マンガにとって物語とはなにか──『マンガ家になる! ゲンロン ひらめき☆マンガ教室 第1期講義録』より|武富健治+さやわか+西島大介

シェア

初出:2018年11月25日刊行『マンガ家になる! ゲンロン ひらめき☆マンガ教室 第1期講義録』

ゲンロン ひらめき☆マンガ教室〉第4期が、2020年9月に開講しました。今期もまた多くの受講生が、自分自身の求めるマンガを描くべく、講師の方々より与えられたさまざまな課題に向き合っています。
 今日は、濃密で熱気のこもった教室の空気をお届けすべく、2018年に出版された『マンガ家になる! ゲンロン ひらめき☆マンガ教室 第1期講義録』に収録された、武富健治先生の講義を公開します。2017年の「ひらマン」第1期でおこなわれたこちらの講義では、マンガを描くことを志すすべてのひとにとって必要な「物語化=メジャー化」について、武富先生からの興味深いお話が展開されています。聞き手は第1期講師のさやわかさんと西島大介さん。さやわかさんによる導入文、西島さんによるあとがきマンガと合わせて、お楽しみください。(編集部)
 
〈ゲンロン ひらめき☆マンガ教室〉第1期、武富健治先生の課題はこちら
ゲンロン11』の小特集「『線の芸術』と現実」には、マンガの「線」の歴史性と政治性を考える座談会と論考が収録されています。武富先生やさやわかさんが参加されている座談会もございますので、どうぞお読みください。
 

導入 さやわか


 学校内での問題解決に奔走する中学教師を描いた『鈴木先生』でよく知られる武富健治先生。この作品で描かれている生徒たち、そして教師たちの、じつに人間らしい悶々とした心理描写こそが武富先生の真骨頂。文学性があると賞賛される特徴的な作風に魅了されるファンは多い。

 ならば、さぞかし個性的な、どうかするとすこし変わったマンガ創作術が語られるのかといえば、じつはそうではない。武富先生がマンガ入門者に講義で話されるのは、まずは徹底して「読みやすい」マンガを描こう、そしてメジャー感を目指して描こう、ということだ。自分の作品で言えば『鈴木先生』も、メジャー感を意識した作品だという。

 じつは武富先生が言っていることは、ひらめき☆マンガ教室に登壇されたほかの講師のみなさんの意見とかなり共通している。マンガ家になりたいひとのなかには、自分の有り余る個性、独創性を見てほしい、そんな作品を読ませたい、というひともいるにちがいない。しかし武富先生のように文学性が高いと言われ、人間の心を追求するような観念的なものを描くひとでも、いや、だからこそ、読者がそれをスッと読めてしまうような、メジャー感を意識した戦略を立てている。

 ではその「メジャー感」「読みやすさ」はどのようにつくられるのか? それはコマの大きさから描き文字の位置にいたるまでの、読者が一直線に内容を理解できる、いわば画面上の「順路づくり」なのだ。マンガは、読者が飽きると、すぐに読むのをやめてしまえる。だから作者が、自分の言いたいことを最後まで読んでもらうためには、ページをめくる手を止めさせないための手練手管が必要なのだ。それが、読者の目が泳がない、理解するのにストレスのかからない「読みやすさ」だ。

 これが、マンガ家になるために確実に意識すべき「ひらめき」だ。誰でも、描きたい内容には絶対の自信があるにちがいない。あるいは絵の描き方、ストーリーの組み立て方、設定の作り込みなども、多くの人が意識していることだ。しかしじつは、それをちゃんと読んでもらうための、誌面上での技術、文法、演出を身につけることが大切なのだ。武富先生にはその一端を紹介してもらったし、またそのノウハウは、この本全体にちりばめられている。正真正銘の超メジャー雑誌でも、二次創作の同人誌でも、自分のマンガをもっと読まれたいと思うひとならだれでも必要な考え方として、この講義から学んでみてほしい。
 

「メジャー」を意識せよ!


