紹介すること、感染すること――思弁的実在論について|仲山ひふみ

初出:2015年12月11日刊行『ゲンロン観光通信 #7』

0.イントロダクション


 他のあらゆる文化的領域と同様に、哲学にも「最新流行(La Derniére Mode)」(ステファヌ・マラルメ)がある。それ自体は空虚であったとしても、過去のモードとの差異化によって意味を獲得する、そういう思考のスタイルがあり得るし、実際あった。20世紀に限ってみても、大きく分けて現象学、構造主義、ポスト構造主義(ポストモダン思想)の3つのモードが出現してきており、またそれらは先行者の主張や世界観を否定することによって自らの立場を築き上げてきたという点で共通している。現象学は19世紀的な講壇哲学の末裔である新カント学派の認識論的な諸前提を括弧に入れる、ある種の切断の意識と共に開始された。構造主義は現象学の流れを汲んだ実存主義に対して、主体の超越性を認めない言語学や人類学の側からの知的な挑戦として現れ、一躍脚光を浴びた。ポスト構造主義(ポストモダン思想)は構造主義を含む近代の思考における同一性の優位に対して、ひたすら差異の概念を突きつけることで、その影響を文化一般の領域に広く及ぼすことになった。

 だいぶ粗っぽいが、このように整理してみることで、最近の哲学の歴史に対するひとつの見通しが立てられるようになる。「哲学は差異によって進む、なるほど。ではポスト構造主義の次にくるものがあるとすれば、それは言うなれば、差異それ自体に対する差異を宣告するようなものとなるのではないか……」しかしこうした発想自体は明らかに、そこにおいて否定されるはずの直近のモード、すなわちポスト構造主義の思想家たち(ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ミシェル・フーコーなど)からの影響をいまだ大きく引きずっている。トマス・クーンが科学史について述べたように、以前のモデルにおける予想から逸脱する、説明できない結果が数多く現れてこない限り、理論のパラダイム・シフトは自然には開始されない。哲学における「次にくるもの」は、したがってまず第1に、ポスト構造主義以降アカデミックな人文知全体に広まった、差異による意味の(もしくは現前の、存在の、歴史の……)生産というおなじみの図式にショックを与え、懐疑を引き起こさせるものでなければならない。なおかつ、それは第2により古いモードへの単なる回帰(バックラッシュ)ではないことを示すような、各種の指標――その中には90年代以降のグローバリズムや情報化の急激な進展によって著しい変化を被った私たちの生の様式そのものに対する指標もまた含まれているはずだ――を備えていなければならない。ポスト構造主義以後の哲学における「最新流行」の条件は、大雑把に以上の2点にまとめられるだろう。

 ところで、思弁的実在論(SR: Speculative Realism)は、まさにそのような条件を満たすものとして現れた。つまりそれは、ゼロ年代後半の英語圏の(ということはグローバルな)大陸哲学研究の現場に――もちろん英語圏の主流はあくまで分析哲学なのであり、その意味ではマイナーな、ほとんどサブカルチャー的と言っていい現場に――まぎれもない「最新流行」として突如現れた、いくつかの言説の集合体、そのどよめき、蠢きに与えられたひとつの歴史的固有名だったのである……。

