イメージの不可視な境界――日本新風景論序説|山下研

初出:2017年12月15日刊行『ゲンロン7』
 本日のゲンロンαでは、〈ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾〉第2期総代の山下研さんの論考をお届けします。この論考は、第2期の最終課題として提出された『界面批評宣言──「ゴジラの命題」と近現代日本のサブカルチャー』を大幅に改稿し、『ゲンロン7』に掲載されたものです。
 災厄がわたしたちの「風景」観を変えるとき、イメージのあり方も変わる。明治期日本の災害と現代の震災から生まれた「界面的イメージ」を、幻燈、近代絵画、『シン・ゴジラ』、『君の名は』のなかに見出します。東日本大震災から10年のいま、再度読まれるべき論考です。(編集部)

 ユェン・グァンミンによる『Landscape of energy』(2014年)は、ドローンやワイヤーカムによっていくつかの「風景」を撮影したヴィデオ・アートだ。波のうちよせる海岸線や海水浴客であふれた砂浜が画面に映し出されると、やがてドローンは岸辺にひしめく放射性廃棄物貯蔵庫や海水浴場のすぐそばに立つ原子力発電所をとらえていく。

 わたしたちは、この風景を知らない。原発や核廃棄施設をグロテスクに映し出すそのまなざしを、かつてこの国に住む多くの人々は持たなかった。グァンミンは、2011年に発生した東日本大震災を『Landscape of energy』制作の動機としている。宮城県三陸沖を震源としたその大地震はゆうに16メートルを超える津波を誘発し、東北沿岸部を呑み込んだ。死者15894人・行方不明者2546人★1という数字を、わたしたちはリアルに想像することができるだろうか。福島第一原子力発電所の1~5号機は全交流電源を津波によって喪失、1、3号機は炉心溶融メルトダウンによる水素爆発で放射性物質を一帯に放出した。被害は想定外の規模だった。いまだ帰還困難区域には多くの街が取り残され、避難者の数は今も8万人を下らないという。震災の以前/以後で、人々の原発へのまなざしは決定的に変容している。

 だが『Landscape of energy』がわたしたちの目に未知の風景として映ったのは、もう一つ根源的な理由がある。それは空中を一切の揺動もなく浮遊するドローン映像自体が、つい数年前まで誰も目にしたことがないイメージだったということだ。これまでにないテクノロジーを撮影に使用することで、核施設と自然が密にからみ合う「見たことのない風景」が同作では描き出されている。

 津波はこの国の風景を一変させた。だが、風景をとらえるメディアそれ自体の変容について、わたしたちはどれほど意識的だろうか。東日本大震災はかつてないほどの記録量、そして何より新たなメディア群でとらえられた災厄でもあった。これほどまでに被災者自らによって撮影された映像記録を持つ災害は類を見ないだろう。スマートフォンが高い普及率をみるこの国で、刻一刻と街を呑み込んでいく津波の表象はおよそ世界の誰も目にしたことのないイメージだった。カメラの小型・高性能化のインパクトはあらゆる場所に設置された監視カメラ、報道陣によるリアルタイムの空撮映像にまでおよび、それらのメディアもまた新たな災厄の相貌をとらえることに寄与していた。連日のようにテレビやインターネット上で流れていく膨大なイメージ群のなかにこそ、震災がもたらしたいまだかつてない風景をわたしたちは目撃することになったのだ。

 風景へのまなざし≒審美的態度は対象である風景のイメージ、ひいてはそれを生み出すメディアの機制と無関係ではない。かつてベルナール・スティグレールがイメージを見る経験のうちに「技術(メディア)」と「主体の能動性(まなざし)」という2つの側面を看取したように★2、双方には相互に影響を与えあう関係性がある。新たなメディアによって震災がこれまでにない相貌イメージで立ちあらわれたとき、それをまなざすわたしたちの知覚のありようもまた変容をきたしているのではないか。もしそうだとするならば、東日本大震災を主要なモティーフとした作品で、災厄の象徴たる「ゴジラ」がこれまでにないイメージとともにスクリーンに立ち上がったのは一つの必然である。

 東京湾沖にあらわれた巨大不明生物は蒲田に上陸、その体躯を引きずりながら街を破壊していく。日本政府が対応に追われる一方、巨大不明生物による被害が拡大する。超高速で進化する巨大不明生物は二足歩行を開始し、ふたたび東京湾へとその姿を消す。若手官僚たちを中心に政府が対策を思案するなか、第四形態へと進化した「ゴジラ」がふたたび東京を目指してこの国にあらわれる──。

『シン・ゴジラ』(2016年、庵野秀明総監督)は、誰の目にも明らかなように3・11をモティーフとした映画だ。蒲田の呑川を上ってくる第二形態のゴジラの表象は津波による被害を想起させ、蹂躙された街に山積した瓦礫は被災地の光景をわたしたちに強烈に思い起こさせる。ゴジラの移動経路から放射線が検出されるシーンは、炉心溶融メルトダウンによる原発事故(この福島第一原発の爆発はチェルノブイリ原子力発電所の「水蒸気爆発」を人々に連想させた)のアナロジーだろう。同作前半は5年前に起こった災厄の再演ともいうべき展開をみせていく。総監督の庵野自身、制作メモに同作のテーマを「原発事故みたく、広範囲に無作為に拡散してしまう恐怖」と綴る★3

