経済学における「多様性」──「無料は世界をよくするのか」(『ゲンロン12』)より|飯田泰之+井上智洋+東浩紀

初出:2021年9月17日刊行『ゲンロン12』
『ゲンロン』の最新刊『ゲンロン12』が、9月17日に刊行されました。今号の特集「無料とはなにか」は、『ゲンロン』初の経済特集。無料のものが溢れる現代で広がる格差。無料はほんとうにひとを幸せにしてくれるのか、さまざまな專門の著者による論考と座談会から考えています。
「ゲンロンα」では先日に続き、本特集内の座談会「無料は世界をよくするのか」の一部を無料で公開いたします。参加者は経済学者の飯田泰之さんと井上智洋さん、そして東浩紀。さまざまな財やサービスが無料で提供されている一方、実際にはスケールが追求されるばかりの無料経済の世界は、本当に「多様」だと言えるのでしょうか。(編集部)
 

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経済学における「多様性」

東浩紀 人間の欲望は多様ではなく、環境が欲望の多様性をつくっている。みんなが同じ YouTube を見ていたら、同じものしかつくられなくなってしまう。世界の大多数は単調なエンタメで満足し、数パーセントの富裕層だけが過去の文化の蓄積を享受する世界になりかねません。

井上智洋 狂気を宿した天才的な個人が、偉大な作品を生み出すというありきたりな芸術論ってありますよね。東さんはそういう個人の才能ではなく、環境を重視するんですね。

 はい。環境の多様性がないとダメだと思います。これは政治に関しても言えて、たとえば最近のハッシュタグ運動を見ていても思うけれど、SNS上での政治運動はあっという間にみな似た戦略と方法論になってしまう。このままでは民主主義も機能しなくなってしまうのではないでしょうか。

井上 たしかに、ハッシュタグ運動はみなワンワードで括られていて、多数のリツイートと「いいね」を集めれば目標達成みたいなところがあります。

 それが最初の成功経験になった世代が、これから全世界的にどんどん出てくる。当然のことですが、民主主義は意見の多様性があってはじめて機能します。人間は環境の産物で、みなが同じ生活をするようになったら、政治的意見もどんどん収斂していくのではないか。これからの民主主義を考えるためには、意見の多様性が生まれる環境をどう確保するかも考えなくてはならない。

 といったところで本題の「無料」に戻りたいのですが、ぼくは無料経済はその多様性の条件を損なう気がしてならないのです。そもそも、経済学では「多様性」という概念はどう扱われているのでしょう。

井上 経済学では、むしろ多様性しか利益を生まないと考えます。

 でもそれは競争の話ですよね。多様性は競争によって解消されるものとしてあるのではないですか。

井上 市場経済には、同じ財に対してみなが価格競争をしている完全競争と、一社による独占、数社が占める寡占があります。さらに、マクロ経済理論で最近けっこう使われているのが「独占的競争」という概念です。独占的競争というのは、それぞれの会社が差別化された財をつくっているんだけど、その財どうしにあるていどの代替性があるという状態です。完全代替ではないし、そうかといって完全に代替不可能な独創的な財というわけでもない。これがコンテンツの多様性を記述するモデルになるかもしれません。

飯田泰之 あとは投資家の行動においても多様性が重要であるとされます。リスクを分散させるためには投資先を多様化していかなければならない。

 多様性を増す投資とは、つまりポートフォリオのことですよね。けれども、ポートフォリオは多様性を支援しないのではないでしょうか。たとえば、出版社からすれば作家やクリエイターは投資先です。言い方は悪いですが、彼らは競馬の馬なわけです。競走馬が100頭走って、一勝すれば出版社や投資家は儲かる。でも残り99頭の馬は死ぬ。投資ってそういうロジックであって、やはりそこでは多様性は解消される=利益を生んで消え去るものとしてある。ぼくとしては、そんなことやっていると、いつか100頭集めても同じ馬ばかりになるよと思うんです。

井上 売上や利益を最終的な目標にしていたら、当然そうなります。だから東さんの言うことを実現するためには、目標自体を変える必要がある。ただ、いまの学生や若いひとを見ていて思うのは、彼らにはもはやハイカルチャーや教養への憧れなどなく、売れているものが正義、有名になることが正義になってしまっている傾向があります。価値観が資本主義と一致してしまっている。

