日本サッカーはガラパゴス化しているのか?──五百蔵容×中村慎太郎×速水健朗「ジャパンズウェイを再考する」イベントレポート

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ゲンロンα 2022年3月4日配信
 2022FIFAワールドカップが11月にカタールで開幕する。7大会連続の本選出場へ向け、日本代表は目下最終予選を戦っている最中だ。
 2018年のロシアワールドカップ以降、日本サッカーは「ジャパンズウェイ」という指針を掲げ、日本独自のサッカーを模索し続けてきた。香川真司、本田圭佑、長谷部誠ら長年代表を支えてきた選手が退いたりと、日本サッカー代表はこの4年間まさに転換期にあったといえよう。
 はたしてジャパンズウェイはどこへ向かうのか? 2022年大会の展望は? 速水健朗が発起した本イベントでは、ゲームエンジニアとして働く傍ら、サッカー分析で知られる五百蔵いほろいただし、サッカー関連書籍を扱う西葛西出版を2021年に立ちあげたライターの中村慎太郎を迎え、日本サッカーの現状について詳しく語ってもらった。本レポートでは、その様子を抜粋してお伝えする。(ゲンロン編集部)

森保一のサッカーはなぜつまらないのか?


 まずは速水がスライドを用いて、森保ジャパンの足跡を振り返る。ロシアワールドカップ開催2ヶ月前でのハリルホジッチ監督解任から始まったこの4年間、日本サッカーは満足な結果を残せているとは言い難い。世代交代を進める中、思うような戦いができない森保ジャパンはファンの不興を買い、解任論もネットやメディアで取り沙汰されてきた。

 
 
 とはいえ、ハリルホジッチを解任した時点で、日本代表監督を務められるのは森保しかいなかったというのが五百蔵の意見である。2012年から2017年の途中までサンフレッチェ広島を率いた森保一は、資金力に乏しいチームで三度のJリーグ制覇という華々しい実績を残しており、匹敵する人物は見当たらない。

 しかし実績とは裏腹に、森保のサッカーは「つまらない」と三者は口をそろえる。中村はFC東京のサポーターとして、対戦相手の視点からサンフレッチェ広島時代の森保サッカーを観てきた。そんな中村によると、森保サッカーの特徴は「相手の長所を消すサッカー」であり、グラウンドでの展開が乏しい。だから観客としてはつまらなく感じてしまう。強いサッカー=面白いサッカーという訳ではないのだ。

 続いてイベントは、現在の日本代表の戦術について、サッカーの作戦ボードを用いながら分析するパートに移った。伊東純也はなぜ孤立しているのか? 南野拓実の使い方はどこが正しいのか? など、森保サッカーの分析が展開された。このパートを観れば、実際に代表戦を観たくなることは間違いない。

 サッカーは日々進化している。いまは、サッカーを複雑系として捉え、物理学や統計学の力を借りて最適な戦術を導きだそうとする時代。そんな時代にトップレベルで戦うには、相手の作戦に合わせた柔軟な動きが求められる。

 しかし五百蔵は、日本代表はまだその域まで達していないという。それが如実に表れたのが東京五輪での戦い。A代表(年齢制限のないフル代表)と同じく森保一が率いた日本代表(五輪では選手に年齢制限がある)は、選手の自主性を封じた縦ラインのカウンターサッカーをみせた。グループリーグではそれがうまく機能したものの、決勝トーナメントでは対策を講じられ、何もできなくなってしまった。ピッチの中の選手達の自主的な判断や別のプランを立てて柔軟に対応することが出来なかったのである。想定外の状況に対して、選手達の自由な判断によってそういった柔軟性を発揮できるようになること。それが「ジャパンズウェイ」を通じて日本が実現しようとしているものであったにも関わらず。

 同様にA代表のほうもスタメンと戦術が固定化し、柔軟さを欠くきらいがある。アジアレベルですら苦戦を繰り返す今の森保サッカーは、はたしてワールドカップで通用するのか?──日本サッカーの未来は前途多難なようだ。

日本サッカー界が抱える諸問題


 イベント後半は放送翌日(1/27)に行われた中国戦の予想から始まり、その後、日本サッカー界の構造的な課題へと話題が移った。

 まずはスターの不在について。2000年代は、中田英寿、小野伸二、中村俊輔らが輝き、2010年代も、本田圭佑や香川真司など、誰もが知るスター選手が日本代表を盛り上げていた。しかし今は彼らに匹敵するスター選手がいない。

 例えば久保建英はスターとして申し分のない実力を備えている。でも現実にはスターになっていない。なぜか。中村は、子どもの頃からスペインに渡り、サッカープレイヤーとして英才教育を受けてきた久保は「優等生」過ぎて、ファンが親近感を抱きづらいのではないかと指摘する。十分な実力もあるし、人気もあるのだが、スーパースターという位置付けにはならない。いまのヨーロッパでは、才能ある子どもには、ピッチ内での社交性からメディア対応に至るまで、現代サッカーに求められるあらゆるスキルが教え込まれる。久保はまさにそのような教育の賜物だ。その反面、荒削りだがファンに愛される──かつてのロナウジーニョやバロテッリのような──「悪童」タイプのトップ選手は、今や世界的に生まれにくい環境になってしまった。

 
 

