「家」を根本的に廃絶せよ!──鴻野わか菜×本田晃子×上田洋子「社会主義住宅『コムナルカ』とはなんだったのか──ソ連人が描いた共同生活の夢」イベントレポート

ゲンロンα 2022年3月1日配信
 ソ連時代の共同住宅、コムナルカ。革命直後の住宅不足を解消するためにつくられたこの住宅は、その劣悪な居住環境のために、住人たちから嫌われてきた。その反面、コムナルカは多くの作家たちにインスピレーションを与え、さまざまな小説やドラマの舞台にもなっている。
 そのアンビバレントな存在をテーマに、『ゲンロンβ』で「革命と住宅」を連載中のロシア建築史研究者・本田晃子と、越後妻有で「カバコフの夢」常設展示のキュレーターをつとめる鴻野わか菜をむかえ話を伺った。司会はロシア文学研究者である、ゲンロンの上田洋子がつとめた。(ゲンロン編集部)

 

 

 コムナルカとは、シェアハウスの「極限」である。住宅不足を解消するために、とにかく部屋数を確保すべく、急ごしらえにつくられたその共同住宅では、見ず知らずの他人たちが、きわめて狭い空間のなかに──文字どおり──詰め込まれて暮らしていた。

 隣人との距離があまりにも近く、プライバシーがなく、いつも不便なコムナルカは、住人たちの憎悪を集めていた。そこに住んだ人びとは、つねに、コムナルカでの生活から抜け出すことを夢見ていた。

 その反面、自由な世界を夢見た住人たちのイマジネーションは、豊かな文化を人びとのなかに立ち上げることになった。たとえば現代芸術家イリヤ・カバコフのインスタレーション作品において、コムナルカは重要なモチーフとして取り上げられる。その閉塞感が、かえって、作家たちの自由な想像力を解放したのだ。

 また、多くの人びとが隣り合わせに生活するコムナルカは、つねに様々なドラマが生み出される空間でもあった。小説や演劇、テレビドラマや映画にとって、格好の舞台装置となったのである。ソ連時代から現代に至るまで、さまざまな作品のなかに、コムナルカが登場している。

 建築空間としてのコムナルカ、生活の場としてのコムナルカ、想像力の源としてのコムナルカ、そしてイメージのなかのコムナルカ……。その多面性に、今回のイベントでは、3人のロシア研究者が迫っていく。

 イベントは、本田と鴻野がそれぞれプレゼンを行い、そこに上田を加えた3名のコメントが適宜差し挟まれていくかたちで進行した。ここでは、真夜中まで続いた白熱の「コムナルカ」トークから一部をかいつまんでリポートしたい。

社会主義のユートピア

 まずは本田によって、コムナルカを舞台としたさまざまな映画やテレビドラマを紹介しながら、建築史的な視点からプレゼンが行われた。

 コムナルカを生み出したのは、なにより、革命直後の深刻な住宅不足だった。厳しい気候のなかで住宅なしに生きることなどできないから、住宅不足を解決することは、革命政府の急務であった。そこで、都市部の住宅の国有化が行われる。とりわけ部屋数の多さを誇っていた貴族やブルジョワの大邸宅が「接収」され、共同住宅につくりかえられ、労働者たちに「再分配」されたのだ。

 

 けれども、本田が強調するのは、ひとつの住宅を赤の他人と「シェア」するというアイデアそれ自体は、じつのところ、住宅不足という現実的な問題を解決するためだけに生み出されたものではなかったということだ。社会主義思想のなかに見出される「共同住宅の理想化」に本田は目を向けている★1

 社会主義には「反・家(アンチ・ホーム)」の思想があった。とりわけそれを主張したのは、フリードリヒ・エンゲルスである。彼は資本主義を批判したが、その批判は「家」に対しても向けられていたのである。

 エンゲルスが考えたのは、家を根本的に廃絶することだった。それは私有財産制の単位であり、また人びとを束縛するものである。だが、エンゲルスが廃絶しようとした「家」とは、精神的・経済的な観念としてのそれだけではなかった。彼が提唱したのは、家族単位の家という建築空間を解体することだったのである。そのための方策として、彼は「個人所有の住宅」のかわりに「共同住宅」をつくることを提案していた。

 そして本田によれば、共同住宅こそが理想であると考えた社会主義者は、エンゲルスだけではなかった。フランスではシャルル・フーリエが共同住宅「ファランステール」を構想している。そしてロシアでは、ニコライ・チェルヌイシェフスキーが小説『何をなすべきか』を著し、そのなかにユートピア的な共同住宅を描きだしていた。

 チェルヌイシェフスキーの作品は、当時のロシアにおいて、レーニンをはじめとした左派知識人たちに大きな影響力を持っていた。「共同住宅」は、まさしく社会主義思想の「ユートピア」として、ロシアの革命家たちにも共有されていたのである。

