「人間らしく生きる」ってなんなんやろな──小川さやか×東浩紀(司会=福冨渉)「生存と不確実性の経済」イベントレポ―ト

ゲンロンα 2022年2月15日配信
 2021年11月25日にゲンロンカフェにて行われ、文化人類学者・小川さやか氏のアナーキーな魅力が炸裂した東浩紀との対談イベント。先日は鹿島茂氏登壇イベント(『ゲンロン12』刊行記念第1弾)について激論を交わしたヒガシくんとニシノくんが、またまた都内某所のカフェにて感想を語り合う──。(ゲンロン編集部)

 

 

ニシノくん このまえゲンロンカフェに来てた小川さやかさん、ぶっとんだひとでおもろかったな~。

ヒガシくん 『ゲンロン12』刊行記念イベント第5弾だね。小川さんが『ゲンロン12』に寄稿した「反自動化経済論」は、特集「無料とはなにか」のトリをかざる印象的な論考だった。

ニシノ 小川さんは「インフォーマル経済」をフィールドワークしてきた文化人類学者や。「インフォーマル経済」ってのは、ざっくり言うと政府の正式な雇用統計に入らへん裏経済のことやったよな。タンザニアの路上商人や、香港で活躍するタンザニア人ブローカーたちが織りなす人間味溢れる経済が、これまたええ感じやった。

ヒガシ 営業許可・滞在許可や各種の税金といった法をかいくぐるグレーな領域で行われている活動だね。論考にもあったとおり、その実践は「違法(illegal)だが道義的には許される(licit)」ものであることもあって、かんたんな善悪では割り切れない。

ニシノ 世の中には「合法(legal)だが道義的には許されない(illicit)」行為やって存在するしな。そういう境界から、「フォーマル」な経済や社会の常識を問い直すのが小川さんの研究や。

ヒガシ ぼくの頭が固いだけかもしれないけど、小川さんの繰り出すエピソードは強烈なものが多くて、自分はインフォーマル経済では生きていけないかもと思ってしまったよ(笑)。

ニシノ そう? なんとなくノリはわかるような気がしたけどな。

ヒガシ もちろん理屈としては納得する部分も多いんだけどね。

ニシノ 理屈と言えば、小川さんが語る人間観や社会観は、東さんが哲学的に考えてることとかなりシンクロしてるっぽい感じやった。

ヒガシ 対談の司会を務めたゲンロンの福冨渉さんも指摘していたけど、小川さんは「フィールドワーク」、東さんは「哲学」というまったく別のところから出発して、それぞれおなじようなところにたどり着いているのがとても興味深かったね。

ニシノ せっかくやし、先日に引き続き感想戦といきますか。

ヒガシ そうしよう。

 

 
 

いちいち計算せんけど、ええ感じで儲ける

ヒガシ イベントでは、冒頭から小川さんのバックパッカー時代の豪快なエピソードがたくさん出てきて、いきなり盛り上がってたね。

ニシノ バックパッカーとして冒険に出た背景のところも印象的やった。小川さんはちいさい頃から日本社会の窮屈な感じが苦手で、「こことはちがうどこかに行きたい」と漠然と思ってたって言うてたな。

ヒガシ その漠然とした思いを理論的に突き詰めると、「『互酬性』が嫌だ」というところにたどり着く、と小川さんは分析していた。

ニシノ 「誰かからなにかをしてもらったら、それをきっちり返すのが当たり前」みたいな発想のことやな。

ヒガシ 互酬性が強固な社会は、うまく回っているときはフェアなものに見える。ただ、いったん「ぼくはこれをやってあげたのに、どうしてあいつは返さないんだ」という恨みの感情が生まれてしまうと、そこから一気に悪循環に陥って息苦しい人間関係が生じてしまう。

ニシノ そう思ってまう気持ちはわからんでもないけどな。

ヒガシ そうなんだよ。むしろぼくはそちらに共感しちゃってね。好意から親切にしたつもりでも、どこかでなにか返ってくることを期待してしまう。それで勝手にイライラしたりすることも多い。

ニシノ そういえば、このまえヒガシくんに払ってもらったお茶代返してなかったっけ……?