 だが、本稿がアプローチしたいのは同作の震災という題材選択ではなく、むしろスクリーンに立ち上がったゴジラのイメージそれ自体である。執拗に東京の街を破壊し尽くす「震災」の象徴たるゴジラは、いかなる姿でわたしたちの前にあらわれたか。『シン・ゴジラ』はそれまでの「ゴジラ」シリーズとは決定的に異なる機制のもとに構築されている。もっとも抜本的な変更としては同作においてゴジラはごく一部のショットを除き、全編にわたってフルCGで描出された。これまでもCGによってゴジラが描かれたことはあるが、1954年に公開された初の『ゴジラ』(本多猪四郎監督。以後、 “ファースト「ゴジラ」” 表記)以来、かの怪物はギニョール(着ぐるみ)を使用した特撮を一つのアイデンティティにしてきたといっていい。ファースト「ゴジラ」であればセットにその身を置いた100キロ近いギニョールのゴジラがフィルムという支持体に記録されていたわけだが、一方の『シン・ゴジラ』はデジタル・データ上に仮構された平面的存在にすぎない。

 フルCG化によって、『シン・ゴジラ』のイメージは従来のシリーズにはない一つの傾向を示している。それはゴジラを遠景に配したショットの頻出である★4。ギニョールのゴジラという実物の対象を空間上の制約がある特撮セットのなかでとらえるとき、その映像は必然的に近景もしくは中景のショットが中心とならざるをえない。しかし、現実に痕跡(指標性)を持たない『シン・ゴジラ』は、どのような風景にもデジタル技術によってコンポジットすることが可能である。皇居をまなざすように冷温停止するゴジラを北の丸公園から眺める象徴的なラストシークエンスや、第四形態へと進化したゴジラが鎌倉沖から再上陸する場面、武蔵小杉から東京中央部を目指して侵攻するゴジラなど、同作ではわたしたちの知る風景のなかにかの怪物が配されるショットが枚挙にいとまがないほど散見される。

 しかし、このようなショットを可能にしたゴジラのフルCG化が、ある一つのメディア的変革のもとに達成されたことは、『シン・ゴジラ』についての先行する批評ではほとんど触れられていない。同作はゴジラが画面上にあらわれるショットを中心として、撮影以前に「アニマティック」という工程を踏んでいる。この中核技術によってこそ『シン・ゴジラ』はこれまでとは異なり「風景」の一部をなす存在へと変容した。

 アニマティックとは何か。それはおおまかに表現すれば、「動く絵コンテ」ともいうべき制作技術である(日本では「プリヴィズ(Pre-Visualization)」と呼称されることが多い)。撮影以前にゴジラの動態やカメラの軌道を仮構するアニマティックは、いわば映像の下書きと呼ぶにふさわしい。たとえば絵コンテが実際の作品の画角・レイヤー(位置関係)・図像を紙という平面上に規定するとすれば、アニマティックは「時間性を持つ空間」上で作品の骨格を規定する。絵コンテとの決定的な違いである時間性、そして空間性はアニマティックそれ自体が「シミュレーション映像」であることによって担保されているといっていい。

 アニマティックはCGを多用する実写作品の制作効率化を目的としてハリウッドなどで先行的に用いられているが、その利点は3次元をシミュレートした仮想空間において映像(コンテ)を構築することにある。実写映像にCG加工をほどこす場合、あらかじめ空間そのものをシミュレーションした映像コンテがあれば制作作業が大幅に効率化されるというメリットがあるためだ。長編映画への大々的導入としては同作が国内で初という新たなメディア技術によって、ゴジラは現実空間に実体を持つ存在ではなく、シミュレーションによる仮構的な被造物として実在の風景のなかに立ち上がることになったのだ。

 しかし、アニマティックによって平面上に彫琢された『シン・ゴジラ』の動態は、必然的にこれまでのゴジラにはない違和をともなってスクリーンにあらわれている。たとえば再上陸の後、都心部を破壊し尽くしたゴジラが東京駅のそばで運動を停止するシークエンスを見てみよう。このときゴジラの挙動は突如としてCG被造物であることを明らかにするかのように、カクカクとしたシミュレーションじみた歩みをみせる(このシークエンスは同作のソフト化にあたって公開されたアニマティックにおける下書きの動態とほぼ同じだ)。庵野自身が撮影を進めていくなか、ゴジラの動きを「プリヴィズ(アニマティック)どおりにしてください」と再三指摘していた事実もある★5。あるいは、ゴジラの質感にも虚構性がはらまれている。実際の生物の表皮(肌理)はその乱数的な凹凸によって複雑な光の反射を相互に繰り返す。現在の映像技術の水準ではその光の乱反射(生物の質感)までを十全に再現するシミュレーションは難しく、ここにもリアリティの壁が立ちはだかっている★6

