日常の政治と非日常の政治(7) 安倍昭恵氏との「対談」から考える総理夫人の政治性・権力性|西田亮介

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初出:2016年11月11日刊行『ゲンロンβ8』
 本記事の著者、西田亮介さんと近現代史家の辻田真佐憲さんによる対談本『新プロパガンダ論』が2021年1月に刊行されます。現在、第1章を無料で公開中。ご予約も受け付けております。本記事と合わせてぜひご一読ください。また西田亮介さんによるシラスチャンネル「西田亮介のRiding On The Politics」もオープンしました。こちらもぜひご視聴ください。(編集部)
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「対談」にいたった経緯


 先月末、10月26日(水)に安倍昭恵さんと「対談」する機会がありました。いうまでもなく安倍晋三総理大臣の夫人です。なぜ「対談」とカッコでくくっているかというと、ちょっと経緯が複雑だからです。ことの発端は、安倍昭恵さんについてぼくがメディアで発表したコメントでした。

 そのコメントはおもに、三宅洋平さんの活動に接近する安倍昭恵さんの動向について、批判的に述べたものでした★1。三宅さんはミュージシャンで、先の参院選で話題を集めた「選挙フェス」を仕掛けた政治活動家としても知られます。ぼくとは、以前にゲンロンカフェで対談したこともありました★2。安倍政権への批判を繰り返す三宅さんに、安倍昭恵さんがFacebookを通じてコンタクトを取り、居酒屋(!)で面会。その場で安倍総理に電話をかけて三宅さんとの会話を取り持ち、さらに後日、三宅さんのアテンドにより、プライベートで、ヘリパッド建設をめぐって揺れる沖縄の高江を訪問しています。これらの行動はネットでもかなり話題になり、激しく炎上しました。

 この件について、ぼくの「批判的」な論調のコメントがネットの記事として公開された2日後、ある人物からコンタクトを受けます。エコやロハス系のイベント・オーガナイザーで放送作家の谷崎テトラさんです。俳優の伊勢谷友介さんが代表を務め、東日本大震災の復興支援活動などを行っている「リバース・プロジェクト」の仕掛け人としても知られます。「アースデイ東京」や、坂本龍一さん、小林武史さんのイベントなども手がけているようです。安倍昭恵さんと三宅洋平さんの会食時の写真にもお姿がありました。自然志向の強い三宅さんとは気が合うようです。以前、リバース・プロジェクトでの講演を引き受けたことがあり、その際に谷崎さんとFacebookで「友達」になっていたのでした。その彼からFacebookメッセージが届きました。「安倍昭恵さんが会いたいと言っている」と。
 皆さんならどう対応しますか。それなりに政治家と面識があり、これまで訴訟をチラつかせるようなものも含め、さまざまな硬軟の「コミュニケーション」の経験があるぼくですが、コメント発表からわずか2日後という、これまでに類を見ない反応の早さと、こんなネットニュースまでチェックしているのかといった点も含めて少々身構えました。先方からは「会ってみたい」の一点張りで、詳細も目的も聞かされないままでした。そこで交流がある「BLOGOS」編集部に相談し、同席してもらって対談記事にできるなら、ということでお会いすることにしたのです。経緯の詳細や私見については、「Yahoo!ニュース 個人」の記事にもまとめています★3

 ただ、暫定的な結論を先に述べておくと、実際に会ってみても、ぼくの見立ては前述のコメントとほぼ同様でした。つまり、安倍昭恵さん本人はかなり自身の趣向や直感に基づいた行動をしていて、ぼくに対しても詰問等を含め現場で明確な「圧力」はありませんでした。とはいえ、安倍昭恵さんと組んで行動を起こすならば、その強力な個人の影響力と、直接間接の実質的な政治性について、やはり抑制的かつ慎重に検討する必要がある、というものです。

ファーストレディの影響力と政治姓


 現在では「総理夫人」の影響力、権力性というのはかなり大きなものとなっていますが、その正統性については、考えてみれば少々興味深くもあります。政治家本人の影響力と権力性には、主体性と正統性というふたつの裏づけが存在します。つまり、自ら立候補し、さらに有権者に選ばれ当選するということです。本人の意向とはほぼ関係なく、あるとき突然なってしまう「総理夫人」には、それらが存在しないわけです。それでいて海外に行く際には、ハイヤーで飛行場に乗りつけ、入管等の手続きも免除される。海外からの来賓があった際にも同席することが求められます。指定しないかぎりSPが身辺を警護し、行動には制限と特権が対になってつきまといます。
 政治性、権力性について、もっともわかりやすいのは選挙の応援演説でしょう。むろん好感度、知名度ともに抜群ですから、安倍昭恵さんは、安倍総理のみならず自民党候補者の応援演説にも立っています★4。ときに総理や自民党的なものとは異なった「個人としての意見と行動力」を持った「家庭内野党」としての側面が賞賛を浴びることもある安倍昭恵さんですが、そのような評価を背負いつつも、選挙という舞台では総理や自民党を応援しているわけですから、やはり「完全に安倍総理や自民党的なものから独立した個人」とみなすことはできません。「総理夫人」の政治性、影響力とはやはり、その主体性と正統性が不明確でありながら、抜群の効力があるという特異なものといえそうです。

