安倍政権とはなんだったのか──『新プロパガンダ論』より|辻田真佐憲+西田亮介

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webゲンロン 2022年9月9日配信
 安倍元首相の国葬の前日にあたる2022年9月26日、ゲンロンカフェにて辻田真佐憲さんと西田亮介さんによるトークイベント「安倍晋三とはなにものだったのか──国葬前日にふり返る足跡と功罪」が開催されます。『新プロパガンダ論』で安倍長期政権の情報戦略を鋭く分析したお二人による、およそ1年半ぶりの対談です。
 イベントの開催を記念し、『新プロパガンダ論』の最終章「安倍政権とはなんだったのか」の一部を公開いたします。暗殺と国葬の話題が取りざたされるいま、安倍元首相の政治姿勢について語られる機会はかえって減っているのではないでしょうか。一方で、SNSを主戦場とした政治論争は変わらず行われています。政権を冷静に振り返り、現在の政治状況を距離を保って考えるうえで示唆に富んだ対談です。どうぞご覧ください。
 
 イベントの模様は以下のリンクよりご覧いただけます(有料)。
 URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20220926

突然の辞任劇


西田亮介 2020年8月28日、安倍首相が辞任の意向を表明し、日本中に衝撃が走りました。2012年12月から続いた第2次安倍政権は、憲政史上最長の政権となりました。最終章ではその7年8ヶ月の在任期間を振り返り、政治とメディア、そして広報のあり方についてあらためて考え、安倍政権とはなんだったのかを総括したいと思います。

辻田真佐憲 会見によれば辞任の理由は自身の体調不良で、新型コロナウイルスの感染者数増加がすこし落ち着いたタイミングを見計らい発表をしたということでした。

 あまりに長期の政権だったこともあり、どういう切り口で議論していけばよいかはなかなかむずかしいところです。しかし、先日対談した際に津田大介さんが言っていたのですが★1、第2次安倍政権は2015年の安保法制をさかいに、前期と後期に分けられるのではないかと思います。2012年から2015年にかけての「第2次安倍政権前期」では、安保法制や教育再生といった、安倍首相が望んでいた右派系の政策が実現しています。それに対して2016年から2020年にかけての「第2次安倍政権後期」では、森友・加計学園問題をはじめとする不祥事が次々と噴出し、それに対する場当たり的な対応に追われることになります。

西田 ぼくもおおよそ同じ見方です。しかし安倍政権自体が森友・加計学園学園問題のような不祥事で手一杯になったというよりは、メディアやSNSの注目の対象がそちらに移ったと考えたほうが現実に即しているように思います。後期にも新しい法案は通りつづけているので、政策そのものより情報の扱われ方の要素が大きいのではないでしょうか。

辻田 社会全体の言説が不祥事に対する賛否ばかりになってしまったわけですね。この章では政権に対するメディアや市民の反応も見たいと思います。それでは安倍政権の政策とプロパガンダについて、まずは時系列に沿って振り返ってみましょう。

第2次安倍政権前期/後期年表

 

ネット重視で始まった「危機突破内閣」


辻田 まず、第2次安倍政権の発足当初のことを取り上げたいと思います。第2次安倍内閣は2012年に発足しました。このときのキャッチコピーは「危機突破内閣」です。この直後から安倍首相は、いくつかの右派系のメディアに頻繁に出演するようになります。これまで首相がメディアに出るときには、基本的に平等にやっていました。

西田 具体的には記者クラブの幹事社が持ち回りで取材をしていました。

辻田 それが特定のメディアに偏って露出するようになった。これは大きな変化です。2006年から2007年の第1次政権のときにひどくメディアに攻撃されましたから、そのときの嫌な記憶があったのかもしれません。いまから振り返れば、これがメディア間の分断を促進したように思います。

西田 第2次安倍政権は発足当初から、その後の長期政権を通じて、政治とメディアとの力学を大きく変えていきました。それはたしかだと思います。しかし公平を期するために言えば、メディアの分断は安倍政権のまえの民主党政権にも関係します。民主党は記者クラブを透明化し、フリーランスのジャーナリストにも会見をオープンにすると主張していました。にもかかわらず、ネットメディアの記者の締め出しが報じられるなど、中途半端なかたちで終わってしまいます。

辻田 たしかに政府の広報を記者クラブにとらわれないかたちにするという意味で、安倍首相は民主党の路線を継承したと捉えることもできます。わたしは民主党が記者クラブをオープンにすると掲げたのはよいことだったと思います。とはいえ実態が伴っていたかはたいへん疑問です。省庁によってはフルオープンにならなかったですし、菅直人元首相が東日本大震災後にぶら下がり取材を拒否したことも問題になりました。その弱みもあるので、野党も自民党のメディア対応については批判しづらかったのかもしれません。

