余は如何にして「トップ・シラサー」となりし乎|辻田真佐憲

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ゲンロンα 2021年1月15日配信
 2020年10月19日の「シラス」正式オープンから、まもなく3ヶ月を迎えます。株式会社ゲンロンが中心となって開発したこのプラットフォームでは、ゲンロンカフェからの放送を配信する「ゲンロン完全中継チャンネル」だけでなく、ほかにも多くの専門家やアーティストのみなさまが運営するチャンネルをつぎつぎと開設し、番組を放送しています。2021年1月15日現在、ゲンロン以外のチャンネル数は6、それを視聴する登録ユーザーのみなさまの数は8700人となっています。
 今日は、シラスのオープン3ヶ月を記念して、名実ともに「トップ・シラサー」の座に君臨する辻田真佐憲さんにご寄稿いただきました。ゲンロン以外のシラス開設チャンネルのなかで最大の購読者数を誇る「辻田真佐憲の国威発揚ウォッチ」の開設に至った経緯、あの「神回」の裏側、チャンネルと番組のこれからまで、ざっくばらんに書いていただきました。シラスをご覧のみなさま、そしてシラサーのみなさま、どうぞお楽しみください!
 また辻田さんと、同じくシラスでチャンネル「Riding On The Politics」を開設された西田亮介さんとの共著『新プロパガンダ論』も予約受付中です。現在、期間限定のサイン本キャンペーン中。辻田さんのご寄稿や配信に触れて興味をもたれた方は、ご著書もぜひお手にとってみてください。(編集部)
 
 こんにちは、シラスで「辻田真佐憲の国威発揚ウォッチ」を開いている辻田です。昨今では、ユーチューバーにならってシラサーとも言われています。今回は、約1ヶ月半に及びつつある “シラス配信体験” のレポートをみなさんにお届けします。

 さっそくですが、われわれシラサーにとって、シラスとはなんでしょうか。それは、文化人的な仕事を側面支援してくれる、非常に魅力的なプラットフォームだと断言できます。

 わたしは先日、弓指寛治さん、東浩紀さんとの鼎談イベント「幻影としての満州を描く──『マジック・マンチュリア(導入)』展開催記念」のために、急遽、長野県阿智村の満蒙開拓平和記念館と、水戸市の内原郷土義勇軍資料館および加藤完治記念館に足を運びました。

 ゲンロンカフェの出演料はけっして悪くないのですが、ここまで遠征するとさすがに赤字になってしまいます。ところが、シラスのおかげで、そんなことを気にせず、自由自在に取材できました。また参考文献も買い放題でした。イベントのクオリティー向上にも、これで多少なりとも貢献できたのではないかと思います。

 つまるところシラスは、われわれの仕事全般を下支えしてくれる、とてもありがたい存在なのですね。取材費や資料代をふんだんに出してくれていた、かつての出版社の代わりとも言えるかもしれません。

 



 それだけではありません。チャンネル登録者や番組視聴者がたくさん増えれば、配信だけで生活できる可能性さえ開けてきます。まさに「好きなことで生きていく」の世界ですが、ユーチューブとちがってすべて有料なので、たとえ政治ネタを扱うにしても、「中国が攻めてきて日本崩壊!?」など厳しめのタイトルで煽って、細かいアクセス数を積み重ねていかなくてもよいのです。

 アカデミズムもジャーナリズムも貧窮化が著しい今日にあって、シラスは希望の光となるのではないでしょうか。あくまで1ヶ月半の体験にすぎませんが、いまはそれが率直な感想です。
 

「国威発揚ウォッチ」オープン記念放送(2020年11月27日配信)のバナー

■なぜシラスで配信することになったのか


 ともあれ、まずはなぜわたしがシラスで配信することになったのかというところから話をはじめましょう。

 わたしは歴史書や社会評論などを書いて原稿料や印税を稼ぐ典型的な文筆業ですが、以前から動画配信にも興味を持っていました。保守論壇ウォッチの一環として、保守系のユーチューブ動画をよく観察していたからだけではありません。歴史修正主義の問題などに取り組むためには、本を出すだけでなく、さまざまな発信チャンネルを持っておくことが重要だと考えたからです。

