新たな映画の旅にむけて──『新映画論』序文より抜粋

新たな映画の旅にむけて──『新映画論』序文より抜粋



パリの黒いスクリーン

 二〇二〇年の二月下旬、短い春の休暇にわたしは妻とふたり、パリを観光で訪れた。当時は新型コロナウイルスが中国国内で拡大しつつあるところで、ヨーロッパではアジア人差別が広がっているらしいという報道を直前に見て、いささか憂鬱な気持ちで飛行機に乗りこんだことを覚えている。
 現地についても、パリのひとびとはまだ誰もマスクをつけておらず、初春の肌寒い風を身に受けながら街を歩いていた。
 シネマテーク・フランセーズなど映画ゆかりの場所をあちこちめぐったわたしには、今回の短い観光で、妻とは別行動でどうしても行きたい場所がほかにもあった。もともと学生のときから墓めぐりが密かな趣味だったこともあり、この機会に何人かの映画人の墓を可能な限り訪ねたいと思っていたのである。たった数日間の滞在期間のうち、なんとかモンパルナス墓地とモンマルトル墓地の二箇所に足を運ぶことができた。モンパルナス墓地では、台座のうえを古今東西の名画のモザイクによって飾られたアンリ・ラングロワの墓にもいたく感銘を受けたが、個人的にぜひとも行きたかったのが、モンマルトルにある大好きな映画監督フランソワ・トリュフォーの墓だった。
 旅の最終日、足元から底冷えのする市街の石畳を歩いて墓地に向かい、つくと一つひとつ墓石を眺めていった。ベルリオーズ、ニジンスキー、ジャンヌ・モロー、サシャ・ギトリ……。名高い歴史上の人物たちの墓石はつぎつぎに見つかる。ちなみに、わたしは自称「墓探しのプロ」だ。はじめて足を踏み入れる広大な墓地でも、勘が働くというのか、なんとなく吸い寄せられるように目当ての墓石にたいてい行きついてしまう(以前、大学の同僚と雑司ヶ谷霊園を散策したときも、一緒に探していた金田一京助の小振りの墓を数分で見つけて感心されてしまった)。だが、不思議なことに、広い墓地を何周してもトリュフォーのものだけがなかなか見つからない。空港への出発の時間までにはホテルに戻らなければならない。あっという間に時間は過ぎていく。もう今回はダメだ……と諦めかけていたとき、ようやくその墓石が目に留まった。
 ヌーヴェル・ヴァーグの旗手の眠る墓は、代表作『突然炎のごとく』(一九六一年)に主演したモローの墓石がある列とちょうど背中あわせになった、一段高い列にあった。
 黒く平べったい墓石にはその朝に降った雨が大小の水滴となってわずかに残り、小高い立ち枯れの樹木と少し傾いた日が差す薄曇りのパリの空を影のように映し出していた。
 胸がいっぱいになったわたしは、名前と生没年のみが細い字でうっすら刻まれたその広い墓石の表面をなぞるようにしばし眺めていた。するとそこに、『大人は判ってくれない』(一九五九年)、『終電車』(一九八〇年)といった彼の作品のイメージがおぼろげに浮かんでくる。粒だった肌理の陰影を浮かべるその石の表面は、まるで映画のスクリーンそのものだった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんなフランス行きの旅から日本に戻り、数時間ぶりにスマートフォンの画面を開く。そのわたしの目に、日本各地の舞台やコンサートが中止になったというネットニュースがつぎつぎに飛びこんできた。
 そして、帰国した数日後には、一二五年前にその地で映画が生まれ、ほんの数日前に妻と回ったばかりの都市の観光地の数々もあっという間に閉鎖されていった。正直にいって、まるで映画を観ているようだった・・・・・・・・・・・・・・・

