ひろがりアジア(2) コロナゼロの島──「要塞」は「安息の地」になれるか|吉澤あすな

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ゲンロンα 2020年12月4日配信
 私たちは、いかに「コロナと共に生きる」ことができるだろうか。2020年3月以降、感染が急速に拡大していった時期、どの国も経済を停滞させることを厭わず、厳しい対策を講じて感染リスクを抑え込むことを目指した。しかし、一旦対策を緩め、経済と社会を動かす段階において問題になるのが、感染リスク、そして感染対策の適用とそれらがもたらす負担の「不平等さ」だ。日本では、経済振興策として「Go Toトラベル」や「Go Toイート」といったキャンペーンが導入され、観光や外食を楽しむ人が増える一方、そうした行動ができない人たちの間で不平等感や閉塞感が一層強まる結果が生じている。また、観光地の住民が、観光客の「自由な行動」を実現するために、地域に感染が拡大するリスクを引き受けたり、行動の自粛を求められたりする現実もある。

 本稿では、日本よりもはるかに厳しい罰則付きの感染対策を実施しているフィリピンにおいて、一時期「コロナゼロ」を実現していたボホール州の経験に焦点を当てる。この島は、「コロナゼロ」から島内への感染拡大を経て、国をあげた観光業回復の実験場として観光地をオープンさせようとしている。島が経験した「コロナゼロ」から「with コロナ」への移行、そして、経済回復と感染リスク抑制の両立において顕わになった「不平等さ」の問題から、「コロナと共に生きる」困難と可能性について考えてみたい。筆者は、学術研究の調査のため、2019年9月から1年間の予定で現地に滞在していた。本稿の記述は、2020年8月に筆者が帰国するまでに現地で見聞きした内容と、新聞記事等オンラインで収集した情報に基づく。

 フィリピンの中央ビサヤ地域に位置するボホール州=ボホール島【図1赤色部分】は、新型コロナウイルスの感染拡大後、州境の封鎖によって4月末まで新規感染者が確認されず、「コロナゼロ」を実現していた。まるで強固な「要塞」と化した島★1は、5月に入り、他地域に足止めされていた地元出身者の帰郷が始まると、間もなく島中に感染が広まった。現在に至るまで、島の内外を結ぶ交通は特別便などに限定され、入州のための健康証明書提出や到着後14日間の隔離が義務付けられるなど、人の往来は制限されたままだ。

 住民が不自由な生活を強いられるなか、政府は、この崩れかけた「要塞」を、「tourist haven」つまり観光客の「安息の地」へとつくりかえようとしている。長らく新規感染ゼロを維持した実績を中央政府に買われ、ボホールは観光産業回復のモデルとして抜擢されたのだ。州境の水際対策を維持しつつ、国内外から観光客を迎え入れる計画は上手くいくのだろうか。

【図1】ボホール州(赤色部分)は、セブ市から高速船で2時間ほどの距離にある。国際空港を備え、白い砂浜に並ぶリゾート群は3月まで外国人観光客で賑わっていた 地図作成=吉澤あすな
 

閉じ込められた島での「不自由」で「平和」な生活


 2020年3月12日、新型コロナウイルス感染がマニラ首都圏を中心に拡大するなか、フィリピン政府はマニラでロックダウン★2を実施すると発表し、地方政府もこれに追随した。ボホール州政府は最初の防疫措置として、島と外部をつなぐ全ての船と飛行機の運行停止命令と夜間外出禁止令を出した。筆者がこのニュースを知ったのは防疫措置開始日だったので、突如島から出る手段がなくなってしまった。筆者と同様に州内に足止めされた者、また州外から帰ってこられなくなった地元民が数多くいた。ボホールは感染リスクが内部に入り込まないよう、州境を閉じて島を「要塞化」する戦略をとったといえる。

 ボホールは、この時点で新規感染ゼロを維持していたのにもかかわらず★3、マニラと同様に厳しい防疫措置が実施された。州境封鎖によって島への出入りが原則禁止されると共に、全ての未成年(18歳未満)と高齢者に対する24時間の外出禁止、不要不急の事業所(スーパーや薬局以外の商店等)に対する一時営業停止が命じられた。さらに、全ての住民が外出時に防疫パスを携帯しなくてはならなくなった【図2、3】。その他、幼稚園から大学に至るまで全ての教育機関の休校、公共の場での飲酒禁止、マスクの使用義務化、バイクの2人乗り禁止などの数多くの事項が追加され、違反者には罰則が課された。

