妖怪と戦争──「ホー・ツーニェン 百鬼夜行」展開催に寄せて|能勢陽子

初出:2021年10月22日刊行『ゲンロンβ66』

ホー・ツーニェン 百鬼夜行展

 この原稿を執筆している9月下旬現在、私は「ホー・ツーニェン 百鬼夜行」展の準備に追われている。オープンはほぼ一か月後の10月23日だ。全体像は見えてきているものの、最終的にどうなるかはまだわからない。

 とにかくこの展覧会は、人々の眠りから始まる。初めの大きな展示室には、大小2枚のスクリーンが立っている。手前の小さいスクリーンには、病床の源頼光、蚊帳のなかで眠る赤子から、居眠りする高校生、酔っ払って路上で眠り込むサラリーマンまで、過去から現在(そしておそらく未来)までの眠る日本人の姿が映し出される。その姿を透かして、奥のスクリーンに妖怪たちが跳梁跋扈するアニメーションが展開する。それは、日本人の集合的な夢が紡ぎ出す世界なのだろう。この夢のなかでは、人々は社会が課す現実原則の抑制から解き放たれ、無意識下に潜む欲望や恐怖、幻想が頭をもたげてくる。

 そんな夢から、奇怪かつユーモラスな妖怪たちの百鬼夜行が生まれる。その行列には、第二次世界大戦中にシンガポールで「マレーの虎」と呼ばれた二人の日本人──シンガポールを陥落に導いた第25軍司令官の山下ともゆき大将と、60年代のヒーロー番組「怪傑ハリマオ」の実在のモデルで、軍の諜報活動に携わったたにゆたかも加わっている(「ハリマオ」はマレー語で虎を意味する)。さらに、この二人の「マレーの虎」の周囲で暗躍した軍人やスパイ、そして当時の思想家が、妖怪たちに混ざって行進している。

妖怪と戦争

 本展「百鬼夜行」でホー・ツーニェンは、第二次世界大戦中の日本に焦点を当てた新作を連続して手がけることになる。ホーがこのテーマを扱うのは、あいちトリエンナーレ2019の豊田市内の旧旅館を会場にした「旅館アポリア」、2021年春の山口情報芸術センターでの個展「ヴォイス・オブ・ヴォイド──虚無の声」に続き、3作目になる。

 作家の出身地であるシンガポールは、1965年に都市国家としてマレーシア連邦から分離独立するまで、複雑な歴史をたどった。19世紀は英国領であったが、第二次世界大戦中の1942年から45年にかけては、日本の軍政下に置かれて「昭南」と改名された。そして戦後再び英国の植民地になった後、1963年にマレーシア連邦の一部として独立した。そのため、近代を中心に東南アジアの歴史や物語を扱うホーの作品には、これまでにもたびたび大戦期の日本が登場してきた。

 しかし、ホーが戦中の日本のみについて本格的に扱うのは、この連続する三つの展示が初めてである。2019年の「旅館アポリア」では、会場になった旧旅館の歴史を取り込み、大戦期前後の文化人や思想家たちを宿泊客に見立ててサイト・スペシフィックな映像インスタレーションを行った。2021年春の「ヴォイス・オブ・ヴォイド」では、前作にも登場した京都学派の哲学者のみに焦点を当てて、VRによる虚構空間のなかで、鑑賞者がその場に列席しているかのような体験をさせた。続く秋の「百鬼夜行」では、妖怪と戦中の人物が入り混じり、大行進が展開する。

 妖怪と戦争とは、奇妙な取り合わせだと思われるかもしれない。妖怪のなかには、天狗や狸、くだんのように、戦争に関連づけられるものもいる。例えば、戦争が起こると天狗が戦地に出掛けて兵士を守るという俗信があったし、日清・日露戦争時には四国の狸が小豆に化けて大陸に渡り、赤い服を着て戦ったという話が残る。そして災害や戦争の予言をするといわれる件は、第二次世界大戦中にも現れて、空襲や終戦の予言をしたと伝えられる。しかし本展では、妖怪はなにより、大衆の無意識を映し出し、夢と現実の狭間に現れるものとして、戦争に結び付けられているだろう。フロイトは、「戦争はわれわれから、より後期に形成された層を剥ぎ取り、われわれのなかにある原始人を再び出現させる」と語っている★1。この「われわれのなかにある原始人」を、人間に似ながら暴力性や醜悪さが際立つ、「われわれのなかにある妖怪」と言い換えてみよう。そう遠くない過去に、まるで無意識の欲望や恐怖が現実世界に溢れ出し、全体が魔に魅入られたかのような戦争の時代があった。私たちは普段、夢と現実の間には確かな境があると信じて日々を過ごしている。しかし、あちら側の世界がこちら側に堰を切ったように侵入してくる裂け目は、この現実に潜んでいる。