 安倍首相は特定のメディアへの出演だけではなく、就任直後からさまざまなプロパガンダ的な取り組みを行なっています。まず2013年になってすぐに自著『新しい国へ』を刊行します★2。これは2006年の第1次政権発足直前に刊行された『美しい国へ』の新版にあたりますが、内容はほとんど変わっていません。その直後に経済政策を発表。これは「アベノミクス」と通称され、以降は政権の代名詞とも言える言葉になります。在任中をとおしてこの言葉を使い続けました。

西田 本書でも取り上げましたが、「アベノミクス」という言葉はずるい使われ方をしてきました。というのも、看板として同じ言葉を使いながら、その内容はどんどん変わっていっているからです。はじめは「三本の矢」と言って、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」による経済再生を指していました。しかし現在は「ソサエティ5・0」というキャッチフレーズのもと、日本のデジタルトランスフォーメーションを含めた成長戦略を指す言葉になっています★3。大半のひとは変化に追いついていないし、追いつけないでしょう。

辻田 いまでは金融や経済とはほとんど無関係の政策も多く入っているようですね。「三本の矢」が好評だったからか、2015年には「新・三本の矢」という言葉を使い、「一億総活躍社会」を実現することを掲げていました★4。政策の中身が変わっても人々にウケたスローガンを使いつづけ、流行語をつくり出していったわけですから、その点は情報戦略がうまかったと言えるのかもしれません。

図1 政府による「3本の矢」のイメージ図

 
西田 ほかに政治とメディアに関する改革としては、2013年4月に行われた公職選挙法改正が重要です。ここまでもなんどか話題に上がったインターネットによる選挙活動の解禁は、この改正によって合法化されました。その後7月の参院選で実際にネットでの選挙活動が解禁され、その対策として自民党がトゥルース・チーム(T2)というソーシャルリスニングチームを組織したこともすでに見たとおりです。

辻田 4月に公職選挙法が改正され、7月にはT2が組織として動いている。自民党はかなり動きが早いです。

西田 『メディアと自民党』などで論じてきましたが、自民党は政権を取ってから動き始めたわけではなく、2012年の夏ごろから、公職選挙法の改正やインターネット選挙運動の解禁がいつ行われても大丈夫なように、準備をしていたようです。T2はその後の政党のソーシャルリスニングの基準をつくった、とても重要な組織です。T2はSNSとマスメディアの両方をモニタリングして分析をするだけでなく、なにをするべきかというインサイトまで導き出し、選挙対策委員会にデジタルデータとFAXで送るということまで徹底的に行いました。いまではどの政党も、少なからず行うようになりましたが、T2がそのスタンダードをつくりました。こうして第2次安倍政権を通じて、日本の政治の世界ではSNSの存在感が飛躍的に増していきます。

辻田 第2次安倍政権の7年8ヶ月は、ウェブメディアがプロパガンダの主戦場になっていった時代に重なっています。この政権が誕生した2012年は、ドワンゴがニコニコ超会議をスタートした年でもあります★5。翌2013年の超会議には各政党がブースを出展し、安倍首相も会場を訪れました。彼は翌年も続けて超会議に出演していますし、選挙のたびにニコニコ生放送の党首討論にも出ています。出演するメディアを選んでいるなかで、ドワンゴのメディアには頻繁に出ている印象です。もちろんウェブメディアでの人気が高いことを自覚してのことだと思いますが、なかでもニコニコとは仲がいいように見えます。

西田 ウェブメディアでの自民党の人気が高いとはいえ、じつはネット選挙の解禁には、安倍政権の肝いりというだけではない文脈もありました。インターネット選挙運動を認めるべきだという議論そのものは2000年代からあり、このころは野党だった民主党が主張していました。自民党はむしろそれを拒否していたんです。その後、政権交代が起こって鳩山由紀夫さんが首相になり、はじめて与野党が認めるかたちで合意にいたります。しかし鳩山政権が沖縄問題で躓き、ネット上で民主党政権を批判する声が大きくなったこともあってか、民主党政権時代にはそれ以上動かなかった。結局は2013年まで実現しなかったわけです。

辻田 公職選挙法改正後、2013年7月の参院選で自民党は大勝をします。ネット選挙の解禁とT2の設置は、選挙に連勝することをかなり意識した布陣だったのでしょう。この選挙での勝利により、第2次安倍政権は始まってすぐにねじれ国会を解消できました。このあとには東京五輪の開催も決定するなど、政権の追い風になるような華やかな話題が続きます。

 そのうらでは、NHKの経営委員会に、百田尚樹さんなど首相に近い人物が就任しています★6。さらに2014年にはNHKの会長に籾井勝人さんが就任します。このひとは安倍政権に送り込まれたという色が強い会長で、当初から領土問題に関して「政府が右ということを左というわけにはいかない」などと発言し、問題になっていました。また就任早々、いつでも罷免を可能にするために、あらかじめ理事全員の辞表を預かるという不祥事もありました。2015年には自民党がNHKとテレビ朝日の幹部を呼び出して聴取を行なったというニュースもあり★7、安倍政権はテレビメディアへの介入に積極的だったように見えます。放送事業者は規制当局に腰が引けがちです。
西田 この問題には構造的な側面もあります。日本では放送免許が更新制になっていて、その許認可権を総務省が持っているのです。そのためテレビが政治から自由になることがなかなかむずかしい。アメリカではFCC(連邦通信委員会)という独立した機関が放送事業を監督しています。