 文化庁の「国語に関する世論調査」を見ればわかるとおり、そもそも現代の日本人はあまり本を読みません。1ヶ月に1冊も本を読まないひとの割合は47.3パーセント、毎月1、2冊のひとも加えると、その数は85パーセント近くに跳ね上がります。

 それなのに、しばしばツイッターで読書人とされるマニアックなひとたちがやっているように、「あれも読め、これも読め」「こんなものも読んでいないのは愚か」と迫るだけでは根本的な解決になりません。むしろ反発を招くだけでしょう(この問題については、『教養としての歴史問題』収載の拙稿をご参照ください)。そのため、よりまともな情報を伝える手段として、動画にも取り組まなければならないと考えていたのです。

 もちろん、ことはそう簡単ではありませんでした。これからの時代、動画のチャンネルぐらい持っておかなければならないのはわかる。とはいえ、いまさらユーチューブやオンラインサロンに新規参入するのはレッドオーシャンすぎる──。このように悩んでいるときに、まさに、シラス配信のお誘いを受けたのです。去年8月のことでした。ときなるかな、二つ返事でお受けしたのはいうまでもありません。

 こうして、古今東西の国威発揚事案をたどりながら、極端に流れず、視聴者とともに穏当な中間や総合知をめざしていく、「国威発揚ウォッチ」というチャンネルが誕生するにいたったのです。

■「神回」でチャンネル登録者数トップに


 とまあ、格好よさそうなことを言っておいてなんなのですが、11月27日の初配信では、正直、盛大にやらかしてしまいました。いきなり、泥酔放送をやってしまったのです。詳細は省きますけれども(省かざるをえませんけれども)、19時30分にはじまった番組は、5回もの延長を経て、2時29分にまで及びました。累計なんと約7時間。正気の沙汰ではありません。

 シラス配信の操作は、ユーチューブやニコ生にくらべてやや複雑です。慣れればどうということはないものの、最初は、懇切丁寧なレクチャーを受けていたにもかかわらず、やはり混乱しました。配信用マシンの充電が切れかけるなどのトラブルもあり、その緊張感から飲みすぎてしまったようです。どうもそんな言葉で説明し尽くせない状態だったような気もしないではないですが、ここではそういうことにしておいてください。
 

「神回」となった2020年11月27日の初配信でワインを飲む辻田
 

 翌日、二日酔いの頭痛とともに猛烈な「やってしまった」感に襲われたのですが、豈図らんや、この泥酔放送が思いのほか人気を集めて、「神回」(いろんな意味でヤバイ回)とまで呼ばれるようになり、番組購入数のみならず、チャンネル登録者数まで急増することになったのです。日々計上される数字を見て、わたし自身腰を抜かしました。
 災い転じて福となすと言うのでしょうか。複雑な気持ちもありましたけれども、その直後、東さんの『ゲンロン戦記』を読んで、つぎの箇所で思わず膝を打ったものです。

「だれでもそうでしょうが、長時間の飲み会なんて、なにを話したかほとんど覚えていないものです。けれども『すごかった』みたいな感覚は残り続けるし、結局はそういう感覚でひとは動く」(133ページ)


 優等生的な、短時間のよくまとまった情報よりも、よくも悪くも人間性のあふれた、長時間の意味不明な情報が効く──。ひとを集め、引きつけるには、案外こういうものが大切なのかもしれません。

 ただ、さすがにただの泥酔番組で定着しては困るので、その後は、外配信をやったり、ゲスト回をやったり、さまざまな企画を矢継ぎ早に投入しました。そして、もしものときに備えて、高性能な配信用マシンを準備し、番組クオリティーの確保にも努めました。音声や画像がブチブチ切れたりするのは、視聴者にとって、意外とストレスが貯まるものです。

 そのかいあって、月額2000円のチャンネル登録者の数は昨年末時点でなんと300名を突破しました。これはシラサー内で随一の数字だとか。意外や意外、わたしは「トップ・シラサー」に躍り出てしまったのです。

 結局毎回飲んでいるので泥酔番組のイメージこそ残りましたが、この成績を見るに、中身の面でも多少評価されたのかなとホッと胸を撫で下ろしているところです。いや、禁酒すると途端に数字が落ちてしまうのかもしれませんが……。

