仮想通貨と人工知能──技術は経済を変えるのか?|井上智洋+楠正憲+塚越健司

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初出:2018年04月20日刊行『ゲンロンβ24』
 二〇一八年三月九日、ゲンロンカフェで「仮想通貨と人工知能――技術は経済を変えるのか?」と題されたイベントが行われた。情報社会学者の塚越健司氏を司会に、ブロックチェーン技術の専門家である楠正憲氏と『人工知能と経済と未来』の著者である経済学者井上智洋氏が登壇。仮想通貨や人工知能といった新たなテクノロジーは、既存の政治経済の担い手をどのように変革するのか。そしてそのとき、日本は生き残ることができるのか。古代ギリシャから産業革命、さらにシンギュラリティ以降を射程に含んだ白熱の議論を、活字化してお届けする。(編集部)

仮想通貨のハクティビズム


塚越健司 今日は仮想通貨と人工知能という、いまもっともホットなふたつの話題を扱います。先日のコインチェックによる流出事件は記憶に新しいですが、このような速度で高騰する投資対象はいままで考えられませんでした。その後の顛末を見てもわかるように、われわれはこの新しい技術にまだ対応しきれておらず、そこにどのようなリスクと可能性があるかは未知数です。他方人工知能は近年急速な発展を遂げており、汎用AIが開発されれば人間の労働が奪われるという議論もあります。ブロックチェーンやAIといった新しい技術により、われわれの経済活動はどのような変化を被るのか。まずはブロックチェーンの専門家である楠さんから発表をしていただき、そこから議論をしたいと思います。

楠正憲 まず、そもそもビットコインとはなにかという話を簡単にさせていただきます。ビット「コイン」というとデータそのものに価値があるように見えますが、そうではなく、基本的には全世界で持ち合う仕組みの台帳です。だれがいくら持っているか、どういう取り引きがあったかがすべて記録されていて、それが一〇分おきに「ブロック」というかたちにまとめられます。そのブロックとブロックとの間は特殊な条件を満たした数字によって糊付けされていて、その数字の照合作業を、世界中で競争をしている。これが「マイニング」です。そうやって糊付けされたブロックがチェーン状になっているから「ブロックチェーン」と呼ばれているわけです。

 もともとビットコインはいわゆるフィアットマネー(通常の通貨)と交換することはあまり想定されておらず、仮想通貨のなかだけでお互いに価値を持ち合うことしか考えられていませんでした。ただ早い段階で通貨と両替する業者が生まれたことによって、仮想通貨のなかだけでも回るけれども、通常の通貨とも両替ができるという関係が生まれた。そのあいだを担うのが、いま問題になっているコインチェックのような交換業者です。

 今回の事件をはじめ、いろいろな理由で世間の注目を浴びているビットコインですが、すこし歴史を振り返ると、いくつか謎があります。じつは、だれがつくったのかすらわからないんです。一応、サトシ・ナカモトというひとが出した論文がベースにありますが、その正体は不明のままです。いろいろなひとの名前が出るんですが、みんな否定するんです。ビットコインをつくったひとは何千億円も儲けてしまっているから、税金がこわくて名乗り出られないのかもしれません。そもそもサトシ・ナカモトのものとみられるビットコインはほとんど動いていないので、死んでしまっている可能性もある。

 もうひとつ不思議なのは、最初にだれがどうやって使ったのかということです。二〇一〇年五月に、ピザの売買がありました。ビットコイン好きの掲示板で「二枚のピザを一万BTCで買う」と言ったひとがいて、四日後にあるひとが彼の家にピザを送ったら、ちゃんと一万BTCをもらえた。二枚のピザがいまでいうと一三〇億円ぐらい(講演当時のレート)だから、なかなかいい商売ですね(笑)。そこからモノとの交換に実際に使われ始めました。それが二〇一一年ぐらいですが、おもになにに使われたかというと、違法薬物の取り引きです。

塚越 「シルクロード」という有名なダークウェブ等で取り引きに利用されたと。

 二〇一二年には仮想通貨はテロの温床だから潰すべきだとするFBIのレポートも漏洩しています。そういうアンダーグラウンドな存在だったビットコインが世の中に受け入れられるきっかけとして、二〇一三年に大きな出来事がふたつありました。ひとつはキプロス危機★1です。不良債権問題が起こり、結局はデット・エクイティ・スワップ、つまり銀行の株式を預金残高の代わりに受け取るということになった。キプロスの銀行に一億円預金があったとしたら、一〇〇〇万円分くらいがユーロで補償されて、残りはキプロスの潰れかかった銀行の株券に変わったということです。もし同じ金額をビットコインで持っていたならば、一〇倍になった。その結果、キプロスやギリシャなど財政の弱い国の法定通貨よりも、ビットコインのほうが安全だということになり、キプロスは大学の学費もビットコインで払えるようになってしまった。

 もうひとつはアメリカの財務省の下にあるマネーロンダリング対策部局 FinCEN が、仮想通貨のガイドラインを出したことです。これはすごく両義的で、規制するというのは裏を返せば認めるということです。これは日本の資金決済法改正でも大きなジレンマだったと思います。テロと戦っているアメリカが、なぜ仮想通貨を法的に追認するようなガイドラインを出したのか。

 理由はふたつあると考えています。ひとつは、違法取引の追跡が容易になることです。これまで違法薬物の取り引きには闇ドルが使われていて、だれにもトレースできなかった。ドルは基軸通貨なのでいろいろなところで使われているし、北朝鮮でも勝手に刷られていると言われていて、偽札も含めて世界中で相当出回っているからです。それがビットコインに置き換わると、闇取引が全部オープンデータになる。これほど魅力的な話はない。