辻田 日本でも第三者委員会のようなものが必要だという議論がありますね。現在の政府と放送メディアの結びつきは、田中角榮元首相の遺産です。日本に放送事業者が林立した1950年代に、当時の郵政大臣だった田中元首相が、それまで滞っていた放送免許の発行を一挙に行いました。そのことによって放送業界に貸しをつくったんです。のちに彼が首相になった際には、「その気になれば、これ(クビ)だってできるし、弾圧だってできる」という発言をしています。田中元首相が実際になにか弾圧を行なったわけではないですが、いざとなったら政府が認可を取り消すかもしれないという脅威は、所管庁が総務省に変わったいまでも厳然と存在しているわけです。このあたりの事情は逢坂巌さんの『日本政治とメディア』(2014年)で紹介されています★8

西田 それにくわえて、放送業界には1993年に起きた椿事件のトラウマがあると考えられます★9。当時テレビ朝日の報道局長だった椿貞良さんが、細川連立政権の樹立に有利に働くような偏向報道を指示していたと報じられた事件です。その際、当時の郵政省は放送免許の取り消しをすると示唆しました。最終的には椿さんひとりの責任であったとするかたちで政治と業界の手打ち的に処理され、免許停止は瀬戸際で防がれたものの、放送業界に与えたインパクトは大きいでしょう。

辻田 安倍政権においても、2016年に高市早苗総務大臣が、放送局が政治について公平に報道しない場合は電波法に基づいて停波する可能性があるという趣旨の発言をしました。この発言の直後、四月に行われた番組改変では、テレビ朝日の「報道ステーション」の古舘伊知郎ふるたち いちろうさん、TBSの「NEWS23」の岸井成格しげたださん、NHKの「クローズアップ現代」の国谷裕子ひろこさんなど、政権への厳しい発言で知られる出演者が、揃って降板となります。

西田 古舘さんについては、報道ステーションのコメンテーターの古賀茂明さんが、生放送で「I am not ABE」というテロップを掲げたことも原因でしょう★10。テレビは台本が決まっているので、生放送での突発の振る舞いは驚きでした。制作サイドにとってもたいへん驚愕の出来事だったようで、あの事件以降、テレビ朝日にはコメンテーターの管理をきちんと行うという目的の、コメンテーター室が設置されるというガバナンス改革がありました。

辻田 このような動きを見ていると、NHKの経営委員会についても、あるいは放送業界自体にとっても、やはり第三者委員会をつくることがベストだと思えてきます。しかし日本でほんとうに中立的な組織をつくることができるのかは、大きな問題ですね。安倍政権はテレビメディアへの脅迫的な側面とウェブメディアを利用したソフトな側面との、両面性を持ったイメージ戦略が特徴的です。

西田 ところで余談ですが、高市総務大臣をはじめ、片山さつきさんや稲田朋美さんなど、保守系の女性議員が多く要職に就いていたことが第2次安倍政権の特徴ですね。

辻田 それはそうですが、2020年に稲田議員が夫婦別姓制度に肯定的な発言をすると、それまで行動をともにしていた男性議員から総スカンを喰らいました。かつての「小沢ガールズ」のような呼び方もそうですが、男尊女卑的な風潮は、日本の政治や社会におけるたいへん根深い問題だと思います。

人事権強化から「国難突破解散」へ


辻田 第2次安倍政権前期の重要な改革として、2014年の内閣人事局の設立がありました。これは政権が官僚の人事をコントロールするための組織です。この組織は官僚による政権への「忖度」の原因になるとして問題になりました。

西田 内閣人事局の設置は2000年代から議論が始まりました。しかし関連する法改正が必要だったために、ねじれ国会だった民主党政権時代には設置をすることができず、それを引き継ぐかたちで安倍政権が設置をしたということですね。政府と官僚の関係を政治優位に変更しようという議論は古く、日本の政官関係では、官僚が強すぎると言われつづけてきました。高級官僚の人事を内閣に集約して、政治の側を強くすることはあるていどは必要だったと思います。また、行政や権力の透明性や追跡可能性改善、国会の調査力や権限向上で拮抗する緊張関係の導入が必要でした。

辻田 リベラル派は内閣人事局の設置を受けて、権力の集中は戦前への回帰だと主張しがちですが、その見方はいささか単純すぎます。歴史的な観点からすれば、戦前の日本はむしろ総理大臣の権限が弱く、かえって軍部の暴走を招いた面がありました。よく指摘される東条英機の「独裁」も、実際はいくつもの大臣を兼任することで、なんとか権限を集中しようとしていたことに起因するわけです。官僚に対して政治の力を強めるというのは、戦後日本の課題でもありました。首相や官邸に強い権限を持たせることは、いわば日本の悲願だったのです。しかしそこで重要になるのは、その強化のバランスであるはずです。今回の内閣人事局の設置は、いささか劇薬だったのではないでしょうか。

