歴史学は楽しくって役に立つ。──ゲンロン・セミナー第4回「遊びの歴史学」事前レポート|植田将暉

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webゲンロン 2023年5月1日配信
 今年2月にスタートした、ゲンロンカフェの新企画「ゲンロン・セミナー」。第1期となる今回は、「1000分で『遊び』学」をテーマに、5人の先生による連続講義を行ないます。

 第4回となる5月13日(土)の講義には、歴史学者の池上俊一先生をお招きします。

 



 ヨーロッパ中世を専門にされている池上先生は、「遊び」をはじめ、「食」や「魔女」、「騎士」や「自然」など、さまざまな切り口からヨーロッパの歴史をあざやかに描いた著作を数多く執筆されています。

『パスタでたどるイタリア史』や『ヨーロッパ史入門』、『動物裁判』、『魔女と聖女』などの幅広い読者に向けた歴史書から、『ロマネスク世界論』や『ヨーロッパ中世の想像界』などの重厚な研究書まで。池上先生の著作は、そのテーマも内容も、そして書物としての形式も、多様な魅力にあふれています。

 



 その1冊、『遊びの中世史』(ちくま学芸文庫)は、タイトルどおり、中世ヨーロッパという時代や社会のありかたを「遊び」をつうじてダイナミックに浮かび上がらせる歴史書です。今回の講義では、この『遊びの中世史』の内容をアップデートし、ちょっと不思議でとっても面白い、中世ヨーロッパ世界にさらに深く分け入ります。

 池上先生は、ゲンロン・セミナーのために約70枚のスライドを用意してくださっているとのこと。ブリューゲルの絵画から、ちょっと風変わりなロマネスクの石像まで。あっと驚くような、面白い図版がたくさん登場します。

 



 講義の内容は、下記の池上先生のコメントを御覧ください。それに続く記事では、聞き手をつとめる、ぼく=植田将暉が、この講義のポイントを簡単にご紹介いたします。
【池上先生のコメント】
私が西洋中世史を本格的に志した1980年代は社会史ブームで、それまで主流だった政治史・制度史・社会経済史に比べてテーマ領域は格段に広がっていました。しかし「遊び」に関しては、歴史学の課題というよりは、文学研究者が作品中の遊びを取り上げたり、民俗学者が現代の遊びの古形を調べたり、さもなければ好事家の領域だとされることがまだ多かったように思います。『中世の秋』で知られる偉大な中世文化史家ホイジンガの、もうひとつの名著『ホモ・ルーデンス』がすでに1938年に出版されているのに、これは不可解なことでした。そこで私は、中世の遊びについて総合的に考えたいと思い、1994年に『賭博・暴力・社交──遊びからみる中世ヨーロッパ』(講談社選書メチエ、後に『遊びの中世史』ちくま学芸文庫、2003年として再刊)を上梓しました。
 
そのときの考えは、今でも大きく変わってはいないのですが、今回の講座では「遊び」概念が長い中世の間に、そして中世から近代に移る過程でどう変化し、それはいかなる状況に対応するものだったのかについて「労働」や「閑暇」「怠惰」「余暇(レジャー)」などの概念との関係の下に考察をより深めてみたいと思います。また「スール競技」「九柱戯」「ザーラ遊び」という3つの遊びを詳しく検討して、中世の遊びの特質を探るのも新機軸です。それから、話の途中で、歴史家が史料をどう読むのか、1通の王令を例に紹介するつもりです。
 
参加者の皆さんが、物事を歴史的に考えることの重要さ、またヨーロッパ中世の魅力に気づいていただければ幸いです。


 ぼくが良いなと感じたのは、なにより最後の一文でした。

 



 もちろん、講義全体の内容もめちゃくちゃ面白いはずです。

 中世のヨーロッパで遊ばれていた、サッカーやボウリングに似たボール競技やサイコロ賭博。それらを詳しく検討していった先に、中世の人びとの「遊び」観や「労働」観、そしてそれらと結びついた社会や政治、信仰などのありようが見えてくるでしょう。

 そんななかここで最後の一文にとくに注目するのは、今回の講義ではみなさんに「歴史を学ぶ楽しさ」にも出会ってほしいと考えているからです。

 