【図2】家族に1枚のみHome Quarantine Pass(防疫パス)が発行され、外出時は携帯必須となった。そのため、家族2人以上での外出が原則できなくなった 撮影=吉澤あすな
 

【図3】州都タグビララン市内のショッピングモールでは、入り口で防疫パスのチェックと入場制限が行われていた 撮影=吉澤あすな
 
 当初、生活が激変したことに筆者を含む住民は驚き、強いストレスを感じた。街から人通りが消え、スーパーや薬局の他は買い物もできない。一番衝撃的だったのは、未成年および高齢者の外出禁止令であった。彼らは、散歩や近所の買い物でさえ例外とはされず、ひたすら「ステイ・ホーム」することを強いられたのだ。街中が感染リスクで溢れているわけでもなく、島内の感染者がゼロで島外への人の往来もほぼないにもかかわらず、行動の自由が著しく制限されることに不条理を感じた。

 しかし数週間が経ち、私たちは新たな生活に馴れ、静かにルールに従うようになる。日常は様変わりしたが、州の内部では「平和」が保たれているように見えた。スーパーの品薄は解消され、マスクや消毒液でさえ、しばらくすると店頭に並ぶようになった。犯罪率は低下していると発表された★4。トライシクル(サイドカー付きのバイクタクシー)は家族同士であっても1名ずつの乗車、以前は乗客が鮨詰めだったジープニー(乗合タクシー)は半分の乗客で街を走るのが当たり前になった。

 また、当初は規則を厳守していた住民も、状況を伺いながら自らの判断でルールを少しずつ緩めていった。例えば、熱心なカトリック信徒の多いフィリピンでは、教会での礼拝や宗教行事ができないことは大きな問題であり、FacebookやTV配信によるオンラインミサが代替的に行われていた。筆者の住んでいたカトリック教区ではそれに加え、教会に集まる代わりに、聖像を乗せた車が近所の道を走る祈祷(プロセッション)が毎晩行われた。短い時間であっても、子どもたちにとって近所の友達と顔を合わせ、交流する貴重な機会となった【図4、5】。

【図4】キリストの聖像を乗せたプロセッションの車を迎える人々 撮影=日下渉
 

【図5】キャンドルを並べてプロセッションの準備をする子どもたち 撮影=日下渉
 

「要塞」の崩壊


 しかし、5月に入ると、「要塞」の中の平和な生活は、たんなる時間稼ぎでしかなかったことが露呈した。島をコロナゼロに保つことは、実は、国内の他地域に足止めされた9000人以上と推定されるボホール人と、膨大な数の海外への出稼ぎ労働者(Overseas Filipino Workers: OFW)の帰郷を阻むことで成り立っていたからだ。特に、フィリピンは国民人口の1割がOFWと試算される海外出稼ぎ大国である★5。彼らの入州をパンデミック終了時まで拒否し続けることはできなかった。
 4月の時点で、島にいる住民は帰郷困難な同胞に同情しつつも、島をコロナゼロに保つため彼らの帰還に強く反対していた。ボホール医学会は声明を出し、「首都圏やセブなど感染地域からの入州を許可すれば、感染の本格的な発生が予想される。しかし、ボホールはそのような事態に十分に備えられていない」として、州外にいるボホール人の帰還に強く反対した★6。州内のいくつかの自治体も同様に反対を表明した。さらに、地元の地方紙「ボホール・クロニクル」やアート・ヤップ州知事のFacebook投稿のコメント欄には、#NoToOplanExodusのハッシュタグを用いた、州政府によるボホール人帰還計画★7への反対意見が書き込まれた。

 このような激しい反対の背景には、「汚染された外部」と「清潔な内部」の二分法の強力なイメージがあった。社会を「我々」と「彼ら」に分ける傾向は普段から私たちのなかに存在するが、感染の恐怖によって特に顕著になりやすく、感染源とされる地域や人を遠ざけようとする心理につながる★8。さらに、ボホールの医療インフラは脆弱なため、一度感染が州内に広がれば、医療崩壊の可能性が高まる。その時にもし州境が封鎖されたままであれば、人々は「外に逃げる」こともできない。つまり、「コロナゼロの安全な要塞」が「危険な檻」に反転してしまう。住民はそれを恐れたのだ。隣接するセブ州で感染が拡大していることや、そこから人々が小型船で違法にやってくることは、その二分法のイメージと「外部の脅威」への恐怖を強化した★9

