「体験でっかち」から一歩踏み出すには? 『新復興論 増補版』から考える――平田オリザ×小松理虔×上田洋子「震災から10年、物語で地域は動くのか」イベントレポート

シェア
ゲンロンα 2021年4月19日配信
 震災から10年の2021年3月11日、ゲンロン叢書の9冊目として『新復興論 増補版』が刊行された。本書は大佛次郎論壇賞を受賞した小松理虔の初単著に、3万字超の書き下ろしを加えたもので、著者の「10年の学びの記録」でもある。増補版では、食の現場や、町の歴史、演劇や美術に触れた経験から、ナラティブ(物語)を立ち上げることで、地域と自身のアイデンティティを取り戻す過程が描かれた。
 同日、著者の小松と劇作家の平田オリザを迎えて、ゲンロンの上田洋子を司会に刊行記念イベントを開催した。人間は不条理をどのように乗り越えることが出来るのか、物語で地域は動くのか。議論の一部をレポートでお届けする。(ゲンロン編集部)
 

福島の高校生とともに



 震災以前に福島県立いわき総合高等学校で演劇を教えていた平田は、震災後も福島の高校生たちと強いつながりを持つことになる。福島県立ふたば未来学園高等学校には2015年の開校時から関わってきた。

 


 演劇は複雑な問題を複雑なまま表現することができるという。高校生たちは、平田のワークショップ★1で劇作に取り組むことで、複雑な問題をわかりやすく捉えるのではなく、「複雑さ」の解像度を上げ、風評被害や原発の問題について落ち着いて考えることができるようになる。

 震災は不条理だ。人間の精神はそのような大きな不条理に耐えられるようには出来ていない。傷付き、壊れるのは当たり前である。ギリシャ悲劇の世界では、まさにそのような不条理が起きる。だから、現実で大きな不条理を前にしたとき、人は文化芸術をあらためて必要とするのではないだろうかと平田は語った。

風評被害と心の復興



 一方、小松は福島の若者たちと関わるなかで、自身の感覚とのギャップに驚かされることが多々あったという。防潮堤の是非について熱く議論しても、福島の海に防潮堤があることが当たり前になっているこどもたちに、自分たちの気持ちが伝わることはない。いわきの若者に「理虔さんはなんでそんなに怒っているんですか?」と言われて頭にきたこともあったという。しかし、彼らもまた当事者なのだ。同じ当事者でも世代が違えば考え方も異なるのは当然だ。彼らを尊重し、間違いを指摘することに熱をあげず、それぞれの距離感を考えることもまた必要なのかもしれない。

 


 震災から10年が経ったいま、「風評被害」が最大の課題として語られることも多い。小松は、食に関わっている人間ならば、物を売る行為の中で「風評は回復するんだ」と自尊心を取り戻すことも出来るだろうと言う。しかし、売るものがない一般市民はどうか。傷付けられたまま、自尊心を取り戻すことが出来ずに、風評被害を内面化してしまうのではないか。では風評払拭を目標とすれば心の復興に繋がるのかといえば、必ずしもそうではないだろう。必要なのは自身の傷と向き合い、問題の解像度をあげることだと小松は考える。

 小松は現在「ゲンロンβ」の連載「当事者から共事者へ」で、誰もが震災や障害福祉などの社会問題へ関わることのできる「共事」という道を模索している。当事者/非当事者の分断を生まない「共事」の概念も、心の復興に繋がるだろう。『新復興論 増補版』の続編として、こちらの連載もぜひお読みいただきたい。

 イベントではチェルノブイリや水俣を例に、復興に要する時間の長さや険しい道のりも語られた。状況は少しずつ良くしていくしかない。正しい結果ありきではなく、まずは議論することが大事で、当事者だけではなく皆が一緒につくりあげていく環境が必要である。上田はチェルノブイリツアーの経験を振り返りながら、福島についても、文化芸術を手がかりに長期的な視座で構想していくことができるのではないかと『新復興論 増補版』を手に語った。

 


「体験でっかち」ではない関わり



 イベント終盤では、平田が16歳で世界一周旅行をしたことを綴った本★2について言及された。平田は、競争社会を生きるのが嫌で大学へは進学せずに旅に出たが、自由であるはずの旅人もまた目標にはできなかったと当時を振り返った。旅から帰ってくれば「頭でっかちではなく体験でっかち」になってしまった自分がおり、これでは持たないと思って大学進学を決めたのだという。

「当事者」だけが語ることを許されるのであれば、震災もまたある意味では体験至上主義になってしまう。他者を受け入れがたい気持ちもわかるが、知性や批評が無力になるほどの体験を経たあとで、一呼吸を置いてもう一度、知性や芸術へ立ち返ることは心の復興に必要なのではないか。小松もそうして『新復興論』を書き上げ、さらに増補版を刊行するにいたった。

 体験でっかちでは先へ進めない。この本は小松理虔というひとりの人間が、それを実践し思考する過程の物語だ。平田は『新復興論 増補版』について「文化の積み重ねに不可欠な一冊である」と語った。

 


 5時間にわたる討議は、福島の高校生のすがた、若い世代の活動、風評被害の現実など豊富な具体例に満ちていた。レポートでは取り上げることができなかったが、小松が失恋を機に(?)上海へ渡り、その土地の文化を浴びることで自身の成長を得た話や、2019年に兵庫県豊岡市へ移住をした平田の「豊岡芸術都市化計画」のエピソードなども披露された。何かを「良い方向に変えたい」と思っている人にとっては、動き出すきっかけになるイベントだった。

 番組終盤、ある質問に対して登壇者三名が「何かやるってことですよ」と声を揃える瞬間があった。外の世界に対して「違和感」を感じていることがあれば、本イベントの動画をご視聴いただくとともに、『新復興論 増補版』をぜひ手に取ってお読みいただきたい。自分自身の中に希望を発見できるはずだ。(有上麻衣)


★1 平田のワークショップは、2016年にゲンロン利賀セミナーでも行われた。参加者のレポートが『ゲンロン5』に掲載されているので、ご興味のある方はぜひこちらも参照いただきたい。
★2 平田オリザ『十六歳のオリザの未だかつてためしのない勇気が到達した最後の点と、到達しえた極限とを明らかにして、上々の首尾にいたった世界一周自転車旅行の冒険をしるす本』(晩聲社)。現在は新版が文庫で出版されている。


 シラスでは、2021年9月8日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。


平田オリザ×小松理虔×上田洋子「震災から10年、物語で地域は動くのか――『新復興論 増補版』刊行記念」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210311/
 
    コメントを残すにはログインしてください。