 池上先生は昨年末に出版された『歴史学の作法』のなかで、このように書いています。

「歴史を学ぶことはとても楽しい。この楽しさを広く伝えていくことも、歴史家の使命になるかもしれない」(15頁)。

 今回の講義では、その「歴史学の楽しさ」を、パフォーマティヴに──つまり、講義を行なったり聞いたりするという行為そのものをつうじて──みなさんに感じとっていただければと思います。

 



 そのためのいちばんの仕掛けは、池上先生のコメントにある、「話の途中で、歴史家が史料をどう読むのか、1通の王令を例に紹介する」時間です。

 少しネタバラシすると、ここでは14世紀のフランス国王・シャルル5世による、「遊び」を禁止する王令をじっさいに読んでいきます。そして、「なぜ遊びが禁止されることになったのか」、「どんな背景があったのか」、「中世フランスはどのような社会だったのか」等々、参加者自身でいろいろと思いめぐらせてみていただきたいのです。

 



 ねらいは、「歴史家の仕事」を体験してほしい、ということにあります。歴史家は一体どのように史料を読み解き、そこから歴史を叙述していくのか。その過程を一緒にたどってみてもらえるといいなと考えています。

 ではなぜ過程が重要なのか。ぼくが念頭に置いているのは、たとえば、近年とりざたされることも多い陰謀論の台頭です。陰謀論といえば、そのトンデモな内容や悪影響が注目されがちです。しかし、ひとが陰謀論に引き寄せられてしまうのは、自分で情報を収集し、信じたくなるようなストーリーを組み立てる、その過程が楽しいからではないでしょうか。

 その楽しさは、歴史を学ぶ楽しさにも通じるように思います。過去について思いめぐらせ、さまざまなストーリーを考えてみることはとても楽しい。しかし、学問として歴史に向き合うなら、気に入ったストーリーを信じているだけではいけません。史料と向き合うなかで、当初の仮説を修正し、より適切なストーリーにつくり直していくという過程も必要になるはずです。

 歴史学者たちは、どうすれば適切に歴史のストーリーを示すことができるかということを時代をつうじて考えてきました。そんな歴史学者の仕事のありかたを社会に開いていくことが求められているのではないか……。

 そんなことを考えて、今回の講義には、歴史家の仕事を体験する簡単なコーナーを設けることにしました。さらに言うと、スライドを多く用意していただいているのにも、講義を聞きながらみなさん自身でもいろいろと考えてみてほしいというねらいがあります。

 講義を聴くだけでなく、自分でも考えてみる。そして、自分の頭で考えるだけでなく、他人の語りにも耳を傾けてみる。その往復こそ、ゲンロン・セミナーの醍醐味であり、歴史学の楽しさの源ではないでしょうか。

 



 歴史を考えるのは楽しい。でも、距離のとりかたを間違えると、陰謀論に陥ってしまう。適切に歴史と向き合うためのヒントは、歴史家の仕事にあるはずです。

 今回の講義は、「遊びの歴史学」講義であるだけでなく、「歴史学の遊びかた」講義であるとも言えるでしょう。スライドに映し出される、ヨーロッパ中世のさまざまな「遊び」の様子を見ているだけですごく面白いのですが、そのうえなんと役に立つ。こんな機会を見逃すわけにはいけません。みなさまのご参加をお待ちしています!(インターネット配信&1年間のアーカイブもありますよ!)


1000分で「遊び」学 #4



遊びの歴史学──中世ヨーロッパの遊びと儀礼・労働・余暇
2023年5月13日
ゲンロン・セミナー第1期
遊びの歴史学──中世ヨーロッパの遊びと儀礼・労働・余暇
No.開催日登壇者講義テーマ
第1回2/11(土)古田徹也「遊びと哲学」
第2回3/26(日)山本真也「遊びと動物」
第3回4/22(土)梅山いつき「遊びと演劇」
第4回5/13(土)池上俊一「遊びと歴史」
第5回6/17(土)三宅陽一郎「遊びとAI」
第6回7/1(土)全講義をふり返るアフターセッション

※各回とも14時開始予定

「ゲンロン・セミナー」全体の情報は、こちらの特設ページをご覧ください!
https://webgenron.com/articles/genron-seminar-1st/

植田将暉

1999年生まれ。早稲田大学大学院法学研究科修士課程在籍。専門は憲法学。ゲンロン編集部所属。
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