 加えて、外国為替の規制対策があった。アメリカは、日本に対しては九〇年代に外交圧力で外為規制を全部撤廃させて、自由に投資できる国にしました。他方、中国とロシアに対して同じことをやると、核戦争になってしまう。しかしビットコインさえ認めてしまえば、国として外為を規制しても勝手口が開いている状態になる。そうすれば中国やロシアが自ら外為規制を無意味と考えてくれるので、これは外交の手段として非常に有力です。中国やロシアの経済成長が、ドル経済圏に取り込まれていく。成長の鈍化している先進国アメリカにとって、ビットコインは規制の厳しい途上国に対する外交の手段として有効だったというのがわたしの仮説です。

 仮想通貨が中国で非常にプレゼンスがあるのも同じ理由です。中国は外為を規制しているので、自由に海外へとお金を送ることができない。けれども中国のお金で採掘設備を買ってマイニングをして得たビットコインは簡単に送金ができ、お金を動かせるようにする手段として非常に魅力的だった。


塚越 だから地方の工業団地で大きいコンピューターを使って、高速計算処理でマイニングをするひとがいたわけですね。
 とはいえ二〇一七年の一一月ぐらいから規制が厳しくなり、マイニングのために安い値段で電気を売ることが禁止されました。その結果マイニングリグ(マイニングに使用されるコンピューターシステム)が投げ売りされて、市場の中心はロシアに移っています。

 また、いま経済でもうひとつの大きな動きとなっているのが、コインを発行することで資金調達をするICO(Initial Coin Offering)という動きです。アメリカではすでに規制が厳しくなりましたが、昨年の夏の段階ではシードVC投資★2よりもコインの発行による投資のほうが金額が大きくなっている。二〇一六年に香港の取引所で約六五億円の漏洩があった際には、取引所が漏洩した額の分の「ビットフィネックス」を発行することで、一年以内に全額がユーザーに戻っています。 

塚越 新しいコインを発行して、その分でユーザーに返済したわけですね。
 
 それを最終的に取引所が全部買い戻して、その利益から支払ったんです。このときビットフィネックスを受け取った被害者のうち取引所が生き残ると信じたひとは、もらったコインの価値が損失と同額まで上がったところで買い戻すことができました。この取引所が潰れると考えたひとも、価値が二割か三割の段階でそれを売ることで、損害の一部を取り戻すことができました。ICOというと詐欺まがいのものも多いですが、こうして実際に戻ってくる可能性もある。これは Mt.Gox の事件★3のように、従来の取引所の再生スキームでは戻ってこないものだったので、一概に悪とは言えないと思っています。ただ、良いICOと悪いICOとはなにか、発行したICOが売り上げになるのか資本になるのかなど、これからどう整備していくかはなかなかむずかしいと思います。

塚越 よく言われているように、サトシ・ナカモトをハッカーと見做せば、彼はハッカー倫理にもとづいて、国家という第三者の信用を必要としないかたちで権力を分散させようとした。しかしいまの仮想通貨の状況としては、夢物語が広がっているという問題を超えて、むしろ現実にどういう規制をすべきかが非常に重要になっているということですね。国際政治経済のなかでいかにバランスを取るかが議論されている。

 二〇〇八年の一一月にサトシ・ナカモトの論文が出て、二〇〇九年の一月に実際に仮想通貨が動き始めたのですが、この時代背景にはリーマンショックがあります。リーマンショックのあと、アメリカ政府の中央銀行であるFRBは、QE1・QE2という大規模な量的緩和を行いました★4。それを見て「金との繋がりを失った貨幣はバブルであり、自分たちは技術の力でもっとすごいお金をつくることができる」と考えたところからスタートしているので、発行量もひとが決めるのではなく、あらかじめプログラムに組み込まれています。それこそがビットコインを考えるうえで一番の価値なので、国家が発行する通貨との兌換関係はそもそも気にされていない。その論文はサイファーパンクと呼ばれるクリプトグラフィー・メーリングリスト★5で発表されています。彼らはハクティビズム的な価値観のなかで、国から独立して自立的に回る、技術で支えられた世界をつくりたかったわけです。ところが、実際にはビットコイン単体では値付けができず、ドルや円との関係でプライシングがされていく。もともとの、技術によって国から独立したお金をつくるという思想からはどんどん遠のいていると思います。

井上智洋 国家に依存せず自分たちで経済を回していこうという、リバタリアン的な考えですね。わたしはマクロ経済学者なので、仮想通貨に対しては貨幣論の観点から興味を持っています。仮想通貨はこれから、決済の手段としてどんどん使われていくことになると思いますか。

 いまのままではむずかしいでしょう。四、五年前までは、仮想通貨が決済手段として広く社会から受け入れられ、需要が保証されることを期待していたひとたちがいました。しかしそうした期待によってビットコインの値段が上がれば上がるほど、現実にはひとはそれを溜め込んでしまい、それによって仮想通貨は決済手段から遠のいていく。これはものすごく大きなジレンマです。結果として、仮想通貨は仮想資産(デジタルアセット)や暗号資産(クリプトアセット)といった呼ばれ方に変わりつつある。非常にアンビバレントな、ダブルバインドの状況にあると思います。 

井上 日本円のような法定通貨なら、中央銀行が数量をコントロールし、景気が悪くなると貨幣量を増やしてインフレ気味にして景気を回復させようとします。サトシ・ナカモトはこのような中央銀行のやり方が気に食わなかったのではないか。貨幣量を増やす量的緩和をよしとしない設計をしたがゆえに、ビットコインはどちらかというとデフレ気味になってしまっていると思います。仮想通貨ももうすこし柔軟に貨幣量を増やすことができれば、もっと決済手段として使われる可能性があるのではないでしょうか。