西田 そのとおりです。良くも悪くも官僚はまじめなひとが多いので、インセンティブに忠実に反応してしまいがちです。結果的に、いわゆる「官邸官僚」と呼ばれるひとたちが活躍することになります。

辻田 官邸官僚が注目されたのは森友・加計学園問題のときです。今井尚哉たかやや政務秘書官の関与が注目されました。その大元になったのがこの内閣人事局の設置だったわけですね。

 ところで同じ2014年には、沖縄県知事選挙で翁長おなが雄志知事が誕生します。翁長知事が戦い続けた沖縄の基地の問題も含め、2014年から2015年にかけては日本の戦後体制に関わる大きな話題が続きます。安倍政権の大きな目標である、憲法改正にも意欲的な姿勢を見せていきます。その野心が垣間見えたのが、2014年末に衆議院を解散して行われた総選挙です。この解散は名目上、消費税10パーセントへの増税を先送りにしたことの是非を問うということで、「アベノミクス解散」と呼ばれました。しかし自民党が大勝すると、安倍首相は「安保法制について国民の信任を得た」、「憲法改正についても重要性を訴えていきたい」と発言しています★11

 ほか、教育に関する話題としては、2015年に学習指導要領が改定され、道徳が教科化することが決まったことも見逃せません。

西田 具体的には、教科書がつくられ試験で点数がつくようになったということですね。

辻田 教育再生もまた安倍首相のこだわっていた点でした。第1次政権時代の2006年には、教育基本法も改正されています。日本国憲法には教育関連の記述がないことから、教育基本法は教育の憲法とまで言われる法律です。

西田 その位置づけから、教育基本法には通常の法律には存在しない前文があります。この法律は完成度が高く、とくに修正する必要がないという前提で第1次安倍政権まで来ていました。

辻田 自民党の改正案には「国を愛する心」という文言が明記されていたことが当時話題になりました★12。結局は公明党の意向で変更になり、現行の法律では「愛国」という熟語になるのを避けるため、あいだに「郷土」を入れて「国と郷土を愛する」にするという些細な修正がされています。

西田 教育に関しては、国旗国歌法の改正も小渕恵三政権で行われています。当時、国歌斉唱の際に起立しない教員が懲戒されるニュースがよくメディアで取り上げられました。結局、最高裁まで争われて、懲戒が合憲であることが確認されてしまいました。

辻田 わたしが子どものころ、担任の先生が革新系だったので、卒業式のまえに「起立せず座りましょう」と演説をしていたことをおぼえています。それでうちのクラスだけ座っていました(笑)。こういう押しつけもどうかとは思いますが、いまの大学生に話を聞くと、こういう問題意識そのものがなくなっているようです。

西田 ぼくの小学校もそうでした。いまでは大学でも国旗の掲揚も、行事における国歌斉唱も、教員の起立もふつうに行われています。慣れというのは怖いものですね。
辻田 第2次安倍政権では、下村博文文科大臣が国立大学でも入学式や卒業式で国旗を掲げ国歌を歌うように要請を行います。大学には法的に強制することができないのであくまで「要請」ですが、それでもいくつかの大学が実施にいたります。これも2015年でした。この年は戦後70年の談話を安倍首相が出す、安保法制が成立するなど、外交や安全保障、あるいは歴史認識の分野で大きな話題が続きました。最も「安倍政権らしい」年だと言えるのではないでしょうか。一億総活躍というスローガンを打ち出したのもこの年です。

西田 ねじれ国会が解消されて軌道に乗り、経済政策から統治機構改革、そしてメディア対策まで、さまざまなことを実現していた時期ですね。ある意味、脂が乗っていた時期とも言えます。

辻田 国際的情勢を見れば、第2次安倍政権前期の時代は、クリミア半島がロシアに併合されたり、バグダディがイスラム国の建国を宣言したりと、危機の時代だったと言えると思います。日本の近隣では、中国の習近平主席が「一帯一路」という経済圏構想を発表する、韓国でパク槿恵クネ大統領が就任し、セウォル号の沈没事故により大きく支持率を下げるなどの出来事があった時期です。2015年12月には慰安婦問題で日韓合意が発表されています。そうした激動の時代だったために、安倍政権の強調する安全保障の重要性が空理空論ではないと実感され、受け入れられやすかったのではないでしょうか。

西田 香港で雨傘革命の運動が起きたのも2014年でした。

辻田 日本でも2015年のSEALDsのデモなど、安倍政権に反対する活動が話題になりました。同時にその時期が、安倍政権が最も力を持ってやりたいことをやっていた時期でもあるわけです。そしてこの翌年には、またしても選挙が行われます。第24回の参院選です。ほぼ毎年のように国政選挙が行われ、つねに臨戦態勢の政権でしたね。

