【 #ゲンロン友の声】「誤配」について詳しく学びたい

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 いつもゲンロンの活動、楽しませていただいております。東さんに質問です。私は学問的なことは分からないのですが、ハイエクの「自生的秩序」という思想を好んでいます。そしてデリダの「誤配」についても、近い位置を指しているのかな?と。「誤配」のような思想について、詳しく書かれている、お勧めの本はございますか?
 
 質問の意図ですが、自分は社会的地位がすごく低く、大学も出ていないので、本来は人文に接する事は無かったと思います。しかし、ある人との会った事で人文が好きになり、本を買ったり、大学講座やゲンロンカフェにお邪魔するようになりました。階級はあるけれど、でも出会うはずのない人がリアルの場で会う大切さを東さんが解いておられた事に共感し、また今日、その場で少しだけ知っていた人が、若くして亡くなられたと知りました。私でも参加できる場があったからこそ、その「誤配」が起きて、いま衝撃を受けた、それこそが「誤配」の大事な意味なのかと思い、しっかり知りたいなと感じました。
 ハイエクはいいですよね。経済論壇は怖いひとが多いので、自分の本では経済学者の名前はなるべく出さないようにしているのですが、 じつはハイエクはぼちぼち読んでいます。共感するところが多いです。——は、ともかく、「誤配について書いてある本はあるか」との質問ですが、ごめんなさい、じつは「誤配」というのはぼくオリジナルの概念なので、これについて書いてある哲学書はないのです。デリダのテクストでも誤配そのものはキーワードになっていません。というわけで答えは「ない」ということになるのですが、それだけだとあまりにあまりなので、ぼくがなぜ「誤配」なる概念を打ち出すにいたったかの経緯をちょっと書きます。ご存知のように、ぼくは1990年代に大学院でフランス現代思想を研究していました。そしてそこではみな「不可能なもの」とか「贈与」とか「剰余」とか「死」とかについて語っていました。それらはなにかといえば、ひとことで言えば「交換の論理にしたがわないもの」です。別の言い方をすれば「計算不可能なもの」。つまり当時の人文学者たちは、経済学とか情報科学とかマーケティングとかこの世の中には低俗な学問がいっぱいあるけど、それらはしょせん計算可能性しか扱わない、けれどおれら哲学者や文学者は計算不可能なことまで考えているからすげえんだぜとイキっていたわけですね(いまでも同じようにイキっているひとはたくさんいます)。しかし、ぼくは、そんな主張が空気のように共有される文系大学院に通いながら、この主張はどうかなあ、こんなの世間で通用しないんじゃないかなあと思っていました。たしかに、人間の生は交換可能性と計算可能性だけで覆いつくすことができない。カネですべてが買えるわけではない。カネで買えるのはカネで買えるものだけです。けれども、かといって計算可能な世界(市場)の外側に計算不可能な「贈与」の世界があり、つまりはカネの彼方に愛の世界があり、後者がすごくて前者は低俗で、経済学は前者を扱い哲学は後者を扱いみたいな境界が厳然と引けるものなのかといえば、それはじつに怪しい。実際にはぼくたちの現実は、カネの話かと思ったら愛の話になったり、愛の話かと思ったらカネの話になったりする相互陥入に満たされている。カネの話と愛の話の区別がつかない、それこそがむしろ人間の生の真実です(ちなみに付け加えれば、ぼくはそれをずっと主題にし続けたのが、ぼくが敬愛する19世紀ロシアの作家、ドストエフスキーだと思っています)。だとすれば、哲学者がやるべきことは、愛の世界をカネの世界と区別し、愛の世界のなかに閉じこもることではなく、カネの話から愛の話が生まれ、愛の話からカネの話が生まれる、その相互陥入について思考をめぐらせ、そしてできればその相互陥入を使って愛の世界を実践的に拡大することなのではないか。ぼくはそのように考えながら、デリダを強引に読み解いて「誤配」の概念を抽出しました。そして博士論文を提出してから11年後にゲンロンを創業し、愛の世界(アカデミズム)を離れました。つまりは誤配とは、愛からカネが生まれ、カネから愛が生まれることなのです。その「まちがい」の可能性をつねに信じ続けることにおいてのみ、ひとは希望をもって生きていけるのだと思います。(東浩紀)

東浩紀

1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』など。
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