ゲンロンβ76+77|編集長=東浩紀

収録記事を読む

2022年9月12日[月]発行
1|養老孟司+茂木健一郎+東浩紀 【特別掲載】「あるものはある」──養老孟司が語る脳と戦争と日本の未来
満員御礼となった伝説のイベントを活字化! 盧溝橋事件の年に生まれた養老さんと、戦前・戦後の日本社会について語り尽くします。脳やゾウムシから、ウクライナ侵攻、人文知と世間、日本の未来まで。
2|東浩紀 【特別掲載】『観光客の哲学』英語版序文
東浩紀が『観光客の哲学』英語版のために書き下ろした序文を特別掲載。日本国外ではジジェク的なポストモダンの思想家だと思われているという東が、英語圏の読者にむけてこの10年の格闘やゲンロンの経営、そして「観光客の哲学」の可能性について語ります。
3|小松理虔 当事者から共事者へ 第19回 カツオと共事
いわきでは夏といえばカツオの揚げ浸しだという小松さん。しかしこの料理はお店では食べられないのだとか。うまいものを食べることから地域社会を考える、垂涎必至のエッセイです。
4|田中功起 日付のあるノート、もしくは日記のようなもの 第14回 紛失したスーツケース、物質的変化、キッズスペース──7月16日から9月5日
人新世がテーマのアートイベントのため、ベルリンに招待された田中さんが、映像制作の意味について再考します。また、その際に訪れたドクメンタ15のレポートも。なんとメイン会場がキッズスペースになっていたというのですが……。
5|石田英敬 宇宙を狂気から救う哲学──ユク・ホイ『再帰性と偶然性』をめぐって
石田さんがユク・ホイの全著作を紹介し、『中国における技術への問い』のあとに書かれた第三作『再帰性と偶然性』を読み解きます。いま読んでいただきたい、格好のユク・ホイ入門です。
6|山森みか イスラエルの日常、ときどき非日常 第5回 兵役とジェンダー(1)
男女ともに兵役があるイスラエル。山森さんは今回、娘の兵役とそこで彼女が参加したユダヤ教への改宗コースを取りあげます。そこから見えてくるのは、じつは勧誘にあまり熱心でないというユダヤ教のリアルでした。
7|松山洋平 イスラームななめ読み 第8回 ニッポンのムスリムが自爆するとき
自身ムスリムである松山さんが、日本でも起こるかもしれないテロとムスリム差別の問題を論じます。また、ムスリムのなかでもむずかしい立場にあるマイノリティたちに光を当てます。
表紙写真:写真は瀬戸内国際芸術祭2022に出展されている鴻池朋子の作品「リングワンデルング」の一部。高松沖に浮かぶ大島は島全体が国立ハンセン病療養所の敷地であり、かつては多くの患者が閉じ込められ差別に苦しんでいた。鴻池は島内の寂れた散歩道を復旧し、閉鎖空間からの脱出を演出する。鴻池の文章は来月刊行の『ゲンロン13』にも掲載されている。撮影=東浩紀

2 コメント

  1. 『ゲンロンβ76+77』へのみなさまのコメントをお待ちしております。
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  2. 1.【特別掲載】「あるものはある」 養老孟司が語る脳と戦争と日本の未来 養老孟司+茂木健一郎+東浩紀

    養老さんの、対外的な事に対する「あるものはある」や「なるようになる」といったスタンスと、対内的には自分に向き合い思考する事に重点を置くスタンスが並立しており、徹底したストイックさを感じた。
    戦禍の焼け野原や自然と対峙し続けてきた経験があるからこそ諦念のように見える程の謂わば「覚悟」があるのではないだろうか。
    そうでなければ終わりなき全国のゾウムシの標本作製はできない。

