【 #ゲンロン友の声】change.orgの署名活動について

 質問は、東さんがchange.orgで「積極的棄権」の意見集約をしていらっしゃる件(http://chng.it/sf2JSqB6zn)についてです。これまで東さんがデモなどについてなさってきた発言に比べて、今回の change.orgのメッセージはだいぶストレートなものに見えました。その点についてもう少しご意見を伺えれば思っています。change.orgの文書については賛同するばかりです。これまで政治/政治家に対して節々で発言されてきた東さんの徒労感なり怒りは相当なものと勝手に想像しています。大義なくリベラル消滅となれば我慢の限界と思う人も少なからずいることと思います。その上でchange.orgの文章のような現時点視点におけるメッセージというよりは、どちらかといえば未来から今を見るような視点からもうすこしご意見を伺えれば幸いです。東さんのご本にはそのような視点があるように感じました。今回のことについてもそのような視点を想定するとどう見えるのかという点に関心があります。例えば「数年後の東さんから見て,現在の東さんのchange.org利用はどのように総括されると(現時点で)お考えですか」と聞くべきなのかもしれません。(20代男性, 友の会会員)

 いま(2017年10月13日)ご指摘の署名運動は絶賛炎上中ですので、なかなか答えは書きにくいところがあります。とはいえ、質問の性格上、いま答えないと卑怯なような気もしますので、お答えしてみます。まずは、ぼくとしてはむかしから、「なにかのルールのなかで勝つこと」と「そのルール自体を設定することで勝つこと」の区別に関心を抱いてきました。多くのひとは、ルールを疑いません。そしてそのなかで勝つことを考える。でも本当に大事なのは、ルールそのものが適切かどうか、ルールの設定自体に暴力が含まれていないかを考えることです。これは哲学的に言えば、ジャック・デリダが『法の力』で論じた法措定的権力と法維持的権力の区別の問題であり、またそこで言及されたベンヤミンの言葉を使えば神話的暴力と神的暴力の区別の問題でもある。しかし、そんなむずかしい言葉を使わなくても、多少とも人生経験を積んでいればだれでも知っていることだと思います。すべてのルールは、ルールがルールになった瞬間に暴力を孕む。ルールだから守れといって満足できるのは、権力者か愚か者だけです。さて、そこで今回の署名運動ですが、ぼくは、このひと月ほどのゴタゴタは、まさに、この国の「民主主義」を成り立たせているはずの選挙のルールそのもの、それ自体に暴力が含まれていることがじつにわかりやすく示された事例だと思いました。ここでいう「ルール」とは必ずしも法律だけを指しません。それをとりまく政治状況、メディア環境のすべてを含みます。解散権の総理による独占、小選挙区制、そしてポピュリズムに支配されたマスコミとネット、さまざまな要因が組み合わさった現在の日本の「ルール」は、特定の政治的主張にたいへん厳しくできている。そこでは、極右でも極左でもない、まともにものを考え、訴えようとする中道左派は、ポピュリズムとリアリズムに翻弄されて絶対的に消える運命にある。たしかにいま、この瞬間は立憲民主党が新たな希望のように見えています。みなさんがんばっています。けれどもぼくは、それもまた長くは続かないと思う。極左かポピュリズムに飲み込まれると思う。それは政治家ひとりひとりが悪いのではない。リベラルの主張が悪いのでもない。いまの選挙制度とメディア環境においては、極端なイケイケ主義かなにもかも絶対反対の頑固一徹か、どちらかしか支持を集めることができないのであり、中道の意見は原理的に力をもてないのです。これは日本だけの話ではありません。日本以外でも起きていることです。おそらくそれは民主主義の制度の根幹に関わる欠陥です。そもそも近代民主主義が生まれたときはネットもポピュリズムもなかったのです。いずれにせよ、ぼくは、以上のように考え、この「ルール」そのものへの懐疑の意識を広めたいと思いました。いまの選挙制度とメディア環境の組み合わせを、絶対不変のものとしてではなく、変えることができるかもしれない「ルール」として想像する可能性を広めたいと思いました。それゆえ「積極的棄権」という言葉を作り、ルールを疑うことは決して悪いことではない、むしろそれこそが未来につながると訴え始めました。それがご指摘の署名活動です。さて、ずいぶん長くなってしまいましたが、最後のご質問に答えることにします。以上の説明でわかったと思うのですが、今回の活動は、ぼくの哲学的な態度や懐疑とまっすぐにつながっています。それゆえ、数年後のぼくは、あのときのぼくはやるべくしてやったのだと総括すると思います。たしかに今回の反響は予想以上のものだったので、「あれで損したな」ぐらいは思うかもしれません。しかしそれもまたいままでと変わりません。ぼくはこれからも、世の中のルールを疑い、ルールに則ってがんばっている人々の気持ちに水を差し、そして叩かれていくのでしょう。(東浩紀)
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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)ほか多数。

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