 一方、突然州境が封鎖されて家に帰れなくなった人々は、ヤップ知事のFacebook投稿のコメント欄などで窮状を訴えた。例えばある女性は、「私の姪が幼い子どもたちとマニラに取り残されボホールに帰れずにいる。3人の子どもを抱えて食料を買いに外出するのも難しい」とコメントした。また、ボホール外で仕事をしていてコロナ禍で失業した人は、「家にも帰れず仕事もなく、どうやって生活して良いかわからない」と不安を述べた★10。州政府は、帰郷困難なボホール人に対して現金送金による経済支援を行いつつ、帰還に反対する住民の感情に配慮し彼らの受け入れには慎重であった。

 しかし、このような膠着状態は、大量のOFWの存在によって一転した。中央政府機関は、コロナ禍によって帰国したOFWの隔離のため、首都マニラで一時滞在施設や食事を提供してきたが、一日2000人ものペースで到着するOFWを収容する施設はすぐに飽和状態になった。さらに、地方政府が自地域での感染拡大を懸念し、帰郷を希望するOFWの受け入れに難色を示した結果、故郷に帰れない大量のOFWが一時隔離施設に滞留してしまった。対策のために運輸省は、フィリピンに到着する国際線の便数を大幅に制限するに至った★11。4月28日、ボホールは、受け入れを求めて圧力を強める中央政府に押し切られる形で、マニラとセブに足止めされていたOFWの集団を初めて受け入れた。そして数日後、そのうち2人が到着後のPCR検査で陽性を示したとのニュースが流れた★12

地域内感染の広がり:「with コロナ」への移行


 4月末以降、OFWに加えて、国内の帰郷困難者(Locally Stranded Individuals: LSI)も政府の手配した交通機関で続々とボホールに帰州し、到着後の検査で陽性が判明するケースが次々報じられた。そしてついに6月4日、OFWでもLSIでもなく、彼らとの接触歴もない初の地域内感染が確認され、しかもこの患者は既に死亡していると発表された★13

 以前より寝たきりで持病のあったこの89歳の男性は、5月26日に死亡し、肺炎を併発していたためPCR検査を実施されたが、その結果が出たのは6月4日であった。判明までに9日もかかったのは、ボホールに検査施設がなかったからだ★14

 その後も、OFWおよびLSIの陽性例が増加すると共に、地域内感染も多数報告されるようになった。しかし、それらのほとんどが経路・感染源不明であった。筆者の感覚では、これだけ念入りに入州を制限して水際で検査や隔離を義務付けているにもかかわらず、地域内感染が散発的に報告される状況はかなり不気味であった。

 一方、住民の反応は、意外と冷静だった。6月4日の晩、近所の人が顔を合わせたプロセッションは、初の地域内感染かつ死亡例の話題で持ちきりだったが、皆それほどショックを受けていないようだった。彼らは、「89歳で亡くなるのって普通だよね。もうお年寄りだしなぁ」と口々に話していた。ニュースを伝える地元紙のFacebook投稿へのコメントでも、「検査してないだけでみんな感染しているんだよ」「州政府はボホールにコロナリスクがあると認め、きちんと情報公開すべきだ」「パニックにならないで感染予防をしよう」といった冷静な意見が多く見られた★15。コロナゼロを保っていた時には、外部からの感染流入に強い不安を持っていた住民感情とは対照的である。

 このように、「要塞」崩壊の衝撃がソフトランディングした理由としてまず考えられるのは、検査体制が未整備だったために地域内感染の広がりが可視化されなかったことである。筆者はこの時期、毎日地元紙のニュースをチェックしていたが、たとえ「XX病院でコロナ疑い患者にPCR検査実施」と記事が出ても、何日待っても結果が判明しない、あるいは検査の質に問題があり再検査が繰り返されるということが続いた。そのため、日常生活でもいつどのように危機感を持っていいのかわからず、「おそらく地域内感染が広がっているだろう」という漠然とした想定で行動するしかなかった。あまりに脆弱な検査体制が、結果的にコロナの脅威を曖昧にしたといえる。その後、8月に入りボホールに2つの検査施設が完成し1日に数百件の検査が実施可能になると、陽性者数の報告も劇的に増え、感染クラスターも特定されるようになった【図6】。

