来たるべき10年のために──「東浩紀と上田洋子が壁のサインを巡り歴史を振り返る特別放送」イベントレポート

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webゲンロン 2023年2月10日配信
 2023年2月1日に、オープン10周年を迎えたゲンロンカフェ。その節目を記念して、ゲンロン代表の上田洋子と創業者の東浩紀による特別放送が行われた。当日に突然決まった放送にもかかわらず、2013年のオープン当時を振り返るスライドが用意されたり、上田と東がじっさいに歩き回りながら壁に刻まれたサインを紹介したりと、10周年にふさわしい充実したイベントになった。アーカイブ動画はシラスで公開中。ゲンロンカフェのあゆみをぜひご覧いただきたい。
※好評につき、視聴期限を2024年2月3日まで延長しました。(2023.8.3更新)
 
【カフェ10周年】2月1日でついに10年!東浩紀と上田洋子が壁のサインを巡り歴史を振り返る特別放送
URL= https://genron-cafe.jp/event/20230201/
 
 


 新しくなったばかりの漆黒のドアの前から放送は始まった。このドアはじつは未完成で、これからネオンによる装飾が施される予定だという。あいさつを終えた東が扉を開け、入口を簡単に紹介したのちにふたりはいつもの壇上へと座った。ゲンロンカフェがオープンした2013年2月から、同年9月までに行われたイベントをまとめたスライドを見ながら話は進む。カフェオープン後初のイベント「東浩紀×清水亮『一般意志2.0』とその後」については、当時の動画を見返す一幕があった。

 

 
 まず、あまりの画面の暗さに唖然とするふたり。もちろんいまと同じ場所なのだが、照明の設備が当時は大きく違っていたのだという。「よくこれで放送していたね」と上田は笑いながら振り返る。当時の暗い映像と、その隅のワイプで小さく(明るく)映る現在の東との対比は、この10年の「技術革新」を感じさせるものだった。

 



 イベントのひとつのハイライトだったのが、2013年9月の上田洋子の初登壇回だ。その様子は開沼博、東浩紀とともに登壇した「チェルノブイリ再訪報告会──放射能災害からの復興」で確認できる。短く刈り込まれた髪に、レイヤリングされたシースルーのカットソー。心なしか表情はいまよりすこし張りつめている。東の言葉を借りれば「さながらプッシー・ライオット(ロシアのフェミニスト・アクティヴィスト集団)」である。当の本人は「うまく話せていないのでできれば見ないでほしい、買わないでほしい」と苦笑していた。

 

 

 また、動画をよく見てみると、同じく登壇していた東の髪型がいまよりもずいぶんと短い。「これには深いわけがある」と東は話す。この2ヶ月前、とある映像にうつる自身の姿を見た東は、複雑に入り組んだ事情の論理的な帰結として、坊主にすることにしたという。バリカンを購入し、いままさに座っている壇上にて生放送で髪が剃り上げられ、そしてそのまま深夜に帰宅した──。起き抜けにその姿を見た家族は言葉を失っていたという。

 いずれにせよ、10年は長い歳月である。スライドには「ろうどくきっさ ~あなたの想い読み上げます~」や「ゲンロンビアホール」など、いまの感覚からするといささか不思議に思えるイベントもあった。ただその一方で、カオス*ラウンジによるアート論講義、さやわか×西島大介によるマンガ教室、現グルコース代表・安達真のイベントなど、のちの新芸術校、ひらめき☆マンガ教室、シラス開発に結実するキーマンたちが、このときすでに出揃っていたこともわかる。このことを東は「一部迷走しているのと同時に、いまに繋がるさまざまな種が蒔かれている」と振り返った。

 



 イベント中盤では、カフェの壁に残されたサインをめぐる待望のツアーが行われた。ワインを片手にゲンロンカフェを隅から隅まで闊歩したふたり。あらためて気付かされたのが、サインを残した登壇者の顔ぶれのあまりの多種多様さである。たとえばひとつの柱に羽生善治、京極夏彦、佐藤優、為末大のサインが並んでいたりする。それぞれに超大物だが、この四氏の名前を同時に目にすることはふつうないだろう。また、あるところに隣り合うサインの組み合わせの「味わい深さ」に東が唸る場面もあった。ここでは到底紹介しきれないので、ぜひアーカイブ動画をご確認いただきたい。

 

 
 最後にふたりは、これまでの10年と、これからの未来について思索した。「ゲンロンカフェは人びとに忘れ去られない場所でありたい」と東は語る。これには、ここ10年ほどの日本の公共的な運動が「祭り」ばかりだったのではないか、という東の問題意識が関わっている。東いわく、祭りは誰もが参加できて、あっというまに人を集めることができるが、しかしその一方ですぐに忘れられていってしまう。ただ開放的なだけでは、未来に何も残すことができない。そこには人びとに忘れられないような持続性がなければならない。ゲンロンが残してきたようなサインや映像といった記録こそが、その役割を果たせるのだと東は言う。

 上田は、この「持続性」の問題を自身が早稲田大学の演劇博物館に勤めていた時の経験に重ねた。当時の演劇博物館は、劇場のパンフレット、芝居の小道具、俳優の遺品に至るまで、演劇に関係するものであればすべてを引き取る方針だったという。これには演劇という「形がないもの」を扱う博物館としての姿勢が表れている。いまでこそ演劇を映像で記録することは容易だが、かつてはそうでなかった。いちど上演された芝居を振り返るには、そういった「周辺」の物品に頼るしかなかった。いっけん直接的に関係のないものたちこそが、演劇を後世に残すための可能性だった、と上田は述べる。

 ゲンロンカフェに話を戻そう。オープンな対話はたしかに尊い。しかし、対話そのものには形がない。たんに話題の人物を呼んで話をしてもらうだけでは、人びとはそれを忘れていってしまう。だからこそ、そこに対話があったことを記録しなければならない。ゲンロンカフェがイベントを配信し、登壇者からサインをもらうことにこだわってきたのには、そんな理由があったのだ。

 これからもゲンロンカフェを続けていくこと。それと同時に、仮にゲンロンカフェがなくなったとしても、未来から参照できるように記録を残すこと。前者がゲンロンカフェという個体が生き抜くことだとすれば、後者はそれが個体の生を超えて「生き延びる」ことである。最後には、かつてジャック・デリダを研究していた東らしく、「10年かけて無数のサインが書き刻まれたゲンロンカフェの空間が、その『生き延び』を象徴している」と結んだ。(江上拓)

 



【カフェ10周年】2月1日でついに10年!東浩紀と上田洋子が壁のサインを巡り歴史を振り返る特別放送
URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20230201
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