 その後の日本社会の激変ぶりは、読者のみなさんもよくご存じのとおりだ。
 勤務先の大学では通常より一ヶ月ほど遅れてオンライン授業が始まった。会議もすべてリモートとなった。あれから二年近くが過ぎようとしている現在もなお、わたしの日常のなかで、デスクトップやタッチパネルの冷たいデジタル画面を通して家族や学生と会話する機会が減ることはほとんどない。そして、それらの画面で映画やウェブ動画を眺めていることが多くなり、逆に映画館の大きなスクリーンからは、かつてと較べてはるかに遠のいてしまった。本書のもとになった連載をしていた当時、こんな風景は予想だにしていなかった。
 わたしが二〇二〇年初頭にその前に立ったトリュフォーの墓は、映画をこよなく愛した彼にふさわしくスクリーンの物質的な肌理を感じさせた。そして現在は、あの場所から、決定的に「以後 post」の地点へと、否応なく隔たってしまったように思われる。実際、あのモンマルトルのトリュフォーの黒い墓石の前にわたしがふたたび立つ機会は、おそらく当分は来ないに違いない。
 Zoomの無機質な画面を眺めながら、もしかしたら、あのパリ旅行で果たした密かな巡礼は、たんなる墓参りではなく、わたしにとって図らずも、映画そのものをめぐる文字通り「喪」の作業のひとつだったのかもしれない、と思った。

[中略]

 

