五反田アトリエから(37) コロナ禍に振り返る五反田アトリエでの作品たち――過去の展示企画より|藤城嘘

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初出:2020年6月26日刊行『ゲンロンβ50』

 みなさまこんにちは、カオス*ラウンジの藤城嘘です。

 ゲンロン カオス*ラウンジ 五反田アトリエでは、若手美術作家を紹介する展示を定期的に開催していますが、感染拡大防止の観点から、4月から6月にかけて、展覧会の開催を控えておりました。そこで、いつものレポートに代えて、今回は五反田アトリエで過去に開催された展示から、今だからこそ見返したい作品をピックアップし、未公開の写真とともに紹介しようと思います。ほとんどの美術館やギャラリーが休館状態となってしまったこの数ヶ月でしたが、少しでもみなさまの目を楽しませることができればと存じます。

 コロナ禍において私たちは極度に移動を制限されてしまいました。しかし、オンラインという手段をとらずとも、べつの手付きで遠くの「風景」の質感を手にできたなら。まず紹介するのは高知県出身の美術作家、柳本悠花さんによる個展です。

【図1】柳本悠花 個展『さまよう むこうがわ』2017年5月19日(金)-6月4日(日)※展示レポートは『ゲンロンβ14』に収録
 

【図2】同前
 

 柳本さんは大学生時代から高知のタクシー社名表示灯や看板などの地元の「風景」や「建造物」を、フェルトや綿を使用した「ぬいぐるみ」状の立体作品に仕立てます。柳本さんは現在までに高知県以外にも、福島県いわき市や香川県の女木島などの地方の伝承、それにまつわる風景をリサーチし、刺繍による作品化を続けています。地元に対しての愛着ではなく、違和感からアプローチした一見して素朴でいびつなぬいぐるみたちは、独特の存在感があり魅力的です。
 このご時勢で有名飲食店の「お取り寄せ」や「お持ち帰り」がやや盛り上がったように、これからの世界では「お土産品」のありかたも変わる可能性があるのではないか、作品を見返すとそんな飛躍したアイデアも浮かんできます。

【図3】弓指寛治個展『四月の人魚』
 

【図4】同前
 

 弓指寛治さんはゲンロン読者であればご存じの方も多いと思います。ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校の初代金賞のアーティストで、第21回岡本太郎現代芸術賞の敏子賞受賞や、あいちトリエンナーレ2019への参加など、目覚ましい活躍をしています。2018年4月の展示では、1986年4月に自死したアイドル岡田有希子をテーマにし会場を構成。絵を描くことが大好きだった彼女に対して弓指さんは画家としてアプローチし、彼女にまつわる様々な写真やモチーフ、そして彼女の絵をもまったく新しく組み合わせ、コラージュをするかのように絵画作品にしていきました。

 ある事件に対し、メッセージをイメージに込めるとき、直接的な政治性が表れてしまうことがあります。ですが、この展示での弓指さんの作品は、当事者の様々なイメージを引用するという直接的な方法をとりながらも、そのキッチュさがシミュレーショニズムなどの80年代の文化と呼応した関係となり、結果として華やかで新しい慰霊のかたちをも提示していました。事件とアートの適度な距離を考えたとき、たとえばバンクシーのグラフィティのようなマッチョでダイレクトな皮肉の表現、それのみがアートの強みではない、そういったことを弓指さんの作品が教えてくれるようです。

【図5】山縣良和『人山人』
 

 ファッションブランド「リトゥンアフターワーズ」のデザイナーである山縣良和さんをお呼びしたこの展示では、巨大な「山」がアトリエの中央に出現。FRP(繊維強化プラスチック)にたくさんの枝を装飾するかたちで造形されたこの巨大ジオラマともいえる立体作品は、自重によって会期中に日々姿を変えていきました。2017年11月に東京都庭園美術館で行われたファッションショー「After Wars」でも登場したこの山は、中に人が入って動かしていく「服」でもあり、山縣さんの過激ともいえるファッションの拡張性を表しているといえましょう。
 この数ヶ月、都心ではとくに外出の自粛が強いられるような日々が続きました。抑圧された今現在の状況では、あのとき室内に現れた「山」の姿は、ファッションの概念のみならず屋外・屋内の感覚もが融解していくような、不思議な力を感じる作品であったように振り返ります。それは柳本さんのぬいぐるみ作品にも通じますが、このような「風景のオブジェ」は、私たちがある「風景」を所有せんとする近代的な感覚のアップデートのようにも思われますし、現代では薄らいでいく日本の自然崇拝の新しいかたちとも考えられるかもしれません。

