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「あるものはある」──養老孟司が語る脳と戦争と日本の未来(前篇)|養老孟司+茂木健一郎+東浩紀

webゲンロン 2022年9月14日配信
 脳科学者の茂木健一郎さんがホストを務める「モギケンカフェ」シリーズ。2022年5月8日に行われた第4弾では、解剖学者で東京大学名誉教授の養老孟司さんをお迎えしました。後半からは東浩紀も参加し、養老さんが見る戦前と戦後、「脳化」と人文知、来るべき東南海地震とその後の社会の展望まで、スケールの大きなお話をうかがいました。
 イベントのアーカイブ動画は、シラスで11月5日まで公開中です。(編集部)
 
養老孟司×茂木健一郎 途中登壇=東浩紀「モギケンカフェ#4 なぜ脳を語るのか──唯脳論、脳化社会、クオリア」(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20220508/

 

イベント当時の様子。左から東浩紀、茂木健一郎、養老孟司

バラバラを自覚する

茂木健一郎 みなさん、本物の養老先生です(拍手)。ぼくと養老先生は25年来の付き合いです。養老先生が『脳とクオリア』(1997年)を書評してくださったことが、ぼくが世に出るきっかけになりました。そんな関係だからというのもなんですが、今日は、ほかでは聞けないことをおうかがいしたいと思います。

 さっそくなんですが、養老先生は最近ウクライナ産のゾウムシの標本を購入されたそうでして、その整理にとても時間がかかったとか。

養老孟司 1000から1500くらい数があったので、紙に貼ったり、針を刺したり、脚を整えたりというのに2ヶ月以上かかってしまいました。これがぼくの最近の「ウクライナ問題」です。

茂木 (笑)。「ほんとうのウクライナ問題」というのもへんですが、ロシアとウクライナの戦争はどうご覧になっていらっしゃいますか。

養老 侵攻が始まった当初に考えたのは、ぼくの生まれた年のことでした。1937年、日本軍が盧溝橋を通って中国本土に攻め込んだ年です。いまのプーチンは国際社会から非難され孤立していますが、当時の旧日本陸軍の立場によく似ているんじゃないかなと思いました。日本も世界中からこう見られていたのだろうなと。

茂木 いまのロシアやプーチンについては、どう理解されていますか。

養老 それは答えるのがむずかしいですよ。盧溝橋事件のときの日本はなにを考えていたと思うか、と聞くようなものですから。世界の地政学的な対立構造も変わっています。むしろ詳しいひとに話を聞きたいですね。通訳者の米原万里さんが生きていらしたらぜひ尋ねたかった。

茂木 今後、戦争はどのように展開すると考えられていますか。

養老 止めざるをえない状況にならないと止まらないでしょう。こういう話をするときにいちばん困るのは、自分の立場なんです。日本の側に立つのか、アメリカやヨーロッパなのか、あるいはロシアの側なのか。立場をどこに置くかっていう議論の根本をサボると、わけのわかんない話になっちゃう。

茂木 議論における自分の立場を自覚しないといけないということですね。

養老 むろん、そういう議論を整理するためには、どこかに不偏不党の立場がないといけません。ぼくが若かったころは、脳科学がこれから発展していく時期でした。だから脳科学の立場に立てば、いろいろな議論をうまく整理できるのではないかと思ったんですね。一見バラバラな人間であってもみな同じ脳を持っていますから、そこから物事を見ればよいのではないか、と。でも、どうもその見方は成立しないらしい。

茂木 普遍的な人間像を仮定して、脳科学で一義的に理解するというアプローチは不可能だとわかった。

養老 ていねいに調べた結果、ひとはそれぞれバラバラなんだという結論が出てしまった。たとえば、「怒っている」という一見単純そうに見える現象を考える。「怒る」ことは普遍的に生理的な反応だから、その動作には一定の法則があるはずだと仮説を立てる。つまり、世界中どんなところでも、ひとが怒るときには、表情筋のどの部分が何パーセント収縮するというふうに客観的に整理できるはずだと考えて調べてみたわけです。でも出てきた結果は、怒っている一人ひとりの筋肉の動きはぜんぶちがうというものだった。

茂木 さまざまな問題に応用できる話ですね。

 

養老孟司
 

「われら」の世間

茂木 話が飛ぶようですが、最近、中野信子さんと三浦瑠麗さんの『不倫と正義』(2022年)を読みました。人間はどうして不倫するのかという話に、中野さんは脳科学からアプローチする。いま養老先生がまさにおっしゃったように、ほんとうは脳科学でそういう複雑な事象を調べ尽くすのはむずかしい。ただ、脳が無関係ではない。

