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「あるものはある」──養老孟司が語る脳と戦争と日本の未来(後篇)|養老孟司+茂木健一郎+東浩紀

webゲンロン 2022年9月21日配信
 脳科学者の茂木健一郎さんがホストを務める「モギケンカフェ」シリーズ。2022年5月8日に行われた第4弾では、解剖学者で東京大学名誉教授の養老孟司さんをお迎えしました。後半からは東浩紀も参加し、養老さんが見る戦前と戦後、「脳化」と人文知、来るべき東南海地震とその後の社会の展望まで、スケールの大きなお話をうかがいました。
 イベントのアーカイブ動画は、シラスで11月5日まで公開中です。(編集部)
 
養老孟司×茂木健一郎 途中登壇=東浩紀「モギケンカフェ#4 なぜ脳を語るのか──唯脳論、脳化社会、クオリア」(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20220508/

 

イベント当時の様子。左から東浩紀、茂木健一郎、養老孟司

 ぼくは1971年生まれで、冷戦期に教育を受けてきました。文学やマンガにベトナム戦争が影を落としていた時代でもあります。だから感覚的に、戦争はよくないものだと感じてしまう。けれども今回のウクライナの戦争についての国内の反応を見ていると、戦争もときに必要なんだという意見が強くて、ずいぶん空気が変わってきたと感じます。それも風化の効果だと思いますが、それでよいのでしょうか。

養老 テレビを見ていると、爆撃されて壊れたアパートが映っていたりしますね。ああいうのを見ると、ぼくなら「だれが直すんだよ」と思うんです。建物を作るのに携わったひとだって怒るはずです。戦争はそういう気持ちをぜんぶすっ飛ばしてしまいます。日常性と相反するものです。

 そういうお話をもっとおうかがいしたいと思いますが、今後、さきの大戦について語りたいという気持ちはありますか。

養老 語りたいというより、自分のなかで整理したいという気持ちはあります。日本という国が負ってきた、大きなトラウマについて考えたい。たとえば明治維新のトラウマのかなりの部分は、西郷隆盛が背負いました。だからあのひとは人気がある。

茂木 明治維新で日本社会が大きく変わって、あちこちに歪みが生まれた。その複雑な部分を、新しい中央政府の中枢に入った薩長の人間ではなく、西郷さんがぜんぶ担ったということですか。

養老 そういうマイナスの部分を西郷さんがかぶったんだと思います。

 明治に西郷隆盛が果たした役割は、戦後はだれが担ってきたのでしょう。

養老 一般のひとたちだと思います。ぼくの本が売れたのは、西郷さんみたいなひとがいなかったからかもしれない。敗戦で社会ががらりと変わり、さまざまな歪みが出てきたのに、そのストレスがいまも解消されていない。

茂木 「養老孟司=西郷隆盛」説が出ました。

養老 いや、そうじゃなくて(笑)。

茂木 あえていえば、ほかに同じような役割を担ったひとは挙げられますか。

養老 三島由紀夫さんは、戦後を精算する役割を一面として持ったと思います。

 割腹事件については、当時どう感じられましたか。

養老 へんなひとだなあ、というくらいでした。司馬遼太郎が、現場で演説を聞いていた自衛隊員の反応がきわめて健康的だったと書いていますが[★1]、それと同じですね。司馬とか大宅壮一とかは、そういうふつうのひとの反応をよく見ています。あの事件で大騒ぎしたのはむしろインテリのほうだったんじゃないでしょうか。

 三島由紀夫は、戦後日本に対してラディカルな批判をしたかのように見えている。けれども、それはしょせんインテリのあいだでのゲームでしかなかったと。

養老 当時からそう感じられていたと思います。だから冷めていた。ぼくよりもちょっと上の、江藤淳や石原慎太郎の世代は戦前派です。戦前のまっすぐな価値観が、思考ではなく感覚にまで入ってしまっている。三島さんもそうだったんでしょう。でもぼくは斜めですから。

 いま江藤淳の名前が出ましたが、当時読まれていたのでしょうか。

養老 『アメリカと私』が出たころに読んだのを覚えています。戦前の価値観をあえて変えようとしなかったひとで、そこが魅力でもあります。それを思い切ってひっくり返したのが大江健三郎さん。

