【 #ゲンロン友の声|022 】「35歳問題」について教えてください

35歳問題について。
 
東さんはじめまして。20年ほど東さんの読者をしている者です。
いきなり私的な話で恐縮ですが、私は2021年に35歳になりました。まだ子供はいませんが、妻とは非常に仲がよく、生活はとても安定しています。20代のころは、焦燥感や不全感に悶々とすることもありましたが、最近ではそうした悩みは一切なく、平穏に暮らしています。はっきり言ってしまえば、私は現状に何の不満もない人間です。
ただ、最近になって、よく分からない寂しさ、辛さのようなものを感じるようになりました。うまく言葉にできないのですが「ああ、人生ってこういうふうに “閉じていく” んだな」という感覚です。私は東さんの著作を長年拝読しているので、この感覚が「35歳問題」なのだろうと理解しています。
そこでお伺いしたいのですが、現在、50歳の東さんは「35歳問題」をどう捉えてらっしゃいますか? その後、考えに変化はあったでしょうか? 思想的な変遷や発展(一読者としては『弱いつながり』などに問題意識が継承されているのかなと推察しているのですが)があれば、ぜひお聞きしたいです。(東京都・30代・男性・非会員)

 質問、ありがとうございます。そして、長いあいだぼくの読者でいてくれて嬉しく思います。2022年初めての「友の声」はこちらの質問への回答から始めたいと思います。

 さて、まずは重要なことからいいますと、35歳では人生はまったく閉じません。ぼくがゲンロンをつくったのは38歳のときでした。それから紆余曲折がありいまに至ったことは、『ゲンロン戦記』で記したとおりです。現在のぼくはゲンロンの実践がなければ自分の主張はほぼ無意味だと感じており、そのかぎりでぼくの批評家というか思想家というか哲学者としての人生は、むしろ35歳以降に始まったといえます。というわけで、質問者さんの前にはまだまだ多くの可能性が開けていることと思います。

 ただ、そのうえで回答しますと、質問者さんは、じつはいまある種の「選択」を前にしているのではないかと思いました。質問者さんは自分の人生は閉じつつあると感じている。それを幸せだと思いつつも、同時に憂鬱さも感じている。そこで、いやそれこそが安定ということなのだと自分を納得させるか、それとも憂鬱さに導かれるまま先の見えない挑戦に足を踏み出すか。

 ひとによっていろいろな事情があるでしょうが、30代から40代にかけての時期が、総じてなにか人生が閉じたように感じられる年代であることは確かです。そこそこキャリアを積み上げ、自分の限界がわかってくる。着地点の見通しもついてくる。それを安心や安定ととるか、それとも停滞ととるかはひと次第です。ぼくは後者でした。だから会社をつくった。ゲンロンはたまたま結果が出ましたが、ぼくは同時期にテレビに出たり小説を書いたりアニメ原作に参入してみたり、じつにいろいろなことをやっています。そしてそのなかで多くの失敗をし、多くの恥をかきました。敵もつくりました。若いころの挑戦はみな優しく見守ってくれます。けれど大人になっての悪戦苦闘に対しては、世の中は決して優しくありません。

 というわけで、ぼくはべつに挑戦をお薦めすることもできません。おそらくは、安定と挑戦、そのどちらを選択したとしても不満や後悔は残るのだと思います。それが人生というものなのでしょう。35歳というのは、そういう「どっちを選んでも正解ではない選択」に迫られ始める時期なのかもしれません。それが、50歳になったいま、振り返ってぼくから見える「35歳問題」です。(東浩紀)

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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)ほか多数。

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