西田 そして選挙のたびに、選挙の顔として安倍首相の存在感が強まっていったのでしょう。それは自民党議員にとっても同様で、安倍首相のもとで選挙に臨むのが常態化していったのだと思います。政治家はやったことがない環境で選挙を行うことを心底恐れていますから、安倍首相で勝ったらつぎも安倍首相がいいと考えるわけです。とくに当選回数の少ない国会議員については、これまで顔にしたことがないひとを担いだ選挙はできない体質になってしまったとみなせそうです。公明党依存と似ています。

辻田 たしかに安倍首相は選挙に勝ち続けています。続く2017年にも「国難突破解散」による総選挙がありました。立憲民主党の結成や、都知事に就任したばかりの小池百合子党首率いる希望の党が話題になりましたが、野党は相変わらずの分裂ぶりで、蓋を開けてみればやはり自民党の圧勝に終わりました。

 この時期に行われた自民党のプロパガンダを見ると、2016年の選挙の際には、政権樹立の年にリリースされた安倍首相──自民党の取り組みなので正式には総裁名義ですが──のアプリゲーム「あべぴょん」が大幅アップデートされています★13。2017年には安倍首相のラインスタンプも登場するなど、着実に手を打っている。逆に自民党新潟県連が作成した「政治って意外とHIPHOP」というコピーのポスターが批判を受けた例もありますが、こうした試行錯誤が第2章で見た「#自民党2019」に結びついていったのでしょう。

図2 「帰ってきた!あべぴょん」トップ画面

不祥事だらけの政権後期


辻田 しかしその2016年から2017年にかけては、政治とメディアを取り巻く雰囲気が変わっていった時期でもあります。この時期、不祥事が連続して発覚したからです。まずPKO法(国際平和協力法)により南スーダンに派遣されていた自衛隊の日報を、防衛省が隠蔽したという疑惑がありました★14。一度廃棄済みとされた日報が、追及され再調査を行なった結果出てきた。結果として稲田防衛大臣が引責辞任します。

西田 これは論外ですね。日報は文官と国会、ひいては国民が自衛隊という実力組織を統制するうえで非常に重要なものであり、それが隠されているのはとんでもないことです。同様に、森友・加計学園問題における公文書改竄や厚生労働省の「働き方改革」のデータねつ造もたいへん大きな問題です★15

辻田 森友・加計学園問題は、やはり最も象徴的な事件だと思います。この事件をめぐっては、東京新聞の望月衣塑子いそこ記者が菅官房長官の記者会見に出席して追及をし、リベラルからヒーローとして扱われるようになります。彼女をモデルにした映画『新聞記者』(2019年)は、日本アカデミー賞で3冠を達成し、大きな話題になりました。

西田 あの映画は陰謀論的なテイストが強く、しかも望月記者本人が登場するなど現実世界と錯覚しやすい演出もあって、左派的な方向にミスリーディングしかねないと思います。望月記者については森達也監督が『i』(2019年)というドキュメンタリー映画を撮っていますが、そちらのほうがよっぽどおすすめですね。

辻田 内閣広報室の職員が暗い部屋でずっとツイッターに張り付いていたり、政府高官が記者に嫌がらせの電話をしたりと、現実ではありえない演出も目立ちましたね(笑)。エンターテインメント映画になるくらい、彼女が注目を集めたということでしょう。逆に政権側もその構図に乗り、支持層に対して「敵がここにいる」とアピールをしていきます。こうして、政権をめぐり左右──正確には、反安倍と親安倍と言ったほうがいいかもしれませんが──が明確に敵対しあう図式ができあがりました。国際的にもEUではブレグジットが起こり、アメリカではトランプ大統領が誕生して、政治的な分断が深刻化します。韓国でも朴槿恵大統領が失脚し、文在寅ムンジェインが大統領に就任します。世界全体が本格的に分断の時代に入る、契機の時期だったと言えるのではないでしょうか。

西田 政治学の評価では、世界と比較すると日本はそれほど分断が進んでおらず、まだ恵まれていると分析されることもあります。もしこれが正しいとしたら、やはりテレビと新聞といったマスメディアが未だに全国規模の力を持っているからではないかと考えられます。全国紙は各地方版を、テレビ局は系列局を介して、社説や情報番組といった巨大なコンテンツを全国津々浦々で流しています。こういう仕組みが残っているところはめずらしく、いまではほとんどの国はケーブルテレビやネットが世論形成の中心になっています。

辻田 たしかにアメリカでは、トランプ大統領といえばFOXニュースというように、メディアによって明確に支持政党が分かれている印象です。日本でも安倍首相が右派系メディアに積極的に出る傾向はあるにせよ、虎ノ門ニュースのようなインターネット番組が中心で、アメリカとは比較にならないほど小さな規模です。