ポストシネマの問題系

 二一世紀も四分の一に達しつつある現在、一九世紀の終わりに産声を上げ、二〇世紀を代表するメディアとして発展してきた映画は、たしかに大きな転換期を迎えようとしている。
 本書全体の議論が描き出すのは、簡単にいえば、その「映画が映画であること」の輪郭がなし崩し的に変形してしまった「二一世紀の新しい映画」の姿だ。当然のことながら、映画の変化と社会・文化・メディアの変化はリンクしている。内容を紹介するにあたっておおまかに触れてきたように、本書ではこの二一世紀映画の問題を解き明かすために、おもにふたつの視点を採用している。
 ひとつは、作品のメディア的な変化という点、すなわち映像のデジタル化に注目する。本書の元原稿を連載していた二〇一〇年代の後半には、「映画」がほかの有象無象の「動画」と渾然一体となって配信・受容される状況がさらに広まった。高速データ通信環境の加速と拡大に伴う、Netflix や Amazon Prime Video などのストリーミング配信サービスが後押しした携帯端末による映像コンテンツの視聴の一般化。IMAX(高精細上映)や4DX(体感型上映)によるアトラクション的な映画鑑賞やODS(非映画デジタルコンテンツ上映)によるライブ中継。そのような新たな状況のなかで、いまでは Netflix が配給したネット配信作品がカンヌ国際映画祭やアカデミー賞のコンペティションに出品され、賞を獲得するまでになっている。
 わたしたちはいまや日常空間のあらゆる場所にスクリーンが遍在する世界を生きている。そればかりか、ウェアラブル端末やVR、バイオアート、などのテクノロジーが日増しに発達する現状を踏まえると、そう遠くない未来には、もはや「スクリーン」という媒体すら消滅することになるかもしれない[■1]。本書が描くのは、さしずめ YouTube と Netflix と「5G」の時代のデジタルシネマ論ということになるだろう。
 そして、本書には社会・文化的変化からの視点といえるもうひとつの切り口がある。「人間」(もしくは人間中心的な価値観・制度)以後の世界を見据えるポストヒューマニティの問題だ。現代においては、人間に属さない多種多様な挙動を示す存在、ないしはそれらと人間との関係性、あるいは人間が消滅した圏域に現れる存在について思考することの意味が高まっている[■2]。このことはデジタル化の発展の問題とも不可分だ。たとえば、二〇一〇年代には、『her/世界でひとつの彼女』(二〇一三年)、『トランセンデンス』(二〇一四年)、『エクス・マキナ』(二〇一五年)など、国内外を問わずサイボーグやAIをテーマにした映画が続々と作られた。これはいうまでもなく、同時期に起こった第三次AIブーム以降の情報工学の飛躍的な発展を背景にしたトレンドである。
 こうした世界観は、たしかに現実やわたしたちの認識に新たな局面をもたらしている。すなわち、これまでの人間=主体の輪郭が、それと対立しあうとみなされていた外部のさまざまなアクター(人工知能、気候変動……)との交錯によって揺さぶられているのだ。そして、二〇二〇年代にはそこに新型コロナウイルスという新たなアクターが加わったのである。その意味で、本書はまたwithコロナの時代を考える映画論ともいえるかもしれない。
 そして、本書が用いるポストシネマという言葉についても触れておきたい。
 二〇一六年の連載開始時、わたしはこの言葉を、さまざまな側面の変化から、「映画が映画であること」の輪郭が、かつてとはどこか異なったものになりつつある──というかなり雑駁な印象を名指す言葉として使い始めた。ただ、ポストシネマという言葉自体は、一般名詞のようなものなので、わたし自身すでにどこかで目にはしていたはずだ。
 管見の限りでは、これと似た言葉を映画理論やメディア・スタディーズの分野で最初に本格的に用いたのは、二〇一〇年の『ポスト・シネマ的情動』(未邦訳)の著者である北米の哲学者・映画批評家スティーヴン・シャヴィロである[■3]。シャヴィロは、グローバル資本主義や金融化の拡大する二一世紀初頭の人間の「感情の構造」(レイモンド・ウィリアムズ)を分析するにあたってデジタルメディアとの影響関係に注目した。このとき、二〇世紀の支配的なメディアとして扱われたのが映画とテレビであり、つまり彼のいう「ポスト・シネマ的」とはまさに映画もテレビもミュージックビデオも取りこまれたデジタル環境を指している。その後、まさにわたしが本書の連載を始めた二〇一〇年代なかばあたりから、この言葉を冠した著作や論文が目につくようになった。
 たとえば、現在ネットで「post cinema」と検索すると最初に出てくる、映像メディア研究者シェーン・デンソンとジュリア・レイダが編んだアンソロジー『ポスト・シネマ──二一世紀映画の理論化作業』(未邦訳)は二〇一六年に刊行されている。このアンソロジーには、さきのシャヴィロや、レフ・マノヴィッチ、マーク・B・N・ハンセン、ヴィヴィアン・ソブチャックといった今日のニューメディア研究を代表する気鋭の研究者たちが多数寄稿している。編者のひとりデンソンはそこで、ポストシネマという言葉を、「ニューメディアが積み重ねているインパクトに注意を払いつつも、その内側にこめられた多様性への目配せにも特化した、総合的で、ごく大づかみの概念」だと定義している[■4]
 すなわち、デンソン&レイダのいうポストシネマとは、情報通信技術と密接に結びついたデジタルメディアと重なるさまざまな映像媒体を指しつつも、かつての二〇世紀的な映画の美学や制度との連続性も含む戦略的な概念なのである。
 こうしたデジタルメディアの到来を前提にしながら、「おおよそ九〇年代以降、そして本格的には二一世紀に擡頭してきた新しいスタイルを伴った一連の映画、あるいはそれをめぐる諸事象」をポストシネマと呼ぶ点については、本書を含め、その概念を扱う書籍の議論でだいたい重なっている。他方でそうした新たな映画たちを、一九世紀末から二〇世紀にかけて古典的な映画が蓄積してきたゆたかな文化的慣習や可能性との連続のうちに捉える「シネマ」という視点も、本書がこれらの著者たちと共有するメディア考古学的な問題意識である。
 その文脈を踏まえつつ、書籍化にあたってかつて自分が書いた原稿の全体を読み直すと、本書が描き出すポストシネマの定義が、あらためてはっきりと浮かび上がってきた。これまで対立させられたり、優劣づけられていたヒトとモノ、主体と客体、リアルとフェイク、実写と記号、歴史的記憶と情動、視覚と触覚、観客とイメージ……。これらの関係性がいまやフラットになり、相互に交わりあい、作用しあうようになっている。その磁場のなかから生まれる映画、それこそがポストシネマではないだろうか。非擬人的カメラ、フェイクドキュメンタリー、人新世的状況、オブジェクト指向の映像文化、現代アニメーション表現、そしてインターフェイス的/タッチパネル的平面の到来。本書の九つの章全体がこれから提示するキーワードの群れは、すべてこの問題の周囲をめぐっている。

 