 もうひとつの大きな問題が、放送にまつわるもの。放映権料の高騰に伴い、サッカーはかつてのように気軽に観られるコンテンツではなくなりつつある。アウェイでの日本代表戦が地上波で中継されなくなったのが最たる例だ。

 速水は、サッカーの有料コンテンツ化は、1992年のイングランド・プレミアリーグ発足時点から始まっていたと振り返る。今や日本では、Jリーグ、海外サッカーから代表戦に至るまで、サッカーを観るにはDAZNに契約する以外の選択肢がなくなってきている。もちろんコアなサッカーファンは、いくら課金することになろうとも試合を追い続けるだろう。とはいえ、地上波やBS放送など、幅広い層に無料でサッカーが視聴できる機会が提供されることは、サッカーという文化の広がりを考えるときわめて重要だ。有料コンテンツ化が進むことは次世代のサッカー離れを招きかねない。関心の低下を食い止めるためにも、次世代のスターが登場することが待たれる。

ヨーロッパサッカーの進歩と日本大街道ジャパンズウェイ


 イベントの終盤では五百蔵がスライドを用いて、1990年代後半から現在までの日本サッカーとヨーロッパサッカーを比較した。

 ヨーロッパサッカーは、上述のように、物理学や統計学を用いて最適な戦術を導き出すためアカデミズムに接近し、個が輝くサッカーから、学問的な後ろ盾を元に各自がプレーする組織的なサッカーへと移り変わってきた。一方の日本サッカーは、2000年代前半まで「脱亜入欧」を目指し、ヨーロッパサッカーを理想のモデルとして追求してきた。

 なかでも大きな役割を果たしたのが、1998年から2002年に日本代表監督を務めたフィリップ・トルシエであったと五百蔵は指摘する。トルシエはコンパクトな状態とオープンな状態を繰り返す戦術を用い、日本サッカーにヨーロッパのメソッドを導入した。

 
 

 しかしトルシエが退任して以降、「脱亜入欧」路線に陰りが見え始める。たしかに組織サッカーは浸透したが、個の力の弱さという課題が浮かび上がったのだ。後任のジーコ(2002-2006年代表監督)は、トルシエのメソッドを解体し、ヨーロッパ流の組織力よりも、選手の自主性を重視する方向へと大きく舵を切った。ヨーロッパ流とは違う日本流のサッカーを模索するジャパンズウェイはこの頃から始まった。

 ジャパンズウェイを決定づけたのがイビチャ・オシム(2006-2007年代表監督)だ。オシムは代表監督就任に際して、「日本サッカーの日本化」を主張した。ヨーロッパサッカーの知見をありがたがるのではなく、日本独自のサッカーを追求しようという動きである。
 ただ、実際の方針は必ずしもこの表現通りではなかったと速水は付け加える。ジェフ千葉監督時代のオシムは、たしかに、ショートパスやボールによって数的優位を作るという、いかにも日本的な「狭い」サッカーを実践していた。しかしこれはあくまでも、選手の中長距離のパス精度が低いこと、パススピードの遅さを前提に、それでも勝つための戦略だった。一定以上の実力者が揃う(はずの)日本代表では、初めからグラウンドを広く使うワイドなサッカーを目指していた。

 にもかかわらず、ジェフ千葉時代のイメージのせいで、「狭い」サッカーこそがジャパンズウェイのイメージとして定着してしまった。彼の方針を引き継いだ岡田武史(1997-1998年、2007-2010年代表監督)は、「接近・展開・連続」を掲げてワイドなサッカーを目指したが、相手チームへの「接近」まではうまくいくものの、グラウンドを広く使う「展開」の段階で挫折してしまった。結局のところ、中長距離のパス精度が低くパススピードが物足りないという「個のレベルの壁」に阻まれてしまったのだ。

 岡田以後、ザッケローニやハリルホジッチといった監督を経て現在の森保体制に至るが、強豪国との差が縮まったとは言いづらい。結局、組織サッカーの発展と個の強化の両立という、トルシエからジーコへの移行の時期に浮かび上がった日本サッカーの課題が、未だ解決されていないのだ。もちろん、オシムがジェフ千葉監督時代に取り組んだような「弱者が勝つためのサッカー」も場合によっては武器になるだろう。しかし、それを基準にジャパンズウェイを究めても、トップレベルの現代サッカーと互角に渡り合うことは難しいだろう。ジャパンズウェイを目指すにしても、まだまだやれることがあるはずだ。

 



 3人の有識者によるサッカートークはとどまることを知らず、視聴者のコメントもいつになく盛り上がるうちにイベントは終了した。日本サッカーはいま転換期にある。これまでの日本サッカーの歴史から、現状と課題、ヨーロッパの最新動向に至るまで──本イベントはいま一度立ち止まって、サッカーを深く考える機会を与えてくれた。これこそが、人文的にサッカーを語る意義というものだろう。

 ジャパンズウェイはどこへ通じているのか? ゴールはまだ見えない。本イベントを通じて可視化された様々な課題を念頭に置き、一方では厳しい眼を、他方では純粋に勝利を願う期待の眼をもって、ピッチで懸命にプレーする選手たちを応援していくのが私たちファンの務めなのではないか。(杉林大毅)

 
 

 シラスでは、2023年3月2日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。
五百蔵容×中村慎太郎×速水健朗「ジャパンズウェイを再考する──2022年サッカーW杯日本代表はどうなる!?」(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20220126/
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