ボーダーレス化する中国のやおい文化|鄭熙青 訳=樋口武志

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初出:2012年2月20日刊行『ゲンロンエトセトラ #1』
「ゲンロンα」への再掲載にあたって、著者の鄭熙青さんから、今年(2020年)に発表した英語論文 "Survival and migration patterns of Chinese online media fandoms" を共有していただきました。中国のネット文化に関する最新の状況が反映された刺激的な論考です。あわせてぜひお読みください。(編集部)
 

はじめに


 研究者たちはいまだに黙殺しているが、中国の文芸の領域ではここ20年、商業作品の市場がかつてないほどの盛り上がりを見せている。この盛り上がりには、先行世代との決定的な断絶がある。文芸の領域では、1980年代に高まったハイカルチャーへの関心★1はしだいに市場経済に取って代わられ、それに呼応するように、ネットで作品を発表するアマチュア作家たちが登場し、市場を席巻していった。インターネットは出版やコミュニケーションの新たなメディアというだけでなく、若い世代にとっては、社会への関与や今までにない自己創造の、自由で新しい手段となっている。海外の中国研究者は、ネットでの反体制活動などに依然として大きな関心を寄せているようだが、今の若いアマチュア作家たちの文芸作品群はネット上で新たな勢力として台頭している。筆者の考えでは、こちらの方がより複雑でダイナミックな文化圏を形成している。この文化圏はハイパーリンク/ハイパーテキスト小説★2と呼ばれるようなアヴァンギャルドで実験的な作品群とは関係なく、アマチュア作家たちの社会参加の新たな方法なのである。

インターネット文学とオタク文化


 いわゆる「インターネット文学」という言葉に厳密な定義はない。ここでは便宜的に「最初にネット上で発表された作品群」と定義したい。その後、紙媒体で出版されたかどうかは置いておく。アメリカの場合とは違い、中国のインターネット文学は多くの読者を獲得し、紙媒体の伝統的な出版文化と肩を並べる存在になっている。2009年に周志雄ジョウジーシオンが行った調査によれば、中国の出版市場の3分の1を、インターネット文学が占めている。

 インターネット文学の台頭という興味深い現象は、ボーダレス化や他国のポップカルチャーの流入と無関係ではない。とりわけ、日本のACGカルチャー(Anime, Comic, Game)の二次創作作品からの影響は顕著で、現在の中国インターネット文学のスタイルやテーマを規定したと言える。日本作品、次いで欧米作品のオタクコミュニティは、インターネット文学を牽引する大きな役割を担っている。

 世界規模のメディア公共圏の出現を前にして、各国の文化に依拠しない、新たな視点を用意する必要があるのではないだろうか。欧米のファン文化研究★3と日本のオタク研究は、多くの共通点を持っているにも関わらず、自らの対象国を研究するばかりで、互いに活発な議論が交わされていない。しかし、中国、日本そして英語圏の比較文化研究を行う筆者にしてみれば、ファンの世界は、言葉の壁、そして国境を越える存在として注目に値する。世界的に広がるファン文化は「ハイブリッド」なものとして進化を遂げており、だからこそ、世界のファン文化研究も、立ちはだかる国境の壁を打ち破っていかねばならないのである。

 1949年の建国から30年以上経った1980年代後半〜90年代前半にかけて、ようやく中国でも消費社会化が進んで行った。そして90年代後半、インターネットの浸透と歩みを合わせるようにオタク文化が出現し始める。このため、日本や西欧で長く続く同人誌のような紙媒体ではなく、中国では始めからその活動の舞台はネット上であった。中国のオタク文化は日本のオタク文化、特に小説やアニメの二次創作から多大な影響を受けている。台湾と香港を経由し、マンガは翻訳されアニメは吹き替えられ、80年代後半から海賊版として中国へ流入した。テレビ局や出版社も日本のACG作品を輸入してはいたが、SARFT(中国国家広播電影電視総局)★4の厳しい規制により、輸入数はネット上で視聴可能な作品数に比べかなり限られたものだった。オタク文化を研究している王錚ワンジョンによれば、研究を行った2007年当時において、中国のネットで見ることのできる二次創作の内、60%が日本のACG作品を基にしたもの、10%が欧米の映画やテレビドラマもので、中国オリジナルは20%だったという結果がでている。