映画批評の復権

 二〇一〇年代に入ってから、映画批評というジャンルがまた盛り上がっているように見える。
 かつて日本では、一九八〇年代ごろ、ミニシアターブーム、家庭用ビデオテープや都市型情報誌の普及などいくつかの要因が相俟って、シネフィル文化が各地で花開いた。そのなかで、同時代のニューアカデミズムとも連動する形で、蓮實重彦を中心にした映画批評というジャンルも、文化シーンで――映画業界を越えて——一定の影響力を担っていたことはよく知られている[■5]
 一九八二年生まれで二〇〇〇年に大学入学のため上京したわたしは、そうした八〇年代のシネフィル文化の残り香をかろうじて感じられたギリギリの世代だったように思う。当時は、都内の大型書店に行けば、蓮實の過去の批評文をまとめた『映画狂人』シリーズが新刊として続々刊行されていたし、『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』などの映画批評誌のバックナンバーもまだ書棚に並んでいた。それらを熱心に読んだり、映画館に通い詰めていた大学の先輩から「その程度の知識で映画を語るな」という有形無形の教養主義的なプレッシャーをときに受けたりしながら、映画や映画批評に触れていった。
 しかし、その後のブログと YouTube と Twitter の普及が、映画批評の風景をガラリと変えた。雑誌媒体の影響力の低下とともに既存のジャーナリスティックな映画批評の存在感もかつてより弱まり、ゼロ年代には、個々の映画作品をめぐって、たんに「面白いか/つまらないか」や「笑えるか/泣けるか」についての判定だけが求められる「食べログ的」なレビューが増えていった。
「映画評論家」ではなく、「映画コメンテーター」や「映画ナビゲーター」の肩書きを名乗るひとびとがメディアで目立ち始めたのも、ちょうどこのころだった。
 もちろん、こうした大きな流れは現在も変わらず続いている。
 とはいえ他方で、二〇一七年あたりから近年ではほとんど見られなかったような、大部の映画評論の著作も立て続けに刊行されるようになった[■6]。蓮實の過去の映画書の復刊が相次いでいることもその動きのなかに含まれるだろう。ここには、たとえば濱口竜介の登場を指して、蓮實が現在を「日本映画の第三の黄金期」と呼んだように[■7]、注目すべき作家や作品が数多く出現したことが何よりも大きいはずだ。そうした一連の状況を意識してか、音楽家の菊地成孔はいみじくも「『シネフィルである事』が、またOKになりつつある」と記している[■8]。まさに至言というべきだろう。いま、「批評的」に語るべき、語らなければならない作品が続々と現れている。ここまでにも繰り返してきたことだが、たしかにいま、映画は変わりつつあるのである。

 

では、映画を「批評的」に語るとはあらためてどういうことか。

 わたしは批評の役割とは、「パースペクティヴの組み替え」だとしばしば語ってきた。「批評 critic」という言葉には、「危機 crisis」という意味も含まれているとはよくいわれることである。わたしたちはふつう、作品であれ作家であれ社会現象であれ、既存の社会や文化に沈殿しているお仕着せの見取り図や方程式を疑うことなく、それらを適用して作品や現象に接し、評価している。しかし、批評的な営みとは、そうしたモノサシを批判的(critical)に問い直し、世界とわたしたちとの、新たな/別の価値基準(criteria)を作り上げていく作業なのだ。そこに批評をやること、また読むことの、ワクワクするような創造性がある。
 わたしのこうした批評観は、もしかしたら、人生の重要な節々で、既存の価値観や世界認識が一挙に崩壊するようなできごとを繰り返し経験してきた、この世代特有の感性が多かれ少なかれ影響しているのかもしれない。
 昭和天皇の崩御と平成への改元を物心つくころに体験し、阪神淡路大震災とオウム真理教事件とネットの普及を思春期に体験し、成人を迎えるころに9・11を目撃し、SNS革命と政権交代劇の熱狂のなかを過ごした二〇代は3・11 で終わりを迎え、三〇代の終わりに差しかかったころ、まさに平成から令和への改元とコロナ禍の混迷に直面しているわたしの世代の人間は、絶えず何かと何かの「あいだ」を歩んできたのだった。
 批評家の柄谷行人が、批評とは何をやってもいいのだというようなことをどこかでいっていたような気がするが、わたしはこの言葉がとても好きだ。わたし自身も、映画に限らず、純文学、本格ミステリ、ライトノベル、アニメーション、情報社会論など、さまざまな領域の批評を手掛けてきた。あらゆる領域を吸収し、自明化された足場を揺るがし(あるいは揺るがされ)、この世界の「現在」に拮抗する言葉や風景を捕まえること。そうした試みによって、二一世紀の「映画的」な想像力の輪郭を捉えること。それが、わたしにとっての批評であり、映画批評をやる意味である。
 二〇一二年に刊行した、わたしにとって最初の著作『イメージの進行形──ソーシャル時代の映画と映像文化』(人文書院)は、SNSや動画サイトの擡頭がもたらした、「ソーシャル化」と呼ぶべき情報環境の新展開に注目して、映画をめぐる状況にメディア環境や歴史、社会状況などさまざまな角度から検討を加えた。その著作でわたしは、当時はまだ生まれて数年しか経っていなかったニコニコ動画の「嘘字幕MAD動画」や Twitter の「リツイート」を、『リダクテッド 真実の価値』(二〇〇七年)や土本典昭といった映画や作家と並べて論じている。一般的な映画批評の読者からすれば、奇を衒っているようにも見えただろうそのような論述には、以上のような映画的想像力の全体(しかし、それは絶えず全体ではありえないのだが)を掴みたいというヴィジョンがあった。ここ数年に執筆したコラムやレビューをまとめ、昨年に刊行した前著『明るい映画、暗い映画──21世紀のスクリーン革命』(blueprint)、そして本書もまた、以上の問題意識に貫かれている(そのため、本論の脚注では関連する議論の前二著への参照をあえて意識的に付した)。
 わたしたちの生きている時代は、自分たちの拠って立つ足場=根拠を崩壊させるような数々の危機に直面し、いまも直面し続けている。同時に、デジタル化やソーシャル化といったメディア環境の激変に伴うジャンルの危機も目の当たりにしている。だからこそ、いま、映画批評がかつてなく求められているのである。
 本書はポストシネマというひとつの筋道だったパースペクティヴのもとに、映画の現在に批評的な展望を与える試みとして、現代の多くの「批評的」な作品たちに見合う、類例のないものになったと自負している。(つづく