 また、島内での感染拡大が淡々と受け止められた要因として、地元住民がコロナゼロを維持することに疲弊し限界を感じていたことも大きい。後述するように、3月からの厳しい防疫措置によって地域経済や住民生活は多大なダメージを受けており、毎日の食費や一時猶予されていた電気、水道、家賃等の支払いに頭を悩ます人も増えていた。こうしてボホールの住民は、「コロナと共に生きる」ことをいつの間にか実践しつつあった。

【図6】8月下旬にようやく始動した可動式検査室 写真提供=ボホール・クロニクル★16
 

停滞する経済、苦しい生活


 ボホールは、州外にいた地元出身者を4月末に受け入れ始めた直後から、レストランや商業施設の制限付き再開を認めた【図7】。また、未成年や高齢者は、1週間のうち指定された曜日のみ外出できるようになった★17。コロナゼロだった4月まで非常に厳格だった防疫措置が、感染リスク拡大と共に逆に緩められていったのは皮肉だが、たとえ感染リスクを被ったとしても、これ以上ビジネスを停止させることに地域経済も住民生活も耐えられなかったようだ。

【図7】5月1日より緩和された防疫措置のもと再開したファストフード店。営業再開にあたり社会的距離を取ることが義務付けられている 写真提供=ボホール・クロニクル★18
 

 特に、観光業への影響は甚大だった。国内屈指のビーチリゾートを持つボホールだが、3月から5月までボホールの宿泊施設のほとんどの部屋が埋まらず、6月時点で、観光業だけで11億4000万ペソ(約24億8000万円)以上が失われた。さらに、関連サービスを含む観光部門で約1万人の雇用が失われた。同州の他の産業も含めると、約10万人が職を失ったと推定された★19★20

 9月にはさらに失業者が増え、コロナ禍によって20万人以上の人々が仕事と生計の機会を失った。さらに、海外出稼ぎ労働者からの送金の減少が人々の生活に与える影響も深刻である。同州にはこれまで、年間200億ペソ(約430億円)もの金額が海外から送金されていた。しかし、パンデミックによって失業した出稼ぎ労働者はフィリピンに帰国し続けており、送金額は減少している★21

 実際、筆者が子どもを預けていたベビーシッターの女性は、カナダに住む婚約者から家賃にかかる費用約3万円の送金を毎月受けていた。しかしカナダ国内のコロナ禍によって婚約者の収入が減り、送金が途絶えた。平時であれば送金に代わる収入手段を獲得することも考えられるが、厳しい防疫ルール下にある状況ではそれも難しい。生活費を海外送金で賄っていた人々にとって、全世界的なコロナ感染拡大は死活問題となっている。
 フィリピン政府は、困窮家庭のために現金給付プログラムを実施している。また地方自治体や社会福祉開発庁は、各家庭に救援物資を配布した。筆者の家にも自治体のスタッフが何度も訪れ、食料や雑貨が配られた【図8、9】。さらに州政府は、1億5000万ペソ(約3億2600万円)の食料援助と共に、中小企業支援に2億ペソ、自治体のプロジェクトに1億1000万ペソ、農業・漁業プロジェクトに1億5000万ペソを配分すると4月に発表し、観光業低迷や送金減少によるダメージを回復させようとしている★22。しかし、当然のことながら、これらの支援は人々のニーズを十分に満たすまでには至らず、生活は苦しいままである。

【図8】4月上旬に自治体から初の救援物資として米2キロ、缶詰、袋麵、石鹸が配られた 撮影=吉澤あすな
 

【図9】7月上旬に一家族あたり米50キロが配られた 撮影=吉澤あすな
 

諸手をあげて喜べない「トラベル・バブル」


 深刻なダメージを受けた経済回復のために最も期待されているのは、観光業の再開だ。フィリピン観光庁長官は6月、国をあげた観光業立て直しに向けて、観光業が再開可能な「tourist haven」の1つとしてボホールをあげた★23。ボホールは、フィリピンの有名観光地ボラカイ島やパラワン島と同様に、「トラベル・バブル(travel bubble)」の対象地に選定され、海外諸地域から直接観光客を受け入れる準備が進んでいる★24。コロナ禍における「バブル=泡」の概念は、ニュージーランド首相がロックダウンの際に「Stay Home」に加えて「Stay in your bubble」と呼びかけたことに由来し、家族や同居人による狭い範囲の「安全な共同体」を指す。後に、感染リスクの比較的低い国同士が国境の往来を自由にするために結ぶ合意を「トラベル・バブル」と呼ぶようになった。これにより、感染リスクの高い人々をバブルの外に留め置きつつ、「安全な」バブル間の移動が自由に行えるようになる。

