観光客の哲学の余白に(26) 訂正可能性と反証可能性|東浩紀

初出:2021年9月21日刊行『ゲンロンβ65』

 本稿が読者に届くころには『ゲンロン12』が刊行されているはずである。ぼくの巻頭論文を読んでいただけた読者も多いと思うが、8万字もの論文を書くとなると執筆の時間も長く、本文に組み込めないさまざまなアイデアを思いつく。今回はそのひとつを紹介することにしたい。

 

 巻頭論文は「訂正可能性の哲学、あるいは新しい公共性について」と題されている。論文といえば論文だが、プラトンからウィトゲンシュタインとクリプキへ、さらにはアーレントとローティへと時代もジャンルも超えていて、まともな研究者には書くことができないであろうアクロバティックな展開になっている。否定的にとれば、学問的に穴だらけで読むに値しないということになるだろうし、じっさいそういう批判も受けるだろう。けれども、ぼくはそういう文章を発表するためにゲンロンを創業した。だから気にしていない。

 その論文では最初のほうでカール・ポパーを参照している。1902年にオーストリアで生まれ、のち英語圏で活躍した哲学者である。

 ポパーには『開かれた社会とその敵』という有名な社会哲学の著作がある。1945年に刊行されたもので、共産主義とその背後にあるプラトンの哲学を「閉ざされた社会」を称揚するものだとして批判するものだ。ポパーの考えでは、人類の歴史は要は「閉ざされた社会」から「開かれた社会」への進歩の歩みであり、近代西欧の自由で個人主義的な社会がその先端に位置している。したがって、20世紀のファシズムやスターリニズムの台頭は、そのような進歩からの後退として批判されることになる。この歴史観そのものはめずらしいものではないが、「開かれた社会」という言葉はわかりやすく、哲学界の外でも広く使われるようになった。たとえばジョージ・ソロスが設立し、ネットメディアにも大きな影響力をもつ有名な慈善団体「オープン・ソサエティ財団」の名は、このポパーの哲学から採られている。ぼくたちは「開かれている」ことが肯定される時代に生きているわけだ。

 けれども、「閉ざされていること」と「開かれていること」はそんなに単純に対立するものなのだろうか。ぼくの論文はその素朴な問いから始まっている。社会は城塞都市とは違う。国家とも違う。門があり国境があるならば「閉ざされている」や「開かれている」を物理的もしくは制度的に定義できるだろうが、社会とはそのような概念ではない。だとすれば、閉鎖性も開放性も結局のところ比喩にすぎず、信じすぎると思考の混乱を引き起こすだけなのではないか。

 ぼくはこの問いを展開するため、ポパーが『開かれた社会とその敵』で行なったプラトン批判に注目することにした。彼はプラトンが『国家』で提案した理想国家について、それは「部族的」だからダメだと批判している。そこで「部族的」は「閉ざされている」という意味で使われている。

 けれどもプラトンの『国家』じたいにも、家族は閉鎖的で公共性を阻害するものなので解体されるべきだと書かれている。家族の解体のうえに設立された社会が、それでもなお「部族的」と批判されるというのはどういうことなのか。ぼくはこの逆説から議論を始め、最終的に「閉ざされていること」と「開かれていること」の対立には本質的な意味はなく、社会の公正さにとって重要なのは「訂正可能性」というべつの基準だという結論に到達した。「訂正可能性」とは、「開かれていること」を原理として規定するのではなく、あらゆる社会があるていど閉鎖的だと認めたうえで、それでもなお閉鎖の基準を個々の局面において柔軟に「訂正」していくような実践の可能性のことである。

 開放性から訂正可能性へ。この視点変更は、抽象的なように見えて具体的な政治判断にも深く関わっている。

 たとえばいまのリベラルは、あらゆる弱者や少数派の声に「開かれていること」が重要だと主張する。けれどもその主張は単純すぎる。いくら万人の声に開かれようと努力したとしても、現実には政治にも言論にも限界がある。どうしても取りこぼしが生まれる。それを批判してもしかたない。むしろ重要なのは、だれもがだれかの声には閉ざされてしまう、その現実的な限界を引き受けたうえで、耳を傾ける相手を柔軟に変更していく「訂正可能性」のほうなのではないか。いま、そのような柔軟性をもつ政治家や言論人は驚くほど少ない。

 

 ところでそんなポパーなのだが、残念ながらぼくの論文では最初にしか名前が出てこない。訂正可能性という言葉が登場するのは論文の半ばなので、ポパーはいわば前座として、「閉ざされていること」と「開かれていること」の擬似対立に囚われた哲学者としてのみ扱われていることになる。