 政治とメディア研究の文脈で、「ファーストレディ」の存在が大きく注目を集めたきっかけとしては、かつての米国大統領ジョン・F・ケネディの妻、ジャクリーンの例が挙げられるでしょうか。彼女はケネディが1961年に43歳で大統領に就任したとき、31歳でファーストレディの座に着いています。ケネディ大統領というと、テレビを政治にうまく取り込んだ人物としても知られています。大統領選の途中、当時新興メディアだったテレビの討論会に、ケネディはテレビ映りを考慮したスタイリング、メイクで登壇します。それに対して、対立候補のニクソンはテレビ対策に失敗。まさに現代にも通じる、テレビが政治に強い影響力を与える時代の幕開けにケネディは立っていました。
 ジャクリーンも同様です。ファーストレディとなった彼女は、ホワイトハウスを自ら紹介するテレビ番組(「A Tour of the White House with Mrs. John F. Kennedy」)に出演します。この番組は全米のみならず世界各国で放送され、エミー賞の受賞も含め、高い評価を得ました。ファーストレディの影響力、政治性が、世界中で大きく注目されることになった一件でした。

 日本の総理夫人はどうでしょうか。ちょっと調べてみたかぎりでは、総理夫人については、これまではどちらかといえば、選挙や政治の現場を影で支える「内助の功」や政界での「美談」といったかたちで語られがちで、体系だった研究や書籍、論文は多くはないようです。日本で総理夫人が政治の表舞台に立ったのは、池田勇人総理が1961年の外遊に光枝夫人を同行させたのが最初のようです。その点、安倍昭恵さんは2011年に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科で修士号を取得してみたり、居酒屋経営や海外での学校建設に携わるなど、これまでの日本の総理夫人像のみならず政治家夫人像からも離れた、かなり「新しいタイプ」の総理夫人です。

 その影響力を生産的に活用していってほしいとは思いますが、だからといって、やはりその権力性を看過してよいということにはなりません。個人の人間性とは無関係に、権力や政治、統治機構との関係に対して敏感になり、常に注意を払うというのが、民主主義とジャーナリズムの歴史が示唆するところだからです。

「対談」が浮かび上がらせたもの


 本稿執筆時点でぼくは「対談」原稿の構成を終え、「BLOGOS」編集部が安倍昭恵さんに送付したと聞いています。ちょうどこの文章が皆さんの目に触れる頃には、「対談」も公開されていることと思います★5。その原稿を見てもらえれば、たとえば、話題を集めた『AERA』2016年8月8日号の単独インタビュー★6が伝える「子どもを持たなかったが、自立した活動に積極的に取り組む、行動的な新しい日本の総理夫人」とは、かなり異なった角度から浮かび上がる、素の安倍昭恵さん像が伝わったことと思います。彼女は随所で「普通でありたい」という趣旨の発言を残しています。その理由や、夜、寝る前に、ときには安倍総理も一緒に行うという「お祈り」に関する発言も興味深いものでした。

 しかし、なかでもそこで語られた「超越的なもの」への志向性や、大麻への関心、社会観などに注目してほしいと思います。ぼくはこの10月26日の「対談」で、安倍昭恵さんに、鳥取県智頭町で「産業用大麻」を栽培していた人物と、それなりに著名な元女優が、それぞれ大麻所持容疑で逮捕された事件についての所感、強いていうなら、その社会的責任に関して質問しようと準備していました。というのも、安倍昭恵さんが智頭町での大麻栽培について、かなり肯定的な発言をしているのを、前述の三宅洋平さんをめぐるコメントの作成時に見つけていたからです★7。総理夫人が前述のような影響力や権力性を有するとするなら、単に「特権」の代償というだけではなく、相応の社会的責任がそこには伴うと考えられます。

 ところが、「対談」を読んでいただければおわかりいただけると思いますが、ちょっと唖然としたことに、ぼくが話を向けなくても、また原稿の構成上の問題でもなく、安倍昭恵さんは自らこの大麻に関する話題に言及していったのです。このときまでは、『週刊SPA!』誌上での鳥取県の大麻農家訪問の企画も、三宅さんによる高江の視察と同様、谷崎テトラさんのアテンドによるものだと考えていました。しかしそうではなく、安倍昭恵さんご自身に、国産(大)麻への強い思い入れがあることがわかりました。このあたりは、たとえば著作『「私」を生きる』(海竜社、2015年)での、下記のような言及にも通じる、ある種の自然観と関係しているようです。

