「声」がつなぐ信仰と身体──『虹霓のかたがわ』解説|星泉

ゲンロンα 2022年1月15日配信
 2022年1月15日、ゲンロンSF文庫の6冊目となる、榛見あきる『虹霓のかたがわ』を発売しました。同書は〈ゲンロン 大森望 SF創作講座〉にて、第4回ゲンロンSF新人賞を受賞した作品に大幅な改稿を加えたもの。拡張現実で覆われた近未来のチベットを舞台に、羅刹女のARをまとって踊る少年僧ペーマを主人公にした異色の作品です。同地の仮面舞踏をSF的想像力によって大胆に翻案し、信仰と技術、身体とアバター、伝統と未来が混ざり合う臨界点を描きます。
 電子書籍化にあたり、チベット語・チベット文化研究者の星泉さんに解説を寄せていただきました。「ペーマ」という名前が想起させる英雄譚、チベットで「羅刹女」が占める特別な立ち位置、口承文化における拍の重要性、そしていまチベットをテーマにすることの文化的な意義など、『虹霓のかたがわ』の魅力を多角的にご紹介いただいています。以下にその全文を公開いたします。ぜひ小説とあわせてお楽しみください。
『虹霓のかたがわ』は現在ゲンロンショップにて販売中、Kindleストアでも間もなく発売予定です。(編集部)

 

 外国を舞台にした小説を書くというのは、ハードルの高いものではないだろうか。とりわけチベットのような資料の入手の難しい地域を対象にする場合は、下調べや取材も困難を極めるだろう。それだけに、近未来のチベットを舞台にした、少年僧が主人公のこのSF小説を初めて手にした時、大変なつわものが現れたなと驚くと同時に、チベット文化を描くことの難しさを想像して少々不安も抱いた。ところが、読み始めればそんな不安はどこへやら、主人公ペーマのまとう情報外套というギミックにまず惹きつけられ、迫力のダンスシーンに唸らされるうちに、一気に作品の世界に引き込まれ、最後には善く生きようとするペーマの真剣さに胸を打たれていた。

 榛見あきる『虹霓のかたがわ』は、SF読みではない筆者にも楽しめるエンターテインメントであると同時に、チベット文化への深い洞察と敬意をもって描かれた作品であり、長い間政治的抑圧状態にあるチベットをしっかりと見据え、そのような状況下でも自らの文化を未来へと継承していこうとする人々の、真摯な姿を描いた作品でもある。本稿ではチベット文化になじみのない読者への一助となるように、筆者なりの解説を試みたい。

ペーマが想起させるもの

 まず主人公の名前の話をしよう。ペーマとは、サンスクリットで「蓮華」を意味する「パドマ」がチベット語化したものだ。男女を問わず用いられる一般的な名前だが、仏教的な文脈に置かれると、8世紀の後半頃にインドから招かれてチベットに密教をもたらした密教行者パドマサンバヴァ(蓮華生)が思い起こされる。

 パドマサンバヴァは、伝承によれば、外来の宗教である仏教に反発して荒れ狂うあまたの魔物──自然災害などを引き起こす羅刹女あるいは各地の神々がイメージされている──を調伏し、果ては彼らに護法神として仏教を守護する誓いを立てさせたとされる、チベットに大きな影響を与えた人物である。グル・リンポチェ(偉大な師)として、今でも広く崇め奉られるパドマサンバヴァは、僧院の僧侶たちによる儀礼劇である仮面舞踏チャムにおいても、その魔物調伏の功績を讃える演目が上演され続けている。

 ペーマという名をもつ少年から連想されるもう1つの宗教芸能がある。民間の劇団によって上演される宗教歌舞劇アチェ・ラモの人気演目「ペマ・オンバル」である。この演目の主人公はペーマとちょうど同じような年格好の少年であり、『虹霓のかたがわ』とも響き合うところがあるので、あらすじを紹介しよう。

 主人公は、パドマサンバヴァに特別な力を与えられ、とある外道の国に生を受けた少年で、ペマ・オンバル(光り輝く蓮華)と名付けられる。少年は優れた才能をもつゆえに、外道の王に疎まれ、国を追い出されて様々な苦難に遭う。だが、行く先々で出会ったナーガや羅刹女を味方につけ、彼らから宝物を譲り受ける。宝物をもって故国に帰った少年だったが、嫉妬に狂った外道の王に殺されてしまう。ところがダーキニー(空行母)に助けられて甦り、ついには外道の王を廃し、自らが王座に就き、衆生を救済する仏教国を築くという物語である。

