実現可能な「産業社会ユートピア」を目指したものたち──鹿島茂×東浩紀「無料の誕生と19世紀パリの魅力」イベントレポート

ゲンロンα 2021年12月17日配信

 10月15日にゲンロンカフェにて行われた、白熱の鹿島茂氏登壇イベント。その放送を視聴していたヒガシくんとニシノくんが、後日、都内某所のカフェで感想を語り合う──。

 

ヒガシくん このまえゲンロンカフェでやってたフランス文学者の鹿島茂と東浩紀の対談イベント、すごかったね。

ニシノくん 『ゲンロン12』の刊行記念イベント第1弾やな。そもそもあの本も全体的にすごかったし、鹿島さんの論考「無料はパリから始まった」もめっちゃおもろかった。

ヒガシ 19世紀パリで「新聞王」として活躍したエミール・ド・ジラルダン(1802-1881)の話だね。「まとめサイト」的な発想でつくった新聞で大ヒットを飛ばして、最終的に無料+広告モデルを考えつくにいたる彼の経営戦略は、現代のインターネットを正確に予告していたという内容だった。

ニシノ 今回のイベントは「そこからさらに19世紀フランスを経済・政治・文学・ジャーナリズムぜんぶ横断しながら語りつくすで」って感じで、鹿島さんが繰り出すとんでもない数のエピソードがいちいち深くてやばかった。鹿島さんの関西弁はいま勝手に捏造したんやけど(笑)。

ヒガシ 東さんも途中で何度も「鹿島さんすごすぎる」って言ってたね。鹿島さんのすごさをがっつり引き出す東さんとの丁々発止のやり取りも熱かった。5時間を超えるイベントだったけど、動画のコメント欄やTwitterを見てたら「神回」「何度も見返したい」「なぜか元気が出た」みたいな感じで、絶賛の嵐だったよ。

ニシノ せっかくやし、われわれもいっちょ感想戦といきますか。
 

 

サン゠シモンは産業社会ユートピアを理論化した

ヒガシ 今回のイベント全体を貫いていたテーマをあえてひとつに絞るなら、「経済・産業を起点とした社会改良」の思想と軌跡ということになると思う。

ニシノ それは大きく出ましたな。ほかにもおもろい話いっぱいあったんちゃう?

ヒガシ もちろんそうなんだけど、まずはなにかテーマを設定しなきゃと思ってね。鹿島さんは、フランス近代史をひもとく鍵は「お金」にあると言っていた。フランスを代表する文豪バルザック(1799-1850)も、小説執筆に本格的に取り組むまえは起業家として出版→印刷→活字とつぎつぎに事業をおこしては失敗していたらしい。

ニシノ そこで金策に苦労して走りまわった経験こそが、バルザックの小説に出てくる市民社会の描写に圧倒的なリアリティを与えてるって話やったな。

ヒガシ そんな当時のフランスで「経済・産業を起点とした社会改良」をいちはやく唱えたのが、今回の主役のひとりアンリ・ド・サン゠シモン(1760-1825)だ。

ニシノ 「空想的社会主義」の思想家やな。同時期の18世紀末-19世紀初頭に頭角をあらわしたシャルル・フーリエとかロバート・オーウェンとセットで覚えてるひともおるかもしれん。このひとらの思想は、マルクス主義が生まれるまえの原始的なものとしてくくられてまうことも多い。

ヒガシ でも、サン゠シモンの思想、つまりサン゠シモン主義は近年になって再評価も進んでいると鹿島さんは言っていたね。サン゠シモン主義が根幹に据えたのは、「産業人の養成」。そして、産業で生まれた富を社会に行き渡らせる「循環・流通」のシステムだった。そこには、企業活動を活発にするために新しいタイプの銀行をつくることも含まれる。

ニシノ 古いタイプの銀行、つまりロスチャイルド家やメディチ家なんかの名家がやってた大銀行は、おもに為替差益とかで儲けてたらしいな。かんたんに言うたら、1ドル=100円のときにドルを買って、1ドル=120円のときにドルを売ったら、1ドルあたり20円分儲かるっていう商売や。

ヒガシ それに対して、サン゠シモンは株式会社や公共事業に必要なお金を融資するための銀行を育てようとした。一部の名家が富を独占するのとはちがう社会のあり方を目指したんだね。

ニシノ そう言われると、ふつうにええこと言うてる感じがするわ。

ヒガシ じっさいサン゠シモン主義は当時の若いエリートたちに大きな影響を与えた。鹿島さんいわく、『レ・ミゼラブル』の作者ヴィクトル・ユゴー(1802-1885)もそのひとりらしい。『レ・ミゼラブル』は、主人公ジャン・ヴァルジャンがミリエル司教の慈愛あふれる行為に救われ、それまでの人間不信を脱するところから物語がはじまる。