 けれどもそれはじつは筆者としては本意ではない。力量や時間の問題であきらめざるをえなかったのだが、ぼくは最初の構想では最後にもういちどポパーに戻ってくることを考えていたからだ。

 なぜ戻るつもりだったのか。それはポパーには、「反証可能性」という、「訂正可能性」によく似た語感をもつきわめて重要な概念があったからである。

 

 反証可能性は、ポパーの、社会哲学ではなく科学哲学の仕事のなかで提案された概念である。その仕事は『開かれた社会とその敵』よりさらに10年ほどまえに行われた。

 1930年代のヨーロッパでは、相対性理論や量子力学、集合論の出現などの物理学的・数学的革命が相次ぎ、哲学者たちの関心は真理や科学性をどのように定義しなおすかという問題に集まっていた。まだ30代の若者だったポパーも同じ問題に取り組み、『科学的発見の論理』という著作を1934年に発表している。

 ポパーはその著作でつぎのような主張を展開した。ある理論が科学的と呼ばれるためには、論理的な体系性や経験に基づいた実証性が必要なだけではない。科学が科学であるためには、それをテストすることで理論全体の正しさが検証されるような、なんらかの具体的な予測が導き出されることが必要不可欠である。

 たとえばアインシュタインの相対性理論からは、重力は光を曲げるので、太陽近くに見える星は本来の位置からずれて見えているはずだという予測が導き出される。この予測はじっさいに、1919年の皆既日食を利用した有名な観察で正しかったことが確認されている。もしそこで異なった観察結果が出ていたら、すなわち「反証」されていたら、相対性理論はその時点で放棄されていたはずだ。このようなテスト可能な予測が「反証可能」と呼ばれる。ポパーの考えでは、相対性理論はこのような予測をいくつも導き出すからこそ科学的だということができる。他方で当時「革命的」といわれた学問でも、マルクス主義の歴史的唯物論やフロイトの精神分析はとても科学とはいえない。マルクスからもフロイトからも、具体的なテストで理論全体を反証できるような予測はいっこうに出てこないからである。

 科学の科学性は反証可能性によって定義される。ポパーはそう主張した。これはいっけんあたりまえのことをいっているようだが、哲学的にはじつはかなりラジカルな主張だといえる。

 というのも、少し考えればわかるように、反証可能性による判断は理論の誤りしか教えてくれないからである。テストで反証が失敗したとしても、それはけっして理論全体の正しさが証明されたことを意味しない。たとえばさきほどの事例であれば、もしも予測と異なり太陽の近くで星の見かけの位置がずれていなかったとしたら、たしかに相対性理論は放棄されるしかない。けれども逆にその位置が予測どおりにずれていたとしても(じっさいそうだったわけだが)、それはこの個別の日食のケースで適用の正しさが確認されたことを意味するだけである。いつか新たな事例で反証が成功し、相対性理論の誤りが証明される可能性は残り続ける。

 つまりは、科学の科学性を反証可能性によって定義するとは、理論そのものの正しさを原理的に証明できないことを受け入れることにほかならないのである。じっさい、まさにそれこそがポパーが主張したことだった。彼が『科学的発見の論理』を発表した当時、哲学者の多く(彼らは論理実証主義者と呼ばれる)は、いまだ「有意味性」や「実証可能性」といった概念を駆使することで科学の新たな基礎付けが可能だと考えていた。ポパーはそのような考えに正面から挑戦したのだ。

 ポパーによれば、物理学のような経験科学、すなわち数学や論理学と異なって世界の観察を必要とする学問においては、正しさなるものは、具体的な予測について確認できるだけで(専門用語でいえば単称命題のかたちで証明できるだけで)、理論全体については原理的に確認できない(ふたたび専門用語でいえば帰納による一般化は機能しない)。つまり、理論の正しさなどというものはそもそも存在しない。あるのは具体的な予測とそれに対する反証だけであり、理論はつねに暫定的なものでしかないのである。ポパーはそんな科学を沼地のうえの建築に喩えている★1。科学にはたしかな基礎などない。沼地の底は見えない。科学者はなんとか杭を打ち、建物を立てているが、それらの杭もいつ倒れるかわからない。それでも杭が倒されない、つまり反証されないかぎりは、さしあたり科学という建築のなかに住まうことができるだろう。それがポパーが提出した新たな科学のイメージだった。

