チェルノブイリの勝者──放射能偵察小隊長の手記(10)|セルゲイ・ミールヌイ 訳=保坂三四郎

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初出:2014年7月15日刊行『ゲンロン観光地化メルマガ vol.17』
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第32話 映画


「あらゆる芸術の中で我々にとって最も重要なのは映画である」



 ウラジーミル・イリイチ・レーニンの名言である☆1

 チェルノブイリのキャンプにいる者なら誰もが同じことを言うだろう。

 映画はキャンプの住人が楽しみにしている娯楽である。とはいえ、他に娯楽がまったくないわけではない(原発や偵察の仕事そのものを楽しむ者もなかにはいる)。

 最初に次のような場面を思い浮かべてほしい(若僧のときにゾーシチェンコ☆2の著作で読んだ話だ)。大祖国戦争期☆3、映画制作者が出来たばかりの戦争映画の作品を前線に持ってきた。大盛況になるだろうという期待に胸を膨らませて。でも兵士たちは戦争を見せられることに喜びを覚えていたわけではない。本音では戦争には辟易し、なんでもいいから別のものを見たいと思っていた…… よかれと思い戦争映画を持ち込んだ連中の落胆ぶりは想像に難くない。

 チェルノブイリで映画を観るたびにいつも、この話を思い出した。

 そして思い出すたびにうれしくなった。チェルノブイリは見事に期待を裏切ってくれたからだ。



 映画はキャンプの閲兵ラインの向こう側で上映された。

 第25旅団のキャンプは巨大だ。作業員が住むテントが数列に分かれて延々と続く。テント前には将軍が兵卒を閲兵するための帯状の線(きれいに整地された玄関前道路のようなもの)があり、さらに向こうは松林への入り口となっている。
 この林の手前に拡がるだだっ広い草地にクラブが設営されている。

 しかし建物のようなものをイメージしたならばそれは大間違いだ。

 クラブといっても単に場所を示すだけ。平坦な空き地である。

 ベンチくらいはあるだろうというのもこれまた間違い。

 それに代えて考案されたのは、脚を入れておくためだけの側溝だ。

 何に座るかは人それぞれで、地面に直に座る者もいれば、ジャンパーや板を敷く者もいるが、脚は必ず側溝の中。その様はまるでベンチ。座り心地は悪くない。

 辺りが薄暗くなると、(昼間に映画告示を見た)作業員たちが野原にぽつりぽつりと集まってくる。普通は二人一組でジャンパーを持ってやって来る。ひとりが持って来たジャンパーを冷たい地面に敷き、もうひとりのジャンパーは夜の寒さを凌ぐため肩から被る。ぽかぽかして快適。上も下も。足は側溝にぶらぶら垂らす。草地の真ん中にある梨の木の上から見物する輩もいれば(いわばVIP席)、巡回上映設備の小屋の屋根によじ登って居座る者もいる…… タバコを吸い、煙がたなびく。そこにいる一人ひとりが解説者気取り。あらゆるシーンに口を出さずにはいられない。驚き、雄叫び、大爆笑。誰かがうまいこと表現したが、この様子はお祭り騒ぎそのもの。

 もっとも重要な芸術、と言われるゆえんだ。

 



──私の場合は偵察任務からの帰還が夜になることが多く、運良く間に合ったとしてもゆっくり鑑賞する暇などはなかったから、端のほうから友人と一緒に上映されている様子を観察していた。そこからは映画だけでなく、側溝に足を突っ込む観衆の反応もよく見えた。作品は普段よりダイナミック、新鮮に見えたような気がする……

 2本の映画が記憶に残っている……

セルゲイ・ミールヌイ

1959年生まれ。ハリコフ大学で物理化学を学ぶ。1986年夏、放射能斥候隊長として事故処理作業に参加した。その後、ブダペストの中央ヨーロッパ大学で環境学を学び、チェルノブイリの後遺症に関して学術的な研究を開始。さらに、自分の経験を広く伝えるため、創作を始めた。代表作にドキュメンタリー小説『事故処理作業員の日記 Живая сила: Дневник ликвидатора』、小説『チェルノブイリの喜劇 Чернобыльская комедия』、中篇『放射能はまだましだ Хуже радиации』など。Sergii Mirnyi名義で英語で出版しているものもある。チェルノブイリに関する啓蒙活動の一環として、旅行会社「チェルノブイリ・ツアー(Chernobyl-TOUR)」のツアープランニングを担当している。

保坂三四郎

1979年秋田県生まれ。ゲンロンのメルマガ『福島第一原発観光地化計画通信』『ゲンロン観光地化メルマガ』『ゲンロン観光通信』にてセルゲイ(セルヒイ)・ミールヌイ『チェルノブイリの勝者』の翻訳を連載。最近の関心は、プロパガンダの進化、歴史的記憶と政治態度、ハイブリッド・情報戦争、場末(辺境)のスナック等。
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