電磁波の影響なのか、長時間スマートフォンに向き合っていると、何だか体が重くなるような気がします。頭がガンガンしたり、手が痛くなったりすることも。最近は、「自然のなかで電磁波を発散しなきゃ」などと、危機感を覚えることもしばしばあります。★8


 ぼくなら、スマートフォンの使いすぎで姿勢に負担がかかり、肩や首が凝ったのかな、などと思うところですが……。対談の場では「波動」なる言葉も確かに出ましたが、公開されるバージョンには残っているでしょうか。

 社会観としては、「今後日本社会は世界の中心になる」という強い信念があるようです。その信念については、あれこれとその根拠やロジックを尋ねてはみたのですが、明確な回答を引き出すことはできませんでした。安倍総理が掲げる「戦後レジームからの脱却」とは別のロジックですが、結論としては、「日本を取り戻す」という点で合致するところも印象に残ります。

 こうして1時間と指定された「対談」はあっという間に終わりました。ところでこの「対談」には後日談があります。冒頭で書いたように、ぼくはこの「対談」のあと、「対談」にいたるまでの経緯をまとめた記事を書きました。そもそも、安倍昭恵さんに対するぼくの批判的なコメントをきっかけにコンタクトがあり、そこにぼくがメディアを巻き込んだという点で、一般的な意味での対談とは異なったものであったことをはっきりさせておきたかったからです。
 経緯を記したエントリを公開したあと、安倍昭恵さんからFacebookメッセージが届きました。私信ですからその内容には言及しませんが、やり取りは翌日まで続いたうえに、ちょっと神経質に捉えると政治と言論の関係からみて「どうかな」と思える表現もありました。また批判者(西田)に対して容易につけ入るすきを与えるような表現もあり、そうした表現を使ってしまうことこそが、まさに安倍昭恵さんの振る舞いが戦略的なもの、デザインされたものではないことの証のようにも思えました。

 総合してなかなか得難い、ユニークな経験だったので皆さんに共有してみました。

 ところで若干急ですが、次回でこの連載は最終回となります。改めて、社会学者が政治を見ることの意味などについて振り返りながら、イレギュラーな話題がなければ少し射程の長い話をして締めくくりたいと思います。

★1 「安倍昭恵首相夫人の独自活動は自民党メディア戦略の一環か?」、「週プレNEWS」2016年9月10日。URL=http://wpb.shueisha.co.jp/2016/09/10/71741/
★2 西田亮介×三宅洋平「安倍政権は止まるのか――ウェブとデモで【これから】【本当に】政治を変えるには」URL=http://genron-cafe.jp/event/20140924/
★3 拙稿「安倍昭恵さんとの『対談』と、その影響力、政治性について」、「 Yahoo!ニュース 個人」2016年10月27日。URL=http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20161027-00063761/
★4 『週刊東洋経済』2015年9月12日号の「ひと烈風録」という個人にフィーチャーする企画で安倍昭恵さんが取り上げられているが、そこでの記述によると、「14年12月の総選挙も、選挙区入りできない夫に代わって選挙期間中ほぼ毎日、選挙カーで山口4区全域を駆け回った」と記されている。また2016年7月の参院選では東京選挙区で朝日健太郎候補の応援演説に立つ動画がYouTubeなどにアップされている。
★5 安倍昭恵氏インタビュー「日本の精神性が世界をリードしていかないと地球が終わる」、「BLOGOS」2016年11月9日。URL=http://blogos.com/article/197071/
★6 安倍昭恵インタビュー「『子のない人生』を越えて」、『AERA』2016年8月8日号。
★7 「安倍昭恵首相夫人が語る『大麻(ヘンプ)は”捨てるところがない”有用な植物』」、「日刊SPA!」2016年3月29日。URL=http://nikkan-spa.jp/1082627 なおKindleでも入手できる掲載号『週刊SPA!』2015年12月15日号の誌面では、安倍昭恵さんは巻頭カラーグラビアを飾り、さらに智頭町で大麻不正所持により逮捕された人物と対談し「素晴らしい取り組みですね」といった発言を残している。
★8 安倍昭恵『「私」を生きる』、海竜社、2015年、135頁。
 
政治の戦場はいまや噓と宣伝のなかにある

ゲンロン叢書|008
『新プロパガンダ論』
辻田真佐憲+西田亮介 著

¥1,980(税込)|四六判・並製|本体256頁|2021/1/28刊行

西田亮介

1983年京都生まれ。日本大学危機管理学部教授/東京工業大学リベラルアーツ研究教育院特任教授。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同政策・メディア研究科助教(研究奨励Ⅱ)、(独)中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月に東京工業大学に着任。現在に至る。 専門は社会学。著書に『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)『ネット選挙——解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)『情報武装する政治』(KADOKAWA)他多数。
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