料理と宇宙技芸(2)魚香肉絲|伊勢康平

ゲンロンα 2020年9月8日配信

 今回とりあげるのは「魚香肉絲ユィーシアンロウスー」という炒めものだ。麻婆豆腐とちがって聞き慣れないひとが多いかもしれないが、これも中国では一般的な四川料理である。だれもが知っているあの青椒肉絲チンジャオロウスーと字面がすこし似ているが、まったくべつの味わいがある。さっそくレシピに入ってもよいのだが、ありがたいことに前回の宇宙と麻婆豆腐のはなしが好評だったので、引きつづき「意外に深い」中華料理と宇宙技芸のはなしをしていこうと思う。もちろん、そんなことはいいからレシピを、というかたは画面をスクロールしていただきたい。

1 「宇宙のもう半分」のありか


 麻婆豆腐にかんする前回のはなしでカギになったのが郫県豆板ピーシェンドウバンである。これは四川省の郫県という場所だけで生産される特別な豆板醤で、辛すぎず味わい深いバランスのよさを特徴としていた。そこでぼくは、完璧な調和をとり、古代中国の宇宙論を体現した〈宇宙論的麻婆豆腐〉をつくるにあたって、いわばその完成度の半分をになっているという意味でこの豆板醤を「宇宙の半分」と呼んだのである★1。ならば、残りのもう半分はなにでできているのだろうか?

 かつて清の袁枚えんばいというたいへんにグルメな文人が、「およそ一席の佳肴かこうは、料理人の功が六で、買出人の功が四である」といったらしい★2。これはつまり、おいしい食卓の六割は料理人の腕にかかっており、残りの四割は食材を調達するひとの目利きによるという意味である。さきほど郫県豆板を「宇宙の半分」と呼んだ手前、ぼくはこれに異議をとなえる必要があるかもしれないが、細かいことは抜きにしてざっくりとつぎのように考えてみよう。

「宇宙」の半分は郫県豆板でできており、残りのもう半分は料理人の腕が作りあげるのだと。もちろん、つかう豆板醤の量によってこの割合は変わってくるだろう。そこで今回は、いわば「もう半分」のありかである調理の手法に、なかでも順序の問題に着目したい。

2 調和の技法①:順序


 食材をどのような順序で処理するかということは、なにを食材としてつかうかということとおなじくらい根本的に料理の性質にかかわっている。たとえばご飯と卵のつけあわせひとつとっても、いきなり卵をぐしゃーとご飯に浴びせたら卵かけご飯になり、調理は即座に終了する。けれども、いっしょにまぜて加熱すればチャーハンになり、べつべつに加熱したあとで組みあわせたらオムライスになる。これはほかの材料を捨象したかなり単純なたとえだが、順序が料理の決め手のひとつになることをよく示しているだろう。もちろん、中華でもおなじことがいえる。

 前回紹介した「五味調和」という言葉を覚えているだろうか。これは酸・甘・苦・辛・シィェン(塩からさ)の五つの味覚のバランスを整えるという中華料理の基本的な考えのことである。この五味の分類は、宇宙を木・火・土・金・水という五つの要素の運行や関係性として理解する五行思想とかなり早い段階から結びついており、いわば調理をつうじて中国の宇宙論的な調和を体現するという中華料理の理想をあらわしていたのだった。ならば、調和を実現するために、五味はそれぞれどのような順序で配置されるべきなのだろうか?