 他方、三浦さんは社会や制度のほうから問題に向かっていきます。不倫という行為は強いバッシングを受けてしまいますが、それはなぜかと。そこでお尋ねしたいのは、日本の「世間」についてです。日本には宗教的な道徳規範みたいなものはないけれども、かわりに世間というものが非常に強いと、先生もよくおっしゃっています。

養老 まさにそうです。世間やみんながどう考えるかということが、日本人が物事を考える基準になっている。先日、高橋秀実さんの『道徳教室』(2022年)を読みましたが、自民党の党歌が引用されていました。それがほんとうにおもしろくて。

茂木 えっ。自民党に党歌があるんですか。

養老 4、5行の短い歌詞なんですが、3番まであります。その歌い出しがぜんぶ「われら」になっている。曲名もそのまま「われら」です。

茂木 主語が「わたし」ではなく「われら」だと。

養老 日本の道徳だって、それに自民党の党是だって、みな同じような「われら」のファンタジーなんだということです。

茂木 そういうファンタジーのなかで生きたまま、日本という国は変わらないのでしょうか。

養老 日本は「われら」の国であると、あらかじめ定義されちゃってますからね。当分は変わらないでしょう。そういうひとたちにとっては、もし変わったら日本は日本じゃなくなってしまう。

茂木 養老先生がベストセラーの『バカの壁』(2003年)を書かれた背景には、日本で感じ続けてきた生きにくさがあるとうかがったことがあります。だからその生きにくさの理由を書いたら、非常に多くのひとが共感したんだと。具体的にどういうところが生きにくかったんでしょうか。

養老 やっぱりひととの付き合いですね。少なくともぼくは「われらが日本」とはなかなか思えないわけです。

茂木 ご自身は「われら」のファンタジーのなかにいると思っていない。ではなぜその養老先生がこんなに人気なのでしょう。

養老 知らない(笑)。本人にはまったくわからないですよ。ぼくみたいな人間を気に入っているのに、それがどこで「われら」になっちゃうんだろう。

茂木 全共闘運動で戦前が戻ってきたと感じたとお話しいただいたことがあります。全共闘も「われら」の集まりだったということですか。

養老 そうです。全共闘世代はぼくより一回り下ですが、ぼくたちも彼らも同じ問題を意識していたはずなんですよ。たとえば医学部生のインターン制度には、ぼくたちだって反対していた。けれどみんなで共同して反対するということはなかったわけです。個人でへそを曲げるだけ。でも下の世代のひとたちは、団子になるというか、それを社会的にやるという方向へ向かっていったんですね。

焼け跡と復興

茂木 その「われら」の問題と関わるのですが、先日、戦後民主主義は戦前の国家主義と同じぐらい嘘に見えるとおっしゃっていて、衝撃を受けました。

養老 鉛筆で名前を書いて箱に入れるあれって、みんな本気でやってるんですかね。世の中がよくなるんだっていうおまじないみたいなものでしかないと思っています。新聞が、おまじないは国民の義務だとか言うから行ってるんですけど。

茂木 投票はおまじないだと(笑)。先生は、小学校のときに教室で墨をすって教科書を黒塗りした経験をよく話してくださいます。先生の世代の方はみな同じような経験をされているはずなんですが、戦後民主主義に対しての態度は異なります。「最初からそう思っていました」と戦前批判にすんなり順応する方もいるし、養老先生のようにずっと違和感を覚えてらっしゃる方もいる。

養老 戦時中の一億玉砕とか鬼畜米英とかいう価値観にどれくらいなじんでいたかによるのだと思います。ぼくはなじめなかった。当時、「大きくなったらなにになりたい?」と聞かれたら「兵隊さん」と答えるのが正解でした。でもぼくはそれがわかっていながら、兵隊はいやだと言っていたくらいです。だけど吉本隆明とか大江健三郎みたいなもっと上の世代は、主流の価値観に染まっていた。いわゆる軍国少年ですね。

茂木 大江さんは軍国少年だったのが、戦後民主主義に「転向」したと。でも養老先生はちがう。

養老 そもそもぼくの母は開業医で、軍国的な価値観に対してそっぽを向いていました。戦時中のバケツリレーの訓練とかも大嫌いで。だから、ぼくも他のひととは軍国的なものへの入り方自体がちがった。もともと斜めだったものを否定して「転向」したって、別の斜めになるだけです。

茂木 東日本大震災のときに、津波の痕跡を見て、空襲の焼け跡が10分の1くらいになって戻ってきたと感じたとおっしゃっていたのが心に残っています。戦後の焼け跡はどこでご覧になったんですか。