1.全体的状況


 話を急ぎすぎているかもしれない。基本的な情報から押さえていこう。

 2007年、「思弁的実在論」と題されたシンポジウムが、イギリスのロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで開催された。登壇者はカンタン・メイヤスー(Quentin Meillassoux)、グレアム・ハーマン(Graham Harman)、レイ・ブラシエ(Ray Brassier)、イアン・ハミルトン・グラント(Iain Hamilton Grant)の4人、そこに司会者のアルベルト・トスカーノ(Alberto Toscano)が加わった。主催は哲学系学術出版社アーバノミック(Urbanomic)、シンポジウムの記録は同社が発行し、登壇者ブラシエとロビン・マッカイ(Robin Mackay)が共同編集を務める雑誌『コラプス(Collapse)』の同年秋に刊行された第3号に収録された。一般には――ウィキペディアにもそう書かれているという意味で――このシンポジウムがSRという運動の直接の「起源」とみなされている。ただし、同シンポジウムの直前に発行された『コラプス』第2号では既に「思弁的実在論」の特集が組まれており、2006年初頭に仏語で出版されたメイヤスーの『有限性の後で(英題:After Finitude)』についての英訳者ブラシエによる解説論文や、ハーマンの論文「代替因果について」、さらにメイヤスーの「潜勢力と潜在性」の英訳(後二者は既に邦訳済み)などが掲載されていることからもわかる通り、この「事変」が以前から(少なくともアーバノミック側で)準備されたものだったらしいということは、かなりの確度で言える――同誌の第1号には人間原理(anthropic principle)についての研究で高名な哲学者ニック・ボストロム(Nick Bostrom)へのインタビューが含まれており、また第2号のダークマターの研究を行う宇宙物理学者ロベルト・トロッタ(Roberto Torotta)へのインタビューに際しては、同号に登場するメイヤスーへの言及が比較的重要な仕方でなされている。そこから読み取れるのは「自然科学の最新の知見を取り入れた哲学という大きな流れに属すものとしてSRを取り上げたい」というアーバノミック側が当初抱いていた目論見である。

 なおSRを主要なテーマに掲げた他の重要な学術的媒体としては、プンクトゥム・プレスから刊行されている『スペキュレーションズ(Speculations)』が真っ先に挙げられる。当時(2010年)まだ博士課程に在籍中だったポール・J・エニスの手によって創刊されたこの雑誌は、「ポスト大陸哲学」をもうひとつのキーワードとすることによって、論者たちの相互参照の枠組みとしてあったSRの性格をより明確にしていったと同時に、SRをその当初の狙い(つまりアーバノミック派のそれ)とは異なる方角に向けて開いていくものであったと評価することができる。事実、『スペキュレーションズ』の目次には分析哲学出身のジョン・コグバーン(John Cogburn)や、後にSRの最初の入門書を書くことになる政治哲学者のピーター・グラットン(Peter Gratton)、さらに脱構築学派のクリストファー・ノリス(Christopher Norris)までもが名を連ねており、SRのアメリカにおける展開の多様さが色濃く出たものとなっている。

 このように多様なプレイヤーたちの入り乱れる状況が現在も続いているとはいえ、しかしながら、SRの論者としてはカンタン・メイヤスーとグレアム・ハーマンの2人が既に早い時期から突出した知名度を獲得しており、言及される回数も抜きん出て多いという事実は、無視できない。いわばSRという多様体のハード・コアに、この2人がいるのである。特に前者が『有限性の後で』において考案した相関主義(correlationism)なる概念と、それに対する徹底的な批判は、SR全体に広く共有されたアジェンダとして、初期のSR周辺を定義的に特徴づけるものとして強く機能していた。実を言えば私たちが先ほど触れた「差異それ自体への差異の宣告」に当たるのが、この相関主義批判という基本動機なのだ。簡潔に述べれば――むろん簡潔に述べることが可能だからこそ、それはウィルスのように近年の哲学的言説全体に広まることができたのだが――相関主義とは、世界(あるいは存在)と人間(あるいは思考)という二項を両者の相関関係においてのみ考察し得るものとみなし、一方を他方から切り離して哲学の対象とすることを禁じるような、イマヌエル・カントのコペルニクス的転回以降の全ての哲学(分析哲学も含む)が無意識のうちに被ってきたある種の制約、罠のことを指している。哲学史にある程度通じている人間には直ちに理解されることだろうが、これを批判することは、カントの批判哲学において絶対的な役割を果たすあの超越論的統覚(transcendental apperception)や物自体(thing-in-itself)の不可知性(unknowability)といったさまざまな限界に対する異議申し立てを行うことを意味するに他ならず、その限りでデリダやフーコーはもちろんのこと、ハイデガーやウィトゲンシュタイン、ヘーゲルやベルクソンまでもが否定されることになるのだ――つまり思弁的(speculative)とは、日常的な状況設定を超えた想像力と推論の展開を指すという点において怪奇的(weird)というキーワードと(時には)交換可能でありながらも、まず何よりカントの『純粋理性批判』の第2版序文でなされたあの思弁的理性の不当な使用に対する批判への、実に220年ぶりの反批判をマークする特権的な形容詞として理解されるべき単語なのであり、また実在論(realism)とは、あらゆる観念論的(idealistic)傾向を排して哲学を行おうとする固い決意、素朴さ(naiveness)と取り違えられることも恐れずなされた、現代すなわち言語論的転回(the Linguistic Turn)以降の哲学的メインストリームに対するある逆張り意識の明白な記号と読まれてしかるべきものなのである。両者は常に共に、SRの自己意識の中心をまぎれもなく占拠している。