ヒガシ それくらいはべつにいいんだけどね(笑)。それはともかく、息苦しくなりがちな互酬性とはちがうあり方として小川さんが挙げていたのが、人類学者のデヴィッド・グレーバーの言う「基盤的コミュニズム」だった。人々はそれぞれ助けが必要になったとき、目の前の相手が可能なことだけを期待する。そして、してもらったことやしてあげたことをいちいち計算しない。

ニシノ いまの俺の立場を肯定してくれる、ありがたい理論や(笑)。小川さんがアフリカの都市や香港のタンザニア人コミュニティで体験した「常識」がこれに近いかもってことやったな。そもそも人間関係が流動的でいい加減やし、誰かが困ってるときに助けるかどうかも「そんなのそのときの気分によるやろ」って堂々とみんな言うてたりする。このまえおごってくれたヒガシくんの気分、ありがとう。

ヒガシ ……。ただ、東さんは、そこで言われている「気分」と、彼自身がたびたび取り上げているルソーの「憐れみ」が近いのではないかと対談のなかで指摘していた。

ニシノ ひとが目の前で困ってるときについ助けたくなる気持ちのことやな。

ヒガシ 東さんの説明では、ルソーが言っているのは「人間は必ずひとを助ける善い存在だ」という性善説ではなく、「ひとはときに損得を計算せずに行動してしまうものだ」という洞察なんだということだった。

ニシノ たしかに、小川さんの話に出てくる商人たちも根っからの善人ってわけやなかったな。田舎から出てきたひとを騙して、高い値段でぼったくることもあるって「反自動化経済論」に書いてたし(笑)。

ヒガシ そこは読んでてちょっとどうかと思ったけどね(苦笑)。彼らはそうやって騙すことも含めた駆け引きのなかで、ものを売ったり買ったりする。

ニシノ 全体的には「金持ちからたくさん金をぶんどって、貧乏人に安く売る」傾向があるらしいから、細かいことには目くじら立てんでもいいんちゃう? 大きく見れば、彼らは人助けをしてると言えんこともない。でも、それがあくまで商売のなかの駆け引きとして起こってるってのがシブいとこやな。

ヒガシ 小川さんいわく、路上商人たちは「全体をうまく回すその価格操作こそが自分たちの仕事だ」と自負しているんだったね。

ニシノ ただの助け合いでもなく、かと言って数字上の損得勘定だけでもない。両者のはざまで回ってるのが、小川さんがグレーバーの言葉を借りて言うてた「人間の経済」や。

ヒガシ なんだかうまく丸め込まれてる気がしないでもないなあ。

ニシノ でも、たしかこの「人間の経済」も、東さんの哲学的な関心とめっちゃ近いんやったよな。

ヒガシ それはそうなんだよね。東さんは、小川さんの扱っているインフォーマル経済を「交換の失敗が連続し、それがうまく秩序をつくっている社会」と言い換えていた。

 

 
 

ニシノ 東さんがよく言うてる「贈与は交換の失敗としてのみ起こる」って話の進化系みたいなもんやな。

ヒガシ 「純粋な贈与は存在しない」という哲学的なテーゼから出てきている話だね。ひとが誰かになにかをあげる(贈与する)とき、その行為はかならず「なにかで返してね」というメッセージをはらんでしまう。たとえそんな意図はないと言い張っても、相手に「もらってしまった」という負い目を与えた時点で100%の贈与にはならない。

ニシノ だから東さんは「交換したと思ったけど失敗してた」ときにだけ、じつは贈与が発生してるんちゃうかって考えるんやな。小川さんも似たことを言うてて、値段交渉の駆け引きのあとに残る「私は騙されたかもしれないが、それは助けたことになっているのかも」「私は騙したかもしれないが、助けられたのかも」という余韻が大事らしい。

ヒガシ 小川さんが紹介する社会ではそのような失敗が適度に放置されている。だから贈与や人助けのネットワークを維持できている。それが東さんの指摘していたことだね。ただ、東さんも小川さんも、その「適度な失敗」がどういう塩梅で決まっているかを言葉にするのは難しいとも言っていた。