 ぼくは資本主義に抗う気はないんです。どちらかというと価値観を複数化したい。評価経済もほんとうはそういう話だったはずです。年収が低くても評価が高ければいいやと。そうすると、ふつうの市場では成立しないクリエイターと消費者の関係が成立したりする。ところがいまは「いいね」やRTを稼ぐとそのぶんお金も入るということで、評価経済も結局ふつうの市場に飲み込まれてしまった。

 井上さんが引用するドゥルーズ&ガタリ風に言えば、「器官なき身体」ではなく、器官があったほうがいいのではないかという話です。器官なき身体って、たとえるなら身体全体がiPS細胞でできているようなもので、場面場面で外界から刺激を受け必要な器官がつくられて、必要がなくなったらみなiPS細胞に戻るというイメージだと思うんです。日本のマンガで言えば『寄生獣』ですね。逆に器官があるということは、脳に適応した細胞があれば、胃で力を発揮できる細胞もあるということ。実際の生物はそうなっているわけですが、現実世界も同じなんじゃないか。さまざまな分担があるべきで、それが民主主義や市場競争を支えている。けれども、さまざまな財やサービスが無料で提供され、一見多様に見えるのだけど、じつのところみなが資金回収のためスケールだけを追求している無料経済の世界は、その条件を根本から壊してしまう。

井上 なるほど。東さんは、いまのネットではみな全部同じ細胞になっていると考えているわけですね。

 いまは強いiPS細胞だけが勝つ状態だと思います。みながのっぺりとした世界で競争している。

井上 器官に相当するものは、インターネットの世界ではなんでしょう。

 結論から言うと、ぼくはそこで「有料の壁」が使えるのではないかと考えてシラスをつくりました。うまく言えないのですが、貨幣を、交換を促進するのではなく遮断するものとして使うようなイメージです。

飯田 東さんの話とつながるかわかりませんが、価格機構のウェイトづけという機能は本来さまざまな目的に使えると思います。評価経済にも、個人がどのぐらいの熱意を持ってそれを支持するかの数字が必要です。民主主義の手続き的な問題点でもありますが、全員が各争点について一票を持つというルールには問題がある。多数派が「たいした関心はないが、すこしだけいやだ」と思っている一方、少数派にとって「死活問題として必要だ」という課題において、多数派の意見に従うのは公正なのでしょうか。たとえば、一ヶ月間に「いいね」できる総数が10回と決められていたとする。なにかの意見表明に強く賛同するなら手持ちの「いいね」ストックから複数の票を入れる。10回「いいね」してしまったらそれ以上は「いいね」できないとかね。こうした価格・ウェイトづけがあれば、ネットにおけるムーブメントの持つ意味も変わってくるのではないでしょうか。

未来のための環境の分離

井上 統一した環境で欲望がつくり出すものは単調になるという話は、東さんが『動物化するポストモダン』(2001年)で展開した議論につながりますね。オタクたちは動物化している。「芸術をつくります」と言っても、いっさいの内省がないただ「楽しい」「気持ちいい」みたいなものができあがってしまう。そこにはなんのおもしろみもない。

 ただ、ぼくが『動物化するポストモダン』を書いた当時は、まだまだインターネットも小さかったし、サブカルチャーもメインカルチャーに出ていけていませんでした。世間では朝日新聞のニュースがコミュニケーションの貨幣になっていて、オタクの世界では同人作家の動向がコミュニケーションの貨幣になっている。そんな複数の経済が乱立している世界がポストモダンの世界、という発想だったんです。みんな動物として生きているかもしれないけど、環境はバラバラだったわけです。

飯田 『動物化するポストモダン』は、多様性が自生的に生み出されていくという議論につながりやすかったですよね。『一般意志2.0』でも、多様な意見を調整し、特殊意志を一般意志にまとめあげるプロセスとして情報化がキーワードになっていました。しかし、10年経ってみると意外とネットはその役割を果たせなかった。

 そうなんですよね。むしろ環境を統一してしまった。『動物化するポストモダン』の話の延長で言えば、典型的なのが最近話題の『鬼滅の刃』答弁です★1。(『ゲンロン12』に続く)