 いずれにせよ、養老さんは三島に対しては冷めていた。彼は戦後の歪みを解消しようとしたけれど、あれでは解消されないのだと。

養老 現代に至るまで同じです。先日農林水産省の会合がありました。有機農業の作付面積をある割合にするとかしないとか決めているんですが、これも書類を見ると数字の根拠は結局は国際的な基準でしかない。ずっと同じですよね。

 なににせよ、自分たちの意志で行うのではなくて、いつまでもなにか外のものに合わせていたらストレスになります。敗戦によってそういう状況が生まれた。でも、日本人はその原因について考えることもなく、そもそも無自覚なままなんです。

大学外の人文知

茂木 養老先生は、その時代のオーソドックスなものから距離を取ったり、気にせず反対されたりしますよね。もともとは東京大学にいらっしゃいましたが、大学を離れてインディペンデントな活動をされている。東さんも同じですね。

 養老さんの「あるものはある」という考え方は、在野で活動している人間として共感できます。コロナ禍でもウクライナの戦争でも、多くの大学の専門家たちは、世に対してきちんとした情報を提供して「誤りを正す」という観点から発信をしています。でも大学の外に出ると、かりに「まちがった」認識を持つひとであっても、とりあえずは存在を認めて付き合うところから始める必要がある。まさに「あるものはある」です。

 そもそも日本の人文知では大学の外側が大きな役割を果たしてきました。1980年代までは民間の出版社が出す人文書が社会的な影響力を持っていた。でも90年代あたりから出版は急速に力を失い、大学が逆に権威化を進めていった。大学の外で育まれた人文的な視線の重要性が、いまは過小評価されていると思います。

茂木 養老先生は、いわゆる文系と理系の関係をどうお考えですか。東さんはいつも「自分は文系だから」と自虐的におっしゃいます。

 現実にバカにされているんです。最近も「東さんは指数関数ってご存知ですか」と言われたくらいです。

養老 どうしてそういう分けかたをするんですかね。もちろん、基本的な感覚の差みたいなものはありますね。理系のほうが論理について意識する、文系のほうはそのあたりをはっきりさせない。

茂木 養老先生はどちらの感覚も持たれている。『身体の文学史』のようなすぐれた仕事もあります。

養老 ぼく自身はどちらでもないと思います。分けたってしょうがない。

 皮肉なことに、最近は文系のほうが理系よりも理屈っぽくなっています。理系には「自然」という確固たる外的な現実があって、論理もそれに従わないといけない。けれども文系ではそもそもの前提と現実が曖昧なので論理が暴走する。

養老 その状況はなんとなくわかります。その危険に気がついていることが大事なんじゃないでしょうか。

茂木 養老先生は、いわゆるキャンセルカルチャーについてどう思われますか。近年、過去の作品を現代の基準から見て政治的に判断し、正しくない場合は排除されるという動きが盛んなのですが。

養老 価値観が先行してしまっているというのは、そもそも学問じゃなくて政治なんだと思います。

 今回のウクライナ戦争でも、日本の著名なロシア文学者の方が「ロシア文学を研究してきたことが恥ずかしい」と発言していました。本来であれば、そういう研究をしてきた学者こそが、現状を分析するために専門知を生かすべきです。ところがいまはそういう発言が歓迎される時代になっている。

養老 ぼくはそういうのを聞くと、たんに本気じゃねえんだなと思いますね。それは、いままで学問に賭けてこなかったとの表明でしかないですよ。

 すばらしい。

茂木 名言をいただきました。

 過去の文系大学人の泰然たる雰囲気が失われて、どんどん政治化していくのを見るのはつらいことです。いまの言葉には力づけられます。

 

東浩紀

天災と日本の未来

 養老さんの「脳化社会」という言葉を借りると、現在は文系のほうが「脳化」しているのかもしれません。戦争を例に挙げれば、本来、文系の学者は、戦場がいかに人間の暴力を引き出してしまうかとか、個人の身体や感情がどう不合理に動くかということを論じてきたはずです。しかしいまは、戦争での暴力を「あってはならないこと」として単純に断罪してしまう。