■シラス攻略マニュアルは『ゲンロン戦記』


 それにしても、日々上がってくる数字を見ていて思うのは、シラス攻略の鍵は東浩紀思想ということです。

 東さんはよく「神回」や「観客」の重要性を説いています。それは頭では理解していたつもりだったのですが、今回、具体的な数字によっても、あらためて深く納得させられました。

「神回」の重要性はさきに触れたので、ここでは「観客」について触れておきましょう。観客はこの場合、都度課金する視聴者。チャンネルに登録はしないけれども、面白そうだったら見に来てくれる、そんな緩い関係性のひとたちです。

 チャンネルの収益は、この観客に大きく左右されます。当たり前ですが、チャンネル登録者よりも、観客のほうが圧倒的に多い。ですから、たとえひとつずつの都度課金額は少なくとも、観客が大勢やってくれば、収益も跳ね上がるわけです。

 それはたんに経済的に旨味があるというだけの話ではありません。観客を意識すると、常連向けのマンネリ番組は放送できません。つねに時流を見ながら、企画を見直し、新しいことに取り組んでいく必要に迫られます。そこに緊張感が生まれます。そしてその取り組みこそが、結果的に番組の質を高め、チャンネル登録者の満足度をも高めてくれるのです。

『ゲンロン戦記』の、つぎのような一文を思い出すひともいるでしょう。「ぼくは、どのようなひとにとっても、『緊張関係がありながらもずっと見守ってくれるひと』をどう維持し増やしていくかが大事だと思っています。それがぼくが言う『観客』です。シラスはその獲得を支援するプラットフォームを目指したい。/ひとはだれでも、観客がいなくなり『信者』と『アンチ』だけになると、すぐに言葉も作品も堕落してしまいます」(253ページ)。

 このように、シラスのもっともすぐれた攻略マニュアルは東さんの本です。さしずめ『ゲンロン戦記』を熟読することが、配信の成功につながるでしょう。

■「カメラ付きのドローンを飛ばすとどうだろう」


 単純な話ですが、数字が上がれば嬉しいものです。おのずと配信にも力が入ります。いまでは、よさそうな景色を見かけると、「ここで配信したら映えるな」とか、「カメラ付きのドローンを飛ばすとどうだろう」とか、考えるようになってしまいました。山川草木悉皆放送資源。ちょっとしたシラス中毒です。

 また、泥酔しているだけと思われがちですが(酔っ払っているのは事実ですが)、意外と工夫もしているのです。

 たとえば、番組のタイトルに連続番号をできるだけつけないというのもそのひとつです。連続番号は、常連客にとっては便利かもしれませんが、観客にとっては「これ途中からだとわかりにくいかな」ととっつきにくく思われてしまう恐れがあるからです。

 代わりに、一見さんがふらっと入ってこられるように、まるでオンライン記事のようなタイトルづけを心がけています。わたしはこれまでPVを稼いでなんぼの世界で仕事をしてきたので、これは割合得意でした。

 また、配信時の背景もこだわっています。配信番組は話す内容が重要と思われがちですが、じつは背景も同じぐらい重要です。例に出して恐縮ですが、「せやろがいおじさん」は、あの沖縄の美しい海が背景になければ、あそこまで人気を伸ばせなかったでしょう。面白い内容も聞いてもらわなければ意味がありません。客寄せのための工夫だって、ためらいなくするべきということですね。
 自室であっても本棚を背景にすれば、「あの本がある」「この本なに?」とそれだけでコメントが盛り上がりますし、外配信ならなおのことそうです。積んである本が、震度3ぐらいの地震で崩れれば、それだけで「神回」的な感じも出てきます。

 生配信では、コメントの多寡も番組のクオリティーを大きく左右します。思わず突っ込みたくなる要素をたくさん用意しておくのは、けっして無駄ではありません。

 そのほか、「しっかりした講義が聞きたい」と「漫談が聞きたい」という相矛盾するふたつの需要に答えるため、本編では講義を行い、しかるのち、延長では漫談を行うなどと、棲み分けも行うようにしています。最近はコロナ禍で飲み会が事実上消滅してしまいましたから、わたし自身、この延長部分が飲み会のようになっています(先日は、同時間に放送していた西田亮介さんの番組にコメントするなど、 “オンライン絡み酒” をしてしまいました。たいへん失礼しました)。