 フィリピンにおけるトラベル・バブル政策の実施に向け、10月にボラカイが外部に開かれたのに続き、ボホールの観光地は11月中旬からビジネスイベントや結婚式等の集会目的に限定してオープンした★25。島は、強固な「要塞」化とその崩壊を経て、観光客の出入りを認める「バブル」になることで、経済回復と感染リスク抑制の両立を目指そうとしている。

 とはいえ、たとえ、「安全な」バブル間の行き来であれ、外部から観光客を受け入れれば、感染拡大のリスクは増大する。それにもかかわらず、ボホールで観光業再開に真っ向から反対する声は少ない。興味深いのは、3〜4月に帰還者受け入れに反対していた時と異なり、地元住民の間に、感染リスクへの懸念というより、不公平な防疫措置適用への不満が見られることだ。例えば、観光客はボホール到着後の自己隔離などの義務が免除され、よりスムーズな往来が可能であることに対して、「私たち地元住民は州外から来たら自己隔離をしなくてはいけないのに、なぜ観光客だけ免除されるの?」と疑問を呈す人もいる★26。以前は、ビジネス、病院治療★27、家族や親族との面会など、頻繁にボホールと周囲の島々との間を行き来し生活を営んできた人々にとって、長期に渡る移動制限★28は、経済的にも心理的にも大きな負担になっている。

 10月28日には、ボホールの観光業再開に向け、大統領報道官ハリー・ロケが視察に訪れた。観光地を背景にした写真が投稿されると、報道官の到着を歓迎する声と共に、「楽しそうで良いですね。地元民はバケーションなんてできないのに」「彼はなぜマスクをせず、到着後の隔離もしないんだ!」「特権階級にはコロナの免疫がついていて、庶民には免疫がつかないんだよ(笑)」と揶揄するコメントが並んだ★29【図10】。

【図10】視察でボホールを訪れ、ウニを捕る大統領報道官ハリー・ロケ 写真提供=ボホール・クロニクル★30
 

 これまで、「感染拡大を防ぐために自己犠牲が必要だ」「規律ある行動をしよう」といった合言葉の下、防疫のため一致団結していた社会の雰囲気が綻び始めているようだ。コロナ禍の当初から、フィリピンの人々が我慢強く規則に従うことができたのは、感染による死を身近に感じたという恐怖からだけではないだろう。フィリピンではもともと、高額な医療を受ける経済力のない庶民にとって、デング熱、マラリア、結核、狂犬病といった感染症によって命を落とすのは珍しいことではない。一方、新型コロナの場合、裕福で社会的地位が高い人々でも比較的平等に感染するリスクがあり、たとえ高度医療を受けたとしても死亡するリスクがある。こうした社会階層を超えたリスクの平等性は、コロナ防疫における人々の連帯感と従順さを生むのに寄与していた。しかし、感染対策を緩める段階に至った今、防疫措置の適用やそれによって受ける負担はやはり平等でないことが露呈し、住民は不満を募らせ、自らが犠牲を払ってまで厳しい防疫ルールを順守し続ける意義を疑っている。

「要塞」は「安息の地」になれるか


 観光業の経済ダメージを最小化するという側面から見ると、「コロナゼロの要塞」を「トラベル・バブル」へとつなげた州政府の戦略は有効だった。一方、地元住民は、コロナゼロが維持されていた時期には外部からの感染流入を恐れ、厳しい州境管理や防疫措置を課す方針に賛同していた。だが現在では、観光業再開のために払う犠牲が大きいことや、負担が不平等であることに対して不満を高めている。

 今後、たとえボホールの観光地を外部に開放したとしても、これまでの経緯を踏まえれば、制度や設備の受け入れ態勢が整うには相当の時間を要するし★31、送り出し側の海外や国内他地域から突然大量の観光客が押し寄せることも考えにくい★32。開放は、漸次的に進むと予想される。そして住民の生活に関しては、「安全圏としてのバブル」を維持するために、州外部との往来を含む行動の自由は制限されたままにされる可能性が高い。つまり、ボホールでコロナ感染が急拡大するリスクは少ない反面、真綿で首を絞めるような閉塞感はしばらく続くだろう。

