ると、その理由として、イスラム教徒居住地域では、宗教および自治体の指導者層が早期に事態の深刻さを把握して、共同体への感染蔓延を防ぐよう働きかけたこと、住民のほぼ全員が何らかの医療現場従事者、あるいはその家族だったため、危機感と感染防止のための正確な情報が直接伝わったことがある。イスラム教の女性には女医にしかかからない人が多いため、イスラエルの大学の医学部にはイスラム教の女性が優先的に進学できる制度がある。また看護や介護職、とりわけ清掃業務に携わっているイスラム教徒の住民は多い。彼らはイスラエル社会を実質的に支えており、トーラーの学習に生涯をささげるユダヤ教超正統派とは異なっている。さらに、今までイスラエルにおける非常事態といえば常に戦争・紛争によるものであり、それはアラブあるいはイスラムの国々との戦いだったので、アラブ人のイスラエル国民にはそれが「自分たちの戦い」であるとは意識されなかったのだが、今回初めてイスラエル政府当局やユダヤ人国民と協力し合って非常事態を乗り切ろうと意識されたことなどが語られていた。

 新型コロナウイルスとの戦いを戦争のメタファーで語ることの危うさはまことにその通りだと思う一方で、このようなかたちでユダヤ人とアラブ人のあいだに新たな「共闘」体制が生まれたことは興味深い。現在のイスラエルにおける戦争とは、戦って敵を全滅させて勝利を宣言して終わりというものではまったくなく、小競り合いを繰り返しながら、双方にある程度の被害が出たところで互いに落しどころを見つけ、一時停戦協定を結んで、次の戦闘への備えをしつつ共存、というのが実態である。そして、ウイルスとの戦いもそのようになりつつある。

 


 幸いイスラエルのコロナ禍第一波はおさまりつつある。これをきっかけに、今後、この国における超正統派と世俗派の関係、またユダヤ人とアラブ人の関係がどう変化していくのか、見守っていきたい。

写真提供=山森みか
アイキャッチ撮影=松岡由希子

山森みか

大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。著書『古代イスラエルにおけるレビびと像』、『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルにおける日常生活』、『ヘブライ語のかたち』等。テルアビブ大学東アジア学科日本語主任。
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