★1 2020年11月2日の衆議院予算委員会で、菅義偉首相は、立憲民主党の江田憲司に向けて「江田さんですから、私も『全集中の呼吸』で答弁させていただく」と答えた。「全集中の呼吸」は吾峠呼世晴のベストセラー・マンガ『鬼滅の刃』で、主人公らが身体能力を高める際に用いる呼吸法のこと。その後、野党議員も『鬼滅の刃』のセリフをたびたび引用。「首相に『鬼滅返し』」などと報じられた。引用は朝日新聞「菅首相「全集中の呼吸で答弁」鬼滅の刃、ついに国会へ」より(2020年11月2日)。URL=https://digital.asahi.com/articles/ASNC24V5ZNC2UTFK011.html
 


 

正義は、開かれていることにではなく、つねに訂正可能なことのなかにある。

『ゲンロン12』

飯田泰之/石戸諭/イ・アレックス・テックァン/井上智洋/海猫沢めろん/宇野重規/大森望/小川さやか/鹿島茂/楠木建/桜井英治/鈴木忠志/高山羽根子/竹内万里子/辻田真佐憲/榛見あきる/ウティット・ヘーマムーン/ユク・ホイ/松山洋平/山森みか/柳美里/東浩紀/上田洋子/福冨渉
東浩紀 編

¥2,600+税|A5判・並製|本体492頁|2021/9/17刊行

 

目次
[対談]観光客の民主主義は可能か 宇野重規+東浩紀
[巻頭論文]訂正可能性の哲学、あるいは新しい公共性について 東浩紀
試し読み(3)
試し読み(4)近日公開予定
[特別掲載]ステイホーム中の家出 2 前篇 柳美里
特集 「無料とはなにか」
[論考]無料についての断章 楠木建
[論考]無料はパリから始まった 1836年の広告革命 鹿島茂
[論考]贈与の境界、境界の贈与 桜井英治
[座談会]無料は世界をよくするのか 飯田泰之+井上智洋+東浩紀
[論考]フリーと多様性は共存するか 飯田泰之
[論考]無料フリーではなく自由フリーを 反緊縮加速主義とはなにか 井上智洋試し読み(外部サイト)
[論考]反自動化経済論 無料はユートピアをつくらない 小川さやか
[特別掲載]ショベルカーとギリシア 鈴木忠志 聞き手=東浩紀+上田洋子
[随想]所有を夢みて ウティット・へーマムーン 訳=福冨渉
[論考]死の記憶と忘却 タイ現代文学ノート特別篇 福冨渉
ゲンロンの目
「ステイホーム」試論 記録された現実から見えること 石戸諭
環八のドン・キホーテと都市生活者の受難 高山羽根子
逃げる写真 竹内万里子
[論考]理論と冷戦 第3回 ハイデガー、フーコー、イラン革命 イ・アレックス・テックァン 訳=鍵谷怜
[論考]芸術と宇宙技芸 第3回 山水画の論理にむけて ユク・ホイ 訳=伊勢康平
[創作]虹霓こうげいのかたがわ 第4回ゲンロンSF新人賞受賞作 榛見あきる 解題=大森望
[創作]ディスクロニアの鳩時計 午後の部XI 海猫沢めろん
コラム
イスラエルの日常、ときどき非日常 #1 現代イスラエル人とは誰か 山森みか
国威発揚の回顧と展望 #3 「主義」から遠く離れて 辻田真佐憲
イスラームななめ読み #5 ノックの作法と秘する文化 松山洋平
ロシア語で旅する世界 #11 アート・アクティヴィズムとポスト・ソ連のロシア社会 上田洋子
 

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エコノミスト。1975年東京生まれ。埼玉県日高市育ち。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了、博士課程単位取得中退、駒澤大学経済学部専任講師・准教授を経て2013年より明治大学政治経済学部准教授。著書に『マクロ経済学の核心』(光文社新書)、『経済学講義』(ちくま新書)、『日本史に学ぶマネーの論理』(PHP研究所)など。

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駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に著書に『新しいJavaの教科書』(ソフトバンククリエイティブ)、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)、『人工超知能』(秀和システム)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版社)、『MMT』(講談社選書メチエ)などがある。

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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)ほか多数。

ゲンロン12より

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