 妖怪が姿を現し始める黄昏時は、逢魔時おうまがときまたは大禍時おおまがときとも呼ばれ、江戸時代の浮世絵師の鳥山とりやませきえんは、「百魅ひゃくみの生ずる時なり。世俗小児を外にいだす事をいましむ。」と記している★2。また民俗学者の柳田國男は、「古い日本語で黄昏をカハタレといい、もしくはタソガレドキといっていたのは、ともに『彼は誰』『誰ぞ彼』の固定した形であって、それも唯単なる面白味以上に、もとは化け物に対する警戒の意を含んでいたように思う」と語っている★3。妖怪は、光から闇へと移り変わる時刻に、川に掛けられた橋を渡り、あるいは辻を通って、あちら側からこちら側に、まさに境界を越えてやってくる。

妖怪の歴史

 妖怪は、各時代固有の宗教的、文化的、政治的文脈が移り変わる時に、その都度存在意義や姿を変容させてきた。江戸時代までは恐怖の対象であった妖怪は、鳥山石燕が百科事典的に図解し分類すると、畏怖と娯楽の入り混じる対象になった。それでもまだその頃は、超自然と自然の区分はそれほど明確ではなかった。

 しかし明治に入り、日本が西欧に並ぶ近代的国民国家を目指すようになると、哲学者であり啓蒙主義者である井上円了は、妖怪を古い迷妄の世界に属するものとして、徹底的に退けるようになった。他方で昭和初期には、柳田國男が、近代化していく過程で忘れられかけている、日本人のアイデンティティを支える郷愁を帯びた対象として、再び妖怪に目を向けるようにもなった。

 妖怪たちは、私たちがその存在を信じなくなるにつれ、この現実世界で目にされることはなくなった。しかし、彼らは消えてしまったわけではない。昭和後期に近づく1970-80年代には、水木しげるの漫画とアニメによって妖怪は再び人気を博し、恐ろしいと同時に親しみを感じさせるキャラクターになった。そして「妖怪ブーム」といわれる現代、『妖怪ウォッチ』や『鬼滅の刃』、『呪術廻戦』など、妖怪は今や漫画やアニメのイマジネーションの領域で跳梁跋扈しており、国外でも日本文化の象徴として知られるようになった。

 妖怪は、太古の昔から現在に至るまで時代に応じて姿を変え、豊穣かつ荒唐無稽な日本の大衆文化的想像力の受け皿になってきた。地域ごとの信仰や生活を投影した様々な妖怪たちは、近代の合理主義と国民国家の到来とともに追放されたかに見えた。しかし、むしろイマジネーションの世界に潜り込んで、これまでになく活き活きと活躍している。アニメーションの語源はアニミズムだというが、まさに妖怪たちはアニメによって再び魂を吹き込まれたのである。

 

【図1】ホー・ツーニェン《百鬼夜行》より
 

 

【図2】同前
 

変容するもの

 妖怪の性質として最もよく知られているのは、人を化かすことだろう。その代表的な妖怪が、狐と狸である。九尾の狐は、古代中国では霊獣の一つだが、日本では悪しき存在とされることもあり、また妖狐は中国でも日本でも美しい女性に化けて男性を誑かす変身の名手である。つまり狐は、中国由来の妖怪である。対して狸は、狐に比して男性的な要素を負わされた。特に江戸時代には、おどけた親しみやすい存在として、膨れた腹部や巨大な陰嚢を持つ滑稽な姿が人気を博した。狸は、日本で培われた妖怪である。伝統や文化において、変化や変容という特性は、真正性を見えなくするものとして、必ずしも良しとされるわけではない。しかし日本の風土的、精神的なものの反映とみなされる妖怪も、もとは中国文化を取り入れながら、日本の土着のものとともに変化、発展し、現在に至っている。