西田 マスメディアの偏りや政権の介入については、これまで折に触れて話してきました。しかし、まだまだ限定的なものだと言っていいでしょう。実際の民放の体たらくはともかく、法規としては放送法第四条に多角的な視点の提供や政治的公平性についての規定があります。いわゆる番組編集準則もそうですね。新聞は最も自由度が高く規制は少ないですが、客観報道原則があります★16。ネットメディアは偏りがあるように見えるかもしれませんが、そのソースを遡れば結局は新聞であることが大半です。

辻田 特殊なメディア状況が国民に一体感を与え、分断の抑制につながっている、と。逆に言えば、ウェブメディアのソースになっている新聞が最後の砦のように思えます。もし新聞の底が抜けてしまったら、日本は諸外国並に分断が進むのではないでしょうか。実際に、SNSを眺めていると、すでに世界が分断されているようにしか見えません。

西田 さらに具体的に言えば、全国紙が持っている取材網をいかに守るかが重要です。取材網を維持することはどんどんむずかしくなっていて、ブロック紙でも部数の少ない県には提供をやめてしまう例が出てきています。西日本新聞が宮崎県・鹿児島県への発行を中止したことなどがそれにあたります。取材網が維持できないところでは、NHKと共同通信の配信に依存するようになります。しかし、それでは共同通信が撤退したらおしまいです。良質な一次情報流通の環境に関する議論が必要ですが、当のNHK改革の議論を見てもコストカット一辺倒です。しかし支局網や人材はいったんなくしてしまえば、ビジネス上の理由でおそらく再構築は相当困難なはずなので、慎重に考えるべきです。ネットメディアに取材網構築の気配は皆無です。
辻田 取材網を維持できるようなビジネスモデルの構築が急務だということですね。そのためか、新聞社もウェブの世界に本格的に参入するようになっています。最近では新聞にコメントを寄せても、「今日中に載せたいのですぐに確認してくれ」と言われることが増えました。ツイッターで盛り上がった出来事も、すぐ記事化され、ハッシュタグつきで公式アカウントからツイートされます。PVモデルをひた走っているわけですが、あれでどれくらい紙の部数減を代替できているのでしょうか。新聞とはもともとそういうメディアと言われればそれまでですが、日本経済新聞のように、着実に有料会員数を積み重ねたほうが安定しているようにも思えます。

西田 それは定かではないですが、新聞のウェブへの移行には、販売店網がダメージを受けるため選択しにくいという問題があります。新聞社は1980年代の競争が激しく、部数が伸びていた時代に、各社のグループの販売店にプレッシャーをかけて営業させた歴史があるんです。その義理があって、明らかに紙の新聞の売上減につながるサブスクリプションモデルにはなかなか踏み切れないのです。イノベーターのジレンマ的ですね。おっしゃるとおり国内新聞社で移行に成功している数少ない例は、電子版の加入者を大きく伸ばしている日経でしょう。きっかけは2015年に日経がフィナンシャル・タイムズ紙を買収したことです。これを機に日経は社長をはじめみなが感化され、デジタル化に舵を切らなければならないという意識が非常に強くなりました。トップダウンで方向転換がなされる、じつに日本的なモデルですが、世界的に見ても成功例です。

辻田 新聞社に就職すると、たいていはじめは地方に配属され、少ない人員のなかで、高校野球の取材や警察署回りをしなければなりません。最近はこれを嫌うひとが多く、その結果、早期にウェブメディアなどに転職してしまうのだと聞きました。日経はこれがないのも強みかもしれません。ただ、逆にウェブメディアは新聞社から転職する人材を使うので、自分たちではひとをほとんど育てない。これでは人材育成コストを新聞社にアウトソースしているのと同じです。

西田 同じような事情で、テレビ局でも記者の人材不足が起きています。テレビ局に入っても記者になりたくないというひとが増えているとも聞きます。これはなかなか理解できないことで、いったいなんのためにテレビ局に入ったのかと思ってしまいます。一方のウェブメディアは、どれだけ儲かってもSNSの話題を追いかけ、人材を引き抜くばかりで、一向に取材網をつくろうとしません。その意味でも、新聞とNHKの取材網と支局網はきわめて重要な情報インフラです。いま、各社の支局が立て続けに閉鎖されていっていますが、限界がくるまえに対策を打つ必要があります。ユニバーサル・サービスを行う事業者を支援するコスト徴収制度を設けてもよいのではないかとさえ思ってしまいます。

辻田 SNSに目を向けると、2017年は「#MeToo」運動が国際的に話題になった時期でもあります★17。この年には日本でも、伊藤詩織さんが性暴力被害を告発した『ブラックボックス』を出版しました。加害者とされる山口敬之さんが安倍首相に近い人物だったこともあり、政権の不祥事としても大きく扱われました。

西田 「#MeToo」の運動はその後流行する、ハッシュタグを用いてツイッター上で声を上げる政治運動の先鞭をつけた側面もあります。日本で独自に展開した「#KuToo」などは男性にはなかなか気がつきにくい問題を顕在化させたということも指摘できそうです。