 つまるところアニマティックという機制のもとにフルCG化したゴジラが、実写映像による風景にコンポジットされるとき、そこには必然的にイメージの境界が生まれざるをえない。カメラ・アイによる現実空間の再現前と、シミュレーションに出自を持つ平面的存在という現実性の審級を違えたイメージが同一スクリーン上で衝突する。

 美術研究者である加治屋健司は、かつて視覚イメージを「経験的なイメージ」と「超越論的なイメージ」の二つに大別して次のように述べている。

 経験的なイメージは、私たちが知覚している視覚イメージのことである[……]超越論的なイメージとは[……]私たちの経験に先立ち、それを可能にするイメージのことである。
 超越論的なイメージの典型例は地図である。地図は私たちが視覚を通して実際に経験する地形ではなく、測量を通して科学的に構成された平面イメージである。それは、遠近法に基づいて作成された視覚表象ではないため、特定の視点から描かれているわけではない。★7

 わたしたちが現実空間をまなざす視覚と近似したイメージ──加治屋はそれを「経験的なイメージ」と呼ぶ。実写映画や写真といった、網膜によく似た機能を持つレンズを内包するカメラによって立つメディアはもちろん、線遠近法を用いた具象画もまたそのような対象の再現前を志向する点で経験的イメージに分類することができるだろう。

 では、一方の「超越論的なイメージ」とは何か。それは「自然の模倣ではないイメージ」であり、「経験に先立つものの視覚的表現」である★8。この定義はまず、現実に痕跡(指標性)を持ち、対象の再現前を志向するようなイメージをしりぞける。引用部では超越論的イメージの例として「地図」が挙げられているが、それは地図が眼前の風景を目に映るように描出するのではなく、俯瞰的に風景をとらえ、それを平面上に再構成する抽象的なイメージだからである。

 加治屋は超越論的イメージの代表例として、地図のほかに「旗」や「数字」、「絵(マンガ)の中の絵」を挙げてもいる。旗や数字は写真のように現実に指示対象物を持つイメージと異なり、それ単体で象徴的/観念的な意味を持つイメージである。絵(マンガ)の中の絵もまた、「二次元平面のみに存在している、視点なき超越論的なイメージ」である★9。これらに共通するのは現実に痕跡を持たず、科学(地図)あるいは何らかの規則性(旗、数字)に則って構成された抽象的イメージであり、それはただちに光学シミュレーション上で生成される映像≒『シン・ゴジラ』にもあてはまる特性だろう。

 アニマティックというシミュレーション上でゴジラは、演算によってのみ描出される抽象的な存在であり、同時に震災を象徴するイメージでもある。二重の観念性をまとった『シン・ゴジラ』の相貌とはまさしく超越論的と呼ぶにふさわしい。現実に存在する特撮セットのなかでギニョールのうごめく姿を記録したファースト「ゴジラ」が経験的イメージを主にしていたとすれば、『シン・ゴジラ』では実写映像という経験的イメージの上にシミュレーションで仮構された超越論的イメージがコンポジットされている。審級の異なるイメージの衝突をはらみつつ、絶えずその境界を画面に露呈し続ける『シン・ゴジラ』の映像を、本稿では「界面的イメージ」と呼ぶことにしたい。

 議論を急げば、この界面的イメージとは東日本大震災を再演する同作において必然的に要請されたものだったのではないだろうか。かつてないほどの多様なメディアによって記録された先の震災は被災地の日常を奪い去り、わたしたちのもとに見たことのない風景を出来させた。この新たな災厄のイメージを象徴するように、ゴジラはアニマティックという機制のもとにこれまでにない相貌をまとってスクリーンに立ち上がった。歴史上稀にみる規模でこれまでの現実感を覆した先の震災は、わたしたちの日常感覚の埒外にある、いわば想像不可能な出来事でもある。この災厄を象徴するがゆえに、ゴジラはわたしたちがこれまで見慣れてきた風景のもとに超越論性をまとって屹立したのではないか。

 東日本大震災をモティーフとする作品およびそのメディア的機制の変容と、わたしたちの知覚のありようの影響関係を『Landscape of energy』『シン・ゴジラ』を取り上げながらここまで考えてきた。イメージ(メディア)と知覚の変容という大きなテーマをあつかうためには、より多くの対象の検証とさらなる議論が必要だろう。ここから本稿はいくつかの時代を横断しながら論を進めていくことにしたい。やがて議論は災厄をめぐるイメージのみならず、「風景」の問題系にまで拡張していくはずだ。

 時計の針は明治20年代、日本近代の始源にまで巻き戻される。

この記事は有料会員限定です

ログインする

購読する(月額660円)

年会費制サービス「ゲンロン友の会」の会員も有料記事をお読みいただけます。

ゲンロン友の会に入会する

+ その他の記事

1989年生まれ。ゲンロン批評再生塾 第二期総代。東京都杉並区出身。慶應義塾大学卒。出版社に勤務中。関心領域は映画を中心とした視覚文化全般。批評家養成ギブス三期/批評再生塾二期。

注目記事

ピックアップ

NEWS

連載

その他

関連記事