 中華料理、とくに炒めの行程をもつ料理には、おおよそ守るべき五味の順序がある。まず最大の原則は、辛味をはじめに、酸味をあとに入れることだ。唐辛子や生姜などの香りを効かせて辛くするときには、はじめに香辛料を炒めて香りの土台をきちんと固めなければならない★3。他方、酢酸は揮発性が高いので、炒めはじめに酢を入れてしまうと完成前に酸味が消えてしまうおそれがある。そのため酸味を効果的に出すには、なるべく最後のほうに酢を入れるのがよいだろう★4酸菜スヮンツァイ(漬物)など酢以外で酸味を出すときは多少順序が変わるが、それでもやはり辛味のあとになる。

 はじめとおわりをおさえたら、そのあいだに甘味を配置しよう。たとえば甜麺醤や砂糖などがここに入る。それから残りの塩味と苦味だが、じつはこのふたつを厳密に定めることはむずかしい。苦味はさほど頻繁にはつかわれず、塩味は味噌や料理酒などといっしょに、調理のプロセス全体をつうじて付与されてしまうことが多いからだ(それに塩分はどのタイミングでも調整が効く)。具体的な料理ごとによるが、結局のところ苦味と塩味の位置はおよそ甘味とおなじくらい、あるいはその前後というしかない。

3 「季節はずれ」の五味調和


 つまり中華料理、とくに炒めものでは、「辛→ 甘/苦/鹹 →酸」という順序が、調和を構成する基準となる。もちろん、甘・苦・鹹は料理によって入れかえ可能だ。この順序は、炒めもの以外にもわりと応用が効くので、覚えておくと役立つかもしれない(酸味こそないものの、前回紹介した麻婆豆腐もこの順序にそっている)。ただ、ここでひとつ問題が生じる。五味が五行と結びついていたことを思いだそう。一般的に五行の各要素は、木→火→土→金→水の順序で生まれ、移りかわっていくと考えられている。これを「五行相生」という。季節の移ろいもこれと逐一対応しており、春→夏→長夏(陰暦六月)→秋→冬という順序をとる。ところで、前回引用した『尚書』洪範篇に書かれていたように、五行と五味の各要素は、木=酸、火=苦、土=甘、金=辛、水=鹹という対応関係をもつのだった★5

 もうお気づきだろうか。じつは五行の移ろいにしたがって五味を配置すると、酸→苦→甘→辛→鹹となり、さきほど提示した順序とおおきく異なってしまう。とくに大原則である酸味と辛味の順序が反対になっているところなど、なかなかきびしいものがある。つまり、五行の移ろいにしたがって調理をしてもおいしい中華はできないのだ。

 季節と味わいでは、調和を構成するための順序が異なっている。「五味調和」をとなえたむかしの中国人は、もしやツメが甘かったのだろうか。(たまにそういうこともあるが、今回にかぎって)そんなことはない。むしろ、このズレこそが重要である。というのも、そこから宇宙技芸としての中華料理の核心が明らかになるからだ。

4 やっぱり中華は宇宙技芸である


 前回説明したとおり、宇宙技芸(cosmotechnics)とは香港出身の哲学者ユク・ホイ(許煜/Yuk Hui)が提唱する概念で、ごく簡単にいえば宇宙論や自然観と密接に結びついた技術のことである。彼は『中国における技術への問い』という本のなかで、中国独自の宇宙論に支えられた技術の思想について書いている。なかでもユク・ホイが重要視するのが、明の時代の宋応星そうおうせいという人物だ。宋は『天工開物てんこうかいぶつ』という中国の技術事典を編纂しただけでなく、五行の運行や移ろいのなかで人間の技術がどのような役割を果たすのかをはじめて明確に理論化したのである。ユク・ホイはつぎのように述べている。

宇宙にあるすべての個体化した存在者は、チィが五行のさまざまなかたちへと変容した現象である。〔……〕宋応星の分析のなかでは、五行が古代の哲学でいうような相克そうこくする力(たとえば水が火にち、金が木に克つ)とみなされてはいない。彼はむしろ、諸要素の組みあわせによってべつの構成物をつくりだすような強度の観点から五行を考えているのである。〔……〕こうした要素の組みあわせが成立するには、人間の介入が必要である。チィ〔道具〕が入り込むのはまさにここなのだ。器あるいは技術は、気を変容させ、気そのものからは自然に発生しないであろうさまざまなかたちに変えるのである。★6

