当事者から共事者へ(19) カツオと共事|小松理虔

シェア
初出:2022年9月12日刊行『ゲンロンβ76+77』
 夏になると食べたくなる料理第1位は、なんといっても「カツオの揚げ浸し」である。薄く衣をつけて揚げたカツオを、カツオだしの汁などにひたひたに浸して食う料理で、いわきを代表する夏の家庭料理として知られている。家庭料理なので家によって味つけが違うのが特徴だ。

 我が小松家ではこうだ。まず分厚く切ったカツオの切り身をニンニク&生姜醬油に一晩つけておき、その身に片栗粉や小麦粉をまぶして揚げたあと、適度に薄めためんつゆにぶち込み、さらに、大根おろしや刻んだネギ、大葉などを乗せて食べるというものだ。

 口に入れて噛むと、カツオの身そのものの旨さを感じる。刺身で食っていたときにはあんなに滑らかな食感なのに、カツオは火を入れると硬くなる。噛まなければ飲み下せないので噛むのだが、噛むたびに、口の中の旨みが広がり、味覚という味覚がその旨味を感知していく。一晩漬け込むことで濃縮された生姜やニンニクの風味が、大葉やネギの爽やかな香味と一体になり、また熱々なのも手伝って、さらにおいしく感じられる。我々はその瞬間、味を冷静に判断する力を失う。脳みそがやられてしまうわけだ。

 この料理の旨味は常に変幻の中にある。冷静な判断力を失ったまま「うめえ……」の一言で片づけるも一興。味覚の解像度を上げて味の変幻を感じ取ろうとするのも一興。キリリと冷やした冷酒があればさらによし。いわきの夏の名物カツオの揚げ浸し。ぜひご賞味あれ。
 
母が作ったカツオの揚げ浸し。小松家では大根おろしが入る

 

 味はなにが決めるのか



 なぜカツオの揚げ浸しはこれほどうまいのか。まず考えられるのが、カツオという魚が元来「旨みの塊」であるということだ。カツオは鰹節の原料になるほど旨味が強い。筋肉のなかに「イノシン酸」という成分が豊富に含まれているためだ。イノシン酸は動物の筋肉の中にあり、魚ではサバ、タイなどにも含まれるが、カツオやマグロなど海を長時間泳ぎ続ける回遊魚の筋肉には特に多いとされる。そのカツオから作られる日本の伝統食鰹節は、カツオから徹底的に水分を抜き、その過程でカビ菌などの力を借りてさらに熟成させたものだ。揚げ浸しも、鰹節とまではいかないが高温で調理するため余分な水分と臭みが抜ける。さらに衣によって外側もコーティングされ、旨味が閉じ込められるわけだ。

 ちなみに、このイノシン酸以外にも旨味成分はあり、よく知られているところだと、グルタミン酸(昆布など)、そしてグアニル酸(椎茸など)である。この3つの旨味成分は「三大旨味成分」とも称される。料理の情報サイトなどを調べていると、とりわけ「イノシン×グルタミン」と「グルタミン×グアニル」の組み合わせが、もっとも旨味の相乗効果が出てくるようだ。グルタミン酸は野菜類、長ネギや生姜、ニンニクなどにも含まれるという。カツオの揚げ浸しは、まさにその組み合わせだ。まずいはずがない。まだ「イノシン酸」などという言葉が生まれる前から、いわきの先人たちは当たり前にこの料理を食してきた。ばあちゃんやじいちゃんが食ってきたものを食しておけば、まあ、間違いはないのである。

小松理虔

1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。2018年、『新復興論』(ゲンロン)で大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。2021年3月に『新復興論 増補版』をゲンロンより刊行。 撮影:鈴木禎司
    コメントを残すにはログインしてください。

    当事者から共事者へ

    ピックアップ

    NEWS