「スパイダーマン」は、マーベル・コミック社によるアメコミのスーパーヒーローの中でも人気の「ドル箱」キャラクターだ。彼を主人公にした実写映画は、21世紀以降に9つ作られている。
中でも、最新作である『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年)は特異な作品だ。21世紀の『スパイダーマン』映画の集大成であり、他に類を見ない、現代的なテーマを持っている。
そのテーマとは何か。実は本作は、前回、筆者が新しい符合を他者と分かち合う際に必要だとしたもの、すなわち記号と符合にまつわる「責任」を描いた物語なのだ。以下、この作品がどれほど特異なものであるか、その中で「責任」がどのように描かれているか紹介しよう。
『ノー・ウェイ・ホーム』がこれまでの作品の集大成であるというのは、言葉通りの意味だ。というのもこの映画は、過去作のキャラクターたちが再登場し、一堂に会する内容だからだ。
しかしここに、少しややこしい事情がある。全9作のストーリーが時系列としてつながっていれば、そういう趣向もさほど不自然ではないだろう。だがスパイダーマンの映画はシリーズが2度にわたって打ち切りとリブート(再始動)を繰り返し、スタッフやキャストの変更がたびたび行われた経緯がある。主人公ピーター・パーカー役の俳優だけでも3人おり、それぞれ2本ないし3本からなるシリーズで、別の物語の人物としてスパイダーマンを演じたのだ。
『ノー・ウェイ・ホーム』は、この経緯を逆手に取って、過去作の主人公が「別の世界のスパイダーマン」であるというSF的な設定にした。そして、これまでスパイダーマン演じた3人の役者をすべてスクリーン上に登場させ、共闘する展開を作り出した。
そもそもなぜリブートは行われたのか。一般的にこの手のスペクタクル映画では、人気が持続すれば続編が次々と作られる。しかし興行収入が振るわなかったり、またスタッフやキャスト間の不和がある場合、監督や役者が降板することも多い。するとシリーズは打ち切られることになる。
しかしスパイダーマンほどの人気キャラクターの場合はそこで終わりではない。すぐに新たな制作チームと配役が決定され、新シリーズとしてリブートされる。近年、スーパーヒーロー映画は人気ジャンルになっており、配給会社としてもシリーズを休眠させる手はないからだ。
もともとアメコミのスーパーヒーローものでは、原作でもあるキャラクターを主人公とする作品がリブートされ、最初から語られ直すことがざらにある。また単なる語り直しでなく、ヒーローが悪役になるなど大胆な設定変更をした上で描かれるシリーズもある。
その結果、アメコミでは作品世界が複数化し、「正史」以外に別解釈の歴史が生まれたり、他とは独立した物語が描かれることもある。アメコミは古くからこれを「マルチバース」という用語で受け入れてきた。世界が単一でなく、偶然や人々の選択の結果によって無数に分岐する、いわゆるパラレルワールドが存在するというSF的な発想だ。『スーパーマン』に登場するミクシィズピトルクや、『バットマン』のバットマイトなど、マルチバース間を渡り歩く、つまり別の物語に侵入する能力を持つキャラクターも存在する。
この考え方によれば、実写映画も原作から見て無数に存在するマルチバースのひとつということになる。そして『ノー・ウェイ・ホーム』も、過去のシリーズをマルチバースとして解釈したわけだ。その結果この作品には、少しずつ異なりながらも、似通った経験を重ねた3人のピーター・パーカーが集まった。
まず、サム・ライミが2002年から2007年までに監督したスパイダーマン映画全3作で主演した俳優は、トビー・マグワイアだ。
そして2012年にマーク・ウェブ監督でリブートされた新シリーズ『アメイジング・スパイダーマン』でピーターを演じたのはアンドリュー・ガーフィールドだった。『アメイジング』は2014年に続編が公開されたが、興行収入が前作を下回ったため、マーベル・コミック社はテコ入れを画策した。スパイダーマン映画の次作を、好評を博していた同社キャラクター総登場の大河シリーズ「マーベル・シネマティック・ユニバース」(MCU)の中に組み込むことにしたのだ。
この流れでガーフィールド版は打ち切りとなり、シリーズはまたリブートされた。新シリーズの主演はトム・ホランド、監督はジョン・ワッツ。一作目は2017年の『スパイダーマン:ホームカミング』だ。以後、2019年に『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』、そして2021年の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』と、一作ごとに副題付きのタイトルでシリーズが継続された。
まとめると、マグワイア版が3作、ガーフィールド版が2作、ホランド版が3作存在することになる。
前述のように、リブート作品では以前のシリーズで描かれたエピソードが、多かれ少なかれ、もう一度語られる。特に主人公がスーパーヒーローになった経緯や、人物像に深みを与えるような挫折、代表的な好敵手との戦いなど、原作コミックでの重要シーンは繰り返されることが多い。
『スパイダーマン』でそうしたシーンとして有名なのが、スパイダーマンの力を身につけたピーターが、スーパーヒーローの「責任」について自覚するエピソードだ。
マグワイア版とガーフィールド版では、一作目でこのエピソードが詳細に描かれる。まずピーターは映画の最序盤で巨大企業オズコープ社に出向き、ラボで遺伝子改良された蜘蛛に皮膚を刺されて、超人的な能力を身につける。そしてその能力に酔いしれたピーターは、いささか傲慢になり、周囲をあざ笑うような態度を取り始める。自分を小馬鹿にするクラスメイトのフラッシュ・トンプソンと喧嘩して軽くあしらったり、同居する叔父母の手伝いをすっぽかして夜遅くまで外出するようになるのだ。
もともと善良で気弱な高校生だったピーターの変化を見て、叔父のベンが彼を諭す。マグワイア版だと、ベンは次のように言う。
「ピーター、(お前は)今こそ、これからの一生でなる人間に変わっていく時期なんだ。自分がどんな人間に変化していくのか、とにかく注意しなくちゃいけない。あのフラッシュ・トンプソン、奴はたぶん自業自得なんだろう。だが、お前が彼を叩きのめせるからといって、その権利はない。覚えておけ。大きな力には、大きな責任が伴う」
1974年生まれ。ライター、物語評論家、マンガ原作者。〈ゲンロン ひらめき☆マンガ教室〉主任講師。著書に『世界を物語として生きるために』(青土社)、『僕たちのゲーム史』『文学の読み方』(いずれも星海社新書)、『名探偵コナンと平成』(コア新書)、編著に『マンガ家になる!』(ゲンロン、西島大介との共編)など。『スター・ウォーズ:ビジョンズ のらうさロップと緋桜お蝶』で脚本、『キューティーミューティー』『永守くんが一途すぎて困る。』(いずれも作画:ふみふみこ)でマンガ原作を手がける。