 このコロナ禍は、生活様式や心身のありかたに対して、今の子供たちにも大きく影響する出来事になるでしょう。慈さん(当時は「有地慈」名義)は、新芸術校第3期出身で、東浩紀審査員特別賞を受賞したアーティストです。個人的な体験や生活を通して大きな事象を捉えていくという作品を作り続けており、「スーパー・プライベート」シリーズでは自身の娘との生活や関係性をインスタレーション化しています。

【図6】有地慈個展『スーパー・プライベートⅢ―約束された街で-』 2018年10月27日(土)-11月3日(土)※展示レポートは「ゲンロンβ31」に収録
 

【図7】同前
 

 本展では、娘の誕生日=11月3日に向けて「パーティの準備」として会期中に滞在制作を行いました。しかし、アトリエはパーテーションされており、条件を満たさないと慈さんたちの滞在スペースには入れません。滞在スペースは外に向けてその様子がモニタリングされているのですが、その映像は反転されており、展示されている日付は「3・1・1」と表示されます。「パーティの準備」がされる混沌とした空間は、外から見ると災害にあったかのようにも見受けられ、私たちが生活の中で潜在的に背負ってしまう災害の記憶が否応なく表れている、とも言えるかもしれません。
 娘の成長というかけがえのない時間を美術作品に取り入れることは、暴力性を内在する危険もありますが、このように災禍に対する私たちのなまなましい感覚を表現活動に取り入れる手付きは、深く考えさせられるところがあります。

【図8】『3月の壁』2019年3月16日(土)-3月31日(日)※展示レポートは「ゲンロンβ36」に収録
 

 東日本大震災を忘却しない、ということをコンセプトにした、今年3月にも開催された「3月の壁」展。昨年3月の第1回目では、梅沢和木、藤城嘘、弓指寛治、和田唯奈の4名が手がけた壁画(アトリエの現在の常設壁画)がメインとなりましたが、ほかにもさまざまな作品が展示されていました。今回あらためて取り上げたいのは宮下サトシによる陶芸作品《なぎづち》シリーズです。陶芸家の宮下サトシはシャンプーボトルやアメコミのフィギュアなど、ポップな日用品を型取りし、異なる文脈を持つモチーフ同士を組み合わせ、別の意味を付与させる陶磁器作品を制作しています。

《なぎづち》はオリンピックの聖火リレーで用いられるトーチがイメージされていますが、像の頭の部分は静かに水をたたえる構造になっており、聖火とは真逆の意味を持っているかのようです。水は蒸発したり、陶に染み込んでいくことによって減っていくので、作品を飾っているあいだは気づいたときに水を継ぎ足さなければなりません。つまり、たびたびこの作品を思い出しては「ケア」する必要がある形態なのです。《なぎづち》のひとつは井戸博章さんが制作した木製の厨子の中に収められて展示されていて、西洋的な身体をしながらも。観音様やお地蔵様を思わせる、仏教的なたたずまいをしていました。

 カオス*ラウンジでは東京オリンピックの時期に合わせて開催する予定だった展示を白紙にするということがありました。年内のオリンピック開催が中止となった上に、コロナ禍が重なり先行きが見通せないためですが、こういった状況の変化が既存の作品の意味をも変えてしまう側面はあるでしょう。《なぎづち》も、今は聖火のトーチという見立て以上に、感染症が生み出した惨状や混乱する社会を静かに眼差しているかのような、聖像の雰囲気が強く立ち上がって見えるようです。
【図9】木村翔馬、名もなき実昌『ヴァーチャル・リアリティの居心地』2019年4月6日(土)-4月21日(日)※展示レポートは「ゲンロンβ37」に収録
 