ニシノ ふつうに考えたらそこで「自分も司教になって善行つんでいこ」ってなってもおかしないんやけど、ヴァルジャンは工場を興して雇用を生み出すという方向にいくねんな。この物語の展開には、明らかにサン゠シモン主義からの影響が見えるって話やった。

ヒガシ 逆に言うと、どうしてサン゠シモンの思想がながいあいだ「空想的」だとしりぞけられてきたのかという疑問が出てくるね。

ニシノ イベントで言われてたんは、サン゠シモンはマルクス主義みたいな感じの政治観を持ってなかったからちゃうかってことやったな。

ヒガシ そうだね。サン゠シモンは資本家と労働者を区別する発想をとらなかった。政治闘争による権力奪取にも興味を示さなかった。産業がうるおえば労働者もうるおい、社会全体もよくなっていくという発想だから。

ニシノ それだけ聞いたら、「そんなかんたんに話が進むんかいな」って突っ込みたくなるけど。

ヒガシ もちろんいくら産業がうるおっても、その内部でひどい格差が生じてしまえば社会は壊れる。これを防ぐものとして、晩年のサン゠シモンは貧しい階級の福祉を可能にする世俗的な道徳・制度としての「新キリスト教」を唱えたという話だった。

ニシノ 道徳があれば格差問題が解決するってのも、「お花畑」みたいな話なんちゃうかと思うで。

ヒガシ でもこの問題は馬鹿にはできない。鹿島さんと東さんがともに指摘していたことだけど、「経済学の父」であるアダム・スミスは道徳哲学についても著作を残しているし、「日本近代資本主義の父」と言われる渋沢栄一だって『論語』を重んじた。資本主義はけっきょく「商人道徳」とセットになってはじめてうまく回るということなのかもしれない。

ニシノ まどろっこしい道徳なんか語るよりも、労働者で団結して資本家やっつけたほうが話が早いんちゃう? けっきょく金持ちは労働者をこき使って自分が得することしか考えてへんねん。いまの世の中やってなんとなくそういうふうになってる気がしてしゃあないねんけど。

ヒガシ ニシノくんの内なるマルクス主義者が出てきてるね(笑)。でも、その理屈をつらぬいて成立した共産主義国家は、競争がないから生産性を落とした。さらには平等だったはずの権力も、一部に集中させることになった。いまでも左派は経済政策が弱いと指摘されることが多い。ぼくはやっぱり「産業の成長」と「商人道徳」をセットで考えるサン゠シモン主義のほうが現実的だしアクチュアルだと思うけどな。東さんは、サン゠シモン主義の発想はいまで言うNPOや社会的企業に近いものとしても考えられると言っていた。

ニシノ うーむ……。まあこのふたりで言い争っててもしゃあないし、つぎの話題にいきますか(笑)。

ヒガシ そうしよう(笑)。

新聞王ジラルダンは大衆を信じた

ヒガシ 冒頭で話に出た「新聞王」ジラルダンも、サン゠シモン主義に影響を受けた人物ということだった。

ニシノ さすが、話がつながるねえ。

ヒガシ ジラルダンの経営戦略の現代性については『ゲンロン12』の鹿島論考にあるとおりで、ジラルダンは大衆の心理をつかむ天才だった。

ニシノ いまでいう「まとめサイト」みたいな新聞やった『ヴォルール』(「泥棒」という意味)も、ほかが党派的な政治新聞ばっかりのなかで娯楽記事とか役立ち記事に特化して、それがヒットにつながったらしいな。

ヒガシ 今回のイベントでは、ジラルダンがそのあとに立ち上げたモード新聞の話も出てたね。彼はそれ以前のモード新聞ではターゲットとされていなかった「地方の読者」を開拓したということだった。

ニシノ そうそう。ジラルダンは地方の実業家向けに啓蒙新聞もつくったらしいし、パリのインテリとか政治家とはちがうところにおる読者に目が向いてたんやな。そういうとこは素直に偉いと思うわ。

ヒガシ 鹿島さんいわく、ジラルダンは大衆というものを信じていた。そして、大衆をいい方向に導くのは党派政治ではなく実用的な知識だと考えていた。1836年にジラルダンが命運をかけてつくった大新聞『プレス』も、中産階級の育成・教育を掲げつつさまざまな社会改造プランを打ち出す一方で、政治的には是々非々主義をつらぬいた。

ニシノ 是々非々主義いうたら聞こえはいいけど、それっていわゆる「どっちもどっち論」みたいな感じのずるい立場とも言えるんちゃう?