辻田 2020年には黒川弘務ひろむ検事長の定年延長問題をめぐる検察庁法と国家公務員法の改正に反対する運動があり、「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグがツイッターに躍りました。ツイッターデモという言葉も生まれましたが、個別の運動の是非はともかく、わたしはこのような動きは、新しい賛同者を集めるというよりも、既存の仲間うちで結束を再確認するものであり、左右の分断を加速する動きだと感じました。

西田 運動の盛り上がりのわりに、改正案の具体的内容に目を向けているひとが少なかったと思います。2020年6月の改正案では、国家公務員全般の定年年齢引き上げと、それにあわせて内閣が検察幹部の任期を延長できるようにすることの2点が問題になりました。反対派はこれを内閣が司法に介入する行為だと捉え、三権分立の毀損として批判していたわけです。しかしそもそも、検察幹部を内閣が任命するという点は、改正以前から変わらないのです。したがって、今回の改正で議論しなければならないのは三権分立など原理原則に関する問題ではなかったはずで、定年延長が検察官のモチベーションにどのような影響を与えるか、そしてその影響が人事システムをどのように変えるかこそが重要でした。もし問題があるとするなら、具体的にどのような影響があるのかを知りたかったのですが、そうした議論は管見の限りほとんどなかった。ぼくはそのような旨をSNSやメディアで発信したのですが、結構なバッシングを受けてしまいました(笑)。最近よく思うのは、この手の議論では疑問を持つことさえ認められないということですね。

辻田 当時は芸能人もハッシュタグ運動に参加し、盛り上がりを見せていましたから、西田さんの発言はそこに水を差すものとして見られたのかもしれません。しかしこの問題の幕切れは結局、『週刊文春』の賭け麻雀報道によるものでした★18。法案改正の内容に関する議論どころか、ハッシュタグ運動とすら無関係の終わり方をしてしまったわけです。しかも賭け麻雀をした黒川元検事長は不起訴になっています。こうした結果に終わったにもかかわらず、ハッシュタグ運動はいまでも自民党政権に反対するひとたちの最後の手段のように扱われています。(『新プロパガンダ論』へ続く)
政治の戦場はいまや噓と宣伝のなかにある

ゲンロン叢書|008
『新プロパガンダ論』
辻田真佐憲+西田亮介 著

¥1,980(税込)|四六判・並製|本体256頁|2021/1/28刊行

辻田真佐憲×西田亮介「メディア戦略から政治を読む#7 安倍晋三とはなにものだったのか──国葬前日にふり返る足跡と功罪」
URL= https://genron-cafe.jp/event/20220926/

 


