仮想通貨と人工知能──技術は経済を変えるのか?|井上智洋+楠正憲+塚越健司

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初出:2018年04月20日刊行『ゲンロンβ24』
 二〇一八年三月九日、ゲンロンカフェで「仮想通貨と人工知能――技術は経済を変えるのか?」と題されたイベントが行われた。情報社会学者の塚越健司氏を司会に、ブロックチェーン技術の専門家である楠正憲氏と『人工知能と経済と未来』の著者である経済学者井上智洋氏が登壇。仮想通貨や人工知能といった新たなテクノロジーは、既存の政治経済の担い手をどのように変革するのか。そしてそのとき、日本は生き残ることができるのか。古代ギリシャから産業革命、さらにシンギュラリティ以降を射程に含んだ白熱の議論を、活字化してお届けする。(編集部)

仮想通貨のハクティビズム


塚越健司 今日は仮想通貨と人工知能という、いまもっともホットなふたつの話題を扱います。先日のコインチェックによる流出事件は記憶に新しいですが、このような速度で高騰する投資対象はいままで考えられませんでした。その後の顛末を見てもわかるように、われわれはこの新しい技術にまだ対応しきれておらず、そこにどのようなリスクと可能性があるかは未知数です。他方人工知能は近年急速な発展を遂げており、汎用AIが開発されれば人間の労働が奪われるという議論もあります。ブロックチェーンやAIといった新しい技術により、われわれの経済活動はどのような変化を被るのか。まずはブロックチェーンの専門家である楠さんから発表をしていただき、そこから議論をしたいと思います。

楠正憲 まず、そもそもビットコインとはなにかという話を簡単にさせていただきます。ビット「コイン」というとデータそのものに価値があるように見えますが、そうではなく、基本的には全世界で持ち合う仕組みの台帳です。だれがいくら持っているか、どういう取り引きがあったかがすべて記録されていて、それが一〇分おきに「ブロック」というかたちにまとめられます。そのブロックとブロックとの間は特殊な条件を満たした数字によって糊付けされていて、その数字の照合作業を、世界中で競争をしている。これが「マイニング」です。そうやって糊付けされたブロックがチェーン状になっているから「ブロックチェーン」と呼ばれているわけです。

 もともとビットコインはいわゆるフィアットマネー(通常の通貨)と交換することはあまり想定されておらず、仮想通貨のなかだけでお互いに価値を持ち合うことしか考えられていませんでした。ただ早い段階で通貨と両替する業者が生まれたことによって、仮想通貨のなかだけでも回るけれども、通常の通貨とも両替ができるという関係が生まれた。そのあいだを担うのが、いま問題になっているコインチェックのような交換業者です。

 今回の事件をはじめ、いろいろな理由で世間の注目を浴びているビットコインですが、すこし歴史を振り返ると、いくつか謎があります。じつは、だれがつくったのかすらわからないんです。一応、サトシ・ナカモトというひとが出した論文がベースにありますが、その正体は不明のままです。いろいろなひとの名前が出るんですが、みんな否定するんです。ビットコインをつくったひとは何千億円も儲けてしまっているから、税金がこわくて名乗り出られないのかもしれません。そもそもサトシ・ナカモトのものとみられるビットコインはほとんど動いていないので、死んでしまっている可能性もある。

 もうひとつ不思議なのは、最初にだれがどうやって使ったのかということです。二〇一〇年五月に、ピザの売買がありました。ビットコイン好きの掲示板で「二枚のピザを一万BTCで買う」と言ったひとがいて、四日後にあるひとが彼の家にピザを送ったら、ちゃんと一万BTCをもらえた。二枚のピザがいまでいうと一三〇億円ぐらい(講演当時のレート)だから、なかなかいい商売ですね(笑)。そこからモノとの交換に実際に使われ始めました。それが二〇一一年ぐらいですが、おもになにに使われたかというと、違法薬物の取り引きです。