腐女子の作品受容とコミュニティ形成


 オタク文化の、海外作品受容とネット上でのコミュニティ形成の好例を一つ挙げよう。中国の腐女子たちに人気の耽美ダンメイ作品である。ダンメイは、かつて日本でも「耽美」と呼ばれた「やおい」のことであり、中国版腐女子は「同人女トンレンニュー」とも呼ばれる。当初ダンメイは二次創作のサブジャンルに過ぎなかったが、10年以上の月日を経て、インターネット文学の一ジャンルにまで発展した。今やダンメイは、オリジナル/二次創作を問わずネット上で多くの読者を獲得している。基本的に、この読者たちは女性であるという暗黙の了解のようなものがあるため、コミュニティ内でお互いの性別を聞いたりするようなことはない。男性読者(同人男トンレンナン)もいるにはいるがその数はとても少ない。それゆえ、世間からはダンメイ作品は、作者も読者も全員女子だと思われているようである。

 中国版スラッシュ(やおい)は90年代に流入した日本のやおいアニメ/マンガから強く影響を受けている。当時のティーンエージャーたちから熱狂的に受け入れられたのが尾崎南の『絶愛―1989―』であり、この頃からやおいの美意識が根付き始めたと言える。その後、スラッシュに特化したウェブサイトが開設され始め、今では、Baidu(百度)やSina(新浪)といった大手のサイトでもスラッシュは一つのカテゴリとして検索されるようになっている。「晋江文学城」は、スラッシュが発表されるサイトの中でも最大かつ最も人気のあるもので、著名なダンメイ作家やより伝統的なロマンス作家の多くは、ここで作品を発表し、有名になっていった。

 次に、中国の腐女子たちのあいだで最も有名な掲示板、「耽美閑情」を見てみよう★5。この掲示板で主に行われるのは裏読みである。典型は、ドラマや映画、小説や史実などにおける男性登場人物間の「隠された」恋愛関係を探るというものだ。そこで目指されているのは、情報の共有と、交換された情報を基にした再創造である。この掲示板には事前の登録は必要なく、適当なペンネームを付けるだけで投稿することができる。匿名で投稿したいときには“= =”(二重まぶた)の顔文字がよく用いられている。ところが、この掲示板への入り口は、晋江文学城のトップページでは見ることができない。掲示板へ入るにはURLを入力しなければならないのである(こうした、「隠し」掲示板はこのサイト内で他にもいくつか存在する)。ダンメイのコミュニティは、中に入れば温かく上下関係もない議論の場が広がっている一方で、コミュニティ外の人々の気分を害さないよう、その存在は非常に慎重に包み隠されているのだ。

腐女子の環境とコミュニティ


 腐女子たちの多くは比較的裕福な家庭に育ち、都市部に住み、インターネットへも気軽にアクセスできる環境にある。彼女たちの特徴は、若く、教育水準がある程度高く、リアルな世界をよく知らないという点である。現在の腐女子コミュニティは、自由主義経済への移行とグローバル化の進行まっただ中の80年代から90年代に生まれた女性たちで構成されている。彼女たちの世代は理想主義的思想の影は薄く、消費社会やオタク的話題に親和性が高い。そしてこの世代は、特有の苦しみを抱えてもいる。先行世代に比べ、若いうちから中国や海外の古典文学と古典文化についての情報を浴びせられる。加えて、試験や宿題に非常に大きなプレッシャーがかかるため、単調で退屈な日々を過ごさざるを得ない。急速な社会変化の中で生きてきたこの世代は、イデオロギーの混乱や終焉を目の前にして戸惑っているのである。

 こうした事情を踏まえると、腐女子たちにとって大事なのはコンテンツではなく、コミュニティそれ自体ではないか、と推測することができる。コミュニティに所属しているという感覚によって、彼女たちは満足感や安心感を得ているのだ。こうした感覚が求められる背景には、イデオロギーの混乱の他に「一人っ子政策」があるだろう。この政策により兄弟もいない孤独な都市部の若者が増えた結果、彼らはネット上で同世代の友達のいるコミュニティを求めるようになったのである。

コミュニティの規則


 ネット上の二次創作コミュニティには共通した規則がある。規則は明文化されてはいないが、代々受け継がれている。代表的な例として、二次創作作家に対する著作権保護システムが挙げられる。二次創作作家は、作品がネットに再投稿される際、どのサイトに掲載されるか事前に通知を受け、投稿の可否について絶対的な権利を持つ。