 このイメージは後続の世代に大きな影響を与え、そのなかからはのち、ポール・ファイヤアーベントのような、科学の本質はアナーキズムだと宣言するような極端な立場の哲学者も現れた。この意味ではポパーは、いまや悪名高いポストモダニズムのひとつの起源でもある。ぼくはさきほど『開かれた社会とその敵』から紹介したが、ふつうには有名なのはむしろこちらの科学哲学の仕事かもしれない。

 

 さて、いささか説明が長くなってしまったが、『ゲンロン12』の巻頭論文を読んだひとであれば、以上のポパーの議論が、ぼくが同論文で参照したウィトゲンシュタインやクリプキの議論ときわめて似ていることに気がついたのではないかと思う。

 ポパーは経験科学について、理論の正しさなどは存在しない、あるのは具体的な予測だけであり、その正しさもいつ新たな事例でひっくり返されるかわからないと主張した。ウィトゲンシュタインとクリプキもまた同じように、人間のコミュニケーション(言語ゲーム)について、そこには確固たる規則など存在せず、あるのは具体的な発話行為だけで、その正当性もまたいつ新たな事例(クワス算)でひっくり返されるかわからないと考えていた。ぼくは論文では、後者の主張を出発点として、言語ゲームが公共的であるためにはむしろその「いつひっくり返されるかわからないこと」(訂正可能性)の積極的な肯定が必要なのではないかと議論を進めたのだが、その展開もまたポパーが反証可能性を科学性の定義として導入する歩みに似ている。

 だからこそぼくは、さきほども記したように、論文の最後でふたたびポパーに戻ることを計画していたのである。自然科学の科学性が反証可能性によって定義されるとしたら、人文学の公共性は訂正可能性によって定義される。ぼくはそのような、いわば文理横断的な結論で論文を締めくくろうと考えていた。

 

 結果的にはその構想は実現しなかった。ポパーの反証可能性の理論とウィトゲンシュタイン(正確には、そのクリプキによる解釈)の言語ゲーム論はたしかに「似ている」。けれどもそのさきに話を進めようとすると、両者がなまじ近い哲学の伝統に属し──ポパーもウィトゲンシュタインも論理実証主義との対決によって哲学を確立している──、おまけに伝記的な事実としてたがいにあまり友好的ではなかったことも知られているため、膨大な学問的手続きが必要になりそうだったからである。冒頭に記したように、件の論文はただでさえ全体的にアクロバティックな議論展開になっている。それ以上にアクロバットを増やす体力はなかった。

 けれどもほんとうはその構想を組み込みたかった。ポパーに触れるのであれば、社会哲学の著作である『開かれた社会とその敵』だけでなく、科学哲学の著作である『科学的発見の論理』も参照したかった。

 それはかならずしも個人的な願いというだけでもなかった。ぼくは巻頭論文の冒頭で、本稿は直接にはコロナ禍についての論文ではないが、しかしコロナ禍のもとで書かれたものではあり、そのことを念頭において読んでくれると嬉しいと記した。だからこそ、そこでは最後文理横断的な話をしたいとも思っていたのだ。

 パンデミックが始まり1年半、日本ではさまざまな分断が強まった。そしてそのなかには、いわゆる「文系」と「理系」の──というのがあまりに乱暴な表現に響くのであれば、哲学と科学の分断も含まれていた。コロナ禍で日本の(日本だけではないかもしれないが)哲学者はなんの役にも立たなかった。科学者の中途半端な代弁をするばかりだった。けれどもほんとうは哲学者には、科学を尊重しつつも、その限界を画定し、科学者には語れないことを語る責務が課されていたはずである。ポパーとウィトゲンシュタインは、まさにその責務を強く意識した世代の哲学者だった。反証可能性や言語ゲームの概念はその緊張感から生まれたものだ。

 ぼくの「訂正可能性の哲学」も、その緊張感に少しでも近づければと思う。文系哲学者が文系読者に文系の思想を語って満足できた時代は、このコロナ禍で決定的に終わったように感じている。

 

★1 カール・R・ポパー『科学的発見の論理(上)』、大内義一、森博訳、恒星社厚生閣、1971年、139頁。
 


 

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[目次]
[対談]観光客の民主主義は可能か 宇野重規+東浩紀
[巻頭論文]訂正可能性の哲学、あるいは新しい公共性について 東浩紀
[特別掲載]ステイホーム中の家出 2 前篇 柳美里
 
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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)ほか多数。

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