ニシノ そりゃまあ、商売なんてそんなもんやろ。

ヒガシ でも、その「適度さ」をうまくコントロールする法則や制度を見つけることができれば、誰もがWin-Winで幸せな社会ができるんじゃないかな。

ニシノ うーん、どうなんやろ。東さんは、自身がシラスを運営するなかでやろうとしているのも「適度な失敗」に近いかもしれへんって言うてたな。

ヒガシ シラスの番組は、「1000円払ったらきっちり3時間で〇〇についてのたしかな情報が得られる」みたいなものではないからね。

ニシノ そうそう。本筋から外れた雑談が盛り上がることもあるし、盛り上がりすぎて延長、延長、ってなることもしょっちゅうやし。視聴者のコメントも、もろもろの偶然に拍車をかける。「寝れんやん」ってぼやきながら、予想もしてなかったテーマの学びを得たり、いままで考えてなかったことを考えたりするのがシラスの醍醐味や。

ヒガシ シラスの回し者みたいだね(笑)。でもたしかに、そういう思わぬところから生まれる体験こそがむしろ教育やコミュニケーションの本質なのではないか、というのが東さんの考えだった。それは「余韻」のある「適度な失敗」と言えるかもしれない。

ニシノ ヒガシくん、自分で自分を説得するみたいな感じになってておもろいな(笑)

SNSはバグをつくるために適当に使うねん

ニシノ でも、ここまで見てきたようなインフォーマル経済について、コメントでは「そんな不確かなもんでは国やシステムは効率的に回らんのちゃうか」みたいな突っ込みも入ってた。これなんかがヒガシくんのモヤモヤと近いんちゃう?

ヒガシ そうなんだよ。

ニシノ 東さんはそれに答えて、「インフォーマル経済の存在はフォーマル経済を否定するもんちゃう」って言うてたな。もちろん、フォーマル経済があることで社会は成り立ってる。せやけど、インフォーマル経済が二次的やというわけではなくて、フォーマル経済が全面的に社会を覆ってまうと人間が人間らしくいられんくなってまう。

ヒガシ でも、ぼくたちはいまフォーマル経済のなかで人間らしく暮らしてるんじゃないの?

ニシノ そう言うけど、ヒガシくんがこのまえお茶代おごってくれたのもインフォーマル経済みたいなもんなんちゃうかな。フォーマル経済をほんまに突き詰めたら、小川さんのプレゼンに出てきた「評価経済」みたいなことになっていく。インターネットのプラットフォーム上に販売や購買の履歴がデータとして貯まることで、あるひとがどれだけ信用できるかがスコアとして可視化されてまう、みたいな話や。

ヒガシ たしかにすべてが完全にデータ化されるのは気持ち悪いかもしれないけど、ある程度までなら効率のよいシステムにも思えるよ。ぼくがニシノくんに貸したお茶代だって、ちゃんと返してもらえるようになるし(笑)。

ニシノ お茶代のことは悪かったけど(笑)、そうするとやっぱり最初に話した「互酬性」みたいな息苦しい社会になってまうと思うで。 そういうもんをかいくぐって、人間を人間らしくいさせてくれるのがインフォーマル経済なんやろ。東さんいわく、それこそ日本でもむかしは野菜を八百屋で買ったりすることも多かったわけで、人格的な取引がされてる場はたしかにあったってことやったし。

ヒガシ なんとなくわかるような気もするんだけど、いまひとつ具体的にイメージできないんだよね。物心ついたころからコンビニやアマゾンで買い物をするのが当たり前だったからなのかな。

ニシノ 自分の地元やと、近所のたこ焼き屋のおっちゃんがちょくちょくサービスしてくれたり、おばちゃんが意味もなく飴ちゃんくれたりするからなあ。そういうところでインフォーマル経済を学んだんかもしれん(笑)。

ヒガシ たこ焼きはともかく、飴ちゃんは経済なんだろうか(笑)。

 

 
 

ニシノ 冗談はさておき、IT技術がどんどん発達してる現代においては、そういうインフォーマルの領域をいかにわざとつくって確保するかが大事になるってことや。ここんところでも、小川さんと東さんはお互いに深く同意してる感じやった。