 わたしはアンチ量的緩和としての仮想通貨は失敗したと思っています。昨年、ビットコインとビットコインキャッシュとのハードフォークがありました★6。ビットコインだけで見れば二一〇〇万BTCが上限ですが、それがふたつに分かれた瞬間に、それぞれ二一〇〇万ずつになるわけです。現時点ではすでに一五〇〇以上のオルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)がある状況なので、全体で見ればインフレが起こっていると思います。

塚越 もともとのビットコインは統治者がいないという発想でつくられているはずです。しかし、ICOの増加に象徴的なように、事実上操っているひとたちがいるように思えます。

 ビットコインがいまの法的地位を保っているのはやはり、サトシ・ナカモトというひとが稀有な存在であるからでしょう。そもそも正体がわかっておらず、ビットコインの値段がつき始めてからほぼ恩恵を受けていないこともあって、彼のパーソナリティはほとんど前面に出てこない。それに対して彼以外は、たとえばイーサリアムをつくったヴィタリック・ブテリンやNEM財団のロン・ウォンのように、みんな人格がはっきり見えてしまっている。操るひとがいないという前提が変わってきています。
塚越 サトシ・ナカモトという存在は神話的ですよね。パッと現れて偉業を行い、そしてサッと帰っていった。残されたわれわれはただ贈与されただけで、その背後にある意思や意図からは隔てられている。そこから分かれていろいろなオルトコインがつくられていますが、たしかにビットコインとは違いがある気はしますね。

ポスト人工知能の世界経済


塚越 人文学の立場から言わせていただくと、ハッカーは人間中心主義ではなく技術中心主義的な発想です。しかし、多くのひとは、ビットコインの技術的な詳細がよくわからないので、それ自体を信じられない。だから信頼できる国家が信用を担保してくれるまで、とりあえず待つという状態になってしまっているのです。そこにアンビバレンスがあると思います。こうしたハッカー的な発想は、今日の人工知能(AI)研究とも呼応しているのではないか。その観点から井上さんに、未来のAIと通貨の関わりについてお話をいただきたいと思います。

井上 わたしの専門はマクロ経済学ですが、最近は経済学者の立場から汎用AI以後の経済がどうなるかを論じることが多くなりました。いまのAIは、囲碁なら囲碁、将棋なら将棋しかできない特化型です。それに対して人間は汎用的な知性を持っていて、ひとりの人間が囲碁も将棋も、事務作業も会話もできる。そんな人間と同じくらい汎用性のあるAIをつくりたいというのが、AI研究者のそもそもの夢です。

 人間の脳は大脳新皮質や基底、扁桃核や海馬といったそれぞれのパーツに分かれています。そのパーツごとにプログラムをつくって合体させ、全体として人間と同じような知性と立ち振る舞いを持った汎用AIをつくろうという試みが、日本の非営利団体「全脳アーキテクチャ·イニシアティブ」によってなされています。

 近頃、特化型にせよ汎用型にせよ、AIが人々の仕事を奪うのか否かということがよく議論されています。そこで鍵となる概念が「技術的失業」、新しい技術がもたらす失業という概念です。これはAIにかぎった話ではなく、たとえば産業革命期に織機が導入されて手織り工たちが失業し、機械の打ち壊し運動(ラッダイト運動)が起きました。二〇世紀初頭には自動車が普及して、御者という職業がなくなっています。二〇二〇年にはほぼ全家庭にスマートメーターが普及するので、日本からほぼ確実に検針という仕事がなくなるでしょう。このように技術的失業はつぎつぎと起こっています。

 だからといって失業率が歴史のなかで長期的に上昇しているわけではありません。失業したひとが他の職業に転職することで、技術的失業は一時的な問題で済んできた。AIが特化型である限り、今後の技術的失業も一時的な問題で済むかもしれない。しかし汎用AIができてしまったら、仕事がごっそりなくなってしまう。クリエイティビティやマネジメントやホスピタリティに関連する仕事は残りますが、そうした分野もAI・ロボットがまったく進出してこないわけではないので、人間はつねに機械との競争にさらされるようになります。たとえば作曲するAIはどんどん出てきているので、AIより劣った曲しか作れない作曲家は失業してしまうかもしれない。

塚越 いわゆるロボットと汎用AIには、どういった違いがあるのでしょうか。

井上 あくまで人工知能は頭脳部分、ソフトウェアなので、それだけつくっても人間の手足のように動くかは別問題です。ロボットはロボットでつくらなくてはならない。いま汎用AIをつくっているグループはやはり身体性が大事だと言っていますし、汎用AIと汎用ロボットができれば理想的です。ただ、いきなり人間をつくるのはむずかしいので、まずはネズミと同じような振る舞いができる汎用AI+ロボットをつくって、それから犬レベルのものをつくって、さらに猿レベルをつくるという段階を踏もうとしています。それができれば、あとは言語を加えれば、かなり人間に近くなる。

 しかし、チューリングテストのようなやり方では、なにをもって人間に似せたと言えるかを判断するのはむずかしいのではないですか。

井上 そうです。二〇三〇年くらいにはAIがひとりの人間の知性を超えるという説がありますが、わたしは二〇三〇年に実現できるのは人間をぎこちなく真似る程度にすぎないだろうと思っています。人間のいかなる知性をも圧倒的に凌駕するのはむずかしい。なぜかというと、われわれは知性というものを定義することすらまだできていないからです。知能テストをやらせて人間を超えることはできても、それだけがわれわれのいう「知性」ではないですよね。それがなんなのかをはっきり定義できるようになれば、もしかしたら人間を超えるような知性を持ったAIをつくれるかもしれません。とはいえいまはまだ無理です。