★1 当該の対談はのち、津田の配信するメールマガジンに収録された。「菅内閣の発足で保守論壇の〝空気〟は変わるか──空洞化が進む論壇のあるべき姿を考える」、『津田大介の「メディアの現場」』vol. 411、2020年10月。
★2 安倍晋三『新しい国へ──美しい国へ 完全版』、文春新書、2013年。同書はその副題のとおり、同じく文春新書で2006年に出版された『美しい国へ』の完全版にあたり、増補として具体的政策を付した以外は内容に手を加えていないと「まえがき」に記されている。
★3 ソサエティ5・0については第3章★6を参照。
★4 2015年9月の自民党総裁選挙で勝利した安倍はその後の記者会見で「アベノミクスの第2ステージ」を宣言し、2020年に向けた経済成長の推進力となる「新・三本の矢」を掲げた。これは「希望を生み出す強い経済」、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」を指す。「安倍内閣の経済財政政策」、『内閣府』。URL=https://www5.cao.go.jp/keizai1/abenomics/abenomics.html
★5 ニコニコ動画のユーザーを対象とした複合イベント。千葉県の幕張メッセを会場に、ニコニコ動画のサイト内で展開されるさまざまな企画を、実際のブースやステージで開催する。例年10万人規模の来場者数を記録していたが、2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、オンラインでの開催となった。政党がブースを出したのは2017年が最後。
★6 NHKの経営委員会は、同法人の予算や事業の計画、番組編集の基本計画を議決し、会長以下の役員の職務執行を監督する機関。NHKの会長も経営委員会が任命する。委員会のメンバーは、衆参両議院の同意のもと、内閣総理大臣によって任命される。2020年1月からNHKの会長となった前田晃伸も、安倍首相に近い財界人の懇親会である「四季の会」のメンバーであり、政権とNHK執行部との関係が批判の対象となった。
★7 NHKについては同局の番組「クローズアップ現代」でやらせ疑惑があったことから、テレビ朝日については後出する古賀茂明の政権批判から聴取が行われた。
★8 逢坂巌『日本政治とメディア──テレビの登場からネット時代まで』、中公新書、2014年。辻田が引いている田中の発言は同書97頁。
★9 1993年7月に行われた衆議院選挙について、テレビ朝日による偏向報道が疑われた事件。当時テレビ朝日の報道局長だった椿貞良が日本民間放送連盟の会合で、自民党政権の成立を阻止し連立政権成立を助けるような報道をしようと発言したと報じられた。当時の郵政省は、このような偏向報道があったとすれば政治的公平性を定めた放送法に違反するとして緊急会見を行い、無線局の運用停止を示唆した。
★10 元官僚の古賀は2014年から2015年にかけて発生したイスラム国による日本人の拘束、殺害事件に際して、2015年1月13日の「報道ステーション」で、「I am not ABE」というメッセージを世界に向けて発信することで日本は非戦国家であることをアピールし、拘束されている日本人を解放させなくてはならないとの発言を行なった。同番組への最後の出演となった3月27日には、「I am not ABE」と書かれたフリップを用意して生放送中に提示し、自身の発言について官邸からの圧力があったと発言した。
★11 毎日新聞によれば、安倍首相はテレビ等で安保法制は「政権公約で示し」ており、「それを加味した選挙」だったと発言しているほか、改憲についても「我が党にとって悲願」であり「必要性について訴えていきたい」と述べている。「クローズアップ2014 衆院選 自民1強が継続 首相『改憲』言及 安保整備も強調」、『毎日新聞』、2014年12月15日。
★12 「国を愛する心」については以下の資料に記述が残っている。「教育基本法に盛り込むべき項目と内容について(中間報告)」、『文部科学省』、2004年6月16日。URL=https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/data/04061801.pdf
★13 「あべぴょん」は自民党公式のスマートフォンアプリゲーム。安倍首相に似せた「あべぴょん」というキャラクターを操作して、さまざまなアイテムを獲得しながら上空を目指す内容。2016年のアップデートでは新アイテムとして「三本の矢」が追加された。
★14 自衛隊は2012年から南スーダンでの国連平和維持活動に隊員を派遣しており、2016年にこの派遣部隊の日報について日本のジャーナリストによる情報開示請求があった。防衛省は当初、日報は廃棄されており開示できない旨を通知したが、その後、日報の電子データが保存されていることが判明した。防衛省による監察の結果、組織的な隠蔽が確認され、防衛省・自衛隊の幹部が処分されたほか、当時の稲田防衛大臣が引責辞任するにいたった。2018年には、防衛省がそれまで不存在と答弁していたイラク派遣時の日報も発見された。
★15 2018年1月、「働き方改革関連法案」の成立を目指す安倍首相の国会答弁で、裁量労働制で働く労働者の労働時間のほうが一般労働者のものよりも短いというデータがあるとの発言がなされた。この答弁の根拠とされた厚生労働省の「平成25年度労働時間等総合実態調査」のデータについて、野党から疑義が呈された。厚生労働省が調査データを検証した結果、一般労働者の労働時間が長く算出されるような、恣意的なデータの加工が行われていたことが判明した。検証結果の公表に先立って、首相は答弁を撤回し謝罪している。
★16 2000年に制定された新聞倫理綱領に、以下のような文言が記されている。「報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない」、「新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない」。「新聞倫理綱領」、『日本新聞協会』。URL=https://www.pressnet.or.jp/outline/ethics/
★17 もともと性暴力の被害を受けたマイノリティの女性を支援するスローガンとして2007年ごろにアメリカで使われはじめた「MeToo」は、2017年にハリウッドの映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクシャルハラスメントが次々と告発されるなかで、ハッシュタグを付されてソーシャルメディア上の運動となった。アジアにおいては韓国で、性暴力の加害者とみなされた政治家や俳優などの告発につながっている。  西田の発言中の「#KuToo」は、俳優でライターの石川優実が提唱し展開した運動で、オフィスにおける女性のハイヒール、パンプス着用義務は性差別だと抗議するもの。「#MeToo」に「靴」と「苦痛」をかけた命名。この語は2019年の流行語大賞にノミネートされたほか、石川はこの運動によりBBCの“100 Women 2019”に選ばれた。
★18 2020年5月21日に発売された『週刊文春』で、当時の黒川検事長が産経新聞、朝日新聞の記者と賭け麻雀を行なったとする記事が掲載された。賭博罪および国家公務員の倫理規定への抵触、さらにコロナ禍下での「三密」を招く行動が大きな非難を呼び、5月22日に黒川は検事長を辞任した。

辻田真佐憲

1984年、大阪府生まれ。評論家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。単著に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『防衛省の研究』(朝日新書)、『超空気支配社会』『古関裕而の昭和史』『文部省の研究』(文春新書)、『天皇のお言葉』『大本営発表』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、共著に『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)、『新プロパガンダ論』(ゲンロン)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)、『文藝春秋が見た戦争と日本人』(文藝春秋)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。

西田亮介

1983年京都生まれ。東京工業大学准教授。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同政策・メディア研究科助教(研究奨励Ⅱ)、(独)中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月に東京工業大学に着任。現在に至る。 専門は社会学。著書に『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)『ネット選挙——解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)『情報武装する政治』(KADOKAWA)他多数。
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