 ところで、共同住宅に夢を描いた当時の社会主義者たちは、いまの私たちからみると、いくぶん興味深く、同時にいささか滑稽にも感じられる、ある表現を用いていたという。革命家たちは、共同住宅をつくりだすことで、そこに「ノーブイ・ブィト новый быт」が生まれるはずだと考えた。

 このロシア語が意味するのはじつは、この数年でわたしたちがすっかり聞き慣れてしまった、あのスローガンにほかならない。「新しい生活様式」である。上田はそもそもこの日本語そのものが「すごく社会主義っぽい」のだと指摘する。上田が口にしたこの感想も、わたしたち自身をとりまく状況に引き寄せられて、筆者には興味深く感じられた。

 本田が紹介した「家(ホーム)」と「新しい生活様式」をめぐる社会主義の理想は、どうやら2020年代に生きるわたしたちにも無関係ではなさそうだ。では、ソ連における「新しい生活様式」の実際は、ユートピアが実現されたはずのコムナルカの現実は、一体どのようなものだったのか。

そこでゆっくりと住んでいたい気持をそそらない場所

 現実のコムナルカは理想とは程遠いありさまだった。ユートピアとは「現実には存在しない」場所のことである。住人たちはコムナルカを嫌悪し、いつもそこから逃げ出すことを夢見ていた。

 端的にいって、コムナルカは、あまりに「ぎゅうぎゅう詰め」な環境だったのだ。もとより共同住宅のために設計された建物ではなかったから、キッチンやトイレの数はかぎられており、壁は薄く、つねに隣人たちの会話や物音が聞こえてきた。

 プライバシーが確保されず、あらゆる生活が剥き出しになってしまう空間としてのコムナルカを印象的に描きだしたテクストとして、コムナルカに暮らした経験をもつ詩人ヨシフ・ブロツキーの文章を、本田は紹介する。

それは、人間の性質についてのあらゆる幻想を剥ぎとり、生活をその基礎まで剥き出しにする。君はおならの音量で誰がトイレに入っているのか判別できるようになるし、彼ないし彼女が朝食や夕食に何を食べたのかもわかるようになる。★2

 食事のみならず、排泄といった、かぎりなく私秘的なことがらさえ、隣人に対して「剥き出し」にされてしまう極限的な空間。それが呼んだのは隣人トラブルだけではなかった。ときはスターリンによる悪名高き大粛清時代、隣人同士の「密告」が相次いでいたのだ。

 コムナルカでは、住人たちは互いがなにを喋っているのか常に耳にしていたから、反体制的な言動などがあれば、すぐさま当局に告発することができた。そしてその動機はやはり「部屋の狭さ」だった。住人の中から逮捕者が出れば、そのぶん空間に余裕が生まれる。だから住人たちは、こぞって誰かを逮捕させ、同じ空間に住まう人数をなんとか減らそうとしたのだった。

 コムナルカにあらわれたのは、かぎりなく近い距離のなかで他人と暮らし、あらゆる生活の側面を互いに剥き出しにすることを余儀なくされた、極限状況における人間の生にほかならなかった。だが一方で、1990年代以降に作られた映画では、コムナルカはノスタルジーやエキゾチズムの対象になっているということも、本田は紹介している。その空間は、単に憎悪の対象であったというだけではなかった。続く鴻野のプレゼンに登場するのは、コムナルカによって培われた想像力を持ち、みずからの作品にコムナルカを描きだした「芸術家」たちである。

 

逃げだした先に見えてきたもの

 鴻野のプレゼンで最初に取り上げられたのは、イリヤ・カバコフである。カバコフはいまでは世界的なアーティストであり、日本でも新潟県・越後妻有に「カバコフの夢」という常設展示がオープンしている(鴻野はそのキュレーターをつとめている)★3

 カバコフはソ連時代には、コムナルカで暮らす厳しい生活を経験してきた。国家から認可されない非公認芸術家であったカバコフは、公には絵本作家として生計を立てるほかなく、「自分のための作品」については公開するあてもなく作りつづけていたのだと鴻野は言う。その代表作が『10のアルバム』(1970-74年に制作された)である。10人の夢想家たちの物語からなるこの作品には、コムナルカの住人だと思われる登場人物も登場する。

 なかでも印象的なのは、第1アルバム「クローゼットに閉じこもるプリマコフ」だ★4。主人公の少年プリマコフは、コムナルカと思しき共同住宅で、半年間、クローゼットに閉じこもる。プライバシーのない環境を嫌がって、自分ひとりの空間を求めたのである。