養老 それこそ、頭で考えても直らない傾向なんだと思います。さきほどの地震の話じゃありませんが、壊滅的な被害をもたらすようなことが起こってようやく、日本の社会は変わるのでしょう。東北の震災より、さらに大きなものが来ないと変わらない。そのときに、みなさんがどういう未来像を持って、どういう議論をするかでしょうね。

 そのときの日本は、どういう国になるべきでしょうか。

養老 まずは自然環境をどう生かすかを真面目に考える必要があるでしょう。そのときにあるものでなんとか間に合わせていくようなかたちで、国を再建しなければならないわけですから。

 経済規模を縮小して、小さい国としてやっていくということですか。

養老 そういう上から目線の話ではなく、みんながそれぞれ、自分が落ち着く範囲のなかで社会に貢献するということです。そこから自然に、全体としてうまく出来上がってこないかなと。

 村落共同体を復活させるということでしょうか。

養老 あんなものはごめん被るという意見は当然あるでしょう。うちの母もそうですが、そういう共同体から逃げ出したひとも多い。

 とすると、どういう国のかたちが望ましいのでしょう。いまひとつ像が見えてこないのですが。

養老 そこで無理やり見えたことにするほうが問題だと思います。ひとりでに生まれてくるしかない。

 かりに2038年に破局が訪れたとして、そのあとにどんな日本になるかはわからない。ただそういう大きなことがあれば、みなもっと危機感を持つだろうから、そこでおのずと新しい国のかたちが見えてくるということですか。

養老 ぼくは2038年にはだいたい死んでる。だから安心していますが、うっかりすると生きてます。101歳です。でも、ここにおられる方はほとんど元気なはずですね。だから、繰り返しになりますけど、これはみなさんの問題です。いまはみんな真面目に生きてない。生きることについて考えていないですよね。災害が起きたら、東京で食べ物はどうするんだとか。

 国外からの援助に頼る必要が出てきそうです。養老さんとしては日本はどの国と仲良くなるのがいいとお考えですか。

養老 38年の未来だとしたら、まとまったお金が出せるのは中国ぐらいしかないだろうと思っています。みなさんがそれを好ましい選択と思うかどうか。

茂木 そんな地震が来たら、この五反田も海になりますね。

 暗い話になってきましたが、そういう災害に対してどのような心構えを持てばよいのでしょう。いま養老さんが批判されているようなふわふわとした死生観や政治的ないい加減さは、日本が天災の多い国ゆえに生まれたものだとも考えられると思います。一生懸命まちをつくっても、定期的に燃えたり壊れたりして無になってきた歴史がある。そこで育まれた諦念をどうやって乗り越えたらよいのか。

養老 ここまでやってきたんだから、とくに乗り越える必要もないんですよ。なるようになる。それが日本です。

 あるものはあるし、なるようになる。突き放されていますね。

茂木 養老先生のそのような態度はすごくわかります。先生は威勢のいいことをおっしゃらない。威勢のいいことを言い切って、一点突破できるほど世界は単純じゃない。養老先生から見ると、目の前のゾウムシ以外、たいていのことはおそらくどうでもいい。先生、そうですよね。

養老 そうね。それが言いたかった。

 (笑)

物語・平和主義・クオリア──質疑応答

 最後に会場から質問を受けつけたいと思います。

質問者1 今日は加藤典洋さんが話題になりました。加藤さんが『敗戦後論』を通じて考えていたのは、戦後になって日本人の価値観が一斉に変わったあとでも、依然として戦前の価値観を持って生きている人々がいる。そうした人々の感情を戦後の価値観に基づいて全否定し、歴史を修正してはいけないということだったように思います。養老さんは、そういうひとたちを全否定せずに戦後の価値観へと昇華させるために、どうしたらいいと思われますか。

養老 本を1冊書くに値するような、ずいぶんむずかしいことを聞かれました。過去を修正してはならないとおっしゃられたけど、そもそも時間のなかで生起する出来事を記すことができるのか。これはぼくにとって長いこと疑問です。進化がまさにその例です。われわれが使っている言葉は時間を排除して、止めてしまっています。だから、過去を描写するための形式としては物語しかない。

