愛について──符合の現代文化論(12) 新しい符合の時代を生きる(2)符合の責任論|さやわか

初出:2022年2月25日刊行『ゲンロンβ70』

 日本の人口が減少局面を迎える中で、男女の婚姻と生殖による従来の家族像だけを尊ぶことは時代に合わなくなっている。だから「家族」という言葉に別の意味を符合させ、その概念を拡張すべきである。前回はこの一例として、同性カップルが養子を迎えられる制度への改革を挙げた。

 では、その実現にとって、障害は何か。ひとつには、国の積極性のなさが挙げられるだろう。

 ただし国も、同性婚を全否定しているわけではない。2018年の国会答弁で「同性婚を認めるべきか否かは、我が国の家族の在り方の根幹に関わる問題であり、極めて慎重な検討を要する」と述べている★1。これは消極的ながら、議論の余地を残した態度だと言える。

 その流れを受けてか、同性婚の成立を望む人々は2019年に国を相手取り、全国四都市で裁判を起こした。その結果、国が同性婚を認める立法を怠ったとする原告の賠償請求は棄却されたが、同性婚を認めないのは憲法14条に違反するとの判断も示された。これは日本の憲政史上で初のことだ。

 しかし興味深いのは判決そのものより、被告側の国の主張だ。同性婚の反対派はしばしば、憲法が婚姻を「両性の合意のみに基いて」成立するとしていることを根拠にする。この「両性」が、憲法制定時に男女を想定していたのは間違いないと思われるからだ。だが国は、これを論拠にしたのではない。代わりに「婚姻制度の目的は自然生殖の保護にある」と述べ、さらには婚姻できる者の範囲が「生物学的な自然生殖可能性」によって確定されている、としたのだ。

 筆者はここで、「自然生殖」という文言が用いられた理由を考えてみたい。そこには、少子化問題への懸念があるに違いない。国は同性カップル自体に悪感情を抱いているわけではなく、「自然生殖」が減り、社会の維持がいっそう難しくなるかもしれないと気がかりに思っているのだ。

 

 したがって論点となるべきは、国が結婚した男女による自然生殖しか出生率を上げる手段を想定していない、ということだ。だからこそ筆者は養子制度の導入に積極的なのだ。「同性婚を認めても出生率が上がる、人口が増える」と言えるなら、国はもう少し積極的に同性婚の実現に取り組めるかもしれない。

 にもかかわらず原告側の弁論は、自然生殖は法の定める婚姻の要件ではないとの指摘をはじめ、被告の論理破綻をあげつらうことに終始した。裁判は論点を広げるためのものではないので、それは妥当な戦略かもしれない。しかし、国のそもそもの誤りは、「家族」の古い形式にこだわること、その旧来の意味に固執していることではなかったか。

 もちろん、出生率が下がり続けている状況を同性婚が助長するかもしれないと思えば、国が前向きになれないのは理解できる。そして同性婚を推進する人々の主張は、残念ながら国の、そしてそれを支持する保守層の不安を解消できるものにはなっていない。推進派は「同性婚ができないのは不平等だ」とか「欧米諸国はうまくいっている」とか、「民法や戸籍法を変えるだけだから、日本社会が大きく変わることはない」などと主張する。

 しかしそれは「出生率がさらに下がるかもしれない」と懸念している人々が欲する回答ではない。反対派の不安解消につながらない主張を繰り返していれば、当然ながら賛意を得ることは難しいだろう。また、たとえ裁判に勝てたとしても、仮にその後出生率の低下に歯止めがかからなかった場合、同性婚の認可が主たる要因としてやり玉に挙げられないとも限らない。

 したがって同性婚の実現を願う人々は、出生率の低下という問題に向き合う必要がある。家族の概念を拡張し、時代に即した家族像を築くならば、私たちはそのイメージの元で社会を持続させることもまた引き受けなければならない。「家族」を新たな意味へ符合させるなら、その変化への責任を持たねばならないのだ。

 

 同性婚と同様に、新しい家族像の実現を求める人々が非難を浴びているケースがある。いわゆる選択制夫婦別姓についての議論だ。これは本論の言葉で言えば、他人からある記号(この場合は姓)を強制され、固有の人格を否定される「キャラクター化の暴力」を回避する手段だと言える。だから筆者としても積極的に推したい改革だ。しかし、一時は議論が進んだものの、最近では停滞気味になっている。やはり保守層からの「伝統的な家族像が崩壊する」「子供が犠牲になる」などの批判が根強いからだ。

 こうした批判に対して、推進派であるサイボウズ社の社長・青野慶久は著書で次のように書いている。

 どうやら、「家族の絆」や「伝統」といった言葉を大切にする人たちが政治の中心に陣取っていて、夫婦別姓の家族が増えることによって、なし崩し的に戸籍制度まで破壊されてしまうことを恐れている。たとえ選択的であれ絶対に許さん、とガードしているというのです。★2