 ユク・ホイはとてもむずかしい言葉をつかい、抽象的なはなしをしているが、ここでは料理に関連づけながら順を追って説明していこう。

 たとえば海水から塩が採られ(水=鹹)、大地から糖のもとになる作物が収穫され(土=甘)、作物から酢ができる(木=酸)ように、多くの食材は、ときにかなり素朴な意味で五行と五味のつながりにしたがって生みだされている(宋応星によれば、こうした食材やそれをもたらす環境はすべて、「気」がさまざまなかたちに変容したものだという)。とはいえ、人々がこうした食材を手に入れるまでには、単なる自然の移ろいとは異質な技術の行程が介入していることを忘れてはならない。 たとえば『天工開物』には、海水から塩を精製し、作物から糖をとりだす方法が細かく記載されているが、そこにはさまざまな道具の使用のほかに、煮沸や煎りつけといった火による加工がなんども登場する★7。いいかえると、ここでは塩が水と火の組みあわせから、糖が木と火(や水)の組みあわせから生まれている。宋は、このように五行の各要素を意図的に組みあわせ、五行の運行のなかからひとりでには出てこないものを生みだすのが人間の技術だと考えたのである。

 要するに食材、とくに五味調和に欠かせない調味料はすでに、五行の運行だけにまかせることなく各要素を技術的に切りだし、ひとの手で組みあわせたものとなっている。そこには、単なる自然の移ろいとはちがった特有のプロセスが生じている。そしてさらにもう一段階、そこに水や火で手をくわえるのが料理という技術にほかならない。いわば料理は二重に技術的である。

 けれども、宋応星にとって技術は、五行の人為的な組みあわせによって自然を逸脱するようなものではなく、むしろ自然の内側から、変容する気の運動をひろげるものであった。つまり宋は、人間の技術が五行の自然なプロセスとはべつの仕方で機能しつつも、やはり天の理にかない、調和をもたらすことこそが重要だと考えたのである★8

 とすると、五味を織りなす技法としての調理順序が五行相生の順序と異なっているのも、じつはかえって理にかなっているといえないだろうか。つまるところ、自然の移ろいとは異なる順序をとりながら、かえって宇宙論的な味わいの調和を生みだすことこそが、技術としての中華料理の本質なのだ。といっても、調理のときでさえけっして逃げられない五行のおきてがある──火がつよすぎると焦げてしまい、気分も料理も苦く・・なるということだ。

5 魚香肉絲について


 またもや長くなったが、ここからは気楽なはなしなので安心してほしい。じつは、ここまで語ってきた内容は、今回紹介する魚香肉絲ユィーシアンロウスーをきちんとつくることですべて理解できる。いや、逆にいうと、ぼくは魚香肉絲という類稀な佳味をほこる逸品のなぞをとき明かすためだけにここまで言葉を重ねてきたのかもしれない。魚香肉絲とは、それほどにすばらしく、また順序が肝心な料理なのである。

 日本で魚香肉絲を知っているひとはあまり多くないかもしれないが、これは麻婆豆腐のように中国の餐館レストランではだいたいどこでも出てくるほどポピュラーな四川料理だ。けれども、魚香肉絲はもっと歴史が浅く、麻婆豆腐ほどはっきりした誕生の物語もない。諸説あるが、たしかなのは20世紀のあいだになんとなく出現し、なんとなく各地に普及したということだけである。じつに奇妙だ★9

 さらに奇妙なのがその名前である。「魚」とついているのに、なぜか豚肉料理であり魚はつかわない。よくいわれるのが、もともと四川の魚料理で用いられていた調味法を豚肉の炒めものに応用したからという説で、具体的にいうと泡椒パオジィァオ(唐辛子の漬物)、ニンニク、ねぎ、生姜、黒酢、砂糖、醤油などを炒めあわせるというものだ。これは魚香肉絲の味つけにかなり近い。つまり魚香肉絲をつくるには、各種香辛料の刺激をはじめ、酸味と甘味、塩味などをつよく際立たせながら、しかもきちんと一皿に共存させなければならない。そのためには、ただすべての調味料をまぜるだけではいけないのだ。そこで技法としての順序が重要になってくるのである。

