「幽霊的身体を表現する」開催にあたって|東浩紀

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初出:2016年9月9日刊行『ゲンロンβ6』
 今号(ゲンロンβ6)配信日の翌日、9月10日[土]から2泊3日間、「幽霊的身体を表現する」をテーマにゲンロンスクール初の試みである〈ゲンロン 利賀セミナー 2016〉を開催する。会場は演出家の鈴木忠志さん率いる劇団SCOTの本拠地として知られる、富山県南砺市の利賀芸術公園。今号は「観(光)客公共論」は休載し、本セミナー受講生に配布されるプログラムより東浩紀の文章「開催にあたって」を転載、加えて東がセミナー前に講師陣に送付した企画書を一部転載する。(ゲンロン編集部)
 

セミナー開催にあたって(プログラムより)


 このセミナーは「幽霊的身体を表現する」と題されています。

 幽霊(revenant)は、ぼくが学生のころに研究した、フランスの思想家ジャック・デリダの主要な概念──というより隠喩──のひとつです。デリダの哲学では、幽霊は「現前と非現前のあいだにあるもの」および「回帰 revenir するもの」という含みをもっています。現実には存在しないはずなのだけれども、頭から離れず執拗に回帰し、結果として現実にも影響を与えてしまう非実在の存在、それが「幽霊」です。

 ぼくはこのセミナーで、そんな概念を、演劇が、というよりも広く身体表現が、いかに現代社会の諸相を捉えるかという問いへと接続したいと考えました。

 ぼくたちはかつて、幽霊に取り憑かれることを避けるためにこそ、昼の光のもとに集い、顔と顔をつきあわせ、現実を作り上げていました。けれども現代においては、身体は、もはやそのような「悪魔払い conjuration」の機能を果たせないように見えます。現代人の身体は、幽霊の回帰に深く侵食され、そしてその侵食はますます深刻になっている。言い換えれば、ぼくたちは、もはや、現前する身体だけでは現実を構築できなくなっている★1

 ぼくがここで念頭に置いているのは、みなさんご推察のとおり、まず第一に、仮想的で記号的な諸文化、インターネット上の記号人格(キャラクター)を介したコミュニケーションやVR(仮想現実)/AR(拡張現実)といった新たな技術の台頭の問題です(そういえば『ポケモンGO』はまさに幽霊探しのゲームではないでしょうか?──利賀村にはおそらくポケモンはほとんどいないでしょうが)。けれどもそれだけでもありません。たとえば、ぼくには、昨年話題になった、国会前で拳を振り上げ、音楽とダンスによって身体性をふたたび政治の場にもちこんだものとして高く評価された新世代の社会運動、彼らのすがたもまた、「民主主義」という名の幽霊に取り憑かれた、いわば半現前の存在のように思われてならないのです。彼らが信じる大衆動員の現実(アクチュアリティ)は、とても儚く脆く、夢のように過ぎ去るものでしかありません。

 このセミナーの目的は、そのような幽霊に侵食された身体/現前を、いかに表象し言語化するか、そしてそのうえで新たな時代の「悪魔払い」をどのように──もしそれが必要なのだとしたら──設計し実装するか、身体表現の実践者と理論家の方々をお招きして多角的に考えることにあります。

 幽霊と身体のねじれた接続。不在の影のもとでの現前の再構築。それは言うまでもなく、演劇の歴史において、とりわけ日本の身体表現の歴史において、じつに古くから練り上げられてきた問題です。わたしたちは「いまここ」だけを生きているのではない。過去も、未来も、遠くの「どこか」も同時に生きている。舞台とはまさにその多層のリアリティがモノとして凝縮する場なのだとすれば、演劇の知の蓄積は、いままさに21世紀の社会を捉えるため召喚されるべきなのかもしれません。

 お招きした講師のみなさまは、それぞれの領域で、幽霊と身体の関係について考え抜かれてきたとぼくが信じる方々です。受講生の方々が、3日間の講義とワークショップで、それぞれの関心領域でなにかをつかんでいただければ主催者として大きな喜びです。

プログラムの狙い(企画書より)


●講義1:情報時代の身体表現
 9月10日[土]15:30-18:30
 梅沢和木+大澤真幸+金森穣+佐々木敦+東浩紀

 本セミナーの導入となる共同討議です。

 参加者は、利賀芸術公園に到着後、まず昼食、その後劇団SCOTの舞台稽古(スズキメソッド)の見学を経て、ほぼ休みなくこの共同討議に導かれます。導入ですので、あまり理論的な話に傾かず、梅沢さん、金森さんの実作の印象を中心にして、セミナーの上記のような目的を参加者のあいだで共有させる議論ができたらと考えています。司会はぼくが務めます。

 前半(15:30-17:00)は、(1)最初にぼくから10分ほどのセミナーの趣旨についての話をします。そのあと(2)梅沢和木さんから「幽霊的身体の表現」をテーマにした講演および実作プレゼンテーションを30-40分ていど、(3)同じく金森穣さんから同じテーマで講演および実作プレゼンテーションを30-40分ていどお願いいたします。必要な機材などはスタッフに事前にお申しつけください。

 後半(17:10-18:30)は、大澤真幸さん、佐々木敦さんの順番でお話を振りますので、梅沢さん金森さんの講演およびプレゼンテーションについてのコメントをいただきたく思います。直前のスズキメソッド見学会の感想も絡めていただけると嬉しいです。