 また、これからつくられようとしている汎用AIは、人間と同じ感性を持っているわけではない。なぜなら人間の脳をまるごとコピーしてソフトウェアとして再現するわけではなく、脳の機能を人為的に真似ているだけだからです。だから人間にとってなにが嬉しいのかを判断する能力は、そうした汎用AIよりも人間のほうが勝っているはずです。クリエイティビティ、マネジメント、ホスピタリティがAIには取って代われないものとして残るというのはそういう意味です。全脳エミュレーションという、脳をまるまるコピーするやり方が実用化されれば、人間と同じ感性を持ったAIが出てくるとは思いますが、実現にはあと一〇〇年くらいかかるらしい。

 知性と感性だけでなく、それ自身の意思があるかどうかも重要だと思います。いまのところ、汎用AIが実現したとしても、設計者のデザインにもとづいて作業しているにすぎない。みんなが博愛主義者で世界を豊かにすることに興味を持っていれば問題ないのですが、人間は貪欲だから、そのような力を手にしたときには、それをなんのために使うかについてよく考えなくてはならないはずです。今後、人間の意識が変わって仏のようになることは考えがたい。だとしたら、おそらくいまのAIがソーシャルゲームやネット広告のために使われているように、汎用AIも世界を豊かにするためには使われず、富を偏在させるために活用されるのではないか。それがいまの人間社会におけるエコシステムの限界であり、サトシ・ナカモトのつくったビットコインがどういう未来をもたらすかという話と同じく、汎用AIがだれをエンパワーメントするのかという点が問題になると思います。

井上 たしかに、汎用AIの導入によって世界の国々の明暗が別れる可能性はあります。未来において上昇路線の国と停滞路線の国に分岐した場合、中国とアメリカは前者でも、日本は後者になってしまう可能性はわたしも懸念しています。わたしはこれを「第二の大分岐」と呼んでいます。最初の大分岐は第一次産業革命のときに起きました。人類は紀元前から最低生存費水準という、子どもを産み育てるのにギリギリの生活をしてきた。しかし第一次産業革命をきっかけに、イギリスをはじめとする欧米諸国は上昇路線となり、日本を除くアジア・アフリカ諸国は「マルサスの罠」★7に嵌り停滞路線になってしまいました。当時の日本は遅ればせながら上昇路線についていくことができましたが、未来に起きる大分岐でもそれができるのか。

 人口動態を考えると、やはりかなりむずかしい気がします。超イノベイティブおじいちゃんがいっぱい出てこないと(笑)。しかも日本経済は国内だけで閉じていませんよね。AIの技術が進むのは、プライバシーを無視してデータを集められる国においてです。おそらく一番発展するのは、人口が一〇数億人いて、自由に情報を集めることができる中国です。しかも中国はインターネットの検閲を機械化すべく、AIにものすごい投資をしていて、研究者も相当数いる。そうすると単純に、中国では生産性革命が起こり、日本の購買力はむしろどんどん下がっていくだけで終わってしまうのではないか。

塚越 AIの発展にはデータをどのくらい使えるかが不可欠なので、良い悪いは置いておくとして、われわれのプライバシーの概念をかなり変えないと、あまり成長できないということですね。

井上 すごく悲しい現実を突きつけられていますね。

 日本はもともとデータ利用に寛容であったはずで、二〇〇五年までは住民票すら自由に見られた。決まった年齢のお子さんを対象とした通信教育や振袖の業者はみんな市役所にアルバイトを派遣して、住民票を書き写していました。個人情報保護法ができ、それが保護されるようになって、たかだか一三年くらいの歴史しかありません。だから、これから状況が変わる可能性は十分あるでしょう。日本は国民も柔軟だし、けっこうなんでもできる国です。保護法もそれほど厄介な法律ではなく、同意があればなんだってできる。だからぼくは、日本がデータを使いにくい国だとはまったく思わない。メリットがあるなら、お客さんを納得させてデータを使うことは、世界中で当たり前のことですよね。グーグルも芝麻信用★8も、それによって明確なメリットがあるからユーザーとのあいだでエンゲージメントが成立しているわけです。日本でグーグルがビジネスをできているのと同様に、日本企業だってデータを使えるはずで、それができていないのは個人情報保護法のせいではない。

ベーシックインカムと仮想通貨は両立するか


 しかしそれ以前に、データの収集が進んでAIが発達し、理論上生産性が上げられたとしても、その分の充足すべき需要はあるんでしょうか。機械は消費をしないので、需要の弾力性★9からすると、ひとの数が増えないかぎり需要は減っていくはずです。

井上 多くの労働者が所得がないので消費できず、むしろ経済がシュリンクしてしまう可能性すらあります。そうならないためには、再分配政策を強化することです。高い所得のひとから多めに税金をもらい、それをベーシックインカム(BI)で給付すればいい。これはたとえば最低限の生活費が月七万円なら、国民全員にその額を配ってしまう制度です。その場合の財源は、わたしの試算では、所得税率を一律二五%引き上げればまかなえる。いやだと思うかもしれませんが、増税して負担が増える分と給付を受ける分を差し引きで考える必要があります。中間所得層だとだいたいプラスマイナスゼロになり、貧しいひとは当然再分配のほうが多くなるので、得する部分が多い。お金持ちのひとたちは、給付よりも増税分の負担のほうが大きいので損をする。

 また、税金を財源にして最低限の生活保障をするBIとは別に、中央銀行が発行したお金をどんどん配って景気をよくしようという「変動BI」も必要だと思っています。これは景気に合わせてお金の量を増やしたり減らしたりするということで、財源は貨幣発行益になります。最近景気がすこしよくなってきましたが、これまで二〇年くらいデフレが続いた理由は、お金が目詰まりを起こしていたことです。目詰まりの原因は、ひとつは民間銀行から企業にお金がいかずに滞留してしまっていること。もうひとつは企業の内部留保です。家計に対して賃金を増やさないので、消費がなかなか増えていかない。このまどろっこしい貨幣の流通の仕方をやめて、中央銀行の発行したお金が直接家計にいくような仕組みをつくる必要がある。