 言うまでもなく、この「政治の中心」にいる人々の「恐れ」とは、前述した同性婚への不安と同根のものである。これに対して青野は、同性婚を実現しようとする人々と同様に、「困っている人がいるのだから、制度を変えるべきだ」と訴える。

 それは正義感に基づく主張だし、妥当にも思える。だが、その姿勢には、反対派が「日本の社会が変わるかもしれない」という不安をシリアスに抱いているかもしれないと、つまり彼らもまた「困っている」のかもしれないと、相手を慮るところが窺えない。

 さらに青野は「夫婦別姓を選択するカップルが増えたところで日本は壊れたりしません。家族は家族のままですし、子どもも変わらず健やかに成長するでしょう」と述べる。これも、同性婚の支持者たちが「制度を変えても日本社会が大きく変わることはない」と述べるのと同じだ。

 ところが青野は、同書の別の箇所では次のように述べる。

「夫婦同姓は日本の伝統だ。伝統は守らねばならない!」
 じゃあ、お前、明日からチョンマゲな。
 ──と、言いっぱなしも失礼なので具体的にお話ししましょう。
 これまでの日本社会を振り返ってみても、すべての伝統を残してきたわけではありません。社会の変化やそこで生活する人の声を受け、ときに伝統と呼ばれるものや昔からの風習を捨てたり、変えたりしてきました。
 現に、もし服装や食事、住居などを江戸時代やそれ以前に戻されたら……困りますよね。「日本の伝統は一日二食だから」と言われたら、そちらに回帰するのか。僕は嫌です。もっといえば、反対派の方が大事にしている日本の家制度も、明治維新のタイミングで社会がガラッと変化したからこそ生まれたのであって、それ以前は「伝統」ではなかったのです。

「じゃあ、お前、明日からチョンマゲな」は明らかな冗談だとしても、その後の部分に書いてあるのは、伝統は必ずしも守られ続けるわけではない、という意味のことだ。これは先ほどの「日本はこれまでと変わらない」との主張とは全く異なる。

 もし「社会がガラッと変化」する可能性があるならば、「日本は壊れたりしません」とも言い切れないはずだ。むしろ、「日本は変わるし、変わらなければならない」あるいは「変わるかどうかはわからないが、変わっても大丈夫だ」などと言うべきだろう。

 つまり青野もまた、同性婚の支持者たちと同じく、「家族」を別の意味に符合させることに対して、十分に責任を持とうとしているようには見えないのだ。それとなく責任を回避しつつ「明日からチョンマゲな」などと相手の不安を一笑するだけでは、反対派の態度が硬化するのは当然のように思える。

 

 繰り返すが、筆者は同性婚や選択的夫婦別姓が実現すべきだと思っている。しかし記号と意味との符合に齟齬をもたらすことは、そこから生じる変化に責任を持ってなされるべきだ。そうでないと、その齟齬は誰からも承認されないまま、身勝手で無意味なものとされて潰えてしまう。

 

 ここで社会学者の上野千鶴子と千田有紀が論集『脱アイデンティティ』で展開した、アイデンティティとポジショナリティについての議論を参照してみよう。

 ポジショナリティとは何だろうか。アイデンティティに比べれば馴染みのない言葉だが、近年は差別や労使など、権力関係が根底にある問題が語られる際に耳にする機会が増えている。千田による簡潔な説明によると、ポジショナリティとは「他者が私を何者であると名指しているのか」を意味する言葉で★3、「自分自身が、私を何ものであると思っているか」を指すアイデンティティと対比される。

 たとえば、ある男性が、自身は女性差別的な考えを持っていないと思っていたとする。しかし彼は男性中心社会においては強者であり、差別者たりえるポジショナリティを持っている。そのポジショナリティに無自覚であると、彼の言動は思わぬところで被差別者を傷つけることがある。

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1974年生まれ。ライター、物語評論家、マンガ原作者。〈ゲンロン ひらめき☆マンガ教室〉主任講師。著書に『僕たちのゲーム史』、『文学の読み方』(いずれも星海社新書)、『キャラの思考法』(青土社)、『名探偵コナンと平成』(コア新書)、『ゲーム雑誌ガイドブック』(三才ブックス)など。編著に『マンガ家になる!』(ゲンロン、西島大介との共編)、マンガ原作に『キューティーミューティー』全5巻(LINEコミックス、作画・ふみふみこ)がある。近著に『世界を物語として生きるために』(青土社)。LINEマンガで『永守くんが一途すぎて困る。』(原作。作画・ふみふみこ)を連載中。

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