 日本では、3月から初夏にかけて、感染拡大への不安から、より厳格で強制力を持つ対策を求める声が少なからずあった。そして、早期にロックダウンを実施したフィリピンを称賛する意見も聞かれた。「コロナゼロの要塞」をつくるボホールの戦略はまさに、感染源を「外部」「彼らの側」に遠ざけておきたいという人々の普遍的心理を体現したものだった。しかしその戦略は長続きせず、地域経済と生活に深刻な打撃を与えた結果、住民の意識を「with コロナ」へと向かわせた。

 そして現在、観光地再開をめぐって新たに顕在化した「不平等さ」の問題は、社会が一致団結してコロナという共通の敵と戦っていたのと趣を異にする。中央・地方政府、産業界、様々な背景を持つ住民など利害と志向が異なる各方面にとって、いかに説得的な方途で経済回復を進められるかが鍵だ。ボホールを、観光客だけでなく地元住民にとっても「安息の地」とするのは、「要塞」をつくるよりもずっと複雑で困難な挑戦である。

★1 先行研究は、感染症流行時に自国・自地域を「要塞」化し感染リスクを避けようとする心理について指摘してきた。Schoch-Spana (2006)によると、アジア・中東諸国における鳥インフルエンザ流行時の米国の感染症政策は、感染地域からの人々の出入りを監視し隔離を課すことで、感染を海外に封じ込め、自国を感染リスクから回避させようとする「fortress mentality(要塞心理)」に基づいていた。Monica Schoch-Spana. “Post-Katrina, Pre-Pandemic America,” Anthropology News, January 2006, p. 32 and 36.
★2 後に「コミュニティ防疫」に修正。
★3 2月に中国からボホールを訪れていた感染例1例が確認されていたのみであった。
★4 “Crime incidents in Bohol down since community quarantine,” The Bohol Chronicle, 3 Apr. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/04/03/crime-incidents-in-bohol-down-since-community-quarantine/(2020年11月10日閲覧)。
★5 ボホールに限定すると2015年時点で人口の3.5%、31,621人が海外労働者として登録されている。 “Bohol Population Recorded at 1.3M by 2015,” Philippine Statistic Authority: RegionVII-Central Visayas. URL= http://rsso07.psa.gov.ph/article/bohol-population-recorded-13m-2015(2020年11月10日閲覧)。
★6 “Bohol Medical Society ‘strongly opposes’ Oplan Exodus,” The Bohol Chronicle, 18 Apr. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/04/18/bohol-medical-society-strongly-opposes-oplan-exodus/(2020年11月10日閲覧)。
★7 州政府は4月、州外に足止めされたボホール人の帰還計画を「Oplan Exodus(脱出作戦計画)」と命名し、計画実施のために中央政府や自治体と調整を進めていると発表した。
★8 Michael C. Ennis-McMillan and Kristin Hedges. “Pandemic Perspectives: Responding to COVID-19,” Open Anthropology, 8(1), 2020. URL= https://www.americananthro.org/StayInformed/OAArticleDetail.aspx?ItemNumber=25631(2020年4月21日閲覧) 。
★9 州境が封鎖された当初から、セブからの違法入州者が小型ボートで沿岸部の村に着岸しているとの噂が出回っていた。州政府は事態を重く見て、海上警備を増強したり、懸賞金供与によって住民から情報提供を募ったりして違法入州の取り締まりを強化した。
★10 アート・ヤップ州知事Facebookページ、2020年4月8日投稿記事。 URL= https://web.facebook.com/artcyap/posts/2668264263459197(2020年11月10日閲覧)。
★11 運輸省Facebookページ、2020年5月3日投稿記事。 URL= https://web.facebook.com/DOTrPH/posts/1687604174712045(2020年11月10日閲覧)。
★12 “OFW yields positive result anew in confirmatory COVID-19 test,” The Bohol Chronicle, 13 May. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/05/13/ofw-in-bohol-yields-positive-result-anew-in-confirmatory-covid-19-test/(2020年11月10日閲覧)。
★13 同じく6月4日に報告されたもう1例の陽性例も、経路不明の地域内感染であった。
★14 州政府は3月から州内に検査施設を設置すると表明していたが、準備が遅れていた。そのためサンプルをいちいちセブ市まで送らなければならず、検査数は制限され、結果が出るまでに時間がかかる状況が続いた。
★15 ボホール・クロニクルFacebookページ、2020年6月5日投稿記事。 URL= https://www.facebook.com/theboholchronicle/posts/2951019358349875 URL= https://www.facebook.com/theboholchronicle/posts/2950571191728025(2020年11月6日閲覧)。