 と、ここまで書いてふと気づいたのですが、もしかするとわたしは、プロパガンダに関する知識を知らず知らずのうちに応用(悪用?)していた面もあったのかもしれません。そういえば、2013年、はじめてラジオに出演する前、寄席に通って話し方を学習したものでした。大本営発表に携わった軍人も、そのようにして話術を鍛えたと書いていたからです(平櫛孝『大本営報道部』)。

 いや、念のため言っておきますと、プロパガンダの手法にはそんな魔法のごとき力はありませんので、あまり警戒しないでください。軽い冗談です。このあたりは、今度、西田さんとの共著『新プロパガンダ論』でも触れましたので、ぜひそちらをお読みいただければ幸いです。

 流れるように宣伝に移行したところで、話をもとに戻します。シラス配信は現在のところ、一般に広く開放されていないので、このような情報はあまり役に立たないかもしれません。ただ、シラサー側からはこう見えているということで、ここに記しておく次第です。

■今年の旗印は脱拡大主義?


 それにしても、シラスのおかげで、ずいぶんと仕事の可能性が広がりました。「普段どおり飲んでいるだけで稼げるとか、勝ち組すぎでは?」。初回配信を見た飲み友達からそう言われましたが、たしかにそれは否定できません。

 冒頭で述べたとおり、国内取材や文献購入は事実上制約がなくなりました。いまでは、つぎの取材計画を立てながら、グーグルマップ上にデータを打ち込んでいく日々です。まあ、わたしはきわめてネガティブな人間なので、正直そんなにうまくいくとは思っていませんけれども、仮にこのままの勢いが持続すれば、ポスト・コロナには、海外取材も実現できるでしょう。いまから楽しみでなりません。

 そして現在、都内にスタジオも整備中であり、これが使えるようになれば、つぎつぎにゲストを招くことが可能になってきます。インタビューなども、これまで以上に実施できるようになるでしょう。

「専門家に聞く」というシリーズもやりたいですね。SNS上の粗探し(「〜警察」のたぐい)はあまりに貧しいので、もっと生産的な、専門知と総合知を接続する番組ができればいいなと考えています。

 もちろん、目下の番組のクオリティーも上げていかなければなりません。現在のところ、つぎのような番組の分類を作り、より視聴者にわかりやすくなるように心がけています。


・時事回……国威発揚事案を定点観測し、今後を展望する回
・ゲスト回……ゲストを招いて、ざっくばらんに語る回
・読書回……読書会を行ったり、本を紹介したりする回
・漫談回……飲みながら漫談する回
・講座回……「政治と音楽」など、得意分野について専門的に解説する回
・取材回……現地などから最新の取材報告を行う回
2021年1月5日の取材報告回。長野県の温泉旅館から配信された
   そのいっぽうで、注意していることもあります。正直言って、去年は急速に拡張しすぎました。この成長ペースを維持しようとすると、かならず無理が出てきます。アクセス数を意識しすぎて、先鋭的な企画に走ってしまうリスクもあるでしょう。悪しきユーチューバー化です。  シラスはそんなことをしなくても、十分にわれわれの仕事を下支えしてくれます。ですから、今年は脱拡大主義を旗印に、まずは、安定的な放送をめざしていきたいと思っています。「カメラ付きのドローンを飛ばすとどうだろう」などと考えている人間が言っても、説得力がないかもしれませんが……。  いずれにせよ、こうしたことが可能になったのも、すべてチャンネル登録者および視聴者のみなさまのおかげです。最後に心からの謝辞を述べまして、拙稿を閉じたいと思います。誠にありがとうございます! それでは、またどこかの放送でお会いしましょう。
 
政治の戦場はいまや噓と宣伝のなかにある

ゲンロン叢書|008
『新プロパガンダ論』
辻田真佐憲+西田亮介 著

¥1,980(税込)|四六判・並製|本体256頁|2021/1/28刊行

辻田真佐憲

1984年、大阪府生まれ。評論家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。単著に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『防衛省の研究』(朝日新書)、『超空気支配社会』『古関裕而の昭和史』『文部省の研究』(文春新書)、『天皇のお言葉』『大本営発表』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、共著に『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)、『新プロパガンダ論』(ゲンロン)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)、『文藝春秋が見た戦争と日本人』(文藝春秋)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
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