塚越 「シルクロード」という有名なダークウェブ等で取り引きに利用されたと。

 二〇一二年には仮想通貨はテロの温床だから潰すべきだとするFBIのレポートも漏洩しています。そういうアンダーグラウンドな存在だったビットコインが世の中に受け入れられるきっかけとして、二〇一三年に大きな出来事がふたつありました。ひとつはキプロス危機★1です。不良債権問題が起こり、結局はデット・エクイティ・スワップ、つまり銀行の株式を預金残高の代わりに受け取るということになった。キプロスの銀行に一億円預金があったとしたら、一〇〇〇万円分くらいがユーロで補償されて、残りはキプロスの潰れかかった銀行の株券に変わったということです。もし同じ金額をビットコインで持っていたならば、一〇倍になった。その結果、キプロスやギリシャなど財政の弱い国の法定通貨よりも、ビットコインのほうが安全だということになり、キプロスは大学の学費もビットコインで払えるようになってしまった。

 もうひとつはアメリカの財務省の下にあるマネーロンダリング対策部局 FinCEN が、仮想通貨のガイドラインを出したことです。これはすごく両義的で、規制するというのは裏を返せば認めるということです。これは日本の資金決済法改正でも大きなジレンマだったと思います。テロと戦っているアメリカが、なぜ仮想通貨を法的に追認するようなガイドラインを出したのか。

 理由はふたつあると考えています。ひとつは、違法取引の追跡が容易になることです。これまで違法薬物の取り引きには闇ドルが使われていて、だれにもトレースできなかった。ドルは基軸通貨なのでいろいろなところで使われているし、北朝鮮でも勝手に刷られていると言われていて、偽札も含めて世界中で相当出回っているからです。それがビットコインに置き換わると、闇取引が全部オープンデータになる。これほど魅力的な話はない。

 加えて、外国為替の規制対策があった。アメリカは、日本に対しては九〇年代に外交圧力で外為規制を全部撤廃させて、自由に投資できる国にしました。他方、中国とロシアに対して同じことをやると、核戦争になってしまう。しかしビットコインさえ認めてしまえば、国として外為を規制しても勝手口が開いている状態になる。そうすれば中国やロシアが自ら外為規制を無意味と考えてくれるので、これは外交の手段として非常に有力です。中国やロシアの経済成長が、ドル経済圏に取り込まれていく。成長の鈍化している先進国アメリカにとって、ビットコインは規制の厳しい途上国に対する外交の手段として有効だったというのがわたしの仮説です。

 仮想通貨が中国で非常にプレゼンスがあるのも同じ理由です。中国は外為を規制しているので、自由に海外へとお金を送ることができない。けれども中国のお金で採掘設備を買ってマイニングをして得たビットコインは簡単に送金ができ、お金を動かせるようにする手段として非常に魅力的だった。


塚越 だから地方の工業団地で大きいコンピューターを使って、高速計算処理でマイニングをするひとがいたわけですね。

井上智洋

駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に著書に『新しいJavaの教科書』(ソフトバンククリエイティブ)、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)、『人工超知能』(秀和システム)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版社)、『MMT』(講談社選書メチエ)などがある。

塚越健司

1984年生。学習院大学・拓殖非常勤講師。Screenless Media Lab. リサーチフェロー。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』(出版芸術ライブラリー)、『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)。共著に『間メディア社会の〈ジャーナリズム〉』(遠藤薫編、東京電機大学出版局)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)など。ラジオやウェブメディア活動も多く、2020年4月からはテレビ朝日「大下容子ワイ

楠正憲

1977年生。神奈川大学在学中から日経デジタルマネーシステムで編集記者として記事を執筆。インターネット総合研究所、マイクロソフト、ヤフーを経て、2017年10月よりフィンテック分野でUXデザインを手がける新会社「Japan Digital Design 株式会社」CTO(最高技術責任者)に就任。ISO/TC307ブロックチェーンと分散台帳技術に係る専門委員会 国内委員会委員長、内閣官房情報化統括責任者補佐官。
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