レシピに入るまえに念のためいっておくと、ここまでのはなしの流れからわかるように、魚香肉絲もむろん「宇宙論的」だ。というより、うまくつくられた中華はすべてそうなのである。そのため、今後はぼくがいわなくても、中華の料理名をみるやいなや、サッとあたまのなかで「宇宙論的」という言葉をおぎなってくれるとありがたい。それでは、魚香肉絲のレシピに移ろう──いま忘れずにちゃんとおぎなってくれただろうか? そう、その調子だ。

6 魚香肉絲のつくりかた


前回とおなじく、分量は1〜2人前。

◯食材
・豚肉(ヒレ) 250g〜
・筍 100g
・きくらげ 50g〜
※筍は水煮で、きくらげは乾物でよい。豚肉はヒレがいちばんだが、忙しいときは同量の小間切れをつかえば切る手間が省ける。けれども、そうなるともはや「肉絲」(肉の細切り)ではなくなるので、「魚香肉片ユィーシアンロウピエン」とでも呼ぶべきだろう。

◯香辛料
・泡椒 1、2本
※なければ唐辛子を5、6本ほど。あるいは同量の一味唐辛子でもよい。
・ニンニク 1、2片
・生姜 ニンニクと同量
・長ねぎ 半分

◯調味料
・郫県豆板 小さじ1強〜
・醤油 小さじ2
・料理酒 小さじ2
・黒酢 大さじ1〜
・砂糖 大さじ1弱
・片栗粉 大さじ1弱
・食塩 すこし

※以下はなくてもよい
・明油(ねぎ油) すこし
・味の素 すこし
・ピーマンや人参など好みの野菜 だいたい筍と同量

材料一覧。塩や砂糖などは省いている

下準備


○肉の下ごしらえ
・ヒレ肉は細切りに。まず3ミリ程度の薄切りにしてから、細く切っていく
・切ったら、分量外の塩・胡椒・醤油・料理酒(すべて少量)と卵白をくわえ、手でまぜる
・よくまざったら片栗粉を入れてかきまぜ、水気のない状態にする
※まめに手を洗い、道具を消毒するなど、食中毒対策はきちんとしよう。

○野菜の準備
・竹の子、きくらげは細切り
・水を切ってから、かるく炒める。油分が気になるひとは湯通しでも大丈夫。いずれにせよ手早く行なう

○香辛料・調味料の準備
・泡椒(あるいは唐辛子)、ニンニク、生姜はみじん切り。
※中華包丁をもっているひとは、ニンニクを刃で叩きつぶしてから切ると楽だし香りも立つのでおすすめ。

写真:ニンニクの組織を破壊する伊勢

・みじん切りができたらひとつの小皿にまとめて待機
・長ねぎもみじん切りにしてべつのお皿で待機
・調味料はあらかたまぜてしまってもよいが、郫県豆板と黒酢はわけておく
※黒酢と砂糖はうえの分量より多めに入れてもよいが、かならず黒酢がすこし多いくらいの比率を保つようにする。

炒め


・鍋を火にかける。少量の油をしき、かるく煙が出るくらいまで加熱。その後きれいなキッチンペーパーなどをつかって油を捨て、あらたに油を追加
※これは「滑鍋ホワグォ」という技法。詳細は前回を参照。
・肉を炒める。中火くらい。油はねに注意
・全体的に赤みがなくなったらべつの皿にとりわけておく
※なおこれは油通しといって、ほんらいは揚げるのが正しいけれど、油の量や後処理が気になるひとはいつもの炒めものより気もち多いくらいの油で炒めてしまっても問題ない。