 近代以降、世界に一元化の波が押し寄せ、日本だけでなく各国、各地域の伝統や文化は、その大波に呑まれた。現在その勢いはますます激しくなり、いずれ全世界が政治的、経済的に一つになることも想像できうる。これから国や地域の特異性がどうなっていくかは、世界の大多数の人々にとっての大きな関心事だろう。そんな時、変幻自在でありながら変わらない部分も保ち続ける妖怪は、なかなか興味深い存在である。香港の哲学者ユク・ホイは「芸術と宇宙技芸」のなかで、つぎのように語っている。

そもそも〔各地域の〕個別的な思考の固体化には、ふたつのリスクがある。ひとつは、語源であるイディオーテースというギリシア語の意味にふさわしいばか者イディオットになってしまうこと。もうひとつは、もはや自分自身も自分の過去も認識できなくなってしまうほどの変異――つまり方向の喪失/東洋の消失ディスオリエンテーション――をとげた怪物になり果てることだ。★4

 比喩であることを承知のうえでこの言葉をそのまま受け取れば、妖怪は「方向の喪失/東洋の消失ディスオリエンテーション」をしない怪物であり、現在も日本文化を象徴する存在であり続けている。ユク・ホイは、「ただ単にさまざまな文化がもつ芸術品や精神性の違いを強調しようというわけではない。より重要なのは、むしろそうしたちがいのなかに、変容をもたらす力をみつけだすことだ」★5、という。自らが属する文化的アイデンティティに固執するのでもなく、またオリジナルを完全に喪失してしまうのでもなく、変容そのものに新たな力を見出す。その意味で妖怪は、日本文化の表象でありながらもともとハイブリッドでもあり、これからも変容の可能性を秘めた、一つの例といえる。

スパイと妖怪

 戦中に活躍するスパイもまた、変容する存在である。スパイは素性を偽って敵国に潜入し、ときには変装して敵の動向を探る。ホー・ツーニェンは過去にも、第二次世界大戦前後にマラヤ共産党の書記長を務めながら、日英仏の三重スパイをしていたというライ・テクを、映像や舞台作品の主題にしている。ホーにとってスパイは、裏切りや卑劣さの代名詞ではなく、固定化されない流動性を持つ人間として、興味をそそられる対象なのだろう。同時にスパイは、真の素顔を誰にも見せることのない、生きた死人のような孤独な存在であり、その秘匿された部分が人の心を引きつけもする。しかし考えてみると私たちも、 “スパイ的な” 部分を多かれ少なかれ秘めている。ときには命がけの駆け引きや捨て身の献身をするスパイほど、ロマンチックではないにしても。

「ホー・ツーニェン 百鬼夜行」にも、妖怪に混ざって幾人かのスパイが登場する。主要な登場人物である「マレーの虎」の一人、谷豊も、マレーの土地勘を生かしてイギリス軍に妨害工作を行うスパイであった。また谷を軍に引き入れた神本かもと利男も、戦中の諜報員養成学校の陸軍中野学校で学んだスパイであった。そして「ハリマオ作戦」と名付けた作戦により谷を勧誘した特務機関「F機関」には、陸軍中野学校の卒業生が6人加わっていた。百鬼夜行の行列のなかで、谷豊は山下大将とともに人虎じんこになり、谷を勧誘した諜報員の神本は武器を手にした天狗になる(天狗は人をそそのかし、どんな武器も使いこなす戦いの天才でとされている)。人から動物に、人から人を超えた存在に。

 この作品には他にも、終戦時に僧に化けて逃亡し、中国で国民党軍のスパイをしたのちに日本に潜伏した、あの悪名高き辻政信が登場する。辻はしばらくすると、同じく僧衣姿で竪琴を手にし、肩に青いオウムを載せた、映画「ビルマの竪琴」(市川崑監督、1956年)のあの心優しき水島上等兵に変容する。しかし、「絶対悪」とも「狂気の参謀」とも渾名された辻が、音楽を愛し自己犠牲の精神に溢れた水島上等兵に変容する場面は、少々戸惑いを与えるだろう。百鬼夜行の行進では、通常「善」と「悪」に分けられる者が、その区別なくするりと入れ替わる。それはまさに善悪が絡み合う、人間が持つ複雑さそのものである。戦場では、ごくごく普通の人でも、やがて悪に変容してしまう。

