2022年3月28日[月]発行
1|上田洋子 ロシア語で旅する世界 特別篇 理解できない現実に寄せて
文学研究者として、ゲンロンの代表としてウクライナ・ロシア両国の人々と深く関わってきた上田洋子によるエッセイを公開します。友人の住む、縁の深い土地が戦地になるとは、どのような事態なのか。その心情を率直に綴ります。
2|乗松亨平 トラウマとイデオロギー――マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』評
プーチン政権がファシズム国家であるという目線に対し、冷静に分析を行なったマルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』(東京堂出版)。ロシア文学・思想研究者の乗松さんが本書を通じ、いまロシアを動かすイデオロギーを考察します。
3|小松理虔 当事者から共事者へ 第17回 ウクライナ侵攻と共事の苦しみ
ロシアによるウクライナ侵攻を前に感じた、当事者たりえない無力感。これまで「楽しい立場」として考えていた共事者の苦しみと、その立場が持つ強者性、そしてジャーナリズムのあり方を考えます。
4|君島彩子 自然発生的な祭壇と震災モニュメント――東日本大震災後の公共空間における「宗教的な形」の役割
東日本大震災の弔いのために沿岸部に仮設された祭壇は、どのように恒久的なモニュメントへと変化していくのか。その過程から読み取れる、「無宗教」を自認する日本人の宗教観を探ります。
5|山森みか イスラエルの日常、ときどき非日常 第4回 共通体験としての兵役(3)
イスラエルの人々にとって重要な共通体験である兵役を紹介する、シリーズの第三回。今回は山森さんのご子息が入隊した後、どのような生活を送ったのかを描きます。実際の体験に根差したここだけのエッセイです!
6|本田晃子 革命と住宅 第9回 第5章 ブレジネフカ――ソ連団地の成熟と、社会主義住宅最後の実験(前篇)
ブレジネフが書記長となり、ソ連各地には新たな団地「ブレジネフカ」が出現しました。その多様化ゆえの住宅格差を、当時の映画の場面から追求し、ソ連住宅の最後の実験の実像に迫ります。本田さんの人気連載、次号いよいよ最終回です。
表紙写真:2018年6月、チェルノブイリツアーでキエフを訪れた。現地コーディネーターのジャチェンコ氏(中央)とそのアシスタントのジェーニャさんとも長い付き合いである。5回目の開催を喜び、今後も続けていきたいと話していた。この回は毎日快晴で、青空と明るい風景が印象的だった。現在、ふたりとも戦火を避けてキエフを離れている。時間がかかるかもしれないが、いつか6回目を開催できたら嬉しい。(上田洋子)
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1|上田洋子 ロシア語で旅する世界 特別篇 理解できない現実に寄せて
日本に居て淡々と日々を過ごしていると未だにロシアとウクライナが戦争状態にあることが信じられない。
思えばウクライナの情勢はとにかく入ってこない。ユーロマイダンについてもゲンロンβなどを読んでやっと関心が持てた程度である。上田さんの文章にある内容もよほど関心がなければリーチできないであろう。
私自身、ロシアがウクライナ国境に部隊を展開しているとのニュースを読んでも「まさか戦争はしないだろ。」と楽観視していたので文章中にある「わたしは「善を信じ」すぎていたのかもしれない。」という上田さんの言葉が突き刺さる。この先に善を見出せないから更に突き刺さる。
2|乗松亨平 トラウマとイデオロギー――マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』評
ロシア(当時のソ連)がナチス・ドイツを打倒し第二次世界大戦の重要な局面を作ったという自負と、その中東欧諸国のその後の歴史観の差異が亀裂を生んでいるという読みは理解しやすいストーリーである。そう言った土壌からプーチンの独特な歴史観が醸成されていったというのもまた「わかりやすい」。