さやわか 本日はなんと、武富先生が事前に受講生全員のネームを読んでくださり、それにつけていただいたコメントがA4用紙で14枚もあるということです。

西島大介 「武富メモ」とでも呼ぶべき、重要文書ですね。

さやわか 「武富メモ」はかなり具体的で、たとえばコマの大きさから描き文字の位置まで指摘されています。これを読んで、武富先生自身が普段作品を作るときにも、かなり論理的なメソッドを持って仕事をされるタイプなのかなと思ったんですが、いかがでしょう。

武富健治 普段から言語化して意識しているわけではないですけど。ぼくは子どものころからマンガ家を目指していたので、10代のころにはたくさん作品を描いていた。自分でも描きながらプロの作品を読んでいると、「コマ割りはこうだろう」とか、「描き文字はここじゃない」というのは、なんとなく経験として積み重なっていきますね。

西島 それは自作に関してですか。

武富 ほかのひとの作品に対してもです。そのころは『週刊少年サンデー』をはじめとする小学館のメジャー雑誌に載ることを明確に目指して描いていました。そうしていると商業誌に載せるために押さえなくてはいけない意外なポイントを、ひとに言われることもあるし、自分で気づくこともある。もちろんマンガには作風や作家性の幅があると思いますが、その幅があっていいところと、メジャー誌で読んでもらう以上は押さえておくべきところの区別が、何年かやっているとわかってきます。ロジックとして言葉で持っているわけではないんですけど、体感として覚えていくということです。

さやわか なぜ小学館のメジャー雑誌を目指していたんですか。

武富 ぼくは小学校6年生くらいから『週刊少年サンデー』と『週刊少年サンデー増刊号』のふたつを購読していて、小学館漬けだったんです。1970年生まれなので、それこそ『タッチ』(あだち充、1981-86)や『うる星やつら』(高橋留美子、1980-87)や『ダッシュ勝平』(六田登、1980-83)の世代ですね。あとは細野不二彦さんなど、いま『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)など青年誌中心に活躍されているような方がいて、読んでいるうちにゆうきまさみさんとかも出てきた。

 当時はクラスのメインは『週刊少年ジャンプ』(集英社)を読んでいて、だれかしらが買ってくる。かわりにぼくが『サンデー』を買っていってみんなで回し読みをするという役割もありました。当時は『めざせ!! まんが家』(少年サンデー編集部編、1984)というムック本も出ていて、『サンデー』の作家さんたちの、トーンの貼り方などの具体的な技法を、学ぶことができたんです。そういうのを読んで育ったので、優等生的というか、強いメジャー志向、サービス精神が身に沁み付いていると思います。わかりやすい例で言うと、『ジャンプ』は小さいコマに小さいフォントで吹き出しの文字がみっちり入っていることがよくありますけど、それだと『サンデー』では絶対載らないんですよ。
西島 文字の扱いは、各誌で特徴がありますね。ほかの例だと、吹き出しの台詞に「、」や「。」を入れるのが小学館の基本的なスタイルです。あれは社風として日本語を大事にしているんだと思います。ぼくは小学館で描いていた『ディエンビエンフー』(2005-18)が双葉社に移籍したので、いま「。」を取っているんですよ(笑)。

さやわか 小学館はそういうのが厳しいらしいですね。『サンデー』の最初の編集長はもともと同社の看板だった『小学一年生』の編集長で、ルーツが学習雑誌というせいもありそう。

西島 武富先生はその小学館のメジャー雑誌を目指してマンガ家になったので、その基準でネームを見ているということですね。それが今回の受講生への評価からもわかりました。「小学館のメジャー雑誌」と限定されているので、かなり論拠のしっかりした、このひとがこう言うのはこういう理由だなというのがよくわかる、具体的な指摘でした。

武富 そうですね。だから、自分に合わない部分はスルーしていただいて全然かまわないです。

さやわか ぼくと西島君は、受講生に「どこに載せたいかをちゃんと検討してから描いてね」と毎回言っているんです。逆に言えば、「わたしはこの雑誌に載せるつもりです」「ぼくは自分のブログに載せるつもりで描いています」などと言えさえすればとりあえずOK、という評価基準です。しかし今回は、武富先生の課題に「メジャーを意識しろ」と書いてあるから、ぼくらの評価基準とは異なる。