仕上げ


・みじん切りにしておいた香辛料を炒める。中火。鍋には多少油が残っているはずなので、それをそのままつかう。足りなければすこし油を追加
・香りが立ってきたら郫県豆板を投入。宇宙への道のりはまだ遠い
・豆板醤の香りが出てきたら肉をふたたび鍋に入れ、すばやくまぜる。火力は強火。できるかぎり最強にしよう。ここからは順序とスピードが大事
・豆板醤と肉がよくまざったら野菜を投入。火力はやはり最強

写真:野菜を投入。火力がすごい

・全体がなじんだら黒酢以外の調味料を入れ、すばやくまぜる
・全体がなじんだら黒酢を入れ、すばやくまぜる
※ここまで強火でちゃんと加熱できていると、黒酢の水気がすぐに飛び、濃厚な酸味と旨味が残されるが、加熱が不十分だと水っぽさが出てしまう。だが長く加熱しすぎると酸味が消えるので、なるべく早くつぎの段階に進みたい。

・まぜおわったらすぐに長ねぎを投下、かるくなじませたらすぐに火を消す。ねぎは余熱でなじむので、あまり炒めなくてよい
・明油(ねぎ油)があれば、数滴かけてから盛りつける

写真:完成!

 さて、辛→甘/鹹→酸という順序の技法をきちんと感じられただろうか。魚香肉絲の力強くも複雑な味わいは、この順序でなければけっして出せない。この順序の技法は、ほかの料理でもかなり汎用性が高いので、いろいろ試してみてほしい。

写真:記念撮影。高火力のためとても暑い。つかれたのですわって撮った
撮影を担当した編集部Yも記念撮影。甘味と辛味、そして黒酢の優しい酸味が調和する一皿はまさに宇宙

7 備考


○黒酢について
 中華では黒酢をよくつかう。白酢もなくはないが、黒酢のほうが圧倒的に人気である。じっさい、中国の飲食店に行くと(日本の店に醤油が置かれているように)机に黒酢のちいさなボトルがあることも多い。

 中国の黒酢は、日本のものと原材料がちがい、風味も異なっている。それぞれによさがあるけれども、中華をつくるときには、やはり中国の黒酢をつかいたい。日本で手に入りやすい中国の黒酢では、鎮江ジェンジィアンの黒酢が有名。しばしば「香酢」と呼ばれるように、これはたいへん豊かな香りをもっている。きっと仕上がりが変わるはずだ。炒めものや汁物につかってもよいし、餃子につけてもおいしい。中国では、餃子は黒酢一本で食べることも多く、そこに刻んだニンニクや生姜、ねぎなどを入れるのが定番である。

○忘れがたい魚香肉絲
 魚香肉絲はつくるのがとてもむずかしい。たとえお店で食べても、味わいや完成度にはかなりバラつきがある。ときには食べてガッカリすることもあるが、それだけにうまくつくられた魚香肉絲は感動的な体験をもたらすだろう。

 ぼくにとって忘れがたい魚香肉絲は、北京大学の食堂で食べたものだ。中国の大学は基本的にどこもたいへん広大で、かならず食堂が複数用意されている。北京大学もさまざまな個性をもった食堂を数多く展開しているが、なかでも「学五食堂」という場所の魚香肉絲はまったくもって絶品であり、これまで各地で食べたどの魚香肉絲よりもおいしかった。しかも、白米つきで1食100円ほどの安さだったのである。そのためぼくは、まるで巨大な天体に引きよせられるように学五食堂へ通いつめ、1年間の北京滞在中にこの魚香肉絲を文字どおり300回くらい食べたのだった。

 大学に所属していない一般のひとも食堂で食べることは可能なので、機会があれば行ってみてほしい(おなじ北京だと、中国人民大学の食堂では格安でおいしい北京ダックを食べられるのが印象的だった)。とはいえ、いまは海外への渡航がむずかしいので、ひとまず東京でおいしい魚香肉絲を食べられるお店を紹介しておこう。ぼくが推しているのは、高田馬場にある「座・麻婆唐府」である。ここはすべての料理の完成度が非常に高いので、なにを注文しても失敗しない。もちろん魚香肉絲も同様である。そのうえ値段も良心的なのでたいへんおすすめだ。