 要するに、SRは哲学を17世紀のルネ・デカルトやジョン・ロックの時代からやり直せと言っているのだ。素っ頓狂であり、同時にホラーでもある。それは近代以降の哲学の伝統全体に対する、一種のテロ行為とさえ呼びたくなるような何かである。SRは哲学史の観念論的博物館を奇襲するのだ――歴史の再構築を、あるいは絶対的な拡張を求めて。

2.メイヤスーの場合


 とまれ、相関主義批判の正確な内容を知る上では、近々邦訳が出版される『有限性の後で』を参照するのが私たち日本の読者にとって最も望ましいことであるのは明らかである以上、ここでそれを不十分な仕方で取り上げることは避けねばなるまい。ここでの私たちの目的はあくまで、SRをインタフェース越しの姿で(at-interface-value)理解することにある。

 さて、高等師範学校の出身で現在はパリ第一大学准教授の座に就いているまぎれもない「エリート」のメイヤスーは、『有限性の後で』以降に詩人ステファヌ・マラルメを論じた『数とセイレーン(英題:The Number and the Siren)』を出版したほか、後述のハーマンほどの頻度ではないにせよ、いくつかの論文を『パレーシア(parrhesia)』などのオープン・アクセスの媒体で断続的に発表し、英語圏での存在感を維持している。未刊行の博士論文『神性非現実存在(L’inexistence divine)』はコピーと部分的な英訳が出回っており、その内容は既に神学・宗教学研究の現場では『有限性の後で』ともども頻繁に言及されるようになってきているようだ。相関主義批判と対をなす彼のもうひとつの主題である偶然性(contingency)は、「現代思想」における重要かつ定式化の困難な概念として、これまでさまざまな思想家たちの言説の中にその不穏な姿を現してきたわけだが(マルセル・デュシャンとジョン・ケージ以降の現代芸術、リチャード・ローティーやシャンタル・ムフなどの英語圏の政治哲学、さらにハイデガーやラカン、デリダやドゥルーズの仕事の中にもそれは見出せるだろう――私たちはここで、かつて東浩紀が『存在論的、郵便的』において郵便空間や誤配可能性といったタームを初めて持ち出したとき、何を指し示そうとしていたのかを正しく思い出すべきだろうし、またそれを単なるイメージではなく概念として語ることの困難さに、東がいかに自覚的だったかということも併せて想起すべきだろう)、他のSR周辺の論者たちとメイヤスーを決定的に、かつ致命的に分かつ点は、もしかしたらこの偶然性という事柄に対する認識の深さにこそあるのかもしれない。たとえば、この世界が(自然法則や、無矛盾性の原理を除いた論理法則全体も含めて)絶対的に理由なしで変化し得るという例の命題は、メイヤスーにとって「全ては必然的に偶然的である」という彼の最高原理、すなわち事実論性の原理(the principle of factiality)を擁護するための議論から生じた副産物なのであって、それ自体がメイヤスーの立場を根本的に代表するものだとは言いがたい。しかもメイヤスー自身、こうした結論に至る過程で、相関主義の視点を取ることの必然性をかなりの程度認めているのだ(そのため、メイヤスーは相関主義を弁証法的に克服しようとしていると言う方がより事実に適っている)。

