ウィズコロナの読書術──斎藤哲也×山本貴光×吉川浩満「『人文的、あまりに人文的』な、2020年上半期人文書めった斬り!」イベントレポート

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ゲンロンα 2020年9月2日配信

 人文書を愛するひとたちがゲンロンカフェに詰めかける、あの熱気がなつかしい。「人文的、あまりに人文的な」人文書めった斬り――年末の風物詩となったイベントの特別編が、8月26日に配信された。登壇者はもちろん、斎藤哲也、山本貴光、吉川浩満の3名だ。
 書店での本との出会いや喫茶店での読書など、本をとりまく日常のありがたみを思い知ることになった2020年上半期。このあいだに出版された人文書や新型コロナウイルスの関連書籍、さらにはコロナ禍のなかで読むべき本がリストアップされた3人の選書は必見だ(選書リストは、イベントページで9/2まで限定公開中)。
 いま本をどう読むのか。読むということから、いまの社会をどう考えられるのか。全2部のイベントをとおして、そんな大きな問いが投げかけられていった。それは、ウィズコロナの読書術とでもいえるものかもしれない。(ゲンロン編集部)

疫病の歴史は、どんな時代に書かれたか


 疫病による社会の変化は、歴史に目を向けさせる。第1部では、マクニールの『疫病と世界史』がはじめに取り上げられた。歴史を動かすファクターとして疫病に重きを置いた、先駆的な本である。  吉川はこの本の出た時期に目をつけた。原書の出た1978年には天然痘の根絶がすすんでいた。WHOの根絶宣言は1980年のことだ。しかし翌年、エイズ患者がはじめて発見される。  有史以来といっていい疫病との長い戦い。その勝利に浮かれるひまもなく、新たな疫病との戦いが始まる。そんな時代のただなかで、世界史における疫病の重要性が発見されたのだ。  そんな皮肉な歴史を知ると、当たり前だと思っていたコロナ禍以前の日常も見えかたが変わってしまう。コロナ禍以前の世界は、疫病の不安があまりない、つかの間の奇跡的な時代だったのかもしれない。

コロナ禍のなかで読む名作

 
 疫病は作品の読み方も変える。 「『デカメロン』はZoom飲み小説だ。」吉川は、名作をユニークに読解してみせた。  舞台はフィレンツェ郊外。10人の登場人物が、10日間、その日ごとのテーマについて語りあう。語り手となる紳士淑女たちは、ペストの大流行を逃れてきたという設定だ。  彼ら彼女らは恵まれた人びとだった。避難生活のなか、恋愛話や失敗談に花を咲かせる余裕まであったのだ。  在宅勤務は不便だし、Zoom飲みはささやかなストレス解消だ。それでも、リスクを負って働く医療従事者のことを思うと、そんなコロナ禍での生活も『デカメロン』の登場人物に重なって見えてくる。  読みかたの変わる作品は、ほかにもたくさんあるにちがいない。

情報のアップデートとストック


 新型コロナウイルスの解説本は続々と出版されている。それらのなかでも、山本がとくにオススメしたのは、科学雑誌の『日経サイエンス』だ。  未知のウイルスについて、どこまで分かっていて、どこからが分かっていないのか。科学にもとづいた情報を、地道にアップデートしていくことの大切さが説かれた。  さらに山本は、紙の雑誌のメリットを語った。インターネットでは日々情報が更新される一方で、過去の情報をストックしておくのは意外にむずかしい。紙の雑誌であれば、どの時点でどんな情報が分かっていたのかが、一目瞭然だ。  吉川も、『日経サイエンス』は定期購読すべき雑誌だと太鼓判を押した。思いきって定期購読を申し込んでしまうというのも、雑誌を本棚にストックしておくのも、一つの読書術だろう。
 

「積読」から考える情報環境


 2020年上半期の人文書の紹介は第1部の終盤から始まり、第2部で本番となった。この時期には書店での本との出会いが失われたが、それを取りもどす絶好の番組になっている。  永田希『積読こそが完全な読書術である』は、3人全員がリストアップした本の1つ。私たちをとりまく情報環境の姿が、この本をきっかけに、浮かびあがってきた。キーワードは「積読」だ。  インターネットを中心に、さまざまなメディアで無数の情報が押しよせる。この状況を、永田は「濁流」と表現している。わたしたちは、とりあえずの情報を選び、ほかのものは脇に置いておくしかない。いまや私たちは、たえず「積読」することで生活しているのだ。  吉川はこう言い切った。「積読するか、しないか。それが問題なのではない。問題なのは、いかに積読するかだ。」  新しい情報環境がわたしたちに適応を迫る一方で、いま危機を迎えているのが大学だ。多くの大学でオンライン講義が行われ、教員と学生、学生と学生同士のつながりは希薄になりつつある。  吉川はここで、戸田山和久『教養の書』を紹介した。本書は、大学の新入生にむけた名物授業を書籍化したものだ。  斎藤は、コロナ禍の直前にこの本が出たことの意味に注意を向けた。授業というコンテンツだけでなく、大学という場が、教養の学びに影響する。大学論でもあるこの本は、くしくも、大学のもっていた豊かさを書きのこすことになった。
 

人文知の新しい情報環境へ


 質疑応答では、山本と吉川が今年1月に開設したYouTubeチャンネル「哲学の劇場」についても質問が寄せられた。  吉川は、動画配信を始めた理由をこう語った。数千字の書評を書くのではなく、新刊についてざっくばらんに語りたいときがある。くわえて、動画配信は、コミュニティ意識を育むことに向いている。テキストと動画配信は、補完しあうことができるのだと。  他方、書店イベントはオンライン化の可能性を活かしきれていないと、斎藤は指摘した。配信ならば映像を残すことができる。しかし、そのような可能性を考えず、従来どおり、イベントが1回きりであることが演出されているのだと。斎藤は続けて、ストックしたイベント動画の再放送や販売を行ってきたゲンロンは、コロナ以後の情報環境のモデルになるだろうと語った。
 本を読みながら、読書のもたらすものに考えを巡らせる。そのことが、コロナ禍の社会の処方箋を考えることにつながるのかもしれない。イベントで話題にあげられた本のうち、このレポートで紹介できたのは、ほんとうにごく一部。このレポートを、ぜひイベント配信で補完してほしい。(國安孝具)
 こちらの番組はVimeoにて公開中。レンタル(7日間)600円、購入(無期限)1200円でご視聴いただけます。  URL=https://vimeo.com/ondemand/genron20200826
斎藤哲也×山本貴光×吉川浩満「『人文的、あまりに人文的』な、2020年上半期人文書めった斬り!──真夏の人文書パーティー! コロナ禍を考える人文書も徹底紹介!」
(番組URL= https://genron-cafe.jp/event/20200826/
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