ヒガシ そう考えるひとはいるだろうね。じっさいジラルダンの『プレス』は、ときの政府を批判しつづける方針をとったライバル紙『シエークル』に部数では負けていたとのことだった。でも、ぼくは党派的な人気とりよりも現実的な社会改良を目指すジラルダンのほうが志が高いと思うよ。

ニシノ また左翼の悪口かいな(笑)。と言いたいところやけど、『ゲンロン12』の鹿島論考を読み返してみたら、ジラルダンは自分のもとで働く社員の待遇改善はすごいきっちりやってたらしいねんなあ。労働者に対する善意でそうしたというより、「そのほうが会社がうまく回って利益出るし、経営者も労働者もWin-Winやろ」って発想やったみたいやけど。

ヒガシ サン゠シモン主義者らしい、きわめて現実的な発想だね。

ニシノ 逆に当時の左派系や反政府系の新聞社の内実はブラックやったとも書いてた。ジラルダンはなんだかんだでそういうとこちゃんとしてるのが偉いなと思ったわ。

ナポレオン3世はサン゠シモン主義を実現した

ヒガシ そんなジラルダンが珍しく政治的キャンペーンを張って推した政治家が、ルイ・ナポレオン(1808-1873)、のちのナポレオン3世だ。

ニシノ 有名な皇帝ナポレオン1世の甥にあたる人物で、第二帝政の時代(1852-1870)に独裁者として君臨した男ですな。

ヒガシ すこしややこしいんだけど、ルイ・ナポレオンはまず1848年に行われた歴史上初の「男子普通選挙による大統領選」に勝利するんだよね。けれどその政権運営がうまくいかず、3年後にクーデターを起こして翌1852年に「皇帝」に即位する。「ナポレオン3世」というのはあくまで皇帝としての彼の名前だ。でも、とりあえずここではそのまえの時代も統一してナポレオン3世と呼ぶことにしよう。

ニシノ ナポレオン3世による権力掌握の流れについては、同時代人のマルクスも『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』で分析してる。一般的には、ナポレオン3世はポピュリズムが跋扈した悪しき時代の象徴みたいに扱われることが多い。マルクスも基本的にはそういうスタンスや。

ヒガシ でも今回のイベントでは、そのような見方からはこぼれ落ちてしまうこの時代の重要性に光が当てられていた。独裁政治の一方で鉄道や銀行が整備され、フランスが大きな経済成長を成し遂げたのがこの第二帝政期だった。そして、じつはナポレオン3世はサン゠シモン主義にも触れていた。

ニシノ 大統領になるまえの1844年に『貧困の根絶』って本を書き上げて、労働者階級を救済するヴィジョンを打ち出したりしてたらしいな。それもあって、ジラルダンは大統領選のときに「こいつが大統領になって俺が首相になったら、俺の社会改革のヴィジョンが達成できるやん!」と思って推しまくった。さっき出てきた『レ・ミゼラブル』のユゴーも、数少ないナポレオン支持者やったとのことやった。

ヒガシ 「数少ない支持者」というところがポイントだね。ナポレオン3世はそれまで政治的な成功とはまったく無縁だったから、パリの政治家やインテリの多くは彼が大統領選で勝利するなんて夢にも思っていなかった。でも蓋をあけてみたら、全体の投票数の70%を超える支持率で大勝利してしまう。

ニシノ 要因はいろいろあるみたいやけど、実質はじめてに近い普通選挙ということもあって、それまで可視化されてなかった地方の農民の圧倒的な支持を得たのが大きかったみたいやな。農民の多くは中央の政治家なんか全然知らんくて、わかるのは「ナポレオン」って名前くらいやったから、そこに票が集まったんちゃうかということやった。

ヒガシ この選挙の結果は、現代から見てもとても示唆的だね。鹿島さんと東さんはともに、この「名前」の問題は一見浅いようでじつはとても深いと言っていた。これについてはすこしあとで話そう。
 

 
 

ニシノ その大統領選のあと、ジラルダンは残念ながら登用されず、反ナポレオン派になってまう。でもナポレオン3世はサン゠シモン主義を捨てたわけやなくて、第二帝政の時代には経済政策のブレーンにサン゠シモン主義者たちをつけて実行に移そうとした。

ヒガシ ナポレオン3世は都市計画が好きでパリの大改造に熱を上げたという話もイベントでは出ていたけど、ここでは経済政策に話題を絞ったほうがよさそうだね。

ニシノ ナポレオン3世は「貧困の根絶」をうたってただけあって、労働者向けの福祉政策や公衆衛生の向上をきっちりやった。これはまず素直に偉いところやな。

ヒガシ そしてもうひとつ重要なのが、サン゠シモン主義には欠かせない金融政策、つまり銀行の整備だね。

ニシノ ここでさっき言ってた「名前」の問題が関係してくるんやな。

ヒガシ そのとおり。サン゠シモン主義は有効な金融政策のヴィジョンを持ってはいたのだけど、それを実現するためにどうしても足りないものがひとつだけあった。それが「信用(クレジット)」だ。つまり、事業にお金を投資してもそれが返ってくるという信頼感、しばらくは経済が破綻せずに安定した成長が続くという安心感だね。

