ポケモンGO、オリンピックの閉会式などで「AR」が日常に出て来ています。デジタルネイティブの後にいつか来るのが「ARネイティブ」なのかと。IoTでそれらが日常に溢れ、現実の中にある非現実がデジタルではなくアナログ的な表象として認知される可能性があり、それらが対応する思考のヴァージョンアップに繋がる…。人の認知機能の向上は哲学的思考とどのような関係性を持つのでしょうか?(北海道, 40代男性, 友の会会員)
この欄で答えることができるような軽い質問ではないですが(笑)、ぼくの考えとしては、まずAR(拡張現実)は、人間の社会的行動は変えるだろうけど、認知はそんなに変えないと思います。それはたとえば、Googleはぼくたちの世界認識や社会的行動を大きく変えたけれど、認知そのものを変えたかといえばそうは言えないだろうというような意味で、です。つぎに、そもそも認知機能の向上が哲学的思考といかなる関係を持つかですが、それは当然、人間の認知が大幅に変われば、哲学にも影響は出る。たとえば、紫外線が見えるようになれば、あるいは超音波が聞こえるようになれば、それはユクスキュルのいう「環世界」が変わることを意味するので、当然哲学的なテーマになる。ただ、繰り返しますが、ARの可能性は、そのような話題とはあまり関係ないように思っています。(東浩紀)
1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)、『忘却にあらがう』(朝日新聞出版)ほか多数。