西島 これは比較的強いしばりですよね。今回は明確に、武富先生が考える「メジャー媒体」に載るようなジャンルや表現の作品が課題として設定されていて、「ぼくが考える理想のマンガを描いてください」となっている。出題は長めのむずかしい文章ですが、きわめてベーシックな出題だと思いました。

武富 今回の課題でぼくが期待していたのは、長文の課題を「ちゃんと」読んで、それを踏まえたうえでやってほしいということでした。課題文には、「物語」「悲劇」「メジャー」というキーワードがある。いちばんわかりやすいのは「メジャー」という言葉ですが、その言葉でイメージするものはそれぞれにちがう。しかし、そのそれぞれのメジャーを目指すのではなく、読ませる対象であるぼくの考える「メジャー」がなんなのかを理解して追求してほしかった。みなさんの目標がバラバラだというのを聞いていたので、逆に1回くらいはぼくにつきあってもらって、実験的に、ひとつのゲームとして、思い切って「メジャー」というものに取り組んでもらう方向に振り切った課題を出しました。

さやわか もともと武富先生はご自身が作品を描きはじめたときも、そういう「メジャー」さを気にしましたか。

武富 ぼくが子どものころにマンガ家になるんだと思ったとき、「マンガ家になる」という言葉のなかに「メジャーでやる」ということは自動的に入っていました。中学生くらいまではメジャー雑誌しかなくて、ちょうどぼくが高校生になるときくらいに「オタク」という言葉も出てきて、色々なニッチな雑誌が立ち上がってきたんです。だから「マンガ」はたくさんのひとに見せて喜ばせるということが最初からセットで、描きはじめたときからクラスのみんなに見せていましたね。あだ名が「マンガ家」という、クラスにひとりくらいいたような生徒でした(笑)。

さやわか あだ名が「マンガ家」って、それ自体がマンガみたいですね(笑)。「おい、博士!」みたいな。

冷静と情念のあいだで描く


さやわか 今回の課題のテーマは「悲劇」ですが、つまり作品のテーマが、登場人物の感情になるわけですよね。そのやり方を、「武富メモ」のコメントは非常にロジカルに整理しています。マンガを描かないひとからすると、感情を描くということは抽象的なことだというイメージがあると思うんですが、じつはそうではない。かなり細やかな技術によって作られている。

武富 マンガは観客の目のまえで演奏しなくちゃいけない音楽とかとはちがって、思いついた日から締切までのあいだにかなりの時間があるわけですよね。そうすると、制作の各段階で、自分という人間の役割を使い分けていける。最初に思いついたときはなるべく情念をぶつけて、それをあらためて見直すときには冷静に、ロジカルな編集者役をやる。その見直しをきちんとやっておくと、いざペン入れするときには安心して、ふたたび情念をぶつけることができるんです。マンガ家には情念と冷静な部分の両方が必要ですが、それらを同時に持つことがむずかしければ、分ければいいんです。

さやわか 武富先生のタッチを見ると、ものすごく情念がほとばしった感じがしますよね。『火花』(又吉直樹原作、2017)の最大のクライマックスシーンなども、読者としてはそれこそ弾き語りのように、その場の情念で描いている印象を受けます。でもその裏側には、それこそ描き文字の位置やコマのサイズまで冷静に考え抜いた時間があるということですね。あの情念的なコマは、冷静なネームがあるからこそ出てくる。

武富 そうですね。しっかり用意をしておけばしておくほど、安心してぶつけられるので。ぼくはあるていど作風に幅がありますが、暑苦しい箇所ほど一歩手前の作業で、かなり冷静にチェックをしています。

西島 これはいい話ですね。武富先生の作品を読んでいると、「西島君、さやわか君、そこに正座しなさい」と言って情熱的に語りはじめるような熱いイメージがあるから、ぼくも講師にお呼びするのが、正直怖かったもん(笑)。

さやわか 「いいか、マンガは熱さだ!」的な感じですか(笑)。

西島 もちろん読者としては、武富先生の「全身作家」的な文学的な佇まいや、情熱的な表現方法を楽しんで読めばいい。ただ、武富先生が実際に机のまえでしている仕事は、必ずしもそうではない。少なくともこの「武富メモ」には、きわめて冷静に、メジャーに載るマンガ家や編集者が共有しているであろう意見が、クリアに書かれています。