【図10】同前
 

 木村翔馬さんはVRシステムを経由して「絵画」を制作する、一風変わったスタイルで活動しています。木村さんはまず、ヘッドマウントディスプレイをつけ、両手に持ったコントローラーで、仮想空間上にボリュームをもったラインを描き、立体的にドローイングしていきます。VR上にできた「絵画」は上下左右から、拡大縮小をしながら自由に鑑賞が可能なのです。そしてさらに、その特殊な制作の感覚を、現実空間で再び平面の絵画作品に作り直します。一見して抽象形態でしかない図像は、そのプロセスを知った途端に、身体の軌跡であることに気付かされます。

「接触」は本来、絵画はもちろん、美術全般にわたって制作と切り離せないものです。エアゾール(スプレー缶)などの例外はあるとはいえ、絵筆がキャンバスに触れるとき、初めて描画が可能になるわけですが、木村さんは従来の「接触」とはまったく違う感覚を絵画制作に持ち込んだといえるのではないでしょうか。

 感染症が蔓延した世界では人とモノの接触、人と人との接触は、やや神経質に行われますが、そういった空気の中での美術作品制作・鑑賞はどのように変質していくのか、今だとそのような思考実験にも繋がる作品に思えます。コンビニや商業施設のレジカウンターの透明な幕や、店員の顔のマスクやフェイスガードなど、街なかで出会うことになるひとつの幕を隔てたコミュニケーションの経験。これらはこれから私たちになにをもたらすのでしょうか。

 さて、さまざまな作品をコロナ禍中から振り返ってみるという試みをしてきましたが、6月に入りさまざまな美術展が徐々に再開・開催をはじめました。ゲンロンカオス*ラウンジ五反田アトリエでも、7月3日から久々の展覧会がオープンします。「藤城嘘企画『カオス*ラウンジXI キャラクターオルガナイズ』」と題したグループ展が開催されます。昨年を除き毎年開催されていた、インターネットをきっかけに知り合ったアーティストによる現実空間でのオフ会的な作品展で、祭りのような企画です。実力のある現代美術家はもちろん、ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校で「カオス*ラウンジ賞」を受賞したF・貴志(四期生)や小山昌訓(五期生)など、注目の作家が30名近く集結いたします。ジャンルを横断しつつも「キャラクター」をテーマとした新しい表現が一望できる点も特徴です。ぜひご高覧いただきたく思います。

撮影=水津拓海 / rhythmsift




今後の開催予定
◆2020年7月3日(金)-7月19日(日) ※月曜休廊
展覧会名:藤城嘘企画『カオス*ラウンジXI キャラクターオルガナイズ』
参加者:
一輪社/今井新/梅ラボ/F・貴志/小山昌訓/川上喜朗/城月 /ク渦群/ cottolink/こまんべ/サルサ/湿井/杉本憲相/都築拓磨/名取加奈子/名もなき実昌/宏美/藤城嘘/藤山恵太/堀江たくみ/三毛あんり/水井軒間/みなはむ/宮下サトシ/村田直行/mosh/門眞妙/柳本悠花/ゆーきん/リリカルロリカル/レパー/わぁいケーキ 他……

【新型コロナウイルス対策について】
 合同会社カオスラは新型コロナウイルス感染症への対応として、拡散防止に細心の注意を払いながら展示を開催いたします。また、今後も最新の情報の収集に努め、臨機応変に対応してまいります。来場者のみなさまには、感染予防・感染防止の対策にご協力をいただきますよう、お願い申し上げます。
展示の最新情報については カオス*ラウンジ公式 web サイトをご覧ください。

藤城嘘

1990年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科卒業。美術作家。作家活動に並行して、集団制作/展示企画活動を展開する。「カワイイ」・「萌え」などの日本的/データベース的感性をベースに、都市文化や自然科学的なモチーフから発想を得た絵画作品を制作。主な個展に「キャラクトロニカ」(2013年)、「ダストポップ」(2017年)、「絵と、」vol.2(2019年)など。音ゲーを趣味とする(pop’n music LV47安定程度の実力)。
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