ニシノ そういう安心感がなかったら「下手なことはせんと貯金しよ」ってひとばっかりになって、お金が世の中に回っていかんからな。

ヒガシ ナポレオン3世の強大な軍事権力も社会の安定に一役買っていたけど、それと同時に「ナポレオン」という名前=ブランドがあったおかげで人々の近い将来に対する安心感を生み出すことができた。だからナポレオン3世がサン゠シモン主義者につくらせた銀行にお金がどんどん集まり、それが鉄道建設などの事業に回るという好循環が生まれたと鹿島さんは解説していた。

ニシノ 「独裁者なんかあかんに決まってるやん」って気持ちも捨てきれへんけど、現実は複雑なもんなんやなあ。

鹿島茂は連合赤軍事件に絶望した

ニシノ ここまではサン゠シモン主義に関係するところを中心に見てきたけど、イベントではほかにもいろんなおもろい話があった。とくに最後のほうで出てきた性と家族の話題は、どうしてもここで話しときたいな。

ヒガシ あそこの展開はすごかった。鹿島さんは多くの伝記本のなかで各人のセックスの問題についても踏み込んで書いていて、そのことに東さんが触れたところから思わぬ方向に話が広がったんだよね。

ニシノ じつは鹿島さんは連合赤軍事件の直撃世代で、それと性の問題が深く関わってるという話やった。

ヒガシ まさに『ゲンロン11』掲載の三つの鼎談で掘り下げられた問題だね。こんなところでその話がつながってくるとは。

ニシノ 連合赤軍ってのは、かんたんに言うたら「革命」を目指した新左翼の若者たちがつくった集団のひとつやな。1972年にあさま山荘ってところで人質をとって立てこもった事件が大々的にテレビ中継されたんやけど、じつはそのまえに身内で複数のリンチ殺人を起こしてたことが事件のあと徐々に明らかになっていった。よりよい社会を目指して運動してたはずの若者たちが、悲惨な自滅に陥ってもた事件や。

ヒガシ リンチのきっかけとなったのは、リーダー格だった永田洋子がある女性構成員の化粧や髪型を責めたてたことだと言われている。「革命を目指す兵士が異性にアピールするなんて言語道断」というわけだ。それが何人もの犠牲者を出すリンチの連鎖につながっていく。

ニシノ 永田洋子の人物像やジェンダーの問題については『ゲンロン11』でいろいろ議論がされてたな。ここではそれは措いとくとして、鹿島さんがこの事件から受け取ったメッセージは「性の抑圧が行き着くさきはディストピアしかない」ということやった。せやから鹿島さんはセックスのことも人間を構成する大事な要素として書き込んでいくんやな。

ヒガシ 「性の肯定」は「家族の肯定」にもつながる。鹿島さんはエマニュエル・トッドの家族人類学にも大きな関心を寄せているとのことだった。

ニシノ トッドは『ゲンロン12』の東さんの論文「訂正可能性の哲学」でも触れられてた。人類がつくってきた家族のかたちはいくつかに分類することができて、それを踏まえたら社会の統治構造や政治思想の変遷もあたらしく分析しなおすことができるんちゃうかという議論や。

ヒガシ 「そんなシンプルな分析が成り立つわけがない」と相手にしなかったひとも多いけど、世界の文学を読みまくっている鹿島さんはむしろ「これは正しそうだぞ」と思ったとのことだった。鹿島さんがトッドの家族類型でシェイクスピアとバルザックを読み比べてみせたところなんて、まさに圧巻だったね。

ニシノ 鹿島さんは「歴史は家族を扱わないけど、文学は家族しか書くものがない」「文学はすべてで嘘をつくことができるけど、家族のことだけは嘘をつけない」って名言を連発してて、それにもしびれたわ。

ヒガシ まったく同感だよ。今回のイベントはほんとうにすごかった。じつは性や家族の問題は、これまでずっと話題にしてきたサン゠シモン主義や社会主義の系譜とも関わってくるという話さえ飛び出していた。

ニシノ せやねん……! サン゠シモン主義はじつはフェミニズムの走りでもあったとかの話やな。でもそのことまで掘り下げはじめたらほんまにきりがないから、今日はここらへんにしてまた今度しゃべろ。

ヒガシ そうしよう。ほんとうに話題が豊富なイベントだったから、まったくちがうテーマから感想戦をはじめても話が尽きなさそうだしね。今日は楽しかった、ありがとう。

ニシノ こちらこそ。ほなまた~。

(住本賢一)

 

 
 

シラスでは、2022年4月14日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。

鹿島茂×東浩紀「無料の誕生と19世紀パリの魅力」【『ゲンロン12』刊行記念】
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20211015/

 

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