 一度ネットに投稿された作品を、ある人が別のサイトにも載せるためには、その著者に連絡をとり、掲載の許可を取らなければならないのである。さらに、自分の書いた作品を消したいと思えば、サイトの管理人に連絡し、掲示板内の作品トピックまで消去してもらうことができる。始めは個々のサイト独自の規則であったが、次第に、こうした規則できちんと運営されているかどうかが、腐女子たちの中での作家やサイトの評価へと繋がっていくようになった。

 他の重要な規則としては「公にしない」ことが挙げられる。これには三つの理由がある。一つ目は著作権対策。西欧コミュニティのように有名作品の二次創作に関する著作権問題を表沙汰にしないためである。二つ目は、中国でのネットポルノ規制対策。ポルノ規制という観点から見ると、性的描写の多く含まれるスラッシュは非常に危うい存在である。三つ目は後述するがエリート意識を生むためである。

 コミュニティ内でしか通じない特殊な用語の使用は、コミュニティの可視性を下げるのに役立つ。そうした用語を使用することによって、腐女子たちは自己を規定すると同時に権威から身を守っているのである。彼女たちの使う用語は、中国オリジナルのものもあるが、ほとんどは日本に由来している。裏を返せば、日本のACG作品に縁のない人間には全く理解できない用語であり、それゆえに中国腐女子たちのプライバシーが守られているのである。例えば、菊花ジューホワは菊という意味だが、この単語はスラッシュによく使用される。花の名前ではあるが、実際には「肛門」を意味する。この単語は、別の単語と結びつき隠語としても使用される。採菊ツァイジューは菊を摘むという意味だが「アナルセックス」を指す言葉なのである。

腐女子たちのエリート意識


 腐女子たちのほとんどは腐女子コミュニティへの強い帰属意識を持っている。自らをエリート集団と同一視できるからである。2000年以前からスラッシュを書いている第一世代の多くは進学校や有名大学に在籍する教育水準の高い知識層であった。中国や海外の古典文学に加え前衛文学などについての知識を豊富に持っていた。この頃書かれたスラッシュの大部分には、重要な文学作品群(カノン)からの影響が見受けられる。例えば「浮生六記:冥火」[浮生六記:地獄の炎]という作品があるが、これは清時代の作家、沈復の著書『浮生六記』(『浮生六記――浮生夢のごとし』)を踏まえた作品であることは明らかだ。こうした傾向は2000年を過ぎてからより強まり、コミュニティの「エリート志向」は加速している。腐女子コミュニティではよく知られた言い回しがある。「腐女子は誰よりも教養があり文化的でなければいけない」。自分たちは、教養があり規律正しいコミュニティに属していると自負しているのだ。

 腐女子たちは、次の二点を理由に、スラッシュがエリートのジャンルに属するものだと主張している。一つは、スラッシュは東西を問わず文学作品のカノンに見られる同性愛的要素を継承したものであるため。もう一つは、スラッシュと前衛文学との繋がりである。文化大革命が起き、前衛文学やエリート文学はアンダーグラウンドな文化とみなされるようになっていった。その意味で、現代社会で軽視され「不適切」とされるスラッシュは、前衛文学やエリート文学の後継者とも言うべき存在なのである。第一の点について、筆者の考えでは、古典文学作品の同性愛的要素がスラッシュに影響を与えているとは言いがたい。むしろスラッシュは、異性愛を描くロマンス作品や、日本のやおい作品から多大な影響を受けている。スラッシュ誕生以前の古典は、軽蔑されかねない同性愛的な欲望を包み隠すためのものであったとも考えられるからである。

腐女子の拡大


 スラッシュがなぜここまで若い女性たちを惹き付けるのか、その理由を明らかにすることは容易ではない。しかし、一つだけ確かなこととして、アクセスのしやすさを挙げることができる。いまや腐女子のコミュニティは小中学校の女の子たちにまで広がっているが、その理由は、作品の魅力もさることながら、ネットで発表される作品を簡単に見ることができる環境があるからだろう。個人ブログや中国版Twitterにあたる「Sina Weibo」(新浪微博)などのミニブログ、小規模の承認制掲示板など、コミュニティの幅も広がってきている。腐女子第一世代は、自分たちの好きなキャラクターに託して崇高な愛を表現することがスラッシュだと考えていた。一方で、現在の腐女子たちにとってスラッシュの中身は単なる解釈の一形態に過ぎず、むしろコミュニティに属すること自体が、慣習には従わないという反抗の象徴となっているのである。コミュティは隠されていて、世間からは見えない。見えないグループにこっそりと入ることは、反抗の証なのだ。