 お金をつくっているのは中央銀行だと思われていますが、円のような法定通貨をつくっているおもな経済主体は民間銀行です。たとえばAさんが一〇〇万円のお金を銀行に預け、銀行がその預金残高のうち一〇万円だけを金庫に保管して、残りの九〇万円をBさんに貸し出すとします。するとこの時点で、世の中のお金は一九〇万円になるんです。Aさんは一〇〇万円しか持っていなかったのに、銀行を経由したことによって一九〇万円に増やすことができる。これを信用創造といいます。

 これをやめて、民間銀行が預かったお金をすべて中央銀行に当座預金として預ける一〇〇%準備制度にすればいい。いまは中央銀行と民間銀行がお金をつくっていますが、中央銀行だけがお金をつくって分配するシステムにするということです。そうやって民間銀行が信用創造できないようにすれば、貨幣創造が集権化し、中央銀行が発行したお金をすべて国民に配ることができます。現在の流れはその逆で、中央銀行+民間銀行+仮想通貨、さらには地域通貨というふうに、いろいろな経済主体が勝手に通貨を発行しているという世界になりつつあります。

 仮想通貨があること自体はいいことです。しかし法定通貨である円がおもな決済手段として使われ、発行主体を中央銀行のみに集権化してBI的に配ったほうが、より平等に近くなるとわたしは思います。仮想通貨のようなリバタリアン的な考えで、民間経済主体が勝手に貨幣を発行する分権的な社会をつくると、信用力のあるひとや最初に仕組みをつくったひと、あるいは投機に成功したひとばかりが儲かって、格差がどんどん開く社会になってしまう。はたしてそうした社会を望むのか。

 ハイエクが言ったように★10あらゆる主体がお金を発行していく世界と、逆に貨幣発行を集権化していく世界の中間に、これまであったような中央銀行がハイパワードマネー★11を供給して、民間銀行が信用創造をする世界がある。その対立軸のなかで、井上さんは中央銀行に集権化されるべきだと考えていて、仮想通貨に期待するのとは真逆の立場ということですね。

 もっとも、中央銀行のみが貨幣を発行する世界が仮想通貨によってもたらされるという可能性もあります。スウェーデンや中国のように、仮想通貨に着想を得て、中央銀行が直接国民に対してお金を発行するという試みを考えている国も出てきている。つまり、仮想通貨はテクノロジーにすぎず、分散台帳は手段にすぎないわけです。その運用は、だれでもICOができて村単位の地域通貨に使うこともできる世界から、国がすべての通貨をコントロールする世界、あるいはケインズがバンコールと呼んだ★12ような、国際社会のなかで一種類の通貨だけが流通するようになる世界までが考えられる。

井上 たしかに技術的なことを考えれば、法定通貨も仮想通貨として流通させることができる。それは実験すべきだし、もしかしたら日本政府もそう考えているかもしれません。代替通貨であるビットコインなどを、規制しつつも比較的自由にさせているのは、政府の実験なのだというと穿った見方をわたしはしています。問題点の割り出しから解決手段の開発までが民間の取り組みとしてなされて、仮想通貨が確実に安全に使えるようになったと確認してから、いよいよ政府が日本円を仮想通貨として発行するのではないか。

 残念ながら、日本政府はそこまで賢くないと思います(笑)。世界で最初に仮想通貨を公認した米国政府で、どんな議論があったかは興味がありますけど。

井上 いまケインズのバンコールの話が出ましたが、仮想通貨という技術を機に世界通貨をつくろうという話も当然出てくるのではないでしょうか。

 わたしが問いたいのは、本当にケインズとハイエクは仲が悪いのか、バンコールと貨幣発行自由化論ははたして対立しているのかということです。そうではなく、最適通貨圏★13は取り引きの種類によって異なるのではないか。たとえば子どものつくった肩たたき券の最適通貨圏は家のなかですし、あるいはいまSDRで行われているような国際的な取り引きは世界でやるべきことです。にもかかわらず、これまでは手段が少なかったので、しかたなく米ドルを基軸通貨にしていた。本来は肩たたき券とバンコールが同時にあっていいのではないか。

井上 ケインズも各国の発行する法定通貨を否定したわけではなく、国際的なやり取りは併行してバンコールで行うという話をしたのだと思います。それは措くとして、そもそも貨幣を世界的に統一する必要はないのではないかという話なら、わたしもそう思います。通貨を統一してしまうと、強い国がより強くなってしまう。

 わたしはユーロは失敗だと思っています。もしギリシャがドラクマというむかしの通貨を使い、ドイツはマルクを使っていたなら、ギリシャの経済が弱ってドラクマが安くなることでドイツ人がギリシャへ安く行けるようになる。そうすると旅行者が増え、ギリシャの経済は活性化する。そういう自動的な調整機能が働いたわけです。しかし通貨を統一してしまうとそれがなくなるうえに、国内だけの判断で通貨発行量を増やして景気をよくするということもできない。国家が通貨発行権を失うというのはたいへんなことで、本来は手放してはならないものです。地域通貨、仮想通貨などの代替通貨や国際通貨は、一国の法定通貨がまずしっかりとあるうえで、それに取って代わるほどの勢いがない場合にかぎり存在し得ると考えています。