ソ連崩壊のトラウマと生き残りのイデオロギーが駆動し、最悪の形でロシアの、少なくとも政府の持つ、根源的な意識が表出しているとしたら研究者の方々に迫られる資料の「読み替え」「再評価」「再解釈」に一抹の期待はあるが、事態が刻々と変化し先が見えない現状に暗澹たる気持ちしか持てない。
3|小松理虔 当事者から共事者へ 第17回 ウクライナ侵攻と共事の苦しみ
小松さんが以前より提唱する「共事者」の概念が環境変化に対してとても脆く強引なポジティブさによって支えられた、綺麗に整えた前提条件でしか生きられないのだとしたら人と人を結ぶ汽水域を何に見出せば良いのだろう。
アジアやアフリカに対する根源的な差別意識を掘り起こすジャーナリズムはなんと自虐的か。
弱者をコンテンツ化する自己満足に立脚したジャーナリズムの構造的な問題は果たして乗り越え可能なのか。
鼻先に人間の持つ悪を突きつけられた今、安易に現実逃避した無根拠なポジティブさの誘惑に駆られる自分がいる事に気付かされた文章であった。
4|君島彩子 自然発生的な祭壇と震災モニュメント――東日本大震災後の公共空間における「宗教的な形」の役割
仏教はやはり葬式のイメージに引き付けられ「死」を想起させるが、一方、神道は厄祓いや七五三など「生」のイメージを想起する。
なぜイザナギとイザナミが登場して復興のモニュメントと化すのか。なぜ花や卒塔婆が祈りの場として本来の意味を超えたイメージと化すのか。
この「ありがち」な漠然とした記号性こそが衆生済度となるのであれば、人とはかくも認知の世界に生きていることを感じざるを得ない。
5|山森みか イスラエルの日常、ときどき非日常 第4回 共通体験としての兵役(3)
軍隊が国民共通の基礎的な紐帯を形成しているという日本に住んでいると感覚的にはピンと来ない感情がある事に関心を持った。若い兵士に対して飲食代を奢ったりタクシー代を無料にしたりといった国民同士のサポートには、兵役に就いている若者に対する純粋な応援の気持ちが表れている様に感じられる。
また、国立図書館で日本のユダヤ関連書籍が保存されている事実を敷衍して考えると、ユダヤが歴史的に場所性を剥奪されてきたことによる記憶の継承に対する偏執的とさえ思えるこだわりがコミュニティを結びつけるための何らかの結節点を希求し徴兵時代のノスタルジーと同情を惹起しているのかもしれない。
6|革命と住宅 第9回 第5章 ブレジネフカ――ソ連団地の成熟と、社会主義住宅最後の実験(前篇)
スターリンカからフルシチョーフカを経てブレジネフカに至り、住宅の量産だけでなくデザインや機能が洗練されていく中で、やっと人間的な満足感を充す「住まい」としての団地が作り上げられていく過程がエキサイティングに垣間見れた。
スターハウスの様な特徴的な住宅がステータスとして付加価値を持つ事で、原武史さんの著書「レッドアローとスターハウス」にもあるように日本にまでステータスとしての団地が輸出されている事からブレジネフカは一種の団地の完成形、或いは落とし所の様に感じる。
私自身、ロシアの軍事侵攻から数日は言葉で言い表せないような、なんとも鬱屈とした生活を送っていましたが、だんだんと冷静に戦争について考えられるようになってきました。もし自分の国で戦争が起きたとしたら私は戦場に行くのか?と考えている内に「徴兵制」について興味を持ちました。山森さんのイスラエルでの実体験は日本にはない、新鮮な体験として非常にリアルで参考になりました。それと同時にやはり戦争は絶対にやってはいけないし、私自身は徴兵されたくないなとも思ってしまいました。ウクライナの国家総動員法のようなものが発令された時に自分の親ならどんなふうに思うのか、自分が親なら息子止めるのか?いろいろ考えを巡らせていますが、2010年代の平和ボケの世界が1番よかったなと噛み締め、戦争についての書物も読む必要があるなと感じる良い機会になりました。
上田洋子 理解できない現実に寄せて ロシア語で旅する世界 特別篇
今号のゲンロンβは、小特集としてウクライナ危機を考えるとして、上田さん、乗松さん、小松さんの文章が掲載されている。ただ、君島さん、山森さん、本田さんの文章も、あわせて読むとつながる部分も多く、いつも以上に濃密な内容だと思う。電子書籍を月刊で発行していることは、即応性を保ちつつ、ある程度の考える時間をとることもできる。さらに文章だけでなく、表紙の写真も印象的だった。