 単一の最高原理を見出し、そこから他の全ての命題を系として導くという、デカルト的な手続きがなぜ選択されねばならなかったのか。SRとも近い位置にある新しい唯物論(New Materialism)の動向をフィーチャーしたある論集で、メイヤスーがインタビュアーに答えたところによれば、彼は死者と生者の間での絶対的平等を信じており、その正義ゆえに、かの最高原理を求めた、ということである。論理的厳密さと倫理的衝迫の強度の重なり合いという事態が、そこにはたしかに認められる。メイヤスーがアラン・バディウの強い影響下から出てきていることは『有限性の後で』第4章でのバディウへの言及、具体的には数学者ゲオルク・カントールが提唱したべき集合(power set)の濃度や超限順序数(transfinite ordinal number)の概念についての彼の解釈をそのまま継承していること、さらに実体へのアプローチの究極の資格を持つ言説として数学を称揚している辺りからも全く明らかであるにせよ、それと奇妙な対照をなすように、彼には宗教的かつ倫理的なもうひとつの顔が見られるのだ。先ほど私が宗教的テロリズムを連想させる表現をあえて用いたのは、この点を念頭に置いたからに他ならない。私たち日本の読者はそこに、かつて(あるいは今も)柄谷行人が持ったカリスマ性と同じ匂いというか、キャラクターの近さといったものを感じ取ることができるだろう。メイヤスー、彼は数学的知性で武装した映画『マトリックス』のネオのような英雄的存在であり、同時にまた、ごく普通の意味で岩波知識人的な何かでもあるのだ……。

3.ハーマンの場合


 これと対照的な、非エリート的で世俗主義的なSRセレブリティーのもう一方が、グレアム・ハーマンである。彼の立場はオブジェクト指向哲学(OOP: Object-Oriented Philosophy)と呼ばれる。オブジェクト指向プログラミングを連想させるこの造語は、2002年に出版された彼のハイデガー論『道具存在(Tool-Being)』においてハーマン自身によって提示された。フランスの社会学者・人類学者であるブルーノ・ラトゥール(Bruno Latour)のアクター・ネットワーク理論(ANT)とも強い結び付きを有するハーマンのOOPは、2009年の春に彼のブログがラウンチされてからインターネット上で急速な広がりを見せ始め、同年の7月にはドゥルーズ=ガタリやラカンの研究者であったレヴィ・ブライアント(Levi Bryant)の手によりオブジェクト指向存在論(OOO)へと拡張され、ヴィデオ・ゲーム研究のイアン・ボゴスト(Ian Bogost)、エコロジー的文学研究のティモシー・モートン(Timothy Morton)、またより批判的な立ち位置にあるものの、映像理論研究のスティーヴン・シャヴィロ(Steven Shaviro)を巻き込む形で、2010年頃には英語圏人文系ブロゴスフィアにおけるひとつの大きなトレンドにまで成長した――その成果は、ブライアントともうひとりの重度のSRブロガー、後に「#アクセラレート――加速派政治宣言(#Accelerate: Manifest for an Accelerationist Politics)」の起草者のひとりとなるニック・スルニチェック(Nick Srniceck)、さらにハーマンを加えた3人によって編まれ、2011年にオープン・アクセスで公開された記念碑的論集『思弁的転回(The Speculative Turn)』にまさに結実することとなる。先に言及した『スペキュレーションズ』第1号において寄稿者がみなブロガーでもあるという事実は既に言及されていたのだが、ことOOOの展開をもってようやく、しばしばSRに関して言われるところの「ネット・ベースで展開した最初の哲学運動」という事態が、誰の目にも明らかな形で成立したのだと言うことができる。ゼロ・ブックスなどの出版社がハーマンやその周辺の大学院生たちの著書を立て続けに出版したことも「運動」の加速要因となった。ブログを利用することによる議論頻度と潜在的読者数の上昇、メディア研究など人文学の周縁領域が主導した各種媒体のオープン・アクセス化、さらに新興出版社による書き手の青田買い的動き――それら全ての条件に助けられて、あたかもグローバル・パンデミックのように、OOOは「最新流行」の条件をクリアした。ハーマンやOOOのメンバーは各地の大学やインディペンデントな学術機関、アートスペースでの講演やシンポジウムに招かれ、その記録はほとんど毎週のようにYouTubeやVimeoなどのメディアにアップロードされ続ける。メディア研究者アレクサンダー・ギャロウェイ(Alexander Galloway)による左翼的立場からの批判も「燃料」にしかならない。こうして2013年には、イギリスの権威ある現代美術雑誌『アート・レビュー(Art Review)』の名物企画「パワー・ワンハンドレッド(Power 100)」においてSRの4人が堂々初ランクインを果たす(アーバノミック派の「科学主義的SR」の野望もこの辺りで完全に潰えることになる)。