 プリマコフの物語に添えられた挿絵には、共同住宅らしき部屋の様子など、少年が目にした光景や想像した景色が描かれている。物語の途中で、プリマコフはクローゼットの中からまったく出てこなくなり、やがて心配した家族が扉を開けると、そこに少年の姿は見当たらない。添えられた挿絵は、コムナルカの外の風景に変わり、やがて視点は空高くのぼっていく。鴻野はそこに、コムナルカの部屋のなかで、この狭く閉じられた空間から抜け出そうとした人びとの切実な想像力と、暗示された「少年の死」にあらわされた、逃れることのできない閉塞感を読み取っている。

 1987年にカバコフは初めてソ連の外に出る。70年代から80年代にかけて、多くの作家や芸術家が自由をもとめて西側に亡命していくなかで、ソ連にとどまりつづけていたカバコフは、ペレストロイカの時代になって、ようやく招待を受けるかたちで西欧に足を運ぶ。やがて彼は活動拠点を欧米に移してしまうが、カバコフの「亡命」については、ソ連と西側のあいだの境界線が曖昧であると指摘されることもある★5

「亡命」の後、カバコフは「トータル・インスタレーション」というジャンルをつくりだし、それによって高い評価を確立することになる。だが、「西側」でつくられることになったトータル・インスタレーションのコンセプトには──カバコフ自身の主張によれば──「ソ連的な世界観」が反映されているのだという★6。そして、そこで作品のモチーフに選ばれたのはコムナルカだった。なかでも「共同キッチン」の空間を、カバコフは象徴的に取り上げている。

 

 たとえば、1993年に軽井沢・セゾン現代美術館で展示されたインスタレーション「共同キッチン」は、展示空間の頭上から垂れ下がった「ガラクタ」と「メモ」が印象的な作品だった★7。ガラクタは、コムナルカの共有空間に雑然と置かれていた家具や雑貨をあらわしている。メモには、コムナルカの共同キッチンで耳にされた、人びとの会話が書きつけられていた。「誰がこんなに汚したの!」「わたしの食器を使ったのは誰!?」……。

 イベントでは、カバコフが「共同キッチン」のモチーフを積極的に打ち出したことの意義が議論された。

 本田によれば、ソ連建築史研究では、「個人住宅のキッチン」の誕生こそが「反体制的な言説が許されるようになった契機」として論じられているのだという。共同住宅のキッチンは、すでに述べたように、相互監視の場にほかならなかった。そこで政治的な発言をすることは難しかった。けれども、個人住宅ができると、キッチンはむしろ自由な会話の場になった。事実、公的空間では作品発表の機会が得られなかった非公認芸術家たちにとって、キッチンは、仲間内で作品を見せ合うための格好の場所となったのだ。

 このように、ソ連において二重の意味をもっていた「キッチン」を、カバコフがあえて「西側」で積極的に取り上げた意図はどこにあったのか? 上田はそこに、ソ連から西側へ「亡命」した芸術家としてのカバコフが打ち出した「戦略性」を指摘している。あるいは、そこに「亡命者」としての複雑な心情を読みとることもできるかもしれない。

 鴻野によるプレゼンの最後で、「亡命」がひとつの論点として浮かび上がってくる。西側に亡命した芸術家たちは、そこから逃げ出してきたはずのコムナルカという空間に、むしろ「郷愁」や「渇望」を向けていたとも考えられるのではないか、と鴻野は読み解いてみせる。たとえば画家のミハイル・ロギンスキーは、フランスに亡命した後、ソ連にいた頃の仕方で絵を描くことができなくなる。彼はそれまで、日用品に託してソ連をリアルに描いていたからだ。そこでロギンスキーが新たに選んだのは、みずからが暮らしてきたコムナルカの空間を、ノスタルジックな色彩で描くことだった。

 コムナルカは、食事から排泄まで、あらゆる生活が他者に対してかぎりなく剥き出しにされる空間であり、住人たちはそこから逃げ出していった。しかし、その反面、そこには濃密な人間関係も存在していた。祖国から切り離され、孤独に暮らしていた亡命者たちは、忌み嫌っていたはずのソ連の集団主義のなかにこそ、亡命先で渇望した人間関係が存在していたことを鋭敏に感じとったのかもしれない。

コムナルカの現在地

 イベントを締めくくるように話題となったのは、コムナルカの有している現代的な意義だった。コムナルカは、ただ単に、ソ連時代につくられた時代遅れの共同住宅というわけではない。亡命した芸術家たちがそこに見いだした「濃密な人間関係」は、人と人のつながりが希薄化しているといわれる現代社会において求められる、コミュニティーのひとつの可能性を示しているようにも思われる。

 現代のわたしたちの文脈に引き寄せてみると、コムナルカは「シェアハウス」を先取りしていたといえるだろう。ただし、きわめて極端なかたちで。だからこそ、その空間は人びとの憎悪と、そして愛着を同時に引き寄せてきたのだ。