★1 郫県豆板の誕生の経緯にかんしては、いまやいくつかのエピソードが語られ、混在した状態になっている。そのはなしをしてもおもしろいかもしれないが、今回の内容とは直接関係しないので省略しておく。
★2 袁枚『随園食単』、青木正児訳注、岩波文庫、1980年、30頁。なお訳文は一部変更した。
★3 ここではおもに唐辛子を念頭において「辛」を位置づけているが、唐辛子はもともと五味の「辛」には含まれていなかった。そもそも中国に唐辛子が伝来したのが16世紀ごろであり、当初は食用ではなく観賞用として普及したので、一般的に唐辛子を用いた中華料理はどれも歴史が浅い。現在の中国では「ラァ」(唐辛子の刺激)が「辛」を押しのけて五味の一角に入り込んでいるが、じつは五味の「辛」とは、ほんらい生姜やねぎ、にら、からし、山椒といった香辛料の香り一般を指していたのである。そのため厳密にいえば、五味でいう「辛」の順序は一定ではない。たとえば炒めものの場合、生姜や山椒は唐辛子とおなじく最初に炒めて香りを出してよいが、ねぎやにらは最後のほうに入れるのがよいことも多い。じっさい、ぼくが魚香肉絲をつくるときは、黒酢のあとに刻みねぎを入れて仕上げている。
★4 以前北京で、とある料理通を自称する人物から聞いたのだが、酢には酸味をくわえる以外の用法があるらしい。というのは、加熱しはじめるときに酢を少量くわえることで食材の ph 値を下げ、野菜などの組織が加熱でくずれるのを防ぐ効果があるそうだ。その結果、栄養素や色素の流出がおさえられ、みた目も味わいも向上するのだと。
 いまのところ、このはなしの科学的な妥当性はまったく不明であり、ぼくのなかでは完全な俗説の域にある。なので、あくまで話半分に聞き流していただきたい。とはいえ、たしかにぼく自身の経験として、炒めはじめに小さじ1杯弱の黒酢を入れてかるく水分を飛ばしておくと、なんとなくできあがりの色がよく、味わいもよくなるような感覚がある。もちろん酸味は残らない。もしも単なる俗説でないならば、これはつまり味わいが消失しやすいという酸味の欠点をあえて逆手にとり、いわば酢を酸味ではなく甘味(あるいは旨味)の調味料に転換させる技法だといえる。調べを進めた結果、もし本文に書けそうな根拠がみつかれば、いずれこのことを詳しく考えてみたい。
★5 伊勢康平「料理と宇宙技芸(1) 麻婆豆腐」(『ゲンロンα』、2020年7月)を参照。
★6 Yuk Hui, The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics, Urbanomic, 2016, pp. 144-145. 訳は筆者。
★7 宋应星《天工开物译注》,潘吉星译注,上海古籍出版社,1993年,页241-247。邦訳は『天工開物』、藪内清訳注、平凡社東洋文庫、1969年、108-132頁。
★8 ここまでの議論は、Yuk, op. cit., pp. 138-147. を参照しつつ、料理を題材にこれをパラフレーズしたものになっている。
★9 江树《鱼香肉丝到底有没有鱼》,《中国三峡》,2018年07期等。
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1995年生。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。翻訳に王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)、ユク・ホイ「百年の危機」(「ゲンロンα」掲載)、「二一世紀のサイバネティクス」(Webサイト「哲学と技術のリサーチネットワーク」に掲載)ほか。現在、ユク・ホイ『中国における技術への問い』の全訳を仲山ひふみと進行中(2021年にゲンロンより刊行予定)。

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