 ここまで、ハーマンの哲学というよりそのスポークスマンとしての働きぶり(とその結果)について語ってきたわけだが、それは理由のないことではない。彼がラトゥールや、さらにその語を最初に用いたマニュエル・デランダ(Manuel DeLanda)との間に共有している立場の名称であるフラット存在論(flat ontology)のことを思えば、その多元論的な哲学の内容とこうした水平主義的な運動の展開が連動しており、切り離せないものであることはほとんど自明のように思われるからだ。

 ハーマン自身の理論体系はまず2005年の『ゲリラ形而上学』に、またその内容を発展させた2011年の『四重対象(The Quadruple Object)』のうちに全体的な輪郭を伴って現れてくる。そこでのハーマンの努力の大半は諸対象(objects)の独立的実在という以前からの主張を、実際になされた、また今後に想定される批判からいかに擁護し、説得力ある仕方で提示するかということに向けられている。それゆえに、数々の批判(これまでのところホワイトヘッドの評価をめぐってなされたシャヴィロからのものが多い)を黙らせるために因果性(causation)や質(quality)、フッサール的志向性(intentionality)についての彼自身の見解が五月雨式に打ち出されることになるのだが――その全てをフォローし、納得できている読者が果たしてどれだけの数いるのかは疑問とせざるを得ない。

 ここでまたしても哲学史の知識を持つ読者向けに書いておけば、ハーマンの言う対象間での代替的な(vicarious)因果性の重視、また感覚的(sensual)と実在的(real)などの区別は、それぞれ前期ハイデガーの「として構造(als-Struktur)」の分析と、後期の世界/大地(Welt/Erde)の対立や四方域(Geviert)の概念にその源泉が求められるべきものである(それゆえおそらく、廣松渉の晩年の思想と似ていると言っても大過ない)。重要なのは、彼がその思想をどういった議論環境において、いかなるスタイルで発展させてきたか/させていくのかということである。そうした視点を持たずに、既に10冊を超えている彼の著書やさまざまな媒体に書かれた論文やインタビューの数々を読み通し、そこに一貫した思想を見出そうとすることは、端的に言って得策ではない。だが同時に、私たちはここで安易に、ハーマンを単なるマーケターにすぎないと見くびる態度を取るべきでもないのだ。というのも、たとえば建築や現代アートのシーンへの、各種のレクチャーという形を取ったハーマンの介入は一見して(また実際にも)マーケティング的であるのだが、それは同時に、後期ハイデガーがそれらの領域に深く関与して自らの思索を進めていったこととも明らかに繋がっており、またその限りでマーケティング行為はハーマン自身の思想の関係(relation)における姿――ハーマンの哲学において対象はそれぞれの関係における姿とは別に実在的な核のごときものを持っており、この実在性はあらゆる関係性から引きこもっている(withdrawal)と言われる――を逆説的に明確な仕方で示しているとも言えるからだ。私たちはハーマンが対象に認めてきた絶対的な無関係性を、おそらくハーマン自身の思想にも――それはちょうどあらゆる情報に接続可能でありながら、そのくせどうしようもなく孤独であるという、現代的な現存在(個人)全てにアナロジー的に妥当する無関係性である――認める必要があるのだろう。「なぜかくもハーマンは軽快なのか」という問いの向こう側にこそ、アメリカナイズされた、大量生産的で(ハーマンが並べる諸対象のアンディ・ウォーホル的リストにはバナナやコカ・コーラが含まれる)個人主義的な(アメリカ中西部のヒッピー風両親の元に生まれたというハーマンは旅行をこよなく愛し、日本にも滞在したことがある)ハイデガー哲学の、現代におけるひとつの完成形であるハーマンのOOPの真の姿が見えてくるはずだ。OOPをそのようなパースペクティヴにおいて捉えることは、メイヤスーの時間的無関係性に対するハーマンの空間的無関係性という千葉雅也による整理とも呼応しつつ、グローバル情報化社会における新しい「哲学すること(doing philosophy)」の位相をメイヤスー的ハイパー神学とハーマン的ハイパー世俗主義の狭間において見るようにと私たちを促す、ひとつの好機(chance)となるに違いない。