養老 当時はどこも焼け跡でしたが、とくに横浜はひどかったですね。たんなる平地になっていた。

 こういう文脈の話でどうしても気になるのはつぎの東南海地震です。元京大総長の尾池和夫先生は、2038年に発生するんだとおっしゃっています。もしこの予測が正しいのだとすると、あと16年で、日本で人口がもっとも集中している地域に震災が起こる。この将来の地震からの復興について、そろそろ真面目に考え始めたらどうかと思っているんです。メディアでは、地震そのものにどう対処するかという報道ばかりで、その後をどうするかという問題は取り上げられません。けれどぼくは、東南海地震からの復興の仕方が、将来の日本のあり方を決めるのではないかと思っています。

 もちろん震災の規模はわからないので、考えてもしかたがない面はある。でもこの国はこれまでなんども「ご破算で願いまして」と、すべてを白紙に戻してつくり直すことを繰り返してきた。地震が来る可能性が高いのなら、新しい社会の設計をどうするのか、新しい日本をどうつくるのか、あらかじめ考えてもいいんじゃないでしょうか。

茂木 どのように日本を復興させていくかとか、復興のための資金をどこから手に入れるのか、そのときどこに住むのか、みたいなことですね。

養老 それを考えるのは、ここに集まっているみなさんの一人ひとりなんですよ。そのときになってはじめて、だれかの号令の下で復興計画を立て始めるというのでは危ない。たとえば関東大震災では、帝都東京が一瞬にして崩壊し、多くの死者が出た。その被害は多くのひとの気持ちにも影響を与えたはずです。政府もそれを見ていた。麻雀でいえば、役満を振り込んだようなものです。それから政府の手が荒くなって、大正デモクラシーが軍国主義に変わり、戦争へ向かってしまった。

 

茂木健一郎
 

あるものはある

茂木 「考える」ということからつなげて、先生が以前から話されている「脳化社会」についてもお聞きしたいと思います。現代の日本では、脳が考えてつくり出したさまざまな情報や人工物に囲まれた都市にひとが集中している。先生は、いまの子どもは自然のものをあまり見ておらず、ものの奥行きもわからないと書かれていたことがあります。昆虫採集するくらいならポケモンを集める、という子どもも多い。

養老 子どもたちがそれでハッピーならいいんですよ。不足があれば、子どもは自分で探すでしょう。

茂木 子どもには本来はそういう能力があると。養老先生は、塾に行かれていませんよね。

養老 ぼくの時代には塾はありませんでした。

茂木 いまの子どもは小学校の低学年から塾に通って、ペーパーテストの準備を延々としています。そういう状況をどう思われますか。

養老 ゲーテじゃないですけど、学びには適当な時期があるはずです。そのときそのときに必要なことを学んでいけばいい。ただ、そのタイミングがきちんと考えられていないのではないでしょうか。塾や受験というものにどのぐらい意味があるのか、真剣に問うたほうがいいでしょうね。それこそ「世間」に流されてそういう方向に行くひとが多いんじゃないですか。

茂木 そのうえで、いわゆる「頭のいい子」が医学部に行くといった風潮はどう感じられていますか。医者は賢いひとがなるべき仕事なのでしょうか。

養老 安心とか安全とか安定を追求するとそういう選択になるんでしょうかね。そういう理由で医者になるのがいいことだとは思いません。ぼくの母は、医学部に秀才は必要ないとよく言っていました。それよりも、医者はひとの心がわからないといけないと。そもそも社会全体としては、それぞれのひとが自分の才能に応じていろんな業種についていいはずです。最終目的地が医学部だとか理Ⅲだとかに限られてしまうのは、好ましいことじゃないですよね。

茂木 先生は医学部に進学されなかったらどんな進路を選ばれましたか。

養老 生物学を専攻したと思います。

茂木 やはり生物がお好きなんですね。そういえばかなり初期に、個人で走査型電子顕微鏡を買われていましたよね。いまも使われているのですか。

養老 使っていますよ。いまは日本国内のゾウムシの地理的な変異を調べています。いろんな場所からいちいちゾウムシの現物を捕ってこないといけないから、けっこうたいへんな作業なんです。標本を見比べて、どの地域で変異が出てくるかを探す。それをさまざまな種類のゾウムシでやります。そこからさらに地域を絞り込む。

茂木 遠大な計画に聞こえますけど、いったい何年くらいで終わるんでしょうか。

養老 とくに終わりは考えていないので、進行形のままでぜんぶ終わるんでしょうね。

茂木 先生にはもちろんまだまだ長生きしていただきたいんですが、ご自身が亡くなったあと、標本をどう処理するかは考えておられないんですか。

養老 考えてもしょうがないですよ。考えても無駄なことは考えない。だれでも死んであたりまえなので。

茂木 ぼくは血の気が多くて、いろんなことに怒って批判してしまうのですが、養老先生は達観されている。この世にあるものはもうそうなっているのだからしょうがない、とよくおっしゃいますよね。

