休載のお知らせ──丫戊个堂さんを悼んで|東浩紀

初出:2021年10月22日刊行『ゲンロンβ66』

 今号はぼくの連載はお休みさせていただきました。9月は『ゲンロン12』の発行とゲンロン友の会の会期更新があり、さらに今年はコロナ禍でイレギュラーなスケジュールとなった友の会総会とSF創作講座最終講評会も重なる状況で、社内もぼくもテンテコ舞いで執筆時間が取れませんでした。お待ちいただいているみなさんに申し訳なく思います。

 ところで、そんななか悲しい知らせが飛び込んできました。ゲンロン創業時からの支援者で、友の会会員でもあった丫戊个堂(あぼかどう)さんが急死したというのです。亡くなったのは10月2日から3日にかけて。ぼくが知ったのは一週間以上が経過した10日の夜でした。そのときのツイートをお読みになったかたも多いかもしれません。

 ぼくがあぼかどうさんと知り合ったのは、10年以上前、まだゲンロンがなかったころのことです。テレビの収録があり、そのあとの打ち上げで居酒屋から配信していたところ(当時からそういうことばかりやっていたのです)、呼びかけに応じて深夜に現れたのがあぼかどうさんでした。「アボカドです」「果物の?」「はい」という、コントのような会話を覚えています。

 あぼかどうさんはぼくの熱心な読者というわけではありませんでした。批評や哲学に関心があるわけでもありませんでした。彼自身がネット配信者で、そこでたまたまぼくの存在を知り、好奇心で会いに来ただけでした。けれども彼は、その出会いをきっかけになぜかぼくの講演やイベントに足を運ぶようになり、みるみるうちに弊社を囲むコミュニティに欠かせないひとになっていきました。数年前に脳の病気に見舞われてからは言葉が出にくくなっていましたが、それでもいつも笑顔でだれにでも話しかけ、多くのひとに好かれていました。

 あぼかどうさんはスクールを受講していたので(彼の独創的な作品を記憶しているひともいることでしょう)、ぼくは彼の本名を知っています。けれども、ぼくにとってあぼかどうさんはあぼかどうさんで、本名で呼ぶことはありませんでした。だからここでもそう記します。

 思えばあぼかどうさんと出会ったころ、ぼくのまわりには、彼のようにハンドル名だけでつながっていて、それでもそれなりに人間関係を共有している人々が少なからず集まっていました。それはいまの言葉でいえば、画一的でホモソーシャルな場だということになるのかもしれません。じっさいあぼかどうさんはぼくと同じ男性で、年齢もひとまわりぐらいしか離れていません。それでも、たがいに名前も年齢もろくに知らないまま、なんとなくネットで気が合ったというだけで友人になれた、あのころの無防備さと無邪気さをぼくはしばしば懐かしく思い出します。ゲンロンがいま、開かれつつも閉じ、閉じつつも開かれた両義的なコミュニティづくりを目指しているのも、その記憶のせいかもしれません。あぼかどうさんは、ぼくにとってゼロ年代のよかったところを凝縮したようなひとでした。だからこそ、彼にはゲンロンのこれからも見てもらいたかった。夭逝が残念でなりません。

 あぼかどうくん、ありがとう。きみのような幸せな「誤配」と出会い続けるために、これからもがんばります。

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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)ほか多数。

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