【 #ゲンロン友の声|012 】タイ語のおすすめ勉強法はありますか

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webゲンロン 2020年9月18日配信
 初めて質問させていただきます。福冨渉さんへの質問です。 
 プラープダー・ユンの長編SF小説『ベースメント・ムーン』、邦訳を楽しみにしております。冒頭部は2020年9月刊行予定の『ゲンロン11』に掲載予定とのことですが、同作者の『新しい目の旅立ち』のようにその後も連載ということになるのでしょうか。それとも、冒頭部のみ掲載したのち、あとは単行本での刊行になるのでしょうか。 
 また、タイのミステリー小説にも興味があるのですが、福冨さんが注目なさっている現代タイのミステリー作家はいらっしゃいますでしょうか。 
 個人的には、2009年に『二つの時計の謎』が邦訳されたチャッタワーラックというミステリー作家がその後も活躍しているのかが気になっています。 
 また、同書の訳者である宇戸清治氏が巻末解説のなかで、短編集『インモラル・アンリアル』が訳されているウィン・リョウワーリンはミステリー小説も執筆していると書いていらっしゃいました。こちらも気になっているのですが、ウィン・リョウワーリンのミステリー小説はお読みになっていらっしゃいますでしょうか。 
 そして最後に……、まったく方向性の違う質問になってしまうのですが、タイ語を学ぶのにお薦めの教材や、勉強法(まず文字をしっかり覚えるべきなのか、あるいはローマ字転写された簡単な会話文などから始めるべきなのか)はありますでしょうか。私自身は、学生時代にタイ語の授業を受けたことはあるものの、その際には文字がまったく覚えられず、文法も含め現在ではほぼ何も覚えていない状態です。福冨さんがどのようにタイ語やタイ文学の世界に入っていったのか、合わせてお教えいただければ幸いに存じます。(埼玉県・30代・男性・非会員)

 

 福冨です。初めてのご質問をいただけて嬉しいです。まず『ベースメント・ムーン』ですが、『ゲンロン11』に冒頭部を掲載後は『ゲンロンβ』で隔月連載の予定です。分量的には『新しい目の旅立ち』と同じくらいですので、1年程度の連載でしょうか。単行本化の計画もありますので、楽しみにお待ちいただければと思います。 

 続いてタイのミステリー小説ですが、状況をしっかり追えるほどにはジャンルとして確立していないというのが実際のところです。お読みいただいたチャッタワーラックのように、ミステリーだけを書きつづけている作家というのはかなり珍しいです。これはSFなど他ジャンルの小説も同様ですね。そのチャッタワーラックも、この4-5年は静かです。どちらかといえば、タイの作家はジャンルの枠内に留まらずにそのつどさまざまなスタイルで作品を発表していることが多いです。そのなかでミステリー的なものが発表されたり、SF的なものが発表されたりします。たとえばいま30代くらいと比較的若く、エンタメと純文学のあいだで活動をしながらミステリーも発表している作家に、ポーンウット・ルチラチャーコーン(ปองวุฒิ รุจิระชาคร)や、プラープ(ปราปต์)などがいます。どちらも、最近は東南アジア文学賞の候補になったりしました。このあたりの作家については、ホラーやミステリーを中心に若手作家のエンタメ小説を出版するSofa Publishingというところが集中的に紹介しています。ポーンウットはまだ読めていませんが、東南アジア文学賞の候補になったプラープの歴史ミステリーはおもしろかったです。太平洋戦争期のバンコクと周辺地域で起きた連続殺人事件を追う物語でした。ドラマ化もされたようです。お尋ねのウィン・リョウワーリンも世代は圧倒的に上ですが、前述ふたりのように多ジャンルで作品を発表しています。彼のミステリー小説は「プムラック・パーンシン」という探偵を主人公にした短編シリーズもので、現在も刊行中です。ぼくは1冊読んだくらいなのですが、彼はもともとショートショートが上手な作家でして、そのスタイルが踏襲されており楽しく読めました。 

 さてガラッと変わってタイ語学習についてお答えします。個人的な意見ですが、タイ語はとにかく初学者にとってのハードルが高い言語です。ただ、できれば「簡単な会話文」だけではなく、並行して文字をしっかり覚えていただいたほうがいいと思います。タイ語は、「とりあえず読む」ような段階に行くまでに覚えることの数が多いです。母音と子音の数も多ければ声調もあり、発音を定着させるのも時間がかかる。発音ができても今度はそれと対応する文字と、その発音規則を覚えるのにかなりの時間がかかる。しかもわかりやすい規則性もない。しかしこの発音と文字のハードルを越えると、途端に世界が広がる言語でもあります。文法はややこしくないし、内容のむずかしい文章でも辞書を使えば「とりあえず読む」ことができる。ここまで来ると、単語の数を増やせば増やしたぶんだけ読めるものが増える、という状態になります。こうなると楽しさが増します。タイ語教材も毎年のように新しいものが出ていて、勉強そのものはしやすい環境になっています。基本的には、タイ文字だけでなく、発音記号がきちんと併記されているものを選んでください。発音がカタカナだけで示されているものはおすすめしません。新しいものですとスニサー・ウィッタヤーパンヤーノン『表現を身につける初級タイ語』や、柿崎一郎『教科書タイ語』などは、独習向きだと思います。最近はタイBLブームもあってタイ語学習者の数が爆増している感じもありますし、ぜひタイ語仲間を見つけてがんばってみてください! 

 ぼくは高校生のときにクラスメイトにタイの留学生がいたことで、大学でタイ語を専攻することにしました。ただまじめに勉強するようになったのは、プラープダー・ユンの作品が立て続けに日本語に翻訳されはじめた大学2年生くらいのときでした。そこからタイ文学や映画、アートなども勉強するようになったと記憶しています。とはいえぼくも、いまでも毎日知らない単語を単語帳にメモして、辞書を調べて、タイ人に意味を聞いて、というようなことを続けているので、えらそうなことは言えません……一緒にがんばりましょう。(福冨渉)

福冨渉

1986年東京都生まれ。タイ語翻訳・通訳者、タイ文学研究。青山学院大学地球社会共生学部、神田外語大学外国語学部で非常勤講師。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)、訳書にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー』(河出書房新社)、Prapt『The Miracle of Teddy Bear』(U-NEXT)など。 撮影=相馬ミナ
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