養老 複雑なものが好きなんですよ。たとえば山の新緑なんて一見ランダムに構成されていそうですけど、絶対になにか複雑なルールがある。こちらの脳の感覚の複雑さと、外にある形式の複雑さがマッチしたときに、心に響くんですね。

茂木 ゾウムシの形態でも新緑でも、なぜかはわからないけれどいまのようなかたちや構造になっている。それと同じで、偏差値や塾だって、もうそういうものがすでにあるんだから受け入れる、と。

養老 多くの方はそう思っているんじゃないでしょうか。あるものはあるんだと。

茂木 ということは、養老先生は、社会を変革しようとか改良しようということは考えないんですか。

養老 はい。社会を変えようとしても、どこかで無理が出てきちゃいますから。

茂木 あるものはあると考える、複雑なものを複雑なもののままで捉えるのが大事ということですね。

養老 こういう意見はなかなか説得力を持ってくれないんですけどね。ぼくも昔はいろんなことに対してしょっちゅう怒っていた。

加藤典洋と西郷隆盛

茂木 ここからは東浩紀さんにも参加いただいて、さらにいろいろうかがっていきたいと思います。

東浩紀 養老さんが出版された『ヒトの壁』(2021年)を拝読しました。そこに2019年に亡くなられた加藤典洋さんについて書かれていました。最近『敗戦後論』(1997年)を読み、いままで戦争について語りたくなかった自分は抑圧されていたことにあらためて気づいたとのことですが、もうすこし聞かせていただけますか[★1]

養老 『敗戦後論』はいろんなことをぶつぶつと言っていて、読むのが面倒くさいとも感じていました。それでもいつかは読まなければと思っていた。敗戦をどう処理するかという問題意識は、ずっと頭の片隅にあったんです。でも「いやなことは見ない」という態度になってしまっていた。残念ながら加藤さんが亡くなって、ようやくあの本を読み始めたら、すんなり読めて自分でもびっくりしたくらいです。ご存命ならこうやって話もできたのかもしれない。

 ぼくも20代のころに読んだときには、議論がまっすぐに進まずよくわからなかったんですね。でも5年くらいまえに読み直して、たいへん大事な本だと思いました。2020年代のいまだからわかる、ということもあるんでしょうか。

養老 敗戦が風化してきたからじゃないでしょうか。

 風化してきたからこそ、加藤さんの本がわかるようになってきたと。

養老 あるていどの風化がないと、議論は右に行くか左に行くかみたいなことに取り込まれてしまいますから。

 ぼくは1971年生まれで、冷戦期に教育を受けてきました。文学やマンガにベトナム戦争が影を落としていた時代でもあります。だから感覚的に、戦争はよくないものだと感じてしまう。けれども今回のウクライナの戦争についての国内の反応を見ていると、戦争もときに必要なんだという意見が強くて、ずいぶん空気が変わってきたと感じます。それも風化の効果だと思いますが、それでよいのでしょうか。

養老 テレビを見ていると、爆撃されて壊れたアパートが映っていたりしますね。ああいうのを見ると、ぼくなら「だれが直すんだよ」と思うんです。建物を作るのに携わったひとだって怒るはずです。戦争はそういう気持ちをぜんぶすっ飛ばしてしまいます。日常性と相反するものです。

 そういうお話をもっとおうかがいしたいと思いますが、今後、さきの大戦について語りたいという気持ちはありますか。(後篇へ続く)

 

★1 養老孟司『ヒトの壁』、新潮新書、2021年、118-124頁

 

シラスでは、2022年11月5日までアーカイブ動画を公開中です。

養老孟司×茂木健一郎 途中登壇=東浩紀「モギケンカフェ#4 なぜ脳を語るのか──唯脳論、脳化社会、クオリア」(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20220508/
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1937年、鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1989年、『からだの見方』でサントリー学芸賞を受賞。1995年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。著書に、『唯脳論』『身体の文学史』『人間科学』『バカの壁』『死の壁』ほか多数。『バカの壁』は450万部を超えるベストセラーとなり、2003年の新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。趣味は昆虫採集。現在は、多分野で活躍しつつ、東南アジアを中心に昆虫の世界を探訪する日々を過ごしている。

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脳科学者、作家、ブロードキャスター。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年10月20日東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。2005年、『脳と仮想』で、第四回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。IKIGAIをテーマにした英語の著書が、31カ国、29言語で翻訳出版される。

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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)、『忘却にあらがう』(朝日新聞出版)ほか多数。

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