さやわか ほんとうにそうですね。ぼくがいまの話で連想したのはジャズのフリースタイルで、あれも情念だけで演奏しているように見えて、そのまえにきちんと楽理への理解があって作られるわけですよね。

西島 情念的に見えるミュージシャンほど冷静で、仕事として即興的な演奏をしていたりする。もちろん観客は楽しめばいいけれど、作家になりたいならそこは冷静に考えなくてはいけない。ぼくも武富先生のことは、表面上しかわかっていなかった。土下座させられて説教されるんじゃないかと思わせる作風というのは、じつはそのまま描いているものではないわけですね。

さやわか 最終的には情念的な作品でも、それを生み出すためには、ただ滅茶苦茶をやればいいわけではない。

『鈴木先生』ができるまで


西島 ただそもそも、その描きたいという情念がどこから来たのかも知りたいです。武富先生の作家の成り立ちとして、最初にこういうマンガ、こういうシーンを描きたいなと思ったのはどういう作品ですか。

さやわか 自分で幼少期にマンガを描かれたときから、『サンデー』に載るようなマンガを目指したものだったのでしょうか。

武富 小学校5年生くらいまでは『コロコロコミック』(小学館)の藤子不二雄や、手塚治虫のような児童マンガ系の作風で、そのあと自分で少年誌を買うようになってから、当時のリアルタイムの80年代『サンデー』的な感じに進みましたね。『ジャンプ』のほうには行かなかった。

西島 小学校のころからマンガ家になりたいと思っていたんですよね。

武富 そうですね。本気でマンガ家になりたいと思ったのは小学校の4年くらいで、4月によくやる、「将来なにになりたいかアンケート」では、それ以来必ず「マンガ家」と書いていたと思います。高校、大学も漫研でした。

西島 直接的な影響を受けた作品はありますか。

武富 マンガ家を目指した人生が長いので、たくさんありすぎてひとつふたつ挙げるのがむずかしいです。高1くらいまでは、リアルタイムで流行っているマンガに影響を受けていましたが、中3くらいからつげ義春とか永島慎二とか、ぼくの世代よりも古い文芸系のマンガを古本屋で探して読むようになってきていて、高2くらいからはその影響が出てきました。19歳くらいまではリアルタイムのメジャーマンガも読んでいたんですが、だんだん心の隙間が埋まらなくなって、文学にのめりこんでいきました。そちらのほうが、自分がもやもやしていたものを描いてくれているという感じがした。

 ただ、もう長いことマンガを描いていたので、小説家に転向ではなくて、マンガのほうにそれを持ち込もうと思ったんです。文学の扱っている、けれどメジャーな流行マンガでは踏み込んでいない内容を、ぼくが盛り込んで、そういうマンガを増やそうと思った。それがいまの作風につながっています。そこまでに、コマの割り方のようなマンガのセオリーは、メジャーのなかのメジャー、いちばん優等生の『サンデー』を読んで基礎があったので、それを下地にしながら、どんどんマイナーなものに逸れていったという感じです。

西島 アングラから出発したのではなくて、小学館の教育が行き届いているから、マンガ家としての基本がしっかりしている。そこからメジャーではない自由な表現、自分の創作意欲や感情を補完していって、結果として「文芸マンガ家」を名乗るようになったということですね。

武富 昔は名乗っていましたね。
西島 いまは名乗っていないんですか。

武富 自分のなかで、『鈴木先生』(2006-12。双葉社『漫画アクション』に連載)以降は「文芸マンガ」とエンターテインメントを融合する方向でやっているので、いまも「文芸マンガ」と言いつづけていいのかなという迷いはあります。それ以前の短編は「文芸マンガ」としてプッシュしていましたが。