 こうしたパドマサンバヴァを巡る魔物調伏と衆生救済の物語は、宗教的な芸能によってチベットの人々の心に深く刻まれてきたものであり、それは『虹霓のかたがわ』にも色濃く投影されている。

羅刹女のアヴァター

 ところでペーマがまとうアヴァターはなぜ羅刹女なのだろうか。作品の中では「本来の艶と兇悪さを備えながらも、とびきりのかわいらしさで戯画化された、都市で人気の一柱」とされる相反する要素をもつキャラクターとされるが、実はこれもチベットの伝説を踏まえたものだ。

 チベットでは羅刹女は各土地に根ざした神々の総体のような地母神的存在であり、衆生に恵みをもたらす一方で荒れ狂うこともある、チベットの自然環境を象徴している。チベットの大地は、羅刹女がその豊満な肉体を仰向けに横たわらせた形をしていると言われ、その心臓や手足、陰部などの位置には、荒ぶる羅刹女を鎮めるための寺や仏塔が建立されていると伝えられている。

 もう1つ、チベット人の祖先として語られる、妖艶な羅刹女の伝説がある。その昔、無間地獄のような荒れた土地だったチベットに、強い憐れみを覚えた観音菩薩が、衆生を救済するため、神通力をもった菩薩の猿を派遣する。その猿がとある洞窟で瞑想修行をしていると、欲望を露わにした羅刹女が現れて、猿をあの手この手で誘惑する。結局この2人は結ばれ、間に出来た子がチベット人の祖先となったという。父なる猿が仏教を、母なる羅刹女が土地神を象徴しているので、その子孫たるチベット人は両者を内包した存在なのである。現在に至るまで続いている、仏教信仰と土地神信仰という2重の信仰形態とまさに合致する伝説である。

 こうした伝説はパドマサンバヴァが、各地の神々を調伏し、味方につけながら、仏教を広めていった姿とも重なるものであり、チャムやアチェ・ラモといった宗教的な芸能を通して、人々の心身に深く刻まれてきた。ペーマが羅刹女のアヴァターと一体となって舞う姿は、チベットという土地に根ざした信仰のあり方を象徴しているとも言えるのである。

宗教と芸能の場

 ペーマたちの舞踏とそれが行われる場も重要である。先に述べた僧院の儀礼劇チャムと、民間の歌舞劇アチェ・ラモは、いずれも演じ手と観客の双方が仏教の教えを心身に刻むパフォーマンスである。この作品でも迫力をもって描かれているように、同じ場を共有し、同じ拍を刻み、同じリズムに身を任せれば他者と一体化でき、生きる上で大切な教えを心身に刻むことができる。それは自分と他者の境目を越えることができる、宗教的熱狂を伴う舞踏であり、演劇なのである。

 こうしてみると、宗教と芸能の深い関係性を思わずにいられない。チャムもアチェ・ラモも、性質は異なれど、観客の前で披露するものである。いかに宗教的な意味が込められていようとも、美しい衣装をまとって披露される素晴らしい舞踏や歌唱は、観客にとっては心躍るスペクタクルである。その場にいる者を感化する働きは凄まじく、結果として、布施もたくさん集まってくる。

 布施を集める場という観点からは、アチェ・ラモの事始めに関する伝承が思い起こされる。創始者と考えられているのは、14、5世紀にチベット各地の川に鉄橋を架ける公共事業を行ったタントン・ギェルボなる遊行の行者である。伝承によれば、「(架橋の)作業が難航し、資金も底をついてきた時のこと、タントンは、工事に携わる人の中から歌の上手な7人の娘を選び、踊り方や歌い方を教え、自ら太鼓を叩き、人前で演じさせ、資金を集めはじめた」(三宅伸一郎「解説」、『天翔ける祈りの舞 チベット歌舞劇』、臨川書店、2008年)という。いわば、公共事業を成功させるために考えられた芸能というわけである。架橋事業は、多くの人を救う「衆生救済の象徴」(三宅、同書)でもあるから、それを成功させるための芸能とそれを楽しむ人たちが差し出す布施は、いずれも衆生救済へとつながっていく。宗教と芸能が結びつくことにより、その場にいる誰もが、生きとし生けるものすべての幸せを願う営みに参画できる、そうした場として維持されてきたのである。