 逆に言えば、法定通貨が盤石であれば、弱い地域を地域通貨によってエンパワーすることも可能です。たとえば日本のある地方が経済的に疲弊していた場合、地域通貨を発行して日本円は使わないというかたちにしたほうが活性化できる可能性があります。江戸時代にはそういう仕組みがあって、各藩が藩札というお札を刷っていました。生産性の高い地域・低い地域でそれぞれ別の通貨を使ったほうが為替の調整が働きますが、他方それを日本円で統一したことによって大きな市場が生まれた。これはトレードオフなので、どこまで地域で割っていくかは問題になると思います。ちなみに、ユーロ圏を維持したままこの問題を解決するには、サッカーのJ1、J2のように、ユーロをユーロ1とユーロ2に分けるという手段があるでしょう。生産性の高い国はユーロ1、低い国はユーロ2に属することになる。ユーロ1とユーロ2のあいだで為替のレートが変わるので、ユーロ2の生産性が低下しユーロ2安になると、ユーロ2の輸出が伸びたり観光客が来やすくなったりして、経済が活性化する。そういう解決はあると思いますが、多分採用されないでしょうね。

「総クリエイティブ社会」のための成長戦略


塚越 仮想通貨は国家を超えるものと言われているけれど、かならずしも対立するものではないということですね。ベーシックインカムを導入しようとなれば、国家の力がかならず必要になるのは間違いない。

 ぼくは現状でのBI導入には反対の立場です。労働力と生産性があり余っていて、その豊かさをどう配分すべきかという議論になるなら、BIは政治的争点になり得る。ただ現状を考えると、むしろこれからどんどん労働力が不足していく時代が来るはずです。老人ホームにひとが入りきらないほどの高齢化社会で、機械が労働をしてくれる分富の分配を考えようというのが、はたして本当に現実的な問題設定なのか。

井上 わたしも二〇三〇年くらいまでは人手不足は解消しないと考えていて、すぐに遊んで暮らすという話にはならないだろうというのはそのとおりだと思います。それでもわたしがいますぐにBIを導入していいと思うのは、生活保護よりも優れた仕組みだと考えているからです。さきほどの試算の七万円は、その程度もらったからといって会社を辞めるひとはあまりいないだろうという額です。二〇三〇年以降、自動運転車や自律的なロボット、ドローンのような、AIを内蔵したスマートマシーンが肉体労働の代わりをはたしてくれるようになれば、いよいよBIの額を増やし、遊んで暮らせる社会にすこしずつ近づいていく。そういうイメージです。

 もうすこしポジティブな話をすれば、汎用AI・ロボットを導入した高度なオートメーション化が進めば、もっと爆発的な経済成長ができるかもしれません。わたしは機械と労働というふたつのインプットでものをつくっているいまの資本主義を、「機械化経済」と呼んでいます。その世界では経済が成熟すると、経済成長率が二%前後で波打つ。アメリカがこの典型で、この二〇年間の成長率が二%です。インドや中国は、キャッチアップの過程にあるので六、七%の成長率が実現できていますが、日本はこの二〇年間パフォーマンスが悪かったので〇・九%しかない。

 それに対して、労働者がものをつくらず機械だけが生産活動を行っている状態を、わたしは「純粋機械化経済」と呼んでいます。そこではたとえ技術進歩率が一定であっても、経済成長率が年々上昇していく。これは高度経済成長期どころの話ではありません。ただし、所得が十分もらえるような勤め先はあまりなくなってしまうかもしれない。「雇用なき爆発的な経済成長」が実現するというわけです。未来の社会では、所得を得るためにあくせく働く代わりにみんながクリエイティブな営みに没頭している可能性があります。森永卓郎さんは人工知能の出現によって「一億総アーティスト社会」になると言っていますし、「雇用の未来」という論文を書いたおふたりのうちのマイケル・A・オズボーンも「クリエイティブ・エコノミー」がやってくると言っています。

塚越 ここでいう「クリエイティブ」には、きっちりした訓練によってすばらしいものをつくるという従来の努力によるクリエイティブ労働のほかに、文脈が読めていなくてもいわゆる芸術的な感性で行うクリエイティブ労働があると思います。AIの知性が発達して努力型のクリエイティブ労働をすべて任せられるなら、人間は感性によって新しいものをつくることに特化する方針は十分ありうると思います。ただその場合、その恩恵をどういうひとたちが受け取るのかは重要です。クリエイティビティがあるひととないひとで格差が生まれてしまったら、それはそれで問題なのではないでしょうか。

 「クリエイティビティ」とはなにかというのはむずかしい問題で、所得の格差はけっしてクリエイティビティの単純な合計ではない。むしろ注目度の偏りの結果です。だから上位〇・何パーセントにいるひとたちがテレビやウェブを利用して注目度を増やした途端、残りはしぼりかすになってしまうわけですね。

井上 おっしゃるとおりで、クリエイティブな社会は楽しい反面、とても残酷です。労働者はほとんど仕事がなく、その分だれが儲けるかというと、無人の工場を所有している会社の株主です。労働者に分配しないでいいので、まるまる自分たちの取り分にできるわけですね。通常の所得分布は、お金持ちがすこしいて、中間所得層が分厚く、貧しいひとが少ないというものですが、アーティストの社会は、お金持ちがわずかで、中間所得層がそれよりすこしだけ多く、貧しいひとたちがかなり大量にいるという世界です。「一億総アーティスト社会」は所得の面からすると過酷なものになる可能性がある。

塚越 よく言われる話ですが、古代ギリシャ・ローマでは奴隷がさまざまなものをつくり、なんでもしてくれていた。その奴隷が機械に置き換わっても、一部の偉いひとが儲かるだけの「パンとサーカス」(食料と娯楽で満足させる愚民政策)の世界になる。それにそもそも、人間はとくにクリエイティブでない、単純な作業もしたいはずですよね。人間は暇な時間に創造的なことをするという前提になっていますが、本当にそうなのか。

