『ゲンロン3』に掲載予定の拙稿では、韓国の「リアルDMZプロジェクト」と福島の「Don’t Follow the Wind」を比較しながら、新たな美術史のヴィジョンを描くものになっているはずなので、ぜひそちらもご期待いただきたい。(黒瀬陽平)
2012年7月28日、つまり朝鮮戦争休戦記念日の翌日から始まった「リアルDMZプロジェクト」は、東西248kmにわたる軍事境界線の中央に位置する
といっても、DMZに隣接する民間人統制区域内に広がる荒涼とした風景は、このプロジェクトが、昨今の日本でも乱立している「ビエンナーレ」や「トリエンナーレ」あるいは「芸術祭」といった「祝祭」とは全く異質なものであることをはっきりと伝えている。2016年4月、私は本誌編集部の韓国取材に同行して鉄原を訪れ、キム・ソンジョンの案内のもと、「リアルDMZプロジェクト」の会場となったエリアを視察した。会期中ではないため、過去の出展作品はほとんど見ることができなかったが、ライフルを持った軍人たちが待ち構えるゲートでパスポートを提示し、その先にある数々の軍事施設や、熾烈な地上戦の傷跡を生々しく残した戦場跡を見て回ることで、このアートプロジェクトがいかに特異なものであるかを知ることになった。
その特異さとはまず、韓国と北朝鮮はいまだ「休戦中」であり、このDMZ接境地域はさながら「戦時下」のような様々な規制のもと、人々が暮らす場所であるということだ。そこは政治的な場所であるどころか、まさに「戦場」であり「前線」なのであって、万全な状態でアートを制作したり鑑賞したりする環境とは程遠い。そして、もしここで作品を発表するのなら、いかなるアーティストであっても、この圧倒的に明瞭かつ強烈な場所性が作品内容に直接介入してくることを防ぐことはできないだろう。もし戦争が再開されれば真っ先に作品が危険にさらされるだろうということも含め、このような強すぎるサイト・スペシフィックは、アートにとって過酷な環境であることはまちがいない。
しかし一方で、休戦中の緩衝地帯として設けられたこのエリアは、再び戦争が始まらない限り、広大な土地が使うあてもなく遊び、放置されている場所でもある。このプロジェクトを鉄原郡が後援し、住民からもおおむね好意的に受け止められているのは、普通の町おこしや土地開発が不可能なこの場所において、アートプロジェクトが数少ない活用方法であるからにほかならない。その意味でここは、その環境の特殊さ故にアートが求められている場所でもあるのだ。

レジデンスを出ると、すぐ隣にある小さな倉庫のような建物に案内された。プロジェクトとは関係ないがぜひ、と言われて入ってみると、入り口には不自然なまでに大げさな、銀行の金庫室のような扉がついていた。その重い扉を開くと、ひんやりとした空気が流れてくる。なかは暗く、倉庫のようだった。壁を見て驚いたのは、そこには、核攻撃を受けた際の避難マニュアルがイラスト入りで大きく掲示されていたのだ。つまりここは、核シェルターだったのである。
DMZ接境地域と言えども、当然ながら、そこに暮らしている人々には日常がある。その日常はおおむねのどかで、よくある田舎暮らしと大差ないだろう。しかし、その風景のいたるところに、DMZの場所性、政治性が織り込まれている。そのコントラストは強烈でありながら、片方がもう片方をのみ込んでしまうようなことはない。戦争や南北対立の政治的緊張が、この農村風景を破壊し尽くすことはないし、のどかな農村風景がDMZの物々しさを掻き消してしまうこともない。それはまるで現実の風景がそのまま、すぐれた画家によって描かれた「政治的風景」(マルティン・ヴァルンケ)のように、重層的で両義的なその姿を明かしていたのだ。(つづく――全篇は『ゲンロン3』でお楽しみください)
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撮影=編集部
リアルDMZプロジェクトを徹底取材。「戦後」という枠組みを内破する。
『ゲンロン3』
2016年7月15日 A5判 本体370頁
ISBN:978-4-907188-17-7
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1983年生まれ。美術家、美術評論家。ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校主任講師。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博士(美術)。2010年から梅沢和木、藤城噓らとともにアーティストグループ「カオス*ラウンジ」を結成し、展覧会やイベントなどをキュレーションしている。主なキュレーション作品に「破滅*ラウンジ」(2010年)、「キャラクラッシュ!」(2014年)、瀬戸内国際芸術祭2016「鬼の家」、「カオス*ラウンジ新芸術祭2017 市街劇『百五〇年の孤独』」(2017-18年)、「TOKYO2021 美術展『un/real engine ―― 慰霊のエンジニアリング』」(2019)など。著書に『情報社会の情念』(NHK出版)。