* * *

■1 たとえば、以下の論文を参照。増田展大「スクリーンの消滅」、大久保遼、光岡寿郎編『スクリーン・スタディーズ』、東京大学出版会、二〇一九年、三五三-三七五頁。この点で本書は、スマホとインスタと「自撮り」の時代のデジタル写真論を魅力的に描き出してみせた『新写真論』(ゲンロン、二〇二〇年)の大山顕と、映像文化のなかでの関心を共有している。

■2 こうした状況をも念頭に置きつつ、実際に本書のように、「人間以後」の映画論を構想する仕事も現れてきている。たとえば、佐々木友輔、noirse『人間から遠く離れて』、トポフィル、二〇一七年を参照。

■3 Steven Shaviro, Post-Cinematic Affect, John Hunt Publishing 2010.

■4 Shane Denson and Julia Leyda, “Perspectives on Post-Cinema: An Introduction”, in Shane Denson and Julia Leyda, eds., Post-Cinema, REFRAME Books, 2016. URL= https://reframe.sussex.ac.uk/post-cinema/introduction/

■5 一九八〇年代における日本の映画文化の変化(ポストモダン化)の現れとして、蓮實の映画批評とシネフィル文化、またそれを支えるさまざまな下部構造との関係を考察したものとして、長谷正人「日本映画のポストモダン」、『ヴァナキュラー・モダニズムとしての映像文化』、東京大学出版会、二〇一七年、とくに一八五頁以下を参照。この問題は本書第六章でも論じる。

■6 近年のものとして、たとえば廣瀬純『シネマの大義』、フィルムアート社、二〇一七年、伊藤洋司『映画時評集成』、読書人、二〇一七年、菊地成孔『菊地成孔の映画関税撤廃』、blueprint、二〇二〇年、宮台真司『崩壊を加速させよ』、blueprint、二〇二一年など。

■7 たとえば、蓮實重彦『見るレッスン』、光文社新書、二〇二〇年、四〇頁。

■8 菊地成孔『菊地成孔の欧米休憩タイム』、blueprint、二〇一七年、一〇五頁。

著者プロフィール

渡邉大輔(わたなべ・だいすけ)

1982年生まれ。映画史研究者・批評家。跡見学園女子大学文学部准教授。専門は日本映画史・映像文化論・メディア論。映画評論、映像メディア論を中心に、文芸評論、ミステリ評論などの分野で活動を展開。著書に『イメージの進行形』(2012年)、『明るい映画、暗い映画』(2021年)。共著に『リメイク映画の創造力』(2017年)、『スクリーン・スタディーズ』(2019年)など多数。

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