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【 #ゲンロン友の声】仮想通貨は否定神学か

 一般意志2.0からの東さんのファンです。ぼくは普段ブロックチェーンの研究をしていて、東さんの仮想通貨についての意見を伺いたいと以前から思っていましたので質問させて頂きます。東さんは以前Twitterで「ビットコイン(ブロックチェーン技術)は、貨幣の改革者ではなく、むしろ今までの貨幣の理想の実現者だという理解です」と発言していました。かつて岩井克人さんは「貨幣論」で貨幣はモノとしての価値がなければないほど、貨幣としてより純粋化し本質的なものになるというようなことも書かれていました。この文脈を踏まえると、ビットコインは今までの貨幣よりさらに貨幣らしくなっていると言えるし、東さんのツイートの意味もわかる気がします、ところで、東さんは岩井さんの「貨幣論」を以前否定神学的であると言っていたかと思います。もし仮に今までの貨幣の理想が否定神学的なものとするのであれば、仮想通貨も否定神学的なものということになるのでしょうか? もし否定神学的であるならば、仮想通貨が郵便的であるためには何が欠けていると思いますか? とても抽象的な質問になってしまいましたが、お答えいただけたら嬉しいです。(20代男性, 友の会会員)

 仮想通貨についてはそれほど詳しくないのですが、それが「否定神学的」かといえば、そうではないと思います。しかしそれはいままでの貨幣の理想の実現者だとも考えている。どういうことかというと、じつはあまり記したことがないのですが(というのも、なぜかぼくはその著者の方から嫌われているみたいだからなのですがw)、ぼくは岩井克人の『貨幣論』よりも安富歩の『貨幣の複雑性』のほうが貨幣の本質に迫っていると思うのですね。両者のちがいは、まさに否定神学と郵便に関わっている。岩井の貨幣論は、ご存じのように、商品から貨幣への無根拠な飛躍を起源に置き、そこから議論を立てるものです。だから岩井の貨幣論では、いつハイパーインフレが起きてもおかしくない。それに対して、安富の貨幣論は、商品の物々交換が起きているあいだになんとなく貨幣っぽいものが現れては消える、その繰り返しのなかである条件が整ったときに持続期間が長いものができる、それが貨幣だという立論になっている。そこでは、郵便的な、つまり「誤配」による貨幣生成の論理が考えられていた。ぼくはこれは、哲学的にも実証的にも、かなり有望な議論だったと思います。残念ながら安富さんはその後この方向の研究を続けられていないようですが、ぼくはビットコインそのほか仮想通貨の出現には、まさにこの郵便的な貨幣生成の現場を見るような気がしているのです。ビットコインはデータにすぎない、中央銀行もない、流通にはなんの根拠もない、ではなぜ貨幣として通用するかといえば、それは「なんとなくこれをもっていると便利そう」だからにすぎない。その「なんとなく」の集積から、あるとき突然に——複雑系の論理にしたがって——持続期間が長いものが生まれ、貨幣と呼ばれるようになる。いままさにそういうことが起きているのではないかと思います。(東浩紀)
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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)、『忘却にあらがう』(朝日新聞出版)ほか多数。

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