 百鬼夜行が延々と循環しながら行進を繰り返すなかで、妖怪やスパイ、軍人たちは、日常と非日常の境界を行き来する。最初に引用したフロイトの言葉は、こう続く。「戦争はわれわれから、より後期に形成された層を剥ぎ取り、われわれのなかにある原始人[=妖怪]を再び出現させる。[……][しかし]われわれは、この盲目性が、興奮が醒めると同時に消え去るのを希望することができるのだ」★6。魔に魅入られた戦争の時代は、その興奮が醒めればいつかは終わる。しかし時が来れば、また同じことが繰り返されるかもしれない。この百鬼夜行の隅々に、希望のかけらも最終的な破滅的未来も、ともに見出すことができるだろう。

 

 新作による展覧会はまさに生もので、今も刻一刻と変容を続けているから、ここで書いた内容とは異なるものになるかもしれない。その場合は申し訳ない。

 いずれにせよ、ホー・ツーニェンの百鬼夜行は、過去から現在、そして未来までの日本人の姿を表象しているはずだ。そこには日本の伝統的な妖怪や実在した人物ばかりでなく、作家の完全な創作による妖怪や外国のモンスター、さらに米国の著名人も加わっている(かといって気分を害さないでほしい)。それは、戦争という魔に魅入られている人々の姿である。どんな妖怪が登場するかは、ぜひ実際に展覧会に足を運んで観てほしい。

 東浩紀はつぎのようにいう。「ぼくたちはみな、たまたまある時代のある地域に生まれ、たまたまある伝統を引き継ぎ、たまたまある文化のなかに生きている。『アイロニスト』とは、ローティによれば、その偶然性、すなわち根拠の不在を受け入れる人々のことである」。そして、「その『わたしたち』は、輪郭があいまいで、具体的な共感によっていくらでも遡行的に組み替えることができる」★7。私たちは、(まるで妖怪のように)輪郭が曖昧で、だからこそ「変わることができる」。分断ばかりが容易に生み出されていく現状に、楽観的な未来はなかなか思い描けないが、それでも「変わることができる」ということは、やはり人や世界にとっての希望である。妖怪は、そんな希望の形象でもある。

 

★1 フロイト「戦争と死に関する時評」、『フロイト著作集5』、懸田克躬他訳、人文書院、1969年。
★2 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』、角川書店、2005年。
★3 柳田國男『妖怪談義』、講談社、1977年。
★4 ユク・ホイ「芸術と宇宙技芸 第3回 山水画の論理にむけて」、『ゲンロン12』、伊勢康平訳、ゲンロン、2021年。
★5 同右。
★6 フロイト、前掲書。
★7 東浩紀「訂正可能性の哲学、あるいは新しい公共性について」、『ゲンロン12』、ゲンロン、2021年。
 


 

「ホー・ツーニェン 百鬼夜行」展は2021年10月23日から2022年1月23日まで、豊田市美術館にて開催されます。詳細は豊田市美術館の公式サイトをご覧ください。
URL=https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/tsu/?t=plan
 
 
 
 またゲンロンカフェでは同展の開催を記念し、能勢さんを司会に、ホー・ツーニェンさんと東浩紀のトークイベント「アジアにおいて芸術と哲学とはなにか」を開催いたします。10月25日(月)19時30分より、ゲンロン完全中継チャンネルにて放送予定です。ぜひあわせてお楽しみください。
 
 
 
・シラスで視聴する
 URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20211025
・ニコニコ生放送で視聴する
 URL=https://live.nicovideo.jp/watch/lv334069478

 

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豊田市美術館学芸員、あいちトリエンナーレ2019キュレーター。岡山生まれ。同志社大学文学部文化学科美学及び芸術学修士課程修了。これまで企画したおもな展覧会に、「テーマ展 中原浩大」(豊田市美術館、2001年)、「ガーデンズ」(豊田市美術館、2006年)、「Blooming:日本-ブラジル きみのいるところ」(豊田市美術館、2008年)、「Twist and Shout Contemporary Art from Japan」(バンコク・アート&カルチャーセンター、2009年、国際交流基金主催・共同企画)、「石上純也-建築の新しい大きさ」展(豊田市美術館、2010年)、「反重力」展(豊田市美術館、2013年)、「杉戸洋-こっぱとあまつぶ」展(豊田市美術館、2016年)、「ビルディング・ロマンス」(豊田市美術館、2018年)、あいちトリエンナーレ2019(豊田市・名古屋市、2019年)。美術手帖、WEBマガジンartscape等にも多数執筆。

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