ゲンロンサマリーズ(6)『中国化する日本』要約&レビュー|徳久倫康

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初出:2012年9月21日刊行『ゲンロンサマリーズ #34』
 2023年2月22日、ゲンロンカフェにて経済学者の梶谷懐さん、評論家の與那覇潤さん、近現代史研究者の辻田真佐憲さんをお迎えする鼎談イベント「日本と世界は「中国化」したのか──制度、資本、権威主義【『ゲンロン13』刊行記念】」が開催されます。その開催を記念し、與那覇さんの著書『中国化する日本』の要約&レビューを無料公開いたします。イベントの補助線に、どうぞご覧ください。
 

梶谷懐×與那覇潤×辻田真佐憲「日本と世界は「中国化」したのか──制度、資本、権威主義【『ゲンロン13』刊行記念】」 
輿那覇潤『中国化する日本──日中「文明の衝突」一千年史』、文藝春秋、2011年11月22日
レビュアー:徳久倫康
 
 
 
要約
中国化と江戸時代化 ● 世界で最初に近世に入ったのは宋朝中国(960-1279)。現在まで続く社会制度がこのとき整備された。 ● 一方、日本は中国と異なる近世=江戸時代を迎えた。宋朝中国と江戸日本では対極的な制度が敷かれた。 ● 歴史は中国化江戸時代化の綱引き。戦後日本のように江戸時代化が成功するのは稀で、世界は中国化に向かう。
中国化とはどういうことか ● 宋朝の画期性は、皇帝独裁による集権化、社会・経済の自由化貴族制度と世襲の全廃にある。 ● 科挙は自由機会の平等をもたらした。競争に敗れた者は、宗族と呼ばれる父系血縁に救済された。 ● 続くモンゴル帝国は銀を通貨とする自由貿易圏を形成し、広域支配を確立。グローバル市場の起源となった。 ● モンゴル帝国の銀依存は、銀価格の高騰を生じ、中南米と日本の鉱山から中国への輸出が進んだ(銀の大行進)。 ● 銀の売価は植民地を持つヨーロッパ諸国へ。利潤を元手に産業革命が起こり、中国に先駆けて近代化に成功した。   「江戸時代」の特徴 ● 日本では、建武新政の失敗以降、権威(天皇)と権力(武士)が分離した地位の一貫性が低い社会が始まる。 ● 江戸時代に入ると、残存していた中国化の要素が根こそぎ消滅し、300年間続く閉鎖的で安定したシステムが完成。 ● 全国にイネ(稲作)とイエ(稲作に向いた少人数の家族)が広まり、血縁より地縁のムラ社会が確立した。   「再江戸化」と対中敗戦明治維新は江戸時代の耐用年数が切れ、中国化が始まった現象。天皇への集権化、武士や貴族の特権剥奪など。 ● 日本は西洋化と中国化が同時に訪れたため近代化に成功。先に中国化した中韓は、改革の必然性がなく機会を逸した。 ● 第一次世界大戦の戦争特需は、新卒採用や年功序列といった現在へ続く雇用制度の基盤を作った。 ● 創氏改名は、中国的な父系血縁のネットワークを弱体化させるための施策。日本はアジアの再江戸化を目指した。 ● 対する蒋介石や毛沢東はグローバルな正戦論で連合国を味方にし、日本を凌駕した。日本は中国に負けたのだ。   戦後の終わりと最後の中国化 ● 社会主義が平和運動化して実効力を失うと、土建行政を主軸とした、江戸時代的な自民党が政権を獲得(55年体制)。 ● 1980年前後には石油危機を契機に中、英、米の順に新自由主義が広まる。日本は被害が軽微で、変革につながらず。 ● 小泉純一郎は中国化を前提に、ムラ社会を無視して個人へ語りかけ、カネではなく理念で支持を集めた。 ● 小泉以後は、橋下徹のような「プチ小泉」が出現。将来的には、経済破綻とIMF介入を以て、中国化が完成する。 ● 日本は移民受け入れや憲法9条などの普遍的理念の主張など、中国化を逆手に取ることで活路を探るべきだ。
レビュー
 本書は、若手の日本史家である與那覇潤の3冊目の著作で、「紀伊國屋じんぶん大賞2011」では第4位に選ばれるなど、刊行後半年以上を経たいまも話題のベストセラーである。本書を読んでまず初めに注意を惹かれるのは、前2作とは大幅に異なるその語り口だろう。もともと大学での講義を下敷きにしていることもあり、「○○は最新の歴史学における常識」「△△が□□であることは学会の共通見解」といったふうに力強く、かつ皮肉の効いた断定調で、論旨が展開されていく。  だが誤解してはならないのは、本書のなかでも明言されているとおり、中国化は世界標準であり必然だと記す一方で、著者はそれを決して肯定的に評価してはいない点だ。『atプラス12』(太田出版)の東島誠氏★1との対談では、刊行以来中国化肯定論者であるという誤解が広がっていることを嘆きながら、あらためて価値判断については留保していることを述べている。この誤解の主たる原因はその語り口にありそうだが、本書を丁寧に読めば、むしろ著者は中国化に対して、決して好意的ではないことがわかるはずだ。第10章で述べられる日本の未来予想図では、小泉人気や橋下人気を中国化がもたらす必然的な現象と位置づけつつ、明らかにそれを揶揄してもいる。また、ツイートを参照する限り、筆者は橋下市長に対し、明確に否定的な立場を取っている。  中国化を避けがたい現実としながらも、そのうえでいかなる戦略を採るか。本書の挑発的な文体は、中国化の否応無さを私たちにつきつけ、それを前提に議論を先に進めるためにこそ、あえて選び取られている。
 

★1 ゲンロンサマリーズ vol.11で取り上げた、『〈つながり〉の精神史』(講談社現代新書)の著者。
 
 『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
『ゲンロンサマリーズ』ePub版2012年9月号
『ゲンロンサマリーズ』Vol.1-Vol.108全号セット

徳久倫康

1988年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。2021年度まで株式会社ゲンロンに在籍。『日本2.0 思想地図βvol.3』で、戦後日本の歴史をクイズ文化の変化から考察する論考「国民クイズ2.0」を発表し、反響を呼んだ。2018年、第3回『KnockOut ~競技クイズ日本一決定戦~』で優勝。
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