    2.【特別掲載】『観光客の哲学』英語版序文 東浩紀

    経営者・東浩紀の記す観光客という武骨で無責任な存在とその地に暮らす人々の衝突とも言える交わりから生まれる誤配的な余白的な曖昧な空間に可能性を見出す実践的哲学が英語訳された後の海外での反応は関心がある。
    海外の一部では極右と認識されているらしい東浩紀さんだが、是非ともそのような短絡した認識に違和感を与えられることを陰ながら期待している。

    3.当事者から共事者へ 第19回 カツオと共事 小松理虔

    小松さんの紹介する「かつおの揚げ浸し」を画像とレシピと想像力を最大限に発揮して母に調理してもらった。
    ふわっとした身を何度か噛むと、ニンニクと生姜と醤油のパンチのある味に、「かつお版のザンギか?」と道民脳を誘発させたのも束の間、かつおの脂と旨味が口中にじわりと広がり、「ここで冷酒をグイッと行くか!」と下戸の私に思わせるほどの塩味と旨味の詰まった料理であった。
    原発事故や震災と向き合い苦闘する漁業者の方達の顔を想像すると、私も非当事者ながらなんとも言えない感慨が湧いた。そして小松さんが1万字で熱く語る理由も少しだけわかった気がした。

    4.日付のあるノート、もしくは日記のようなもの 第14回 紛失したスーツケース、物質的変化、キッズスペース──7月16日から9月5日 田中功起

    ホワイトキューブに囲まれた美術空間は俗世と隔絶されたように感じ、またそれが魅力ではあるとは言え、現実との接点を拒否しているようで居心地の悪さや高慢さが鼻につくところがあるのは否めない。インスタレーションも同様の異空間としての特権を主張しているようでハラハラする。
    子供は無垢であるが故に特権を破壊する。喚くは喧嘩するは「帰る!」が始まる。そして美術館や博物館は時として子供を厭い排除に向かう。芸術が教育を目的とすることはあるが、育児に寄り添うことは稀であろう。
    ドクメンタ15の育児スペースが時間で区切られ育児と展覧の境目を移動させ混ぜ合わせるが如く運営される試みは是非とも体感してみたい。

    5.宇宙を狂気から救う哲学 ユク・ホイ『再帰性と偶然性』をめぐって 石田英敬

    書評とはいえ、私には難解な文章であったが私なりの解釈として、哲学という「人間について考える」営みを、本来は技術に備わっていたはずのものに再接続して技術の進化を人間の本来的感覚の手中に収める、または、取り戻す事に対する重要性を説いているのだと理解した。
    人間的なものの回復に非人間的なものを用いるフィードバックが濫用されないように技術と自覚的に付き合う方法を個人でも考えていく必要があると感じた。

    6.イスラエルの日常、ときどき非日常 第5回 兵役とジェンダー(1) 山森みか

    義務兵役中のコースとしてスポーツインストラクターと並列にユダヤ教改宗コースが置かれている点に驚くと共に、兵役がいかにイスラエルという国に於いて中心的なアイデンティティになっているかが確認できる。
    そのシステムはユダヤ教徒ではない国民が子々孫々生きやすくするために、兵役という国家への忠誠と献身を基礎としたある意味で国家の「救済措置」としてあるのでは、と感じた。
    宗教裁判所での口頭試問が必ずしも知識重視というわけではなく一筋縄ではいかない点にも、ユダヤ教徒としての正しさより、ユダヤ教を受け継いでいく国民としての正しさを重視しているように思える。

    7.イスラームななめ読み 第8回 ニッポンのムスリムが自爆するとき 松山洋平

    イスラームとテロという「符号の暴力」は他者だけでなく当事者からも補強され頑強な指標に仕立て上げられる。偏見の不条理さを根底から掘り起こす松山さんの手つきにはハッとさせられた。
    テロそのものの可能性から出発し、日本人ムスリムやマイノリティ・ムスリムを顕現させ、好意や擁護、マジョリティの無意識的マイノリティ差別など差別を生む構造を露呈し突きつけられ、私自身の思考に深く杭を打ち込まれるような刺激的な文章であった。

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