井上 古代ギリシャのようにはいかない説ですか(笑)。

塚越 古代ギリシャは市民はどうでもいい労働はしない、クリエイティブな社会だった――もちろん戦士なので戦争はやりますが。そして学問や知的な話は、奴隷に仕事をやらせて暇があるひとがやる、高尚なものだった。そう言われていますが、われわれは創造的なものだけに専念できたら本当に楽しくなるのか。ぼくなんか、絶対いやだと思うんです(笑)。ハンナ・アーレントはそういうギリシャ世界をモデルケースにして人間の活動についての議論をしています。しかしクリエイティブな仕事ができるひとは、本当に一部ですよね。あとの大多数ははっきり言えば凡人です。そういった人間たちはクリエイティブな社会で、どうやって生きていけばいいのか。
井上 たとえばユーチューバーでもLINEスタンプをつくっているひとでも、食えているのはほんの一部で、食えていないひとが無数にいるわけです。しかし、食えていないからといってそれが面白くないわけではなく、小遣い稼ぎをして楽しんでいる。クリエイティブな仕事で食えないこととクリエイティブな活動をしないことは別の問題です。食えないアーティストや芸人は、いまは飲食店でバイトするとか別の仕事で食い扶持を得ているわけですが、それがベーシックインカムに置き換わる。トップクラスのクリエイティビティとは別に、一般市民の創作活動というのは、斬新なものではなくても肯定してよい、なかなか面白いものだと思います。

 もちろんそれがすばらしい社会であることに異論はないです。ただ、クリエイティブな仕事はマーケットとしてどんどんボーダーレスになっていくと思うんです。そのような国際競争の厳しい世界がある一方で、日本国内では介護のような、機械・AIが代替できない身体性を伴う感情労働における人手不足が深刻化していく。いまはまだ過去の豊かさの延長で、そういう仕事を外国人研修制度などで肩代わりしてもらっているわけですが、日本はこれからもそんなに豊かで、国際的に見れば海外から搾取するかたちで生き残っていけるだけの力があるんだろうか。

塚越 第四次革命に乗れるのか、逸れるのか。逸れる社会になると、いまぼくらが話したようなことは夢物語になってしまう。第三次産業革命★14で負けた日本が、これから第四次産業革命で、とくにブロックチェーンで市場をリードしていくためにはどういう戦略を取ったらいいのか。

井上 どんどん貧しくなっていくことさえ防げれば、上昇路線にいち早く乗れなくても、あとからついていけばいいと思います。上向きにさえなっていれば、BIの額もどんどん増やしていける。そういう明るい未来のためには、日本の科学技術力がかなり上がる必要がある。しかし、さまざまな統計を見ていると、楠さんの悲観的な予想を裏づける証拠のほうが多い。たとえば一国の科学技術力を測る代表的な指標として、論文数があります。科学者は科学技術の成果を論文で発表しますが、その数が日本は落ちてしまっている。新興国がどんどん論文数を増やしているので、相対的に下がるのは仕方がないことです。しかしそうではなく、絶対数が減っているんです。それには大学の先生が雑務ばかりさせられていることや、資金が行き届いていないことなど、いろいろな原因があります。とくに地方の国立大学の疲弊ぶりは本当にひどい。そういうところで日本がどんどん地盤沈下しているのは感じているので、このままいくと、「第二の大分岐」の上昇路線にいち早く行くのはむずかしい。かなりあとからついていくことになってしまうか、あるいは全然そちらに乗れなくなってしまうという可能性もなくはない。やはりいろいろな改革が必要だと思います。

 いつまで国単位でGDPや成長を考える時代が続くかということも考えなくてはいけない。ビットコインも含めて国境を越えた新たな経済圏が生まれているのが実態です。ブロックチェーンの世界はもともと国境を越えた世界で、これまでのナショナルエコノミーとは別のレイヤーを重ねられるところに意義がある。今後も医療保険や農業や通信などのさまざまな面で国家経済は残ると思いますが、それに加えて地域通貨が生まれる余地もあれば、グローバル経済が生まれる余地もある。それこそが新しい部分です。だからブロックチェーンを国民経済の文脈のなかで考えていくのではなく、イノベーションのなかで、これから成長していく事柄や分野について、どのような通貨圏を最適なものとして実装するかという議論に転換をしていくべきだと思います。日本のためにブロックチェーンを使うのではなく、ブロックチェーンを通じて日本経済と成長分野とをいかに接合していくか。それを戦略にしていかないと、勝ち目はないと思います。

塚越 BIという考え方やAIの登場によって、労働という概念が根本的に変わるかもしれない。それを夢物語にしないためには、現在の国家と民間銀行を主体とした経済活動を見直す必要がある。そして仮想通貨には、まさに枠組みを組み替える可能性があるということですね。楠さん、井上さん、本日はありがとうございました。

2018年3月9日 東京、ゲンロンカフェ
構成=谷美里+編集部





★1  二〇一三年にユーロ圏のキプロス共和国で発生した金融危機。二〇〇八年のリーマンショック並びに二〇一〇年のギリシャ危機の煽りを受け、キプロスの銀行の融資や債券投資に巨額の損失が発生。EUに支援を要請したところ、預金者による破綻処理費用の一部負担という条件が課され、取り付け騒ぎが起こった。最終的には、一〇万ユーロ以上の大口預金者にのみ負担を強いることで合意がなされ、金融破綻は回避された。

★2  ベンチャーキャピタル(VC)は、ハイリターンを狙って高い成長率を見込める未上場企業に対して投資を行う投資会社のこと。シードは「シードステージ」の略で、ベンチャー企業の成長段階を示す指標のうち、起業前の準備段階にあることを指す

★3  二〇一四年二月、当時世界最大の仮想通貨交換会社だった Mt.Gox(東京・渋谷)がハッキングの被害にあい、顧客から預かった七五万BTCと自社保有の一〇万BTC(当時の価格で約四七〇億円)が消失した事件。Mt.Gox は約六五億円の負債を抱え、民事再生法の適用を申請。同年四月には破産手続きへと移行した。しかし、二〇一五年八月、CEOのマルク・カルプレスが顧客資金の横領容疑で逮捕される。顧客の口座を不正操作し着服した疑いがかけられたが、本人は無罪を主張。現在も破産手続きおよび裁判は継続中である。