 いままで、若い腐女子たちの表現形式や世界観の形成に影響を与えていたのは紙媒体で発表される女性向けの作品であった。台湾の瓊瑤チオンヤオや香港の亦舒イーシューといった女性作家のロマンス作品がその代表例と言える。ところが、現在ネット上に現れている若い世代の女性作家は、こうした前世代の影響を強く受けるか全く受けないかどちらかに分かれている。この分裂は、激変した社会状況によって女性が直面する「こう生きたい」と「こう生きるべき」の葛藤を映し出している。

 ダンメイ文学が人気を得ている理由は、ダンメイ文学が、女性キャラクターを表現することの困難を体現しているからではないだろうか。若い世代の読者たちは、従順で受け身な女性キャラクターを見ると愚かだといって嫌悪し、活発でなんでもできる万能な女性キャラクターが出てくると読者の欲望におもねりすぎてあざといと言う。

 他方、現実には同性愛の男性はほとんどの場合近くにおらず、彼らの人生も見ることができない。結果的に、表現形式や会話など、スラッシュ的想像力の源として参照するのは、異性愛を描くロマンスやうんざりするほど読んできたベタな作品に限られてしまうのである。中国のスラッシュは、古典文学に見られる伝統的な男女関係に従わなければならないという社会的制約のもとで書き継がれてきた。スラッシュはたいてい想像上のもので非現実的である。現実にいる同性愛者たちの生活を反映したものでも、異性愛的な慣習の圧力に抗する現実的な手段を提示するものでもない。スラッシュは、「こう生きたい」と「こう生きるべき」のあいだで苦しむ女性の心を癒す表現なのである。

おわりに


 インターネット世代における中国のやおい文化の潮流は、グローバル化とマルチメディア化だろう。メディアの世界規模での流通により、世界のどこででも同じ商品を享受できるようになった。中国古典文学も西洋のカノンも、日本のアニメもアメリカのシットコムも一様に消費されるようになった。中国の腐女子やそのコミュニティは、この時代のメディアと受け手の複雑な影響関係を体現している。言葉や国境を越え「ハイブリッド」な文化を形成し、オリジナル作品だけでなく他国の愛好者たちとも交流するインターネット文学の隆盛は、メディアと受け手の関係を研究する上で最良の題材だろう。そしてやおい文化は、市場経済導入以降激変する中国都市部の文化状況が生んだ必然なのである。



参考文献
王錚『同人的世界:対一種網絡小衆文化的研究』[同人の世界――ネットのマイナー文化研究](新華出版社、2008年)
周志雄『網絡空間的文学風景』[サイバースペースの文学シーン](人民文学出版社、2010年)



★1 ハイカルチャー・フィーバー(文化熱)と呼ばれ、1980年代中国では社会現象となった。西洋の思想や実験小説などが人々の関心を引き、日常的に議論が行われた。文化大革命による思想弾圧の反動であったとも考えられる。

★2 例えばマイケル・ディ・ビアンコの『Memory, Inc.』など。

★3 アメリカの研究者ヘンリー・ジェンキンスやマット・ヒルズによるアメリカSFファン研究などが挙げられる。

★4 中国国家ラジオ映画テレビ総局とも呼ばれる。

★5 晋江文学城耽美閑情

鄭熙青

2016年ワシントン大学シアトル校で比較文学専攻を修了。博士(学術)。中国におけるファンカルチャー研究の先がけとなる。訳書にヘンリー・ジェンキンス『テクストの密猟者たち』(中文題は《文本盗猎者》。未邦訳)。編著書に『破壁の書——ネットサブカルチャーのキーワード』(三聯書店、原題は《破壁书:网络亚文化关键词》。未邦訳)。2015年より北京大学中文系教授の邵燕君がひきいる網絡文学論壇団体に加入、顧問をつとめる。

樋口武志

1985年福岡生まれ。訳書に『無敗の王者 評伝ロッキー・マルシアノ』(早川書房)、『insight(インサイト)』『異文化理解力』(英治出版)、共訳書に『ノー・ディレクション・ホーム ボブ・ディランの日々と音楽』(ポプラ社)、字幕翻訳に『ミュータント・ニンジャ・タートルズ:影』など。
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