上田さんがロシアやウクライナとの近さから考え、書き記したこと。東さんのシラスの突発の最後で上田さんが語った、世界を開く言語としてのロシア語、それが閉ざされようとしている現在。ゲンロンのユーザーとなって以来、チェルノブイリツアーによるウクライナのレポート、ゲンロン本誌でのロシア特集号、ゲンロンαやβのロシア関連の論考と、現地に行ったことはないが、全く知らない場所ではなくなった。
これまでも各地で戦争や紛争は起こっており、ニュースで見聞きしていた。今回のウクライナ侵攻は、これまでのメディア環境と異なり、戦地の情報がSNSのタイムラインによって更新されていく。その流れに翻弄されないように距離を取ろうと思う一方、今号のゲンロンβやこれまでのゲンロンのコンテンツを足掛かりにして、考えることができる。ゲンロンβに感想を送る習慣がなければ、ウクライナ危機に関する小特集にこうやって感想を書く自分はいなかっただろう。
乗松亨平 トラウマとイデオロギー マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』評
ゲンロンαの新しい挑戦の「ゲンロン書評」#3の掲載である。大型書店では時流にのって、ロシア・ウクライナ関連の書籍の特集がされており、その中に、個の書評で取り上げられている「ファシズムとロシア」も置いてあった。本書は未読であるが、ゲンロン7のマルレーヌ・ラリュエルやいくつかの論文は再読した。
もちろん書籍や論文を読んだことで、報道されているウクライナの惨状を理解できるわけではない。裁かれるべき罪はあるだろう。悲しみや憎悪はますます増えていくかもしれない。しかし、ロシアで、ロシアについて、何が考えられていたのか知ることを切り捨てなくてもよい。正直、何か書くことに躊躇いもあるが、何も書かないよりはよいと思った。
小松理虔 当事者から共事者へ 第17回 ウクライナ侵攻と共事の苦しみ
小松さんの書き出しのように、今年の3月は憂鬱な心持ちになることが多かった。これまでの3月は、3.11にまつわるニュースやイベントを見つつ、忘れないようにするという感覚が強かった。小松さんの連載やトークイベントもそのうちの一つだ。川内有緒さんとのトークも楽しんだ。湾岸戦争がニンテンドーウォーと呼ばれて以降、直近の戦争が可視化され、印象的な映像がテレビに流れた。ウクライナ侵攻では、SNSのタイムライン上を刻一刻と情報が更新され、戦争をより身近に感じてしまう。
小松さんが提示した共事という概念。東日本大震災の当事者の視点から、非当事者の無関心に抗い、その間の距離を縮めるにはどうしたらよいかという問いが起点だったと思う。論を進めていくうちに、共事者の強者性に着目するようになった。本稿では、ジャーナリストの振る舞いから共事者の苦しみについて綴っている。読み終えて、ジャーナリスト=共事者なのだろうかという疑問が浮かんできた。
川内さんとの対談でも話題になっていたが、当事者に寄り添うとき、代弁者としての側面がある。本文でも、「縦の関係」「大義」「コンテンツ化」という強い言葉が並ぶ。強者性を自覚することなく、距離を縮めることの危うさから、距離を置くことの大切さを自身に戒めている。代弁者に対して、もっと共事者のイメージに近い言葉はないだろうか。
対談の中で、川内さんが動画を流しながら、白鳥さんとのエピソードを話したとき、小松さんは「友達」のことを話しているようだとコメントしていた。もちろん、友達にならなければ、当事者のことを語れないということを言いたいのではない。ただ、強い言葉で生まれる距離の硬直性を、友人と付き合うような伸縮性のあるものに捉え直すことが大切なのかもしれない。
思い立って、3.11にまつわる演劇を観に行った。終演後、短いアフタートークで劇団主催が、3.11の語り部として演劇を続けていくという話していた。観劇していた時間は、3.11について思いを巡らせていた。ウクライナ侵攻を忘れたわけではないし、気分が軽くなるわけでもないが、これが自分なりの距離のとり方なのだろうと思った。