 なので、質問に対しては、どういう物語を書くかという答えしかないと思います。そこは加藤さんとも議論してみたかったところです。過去の出来事の過程で亡くなったひとを、どう追悼するのか。追悼の物語をどうつくるのか。さっき文系・理系の話が出ましたが、文系の仕事のひとつは本来はそこで上手な物語をつくることだと思います。

 言葉は原理的に時間のなかで生じていく出来事を書くのに適していないので、だからこそぼくたちは映像で撮って、実時間をかけて、言ってみれば出来事の時間を流してみせるわけです。映像でも時間は圧縮されることにはなりますが。

質問者1 よい物語を書いていけば歴史観の対立は解決するのでしょうか。

 補足します。養老さんのお話は、人間が持っている「言葉」や「意味」は過去そのものの記録には向いていない、それとはまったく異質なシステムだということだと思います。物語は意味を与えることができる。でも事実そのものには意味はない。そして人間は意味がない状態では過去を記憶できない。そこに物語が発生するんだけど、物語は物語である以上必ず事実からはずれてくる。

 だから、物語は歴史観を統一するようなものではない。むしろ、ぼくたちは物語が複数ある状態で満足するしかないと思います。たしかに歴史修正主義やネトウヨの物語はよくない。けれどもそれに対抗するためには、「正しい物語」を語るのではなく、人々が単一の物語を信じすぎないようなレジリエントな社会をつくったほうがいい。養老さんは今日、あるものはあるのだと受け入れていくことが大切だとお話しされましたが、それと同じことだと思います。

 

質問者2 ウクライナへの侵攻があり、このところ、わたしたちの戦争への反省は不十分だったのではないかと考えていました。養老先生は、戦後民主主義に距離を取りつつも、日本がつぎの機会ではうまくやるために、ずっと発言され、戦ってこられたのだと思っています。最近の状況と戦争への反省について、いま、どのようにお考えですか。

養老 戦後の平和主義は力不足だったと言うしかないですね。そもそもプーチンを止めることもできない。なんの力も持っていない。自分だけは平和でいいというのでは、絵に描いた餅になってしまう。そういうことを戦後の日本はずっとやってきただけです。

 平和主義を貫徹するのであれば、日本はプーチンに対してもっとものを言える国でなければならなかったということですね。

養老 平和主義というのは、要するに、わたしたちの日常の感覚と社会全体の動きがぶつかったとき、日常を取るという覚悟のことです。つまり、みなさんの日常がどこまで大事なものかが問われている。それでさきほどは地震の話をしたんです。地震が起きたら、非常に多くのひとの日常が脅かされることになる。それはまさしく戦争と同じで、そういうことがあっていいのか、それをどうやって回復させるかを考えておかないといけない。

 平和主義と災害への備えがこのようにつながるとは、とても勉強になります。

 最後にもうひとつ質問を受けつけます。

 

質問者3 養老先生は『唯脳論』(1989年)で意識について言及されています。脳は構造であり、意識は機能だという趣旨でした。一方で茂木さんは意識をもうすこし現象的に、実体に近いものとして捉えているように感じます。意識とクオリアに対する、茂木さんと養老先生の考え方のちがいをお聞かせください。

養老 ぼくの言う機能というのは、構造に対する機能のことです。脳をいじると意識が変わったりなくなったりするので、意識の場として脳があることは間違いない。そうすると脳は構造ということになる。落合陽一流に言うと、脳は質量のある世界に存在し、意識はそこから非質量の世界に飛んでいる。それを機能と呼んだだけです。

 茂木さんとのちがいは、要するに、クオリアとはなんだということだと思います。乱暴な定義をすると、こうやって喋って通じるものはクオリアじゃない。そこでどうしても残る通じない部分をぼくはクオリアと呼ぶ。言葉はクオリアを削ぎ落とすことで成立している。小説家はその非常にギリギリの世界をなんとか言語化しようとしている。