他者とともに拍を刻む

 この作品でとりわけ見事なのが拍の描写だ。読んでいるうちに脳裏では踊り手たちの舞い踊る姿が躍動し、読み終えた頃には爽やかな疲労感を覚えるほどだ。チベット文化の文脈では、拍は舞踏ではもちろん、口承文学においても重要な位置を占めている。中でもとりわけ有名な英雄叙事詩『ケサル王物語』では、登場人物の対話は定型詩の形をとっており、1つのフレーズは7拍または8拍の組み合わせで語られる。語り部がテンポよく語るにつれ、一種のグルーブが沸き起こり、それを取り巻く聴衆は興奮の渦に呑み込まれる。チベットには1300年におよぶ豊かな文字文化の歴史があるが、それと同じくらい重視されてきたのが声の文化である。声を響かせ、拍を刻むことは、その場をともにする人たちを否応なく巻き込んでいく力がある。

 チベットにこれほどまでに宗教文化が浸透しているのは、善く生きるとはどういうことかを、人々が身体表現や言語表現によって、心身に刻み込んできたからではないだろうか。拍や、拍を内蔵した声にはそうした力がある。

 だが、本作品にも的確に描写されている通り、チベットでは、表現活動は何度も危機的状況にさらされてきた。1966年から10年間続いた文化大革命という〝嵐〟の時代には、読経も英雄叙事詩の朗誦も禁じられ、僧侶たちは還俗させられ、多くの僧院が破壊された。現在も政治的抑圧状況は続き、生活のあらゆる場面が漢語に埋め尽くされている。外から見ているとチベット語の命運は危ういとしか思えない状況だが、果たして彼らの言語は消えていってしまうのだろうか。いや、まだ希望を捨てる時ではない。拍や声の力に支えられた伝統はしっかりと根を張っているし、さらにはこの作品の中でプティがやってきたように、時代の変化やテクノロジーを取り入れながら、人々は新しい未来を生み出そうとしている。

信仰と技術の出会う場所

 事実、〝嵐〟の中、詩や歌のもつ力について真剣に考え続けた若い詩人がいた。その名はトンドゥプジャ。80年代に彼が見出したのは古代の文献に残された詩歌のリズムだった。その詩歌の響きを研究し、新たな気づきを得たトンドゥプジャは、自由詩という形でチベット語詩の世界に新鮮な拍をもたらした。その詩は若者たちに熱狂的に受け入れられ、多くの人々に朗誦された。〝嵐〟で傷ついたチベットの人々の心に誇りと勇気を取り戻させるとともに、若者たちには詩を作り、自らの声で朗誦する喜びを呼び覚まさせ、声の力を復権させる気運をつくったのである。トンドゥプジャの引き起こした革新は、今チベットで花開いている現代文学や映画といった言語芸術へと受け継がれている。

 その中の1人、小説家として、そして自ら脚本も書く映画監督として、国際舞台で活躍しているペマ・ツェテン──奇しくも作中の少年僧と同名──は、声の力を、映画という新しいテクノロジーを使った舞台装置につぎ込んだ人物である。2000年代に初めて映画の世界に飛び込んだ彼は、小説はもっぱら漢語で書くようになったかわりに、映画の台詞は声の言語、つまりチベット語の口語、特にふるさとの言葉にこだわるようになっていった。彼は映画という新しい技術を使って声の力を表舞台に引き上げて見せたのである。初期の映画では村人たちが演じる宗教劇が主たるモチーフとして用いられているが、これは〝嵐〟の後の時代における声の文化復権へのオマージュであるとともに、伝統的な声の文化を映画という新たな手法を通じて次世代へと継承していく気概を高らかに謳い上げたものだろう。

『虹霓のかたがわ』に登場する情報外套を始めとする未来のテクノロジーは、まさに拍や声のもつ力をデジタル信号に変換することで、新しい共有のかたちを見せてくれる。遥か未来のツールのようにも思えるが、基本にあるのはわれわれの身体から発せられるものだ。それを失いさえしなければ、隻手のペーマ同様、1人では生きられない未来の私たちも、他者と手を差し伸べ合い、より善く生きることができるのではないだろうか。

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1967年生まれ。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。チベット語研究のかたわら、チベットの文学や映画の紹介活動を行っている。訳書にラシャムジャ『雪を待つ』(勉誠出版)、ツェワン・イシェ・ペンバ『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』(書肆侃侃房)。共訳書にトンドゥプジャ『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』、ペマ・ツェテン『ティメー・クンデンを探して』(いずれも勉誠出版)など。『チベット文学と映画制作の現在 SERNYA』編集長。

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