 あとは自由討議とします。質疑応答も受けつけますが、直後に懇親会がありますので、それほど多くの時間は取りません。

●ワークショップ:幽霊時代の口語演劇
 9月11日[日]9:30-10:30 13:00-18:00
 (ワークショップ)平田オリザ
 9月12日[月]10:00-12:00
 (講評会)平田オリザ+大澤真幸+佐々木敦+東浩紀

 本セミナーの軸となるワークショップです。ワークショップの進行は平田オリザさんにお任せさせていただきます。

 主催者としてのぼくの希望としては(個人的なものであり満たされる必要はありません)、上に記したようなセミナー全体の意図のもとで、参加者が、現代口語演劇の方法論を学ぶなかで、口語=現前の空間のなかに、不在のなにものかがふと侵入してくるような「裂け目」が経験できるようなワークショップになればよいなと考えています。平田さんは著作で、SNSのようなネットの空間は口語の空間であり、そんな空間でしばしば「炎上」が起きるのはわたしたちがいまだ口語の作法を十分に身につけていないからであり、それゆえ現代口語演劇の訓練はわたしたちのコミュニケーションの向上に役立つのだとお書きになっています。ぼくとしては、その主張に深く納得するとともに、しかしSNSには(あるいはSNSが生みだす動員の空間には)それを超える魔物(幽霊?)が棲みついているように思われてならないのです。

 事前の打ちあわせで、平田オリザさんより、このワークショップではグループワークで短い戯曲を作ることになるだろうとお話をうかがっています。講師の参加も可能とのことです。ぼくは参加させていただきますが、ほかのみなさんも、よろしければ、受講生に混ざり、部分的にでもワークショップに参加していただければ幸いです。

 講評会は、各グループに戯曲を演じてもらい、それを評価するという形式で進みます。主催者としては、漫然と講評するのではなく、最優秀者と次点を決めることができたらよいと考えています。
●講義2:鈴木的身体と記号的身体
 9月11日[日]20:30-21:30
 鈴木忠志+大澤真幸+東浩紀

 参加者は前日にすでに劇団SCOTの舞台稽古を見学しています。それを受けて、大澤さんとぼくで鈴木忠志さんにインタビューを行います。

 テーマとしては、スズキメソッドとはなにか、身体に幽霊が宿るとはなにか、幽霊的身体を演劇の伝統はいかに考えてきたか、などが中心になるかと思いますが、ほかならぬ鈴木さんに利賀でお話をうかがう機会ですので、「幽霊的身体を表現する」というテーマに広義に関係するようであれば、なにをお話しいただいてもかまいません。また、もし前日や当日にお時間があり、ほかのプログラムもご覧になっているようでしたら、その感想や批判をお話しいただいてもかまいません。

 ぼくとしては、じつは今回のテーマは、「いまここの運動」にあまりにも安易に飛びついてしまういまの若者たちの、あるいは左翼知識人たちの貧しさ(時間的切迫性=現前性)への異議申し立てとしても設定しています(デリダはむしろ、ハムレットを引用し、来たるべきマルクス主義には out of joint な時間性が必要だと説いていたのでした)。ここには、演劇と政治の関係をめぐるさまざまな問題が折り重なっています。個人的には、そのような問題設定について鈴木さんがどのように感じるのかお尋ねしてみたい気持ちもあります。

 開催時間は、平田さんのワークショップが終わり、翌日の講評会を待つあいだの夜になります。講義内容によっては、翌日の受講生の作品に影響を及ぼすかもしれません。

●講義3:身体、幽霊、記号
 9月12日[月]13:00-16:00
 大澤真幸+佐々木敦+東浩紀ほか

 本セミナーを総括する共同討議です。3日間のプログラム全体を受けた包括的な議論を行います。1日目の共同討議とは異なり、こちらは、多少抽象的で、理論的な話になってよいし、むしろそうなるべきかと考えています。司会はぼくが務めますが、こちらではぼく自身もパネラーとなります。

 前半(13:00-14:30)は、それぞれ「幽霊的身体」を主題として、(1)まずぼくが20分の講義(2)つぎに佐々木さんが20分の講義(3)最後に大澤さんが20分の講義を行い、30分ほどの意見交換をして終わりたいと思います。この時点で、なにかしら「幽霊的身体とはなにか」や「幽霊的身体を表現することの必要性」などについて、それなりに受講生がもち帰ることができる言葉が生まれているとよいと思います。

 休憩を挟んで後半(14:40-16:00)は、最後のまとめということで、大澤さん、佐々木さん、ぼくの3人に加えて、平田さん、金森さん、梅沢さんも交えたオープンな議論にしたいと思います。ここはぼくにも、どのような展開になるのか想定できません。受講生のみなさんに満足して帰っていただけるよう、努力したいと思います。

★1 「幽霊」「悪魔払い」は、デリダが冷戦崩壊後のマルクス主義について論じた1993年の著作『マルクスの亡霊たち』で、とくに大きな役割を果たしている言葉です。この著作はハムレット論でもあり、「共産主義の幽霊」についての論考でもあります。本セミナーで紹介するのにじつにふさわしい内容なので、ぼくはおそらく、どこかでこの本について話をすることになるでしょう。

東浩紀

1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』など。
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