西島 武富先生といえば「文芸マンガ家」というイメージがあって、おそらく『鈴木先生』もその枠のなかで語られることが多いとは思います。でもその根底には、幼少時代に触れた小学館文体が先にある。そこが重要ですね。だからこそ、アングラ的な表現や文学性がありつつも、でもたんなる文学的な作品ともちがって、たとえば、キャラものとしても読めてしまう。『鈴木先生』という作品の独特のおもしろさは、そこから生まれている。

さやわか たしかに、『鈴木先生』は独特の思想や文学が乗りつつも、キャラものとしておもしろいマンガですよね。しかしなぜ、この作品だったのでしょうか。『鈴木先生』は、それ以前の武富先生の作品に比べて、メジャー感やエンタメ感がぐっと増していました。

武富 やっぱり売れたかった、というか(笑)。35歳のときに『鈴木先生』を出したんですが、30歳くらいまでは小学館にこだわって、ずっと小学館で担当を持ってやっていたんです。けど、全然通らない。27歳でデビューして短編を1個載せて、そこからは新人増刊号のようなものに1年に1回くらい短編が載る、という時期が続きました。しかし3年くらいしたら、それすら載らなくなる。いちどデビューしたにもかかわらず、30歳のときに暗礁に乗り上げてしまった。なんとかしないとまずいと思って、何年か演劇とかをやっていたんですが、結婚をしたこともあり、35歳のときにもういちどマンガをがんばろうと思ったんです。もう、あとがなかった。今度は成功しなくてはいけないと気合を入れ直して、いままでのこだわりもできるかぎり捨てました。とはいえ「こういうものを描きたい」というコアな部分を捨ててしまうと、熱意を持って描けない。だから、そこは外せない。外側の削ってもいい部分はできるかぎり削って、入れてもいい部分は入れて、という感じでした。

さやわか 「キャラ」や「美少女」というわかりやすいものも、入れられるものは入れた。

西島 『鈴木先生』は「美少女」を描こうとしている心の働きが見えます。

武富 そのときに助けてくれたのは、中学時代までの小学館の、超メジャーなものを読者として楽しんでいたという経験でした。自分もそういうものを描いていたじゃないかと。『鈴木先生』は「文芸マンガ家」を目指してマイナーなほうにずれていく、そのひとつ手前の、10代半ばのテイストを呼び戻すように描いていました。自分が昔やっていたことを戻すという作業なので抵抗が少なかった。

ゲンロン ひらめき☆マンガ教室 第1期講義録
『マンガ家になる!』
横槍メンゴ/TAGRO/こうの史代/武富健治/コヤマシゲト/江口寿史/田亀源五郎 ほか 著
さやわか+西島大介 編

¥1,980(税込)|B5判並製|208頁|2018/11/25刊行

武富健治

1970年生まれ。漫画家。おもな作品に『鈴木先生』(双葉社)、『掃除当番』(太田出版)、『火花』(又吉直樹原作、小学館)、『漫画訳雨月物語』(上田秋成原作、PHP研究所)。最新作『古代戦士ハニワット』を漫画アクションにて連載中。

西島大介

1974年東京生まれ。2004年に書き下ろし長編コミック『凹村戦争』(早川書房)で漫画家デビュー。同作は平成16年度第8回文化庁メディア芸術祭審査員推薦作品となり、またこの年に星雲賞アート部門を受賞。代表作に『世界の終わりの魔法使い』(河出書房新社)、『すべてがちょっとずつ優しい世界』(講談社)、『ディエンビエンフー TRUE END』(双葉社)など。「DJまほうつかい」名義での音楽活動やアーティストとしての個展も開催する。

さやわか

1974年生まれ。ライター、物語評論家、マンガ原作者。〈ゲンロン ひらめき☆マンガ教室〉主任講師。著書に『僕たちのゲーム史』、『文学の読み方』(いずれも星海社新書)、『キャラの思考法』、『世界を物語として生きるために』(いずれも青土社)、『名探偵コナンと平成』(コア新書)、『ゲーム雑誌ガイドブック』(三才ブックス)など。編著に『マンガ家になる!』(ゲンロン、西島大介との共編)、マンガ原作に『キューティーミューティー』、『永守くんが一途すぎて困る。』(いずれもLINEコミックス、作画・ふみふみこ)がある。
    コメントを残すにはログインしてください。