4.エクストロダクション


 唐突だが――言及すべき媒体や人物、興味深い動向がまだ他に多く残っているにもかかわらず、諸般の事情によりここで筆を置かざるを得ない。そこで最後に述べておきたいことがひとつある。先ほど触れた「パワー・ワンハンドレッド」だが、SRはその2015年版で初めて順位を落とし、さらにノミネートされたのも4人ではなくハーマンだけになってしまったというニュースについてである。この事実が示しているのは、SRが英語圏において既に「最新流行」ではなくなり始めているということ、少なくともそう解釈できる要素が出始めているということに他ならない。もちろんあらゆる哲学は、その「祭り」の後でこそ自身の真価を問われる。だから私たちはSRとその後の展開を今後も注意深く見守っていく必要がある。というより、そのような執着を持ち続け、問い直し続けることこそが、思想的な「最新流行」を紹介し、感染させるものの最低限の責務なのではないか。全くもって、SR周辺のデリダ嫌い(こうした細かいトピックがまだ無数に残っているのだ)のせいで言いづらいことこの上ないのだが……私たちがここで言う責任とは、SRのエクリチュール的未来に対する――有限の、インターフェース越しの、感染者の――責任に、まさしく他ならないのである。差異への差異は、ただニヒリズム(あるいはテロリズム、絶滅、「終末もの」への衝動……)を帰結するだけとは限らないはずだ。実在的なある未来において、すなわち超越論的主体による世界の構成(constitution)が失効してしまった後で、どうやって哲学するのか。SRが叩きつけたその問いは、いまだ開かれたまま残されている。

思弁的実在論必読書


(1)カンタン・メイヤスー『有限性の後で』千葉雅也・星野太・大橋完太郎訳、人文書院、2016年刊行予定。
今回の記事では触れられなかった、相関主義のさまざまなモデルについての粘り強い議論が全編を通じて展開されている。そこにはメイヤスーによって再構成された近代哲学のもうひとつの歴史がたしかに存在する。「最新流行」などでなくとも、ここには読者を引き込むに足る哲学することの魅力が存分に詰まっていると言える。なお英訳の際の増補を反映した仏語第2版(2012年刊)に準拠して翻訳がなされているので、あえて英訳版を参照する必要はない。

(2)Graham Harman, Guerrilla Metaphysics: Phenomenology and the Carpentry of Things, Open Court Publishing, 2005.
「事物たちの大工仕事」の副題を持つ本書は現在に至るまでハーマンの理論的主著と目されている。SRの中で例外的に科学的還元主義を拒絶し、一種のアニミズムの立場を擁護しているようにも見えるハーマンの姿勢が何に基づくものであるかを知るためには、本書を繙くしかない。