君島彩子 自然発生的な祭壇と震災モニュメント 東日本大震災後の公共空間における「宗教的な形」の役割
モニュメントに対して、象徴的、公共的、恒久的というイメージを持っていた。東日本大震災の後、津波到達点を記す石碑が紹介されていたが、日本におけるモニュメントの在り方のひとつだろう。津波到達点を示す記録としてのモニュメントは、忘れ去られていた存在だったのだろう。大きな津波が起こったことで思い出された。
小瀧勝平が制作した仏像に類似した「祈り」が公共施設で拒否されたエピソードは、現代のモニュメントの在り方を示している。モニュメントの役割として、記憶の伝承がある。生々しい感情が残っているときに、宗教的な造詣によって、慰霊を強く想起させるものは忌避される。日常の公共空間へモニュメントを建てるために、モニュメント性を脱色していくという奇妙なことが起こっている。小田原のどかの台座の議論につながっている。
小田原のどか×大山顕のトークイベントで「トッピングとしての彫刻」というコメントがあったが、公共におけるモニュメントは添え物程度の意味しか持っていないことになってしまう。寺社にモニュメントが建立されるのであれば、宗教的な意味は強くなってしまうが、恒久を引き受ける姿勢が見て取れる。公共空間におけるモニュメントは、これまでのイメージと対照的に非意味性を纏っている。ただ、台座はそこにある。
台座自体は強固で恒久的で、まさしくモニュメント性を兼ね備えている。トッピングされるモニュメントによって、持っている意味が全く変わってしまう。恒久的な台座と暫定的なモニュメントが一体となっていることは、人の変わらなさと変わりやすさの両義性を体現しているように思える。
山森みか イスラエルの日常、ときどき非日常 第4回 共通体験としての兵役(3)
今回のウクライナ侵攻によって、山森さんのエッセイはよりアクチュアルなものになったと感じました。日本に住んでいると実感のない兵役ですが、メディアで拡散される情報を目にすると、考えざるを得ません。今回、40代男性であれば、普通に戦力としてカウントされるということに、考えることを強いられている気さえします。
実力組織だから当たり前なのかもしれませんが、一定のリアリズムにもとづいている印象を受けました。兵役に就いた子どもを家族がサポートするという関係性も、軍をもつことが前提となった環境によって成り立っていると思いました。自分が戦場に赴くことは無いだろうと思ってきましたが、このような情勢の中、SNSのタイムラインを眺めていると、身近な課題になってしまったように思います。
イスラエルのように異を唱えなければ兵役容認と見做されてしまう。日本のように平和祈念が当たり前である。これからの状況によって、社会がどちらに傾いてもおかしくありません。どちらにも振り切れることができずに、モヤモヤを抱えています。
本田晃子 革命と住宅 第9回 第5章 ブレジネフカ――ソ連団地の成熟と、社会主義住宅最後の実験(前篇)
本田さんのここまでの連載で見てきたように、時代を象徴する住宅が存在していた。ブレジネフカが登場する頃には、住まいが社会的な立場を表す縦の多様性=格差が可視化された。これは住宅自体の格差だけでなく、内部の装飾品の差にも表れている。また、規格化が進んだことで、横の多様性=バリエーションが生まれた。バリエーションにおいて、住宅自体の形状の増加だけでなく、外壁にも工夫を凝らした。
建築物における縦横、表裏の関係性は、現在の可視化・不可視化の問題につながっているように思える。建築物でも、人でも、ある程度、規格化された外部=衣服によって、差がないように見える。内実は複雑で、様々な違いが溢れている。集団的に差異の不可視化が進む一方で、個の権利を守るために主張することを強いられる。
この論考で紹介されるソ連時代の映像作品の戯画的な表現のように、現代では、分かりやすい表現がメディアでは求められている。一見して差異が分からないことは発展の結果かもしれないが、分かりやすがある種のキャラづけとして機能している。ソ連の映像作品の階級差を超えるような、人々を魅了するドラマが生まれる可能性は低いかもしれないと、SNSを眺めながら感じてしまう。