 コムナルカについて筆者が Google 検索していると、サンクトペテルブルクに現在も残るコムナルカを取材した2016年の記事が目に止まった。そこでは75歳の住人が「コムナルカが本当に好きだ。ここ以外の場所に住みたいとは思わない」と言い切っている。いわく、「ここなら絶対に独りぼっちになることはない。いつも誰かがそばにいる」からである★8

 

 上田は、亡命した芸術家たちがコムナルカを思い出さずにはいられなかった理由を、「コムナルカのような密な人間関係は、強制されないとあり得ないもの。どれほどつらい記憶であっても、思い出してしまうものなのだろう」と想像する。亡命者たちがコムナルカの人間関係に示した愛着は、彼らがコムナルカに抱いていた憎悪と切り離せるものではなかったのだ。

 コムナルカが持っていた「憎悪」と「愛着」というまったく真逆な2つの意味を、巧みに1つの作品のなかに入れてしまうところにカバコフの魅力があると本田は分析する。たとえば、共同キッチンに交わされた言葉の記憶は、一方では、名もなき人々の生きた痕跡を記録にとどめる作業であり、他方では、いざとなれば秘密警察に密告するための記録をつくりだす作業でもあった。そこに描きだされた、理想と現実のせめぎあい、ユートピア的なものとディストピア的なものの「二重性」こそ、コムナルカの本質にほかならない。

 いま、2020年代に生きるわたしたちが、コムナルカという、一見すると時代遅れなソ連の共同住宅に惹き寄せられるのは、まさしくその空間のもつ二重性に、現代的な要素を感じ取っているから、なのかもしれない。他人との近さが生みだす価値とリスク、家族だけに閉じられた「家(ホーム)」という空間がもたらす快適さと危険性、コミュニティーから解放された自由と孤独……。たとえば「ソーシャル・ディスタンス」や「ステイ・ホーム」、「ドメスティック・バイオレンス」といった現代社会の論点は、コムナルカのなかに、いくぶん極限的なかたちで先取りされていたように筆者には思われた。

 輝かしい理想と鬱屈した現実をともに体現したコムナルカという社会主義建築は、わたしたちが、来たるべき家族と社会のありかたやそのための建築空間について考えていくために、格好の手がかりを与えてくれるはずだ。

 今回のイベントは、およそ5時間半にわたって行われた。100枚を超すプレゼンのなかでは、数多くの映画や芸術作品が登場し、コムナルカという空間やそこでの生活を視覚的につかむことができる。より深く分け入るためには、イベントのアーカイブ動画を。濃密なコムナルカの世界を、とくとご覧あれ。(植田将暉)

 

 シラスでは、2022年7月6日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。

鴻野わか菜×本田晃子×上田洋子「社会主義住宅『コムナルカ』とはなんだったのか──ソ連人が描いた共同生活の夢」(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20220106/

 

★1 社会主義住宅において理念として存在した「反・家」の思想と「共同住宅」の理想化については、本田晃子「革命と住宅(1) ドム・コムーナ──社会主義的住まいの実験(前篇)」(『ゲンロンα』、『ゲンロンβ』)のなかで、丁寧にその歴史がたどられている。
★2 翻訳は、本田晃子「革命と住宅(3) 第2章 コムナルカ──社会主義住宅のリアル(前)」から。元のテクストは、Joseph Brodsky, Less Than One: Selected Essays (New York: Penguin Classics, 2011) 所収。
★3 展示作品の詳細はカタログ『カバコフの夢』(越後妻有里山協働機構、2021年)を参照のこと。今回のイベントのなかでも、鴻野によって、越後妻有の作品が紹介されている。
★4 『10のアルバム』のテクストや挿絵は、イベントでは、鴻野のスライドで紹介されている。また、カバコフの作品紹介やインタビューなどが収められた、沼野充義編著『イリヤ・カバコフの芸術』(五柳書院、1999年)、p.136以降に、カラーの図版やテクストの翻訳が掲載されている。
★5 前掲『イリヤ・カバコフの芸術』、pp. 30-31
★6 前掲書、p. 32
★7 インスタレーション「共同キッチン」(セゾン現代美術館、1993年)についても、展示会場の写真やスケッチ、メモの翻訳などを、前掲書 p.228以降に見ることができる。頭上から吊り下げられた、会話を書きとめた「メモ」の様子は、越後妻有里山現代美術館に展示されているカバコフの作品「16本のロープ」に窺うことができる。 https://www.echigo-tsumari.jp/art/artwork/16-ropes/
★8 「『独りじゃない』共同住宅コムナルカ、ソ連時代の遺物」、『AFPBB News』、2016年5月10日 https://www.afpbb.com/articles/-/3085994

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