(3)Graham Harman, Quentin Meillassoux: Philosophy in the Making, 2nd ed., Edinburgh University Press, 2015.
英語圏の読者に向けてメイヤスーの哲学をわかりやすく解説しつつも、それに対するハーマン自身の批判的見解を織り込むことも忘れない、優れた入門書。メイヤスーの博士論文の部分英訳のほか、第2版では彼の2012年ベルリンでの講演の重要な紹介と批判を含む。

(4)Ray Brassier, Nihil Unbound: Enlightenment and Extinction, Palgrave Macmillan, 2007.
この記事でも少しだけ触れたSRのニヒリズム的な側面を知るのには、ブラシエのこの本を読むのが最も手っ取り早く、なおかつ知的にも有意義である。メイヤスー、ドゥルーズ、バディウを論じた章を含むほか、ネオ・プラグマティズム、フランクフルト学派、ポール・チャーチランドの心の哲学やスティーヴン・ジェイ・グールドの異端の進化生物学まで、ありとあらゆる知的言説の領域を経めぐりながら「絶滅の真理」へと向かうその哲学は、単なるサブカルチャー的野心の産物として片付けていいものではない。

(5)Timothy Morton, Hyperobjects: Philosophy and Ecology after the End of the World, University Of Minnesota Press, 2013.
モートンはOOOの一翼を担う英文学研究者にしてエコロジスト。ただし彼の思想はダーク・エコロジーという特異な概念に表されるもので、「非人間的な事物を肯定する=自然賛美」という単純な図式には全く収まらないものである。モートンからすればそのような自然賛美は、人間中心主義の思考を裏返したものにすぎないからである。本書は、気候変動や大災害などの人間的スケールを超えて存在する諸対象を正しく捉えるために、SR/OOOの相関主義批判を梃子として用いたものだと位置付けることができる。モートンの問題意識は、「フクシマ以後」を生きる私たちにとっても、決して疎遠なものではないはずだ。

思弁的実在論を追うためのウェブサイト


(1)Object-Oriented Philosophy https://doctorzamalek2.wordpress.com/
ハーマンのブログ「オブジェクト指向哲学」は、SR周辺の新刊情報はもちろんのこと、他のブログへの頻繁な言及によって、この「運動」の中心地と呼ばれるに最も相応しい。他にはブライアントの「幼生の主体(Larval Subject)」、モートンの「自然なきエコロジー(Ecology without Nature)」、シャヴィロの「ピノキオ・セオリー(The Pinocchio Theory)」などのブログが高い更新頻度を保っており、シーンへの貢献度の点で注目される。

(2)Academia.edu https://www.academia.edu/People/Speculative_Realism
研究者間での情報交換を目的としたSNS「アカデミア・エデュ」のSRタグ。流動性の高い状況を追うのにはタグが適している。「フィルペーパーズ」にも同様のタグがあるので併せてチェックすることを勧める。論者たちの生きた話し声を聞きたい場合はYouTubeを検索すればよい(自動字幕機能がかなり有用である)。

(3)The New Centre for Research & Practice http://thenewcentre.org/
アメリカはミシガン州に拠点を置く「ニュー・センター・フォー・リサーチ・アンド・プラクティス」は、SRと近い位置で活動する論者たちを集めた、芸術理論および批評理論のための独立教育機関であり、SRから派生した政治思想、いわゆる加速主義の動向とも関わりが深い。マイナーな論者が大半を占めるが、それは同時に最も先端に近いということを意味する。

(当記事を執筆するに当たり、日本におけるSRの最初の主要な紹介者である千葉雅也氏から、多くの有益な助言を頂くことができました。氏のご厚意に心より感謝致します)

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1991年生まれ。批評家。主な寄稿に「『ポスト・ケージ主義』をめぐるメタ・ポレミックス」(『ユリイカ』2012年10月号)「聴くことの絶滅に向かって――レイ・ブラシエ論」(『現代思想』2016年1月号)など。批評誌『アーギュメンツ #3』を黒嵜想と共同編集。

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