★4  量的緩和(Quantitative Easing:QE)とは、金利の引き下げではなく、中央銀行の当座預金残高を増やすことで、マネーサプライを増やそうとする金融緩和政策のこと。深刻なデフレーションに陥り、政策金利をゼロにまで引き下げても十分な景気刺激効果が発揮されない場合に、中央銀行が公開市場操作で金融機関から国債や証券・手形の買い入れを行い、市場に潤沢な資金を供給する量的緩和を行う。QE1とは、リーマンショックに端を発する金融危機に対応するため、二〇〇八年一一月から二〇一〇年六月にかけてアメリカで実施された量的緩和政策のことであり、QE2とは、アメリカの景気回復の鈍化を受けて、二〇一〇年一一月から二〇一一年六月にかけて実施された量的緩和政策のことをいう。

★5  サイファーパンク(cypherpunk)とは「サイファー(暗号)」と「サイバーパンク」を組み合わせた造語で、デジタル時代の開かれた社会においてプライバシーを保護するために、暗号技術を用いた匿名システムの建設を推進する活動家たちのことをいう。彼らはメーリングリストを通じて、暗号学の技術的・政治的・哲学的な議論を交わしており、クリプトグラフィー(cryptography@metzdowd.com)は、そのようなメーリングリストのひとつである。

★6 ハードフォークとは、システムの仕様変更に伴うブロックチェーンの分岐(フォーク)が、新旧の互換性のない形で行われること。二〇一七年八月、ビットコインから分裂してビットコインキャッシュが誕生した背景には、ビットコインの利用者の拡大により台帳の作成が追いつかず、決済に遅れが目立ち始めたことがあった。その解決方法として、ビットコインのルールづくりを担う技術者たちは、取引情報を圧縮することを提案したが、一部の大手マイナーが、マイニングによって得られる手数料が減ることや、自社が特許をもつマイニング用コンピューターが使えなくなることを理由に反対。代わりに、取引情報を記録するブロックの容量を大きくすることを主張し、ビットコインから分裂することとなった。

★7 人口は幾何級数的に増加するが、食糧は算術級数的にしか増加しないため、必然的に人口過剰による構造的貧困が発生するという学説。イギリスの経済学者トマス・ロバート・マルサスによって提唱された

★8 芝麻信用」とは、中国のeコマース(電子商取引)企業アリババが立ち上げた個人の信用力を評価するシステムで、モバイル決済サービス「アリペイ」の決済データとリンクしている。評価が高ければ、融資金利や与信限度額が優遇されるほか、シェアサイクルをはじめとする様々なレンタルサービスを利用する際のデポジットが不要になる。

★9 ここでいう「需要の弾力性」とは「需要の所得弾力性」の意味で、所得の変化に対して需要量(消費量)がどれだけ変化するかを表す指標のことである。生産に投入されるのが機械のみでは、生産性が上昇しても労働者の所得が増えて消費量が増加するということは起こらないので、供給過多に陥ってしまうという事態が懸念される。

★10 自由主義思想の代表的経済学者フリードリヒ・ハイエクは、『貨幣発行自由化論』において、ジョン・メイナード・ケインズの『貨幣改革論』以来の管理通貨制度を廃止し、競争原理にもとづいて貨幣発行を行うことを提唱した。

★11 中央銀行の現金通貨と、金融機関の中央銀行預け金を合わせた呼称。銀行の信用創造を通じ何倍ものマネーサプライを生むもとになることから、このように言われる。

★12 バンコールとは、ケインズとエルンスト・フリードリヒ・シューマッハーが提案した超国家的な通貨のこと。世界の中央銀行なるICU(The International Clearing Union)を通して、すべての国際貿易がバンコール建てでなされる世界を構想した。イギリスがブレトン=ウッズ会議(一九四四年)でバンコールの導入を提案したが、アメリカの合意を得られず、実現には至らなかった。

★13 一定の経済的条件を満たしている複数の国や地域は固定相場制または共通通貨によって統合しうるという考えのもと、そのような統合が適していると判断される地理的範囲のことを指す。

★14 第三次産業革命が何を指すかということに関しては、統一的な見解は得られていないが、二〇世紀後半とりわけ一九九〇年代以降のIT(情報技術)革命を指すことが多い。アマゾン・グーグル・フェイスブックなど、我々が日常的に使用しているサービスの多くがアメリカ企業の提供するものであることからも分かるように、この革命における圧倒的な勝者はアメリカである。

井上智洋

駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に著書に『新しいJavaの教科書』(ソフトバンククリエイティブ)、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)、『人工超知能』(秀和システム)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版社)、『MMT』(講談社選書メチエ)などがある。

塚越健司

1984年生。学習院大学・拓殖非常勤講師。Screenless Media Lab. リサーチフェロー。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』(出版芸術ライブラリー)、『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)。共著に『間メディア社会の〈ジャーナリズム〉』(遠藤薫編、東京電機大学出版局)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)など。ラジオやウェブメディア活動も多く、2020年4月からはテレビ朝日「大下容子ワイ

楠正憲

1977年生。神奈川大学在学中から日経デジタルマネーシステムで編集記者として記事を執筆。インターネット総合研究所、マイクロソフト、ヤフーを経て、2017年10月よりフィンテック分野でUXデザインを手がける新会社「Japan Digital Design 株式会社」CTO(最高技術責任者)に就任。ISO/TC307ブロックチェーンと分散台帳技術に係る専門委員会 国内委員会委員長、内閣官房情報化統括責任者補佐官。
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