 いまのお話は、精神分析で「無意識」と呼ばれる問題とつながると思います。フロイトのモデルだと、意識は水面に出ている氷山の一角みたいなもので、言葉はその意識によってコミュニケーションしている。背後には無意識というものがあって、それは水中に沈んでいる氷山の部分にたとえられる。そしてこの部分は、身体やメディアを通じて、言語とはちがうかたちで他者とつながっていると考えられる。そういう精神分析の認識は脳科学と大枠ではずれていません。

 養老さんから、クオリアは意識の外にあるというお話をいただきました。茂木さんはいかがでしょう……と思ったけれど、酔っ払ってしまって答えは無理かな。

茂木 今日ここに生で養老孟司さんがいる、ということの価値ですよね。ほんとうにいるんですよ。それがクオリアです。無意識でなにが起こっているのかはわからないけれど、いわゆるふつうの意識で捉えられる情報とはちがうなにかがここにはある。養老先生はずっとそこを考えられている。

 ありがとうございます(笑)。とはいえ、よいお答えをいただきました。ぼくがなぜいまトークスペースを開き、「ひとを集めることが大事だ」と言っているかといえば、まさに無意識での情報伝達が重要だからです。コロナ禍でみなリモートやテレワークでいけるという話になったけれど、ぼくは懐疑的です。言語や視覚情報だけでは、無意識の伝播は成立しにくい。今日先生がいらっしゃって、ここで生身で話されているという事実が、コミュニケーションの質を変えてしまうのですよね。

 ところで養老さんはメタバース推進協議会の代表理事も務めていらっしゃいます。Zoomやメタバースといったテクノロジーが、どれだけクオリア的なコミュニケーションを拡張するとお考えですか。

養老 Zoomは必要に迫られてやっています。メタバースもクオリア的なコミュニケーションにあるていどは影響するでしょう。もっとも、ぼくがメタバースに期待するのはむしろ現実の保存や記録です。たとえば、ラオスの森のなかを歩いてもらって、それを360度カメラで撮る。森の複雑性を言語で記述するのは不可能です。でもVRで再生すれば、そこで研究者が受け取ったクオリアを追体験できるかもしれない。

 さきほどの歴史の記憶の話ともつながるお答えですね。ありがとうございます。ではそろそろ……。

茂木 あずまん! ネットからおもしろい質問が来てるよ! 読み上げますね。「茂木さんは脳、養老先生は虫とそれぞれ自分の居場所があると思います。自分はまだ居場所がありません。どうすれば自分の居場所が見つけられますか」。養老先生、どうでしょう!

 (笑)

養老 そういうふうに悩んでいるのなら、居場所は必ず見つかるはずだと思います。人間は悩むのがいやですから、悩みについて考えていれば、悩みがなく落ち着いていられる場所に必ず辿り着く。なるようになりますよ。

茂木 ぼくも同じ考えです。今日はほんとうに楽しかった。

 ぼくもとても楽しかったです。養老先生、長時間お付き合いいただき、どうもありがとうございました。

 

2022年5月8日
東京、ゲンロンカフェ
構成・注・撮影=編集部

 

本対談は、2022年5月8日にゲンロンカフェで行われたイベント「なぜ脳を語るのか──唯脳論、脳化社会、クオリア」を編集・改稿したものです。

 

★1 司馬遼太郎「異常な三島事件に接して」、「毎日新聞」、1970年11月26日。

 

シラスでは、2022年11月5日までアーカイブ動画を公開中です。

養老孟司×茂木健一郎 途中登壇=東浩紀「モギケンカフェ#4 なぜ脳を語るのか──唯脳論、脳化社会、クオリア」(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20220508/
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1937年、鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1989年、『からだの見方』でサントリー学芸賞を受賞。1995年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。著書に、『唯脳論』『身体の文学史』『人間科学』『バカの壁』『死の壁』ほか多数。『バカの壁』は450万部を超えるベストセラーとなり、2003年の新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。趣味は昆虫採集。現在は、多分野で活躍しつつ、東南アジアを中心に昆虫の世界を探訪する日々を過ごしている。

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脳科学者、作家、ブロードキャスター。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年10月20日東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。2005年、『脳と仮想』で、第四回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。IKIGAIをテーマにした英語の著書が、31カ国、29言語で翻訳出版される。

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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)、『忘却にあらがう』(朝日新聞出版)ほか多数。

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