ヒガシ たしかに、小川さんがフィールドワークのなかで出会った商人たちは、評価経済のシステムは一切使わないみたいだね。売り手と買い手をつなぐためにSNSは使うんだけど、そこは適当でいい加減な投稿があふれるカオスになっている。彼らはSNSでも思わぬひととつながるような「バグ」を生み出すようにこころがけているとのことだった。

ニシノ よくわからんジョーク画像を投稿したり、高級服を試着した自撮り写真を投稿したりとかな(笑)。

ヒガシ 服は買わずに投稿のためだけに試着してるって言ってたね(笑)。

ニシノ それで、その写真を見たひとに「このひとはいま羽振りがいいから悪どいことはしなさそう」と思わせて、商談を引き寄せたりする。俺もそういうノリでSNSとか使っていきたいわ。やっぱり、小川さんの話に出てくる例はどれも常識を壊してくれる感じでおもろかった。

ヒガシ たしかにどの話もインパクトがすごかった。とても全部は話しきれないけど、とくに印象に残っているのは、「タンザニアのひとたちはみんな誰かに借金しているけど、別の誰かに貸してもいる」という話。ふつうぼくたちは、誰かに借金していたら他のひとにお金を貸したりしない。それに、お金を貸せるひとは借金がないものだと考える。

ニシノ 逆にタンザニアのひとらは「たくさんのひとから借りるからこそ貸すこともできるし、たくさんのひとに貸せるひとやからこそ借りることもできる」って考えるらしいな。

ヒガシ 新鮮だよね。彼らにとって「貸し借りゼロ」の状態はむしろ望ましくなくて、誰かに借りた分をきっちり返すよりも、他の誰かに貸すことを優先する。

ニシノ たくさんのひととつながって、全体をうまく回すことこそが大事やって発想やな。このへんも東さんの哲学的な関心とシンクロしてたよな。

ヒガシ 東さんはこの話に時間軸をプラスして、「世代の継承」の問題として捉えていた。ある意味、ひとは生まれてきた時点で親から莫大な贈与を受け取っている。返すことのできない負債と言ってしまってもいいかもしれない。返すことのできない分を、ひとはあたらしく子どもを生むことで次の世代につなげて社会をつくっていく。

ニシノ たしかに、誰かからもらった分を他の誰かに渡すって意味では似たような話なんかもな。「先輩におごってもらった分は後輩におごって返すのが道理や」みたいな発想もこれに近いんかもしれん。

ヒガシ 東さんいわく、これは西洋近代の哲学からはなかなか出てこない考え方だそうだ。基本的に西洋では、子どもの視点で「いかに親から自由になるか」ばかりが考えられてきた。そこで見落とされているのは、「いかに子どもを生み育てるか」という親の立場だ。西洋哲学を凝縮したハイデガーも「ひとは一人で死ぬ」というところから考えを突き詰めるばかりで、「生む」という視点がない。東さんはそれとはちがう哲学をつくろうとしている。

ニシノ 東さんの『観光客の哲学』の最後に出てくる、「子として死ぬだけではなく、親としても生きろ」ってやつですな。

ヒガシ うーん。やっぱり、根本的なところで小川さんと東さんの哲学は共鳴してるのかもしれないね。

ニシノ また自分で自分を説得しとるな(笑)。

ヒガシ そういえば、ここまでの話とあまり関係ないかもしれないけど、SNSでのアクティヴィズムについての意見でも小川さんと東さんはけっこう近い感じだった。

ニシノ そうやったっけ。政治運動のモデルについては、ふたりの意見がすこし食いちがうところもあったような気もするけど。

ヒガシ 東さんがマンガの『寄生獣』を例にして語っていたところかな。

ニシノ そうそう。でも、細かいところはあんまりよく思い出せへんわ。もう一回イベント見直してみよ。

ヒガシ ぼくも見直してみるよ。盛りだくさんのイベントで今日は話せなかったところもたくさんあるし、今度また話そう。

ニシノ また盛り上がりそうやな。今日も楽しかったわ、ありがとう。

ヒガシ こちらこそ。それじゃあまた。

(住本賢一)

 

 
 

 シラスでは、2022年5月25日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。

小川さやか×東浩紀(司会=福冨渉)「生存と不確実性の経済──スケールしないお金の話」【『ゲンロン12』刊行記念】
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20211125/

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