★16 “Bohol’s first mobile COVID testing lab to start ops in August,” The Bohol Chronicle, 22 Jul. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/07/22/bohols-first-mobile-covid-testing-lab-to-start-ops-in-august/(2020年12月3日閲覧)。
★17 ただし、子どもはスーパーなど商業施設への入場は認められなかった。
★18 ボホール・クロニクルFacebookページ、5月6日投稿記事。URL= https://www.facebook.com/theboholchronicle/posts/2877558495695962(2020年11月10日閲覧)。
★19 “Bohol tourism loses P1 billion due to COVID-19,” The Bohol Chronicle, 29 Jun. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/06/29/bohol-tourism-loses-p1-billion-due-to-covid-19/(2020年11月5日閲覧)。
★20 2015年時点で、有給の仕事に従事する15歳以上の州人口は526,018人(州人口の40.2%)。★5記載のURLを参照。
★21 “Bohol loses P10 billion to COVID,” The Bohol Chronicle, 14 Sep. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/09/14/bohol-loses-p10-billion-to-covid/ (2020年11月5日閲覧)。
★22 “Capitol allots P150 million for social amelioration program,” The Bohol Chronicle, 9 Apr. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/04/09/bohol-allots-p150-million-for-social-amelioration-program/(2020年11月10日閲覧)。
★23 “Panglao prepares for planned reopening of tourism-related businesses,” The Bohol Chronicle, 18 Jun. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/06/18/panglao-prepares-for-planned-reopening-of-tourism-related-businesses/(2020年11月7日閲覧)。
★24 “What exactly is a Travel Bubble?,” GMA Entertainment, 28 Sep. 2020. URL= https://www.gmanetwork.com/entertainment/celebritylife/travel/69251/what-exactly-is-a-travel-bubble/story(2020年11月8日閲覧)。
★25 12月7日に観光促進委員会のメンバーと他地域からの旅行業者が4日間の会議に参加するために来州する予定であるが、その他の旅行者の受け入れは未定である。 “Bohol is already open, but are tourists coming?,” The Bohol Chronicle, 16 Nov. 2020. URL= https://www.boholchronicle.com.ph/2020/11/16/bohol-is-already-open-but-are-tourists-coming/(2020年11月21日閲覧)。
★26 ボホール・クロニクルFacebookページ、2020年10月28日投稿記事。URL= https://www.facebook.com/theboholchronicle/posts/3373606229424517(2020年10月30日閲覧)。
★27 脳外科手術など高度な治療を、より医療設備の整ったセブ市に受けに行く人が多くいた。
★28 以前のように州の出入りが禁止されているわけではないが、健康証明書等の書類取得や自己隔離の負担に加えて、飛行機や船の特別便の費用が高いことから、実質的に庶民の自由な移動が制限されている。
★29 ボホール・クロニクルFacebookページ、2020年10月29日投稿記事。URL= https://www.facebook.com/theboholchronicle/photos/a.835476443237521/3376674219117718/ ボホール・クロニクルFacebookページ、2020年10月30日投稿記事。 URL= https://www.facebook.com/theboholchronicle/photos/a.835476443237521/3379112405540566/ (いずれも2020年11月2日閲覧)。
★30 ボホール・クロニクルFacebookページ、2020年10月30日投稿記事。URL= https://www.facebook.com/theboholchronicle/photos/a.835476443237521/3379112405540566/(2020年11月6日閲覧)。
★31 観光客に対して出発時または到着後のPCR検査や行動追跡を課すとされているが、ボラカイ島ではPCR検査の手間と費用が集客を阻んでいるとの報告があり、より安価で迅速に実施できる抗原検査等の新たな検査法開発が進められている。
★32 諸外国やフィリピン諸州の多くが帰国・帰郷後14日間の隔離を課しており、それが旅行客の障壁となると予想される。

吉澤あすな

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士後期課程。主な専門は、南部フィリピンにおける草の根の平和構築とムスリム-クリスチャン関係。異宗教間結婚や改宗といった、異なる人々が交わる日常実践に着目している。著書に『消えない差異と生きる―南部フィリピンのイスラームとキリスト教』(風響社)、共著に『日常生活と政治: 国家中心的政治像の再検討』(岩波書店)など。
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