シラスと私(4)都市と田舎をつなぐ「ワンダー」を発見する場|武藤あかり

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webゲンロン 2023年3月6日配信
 2019年6月某日の昼すぎ、私は地元総合病院の分娩室にいました。

 分娩台のかたわらには東浩紀『テーマパーク化する地球』と今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』の2冊が置いてありました。当然ながら、それらの本を手にとって読むことができたのは、出産にかかったおよそ18時間のうち、はじめの1時間ほどだったのですが……。

 それからちょうど3年後、私はシラスでチャンネルを開設することになります。出産当時はシラスもなく、私自身まだ本屋にもなっておらず、それらはまったく想像もできないことでした。

 



「webゲンロン」をご覧の皆さま、はじめまして。シラスで「六畳書房の田舎でワンダー売ります。」というチャンネルをひらいている武藤あかりと申します。北海道の浦河町という人口1万人ちょっとの田舎町で、「六畳書房」という名前の小さな書店を3代目店主として営んでおります。

 この度、ゲンロン編集部の方からこのリレー連載のご依頼をいただきました。開設に至った経緯やシラスというプラットフォームの持つ魅力について、私なりにお伝えできればと思います。良かったら少しだけお付き合いください。

Uターンした地元でゲンロンに出会う


 六畳書房のある浦河町は私の地元です。函館方面を除いた北海道をダイヤ型に見たてたときの南の先端あたり、襟裳岬の近くにあります。港町でありながら軽種馬けいしゅばの産地でもあり、道内では有数の雪が少ない地域です。

 田舎に生まれ育った人の一定数がおそらくそうであるように、私は中学生の頃から「この町を出たい」と強く思うようになりました。そして、ありがたいことに親や周囲の協力を得て高専への進学のため札幌へ出ました。

 札幌での暮らしは苦労もありましたが心地よいものでもあり、私は「もう二度と地元へは戻るまい」と思いながら日々を過ごしていました……。しかし13年後、私は結婚を機に浦河へUターンすることとなります。

 



 地元へ戻った当時、私はやさぐれていました。15歳から27歳までを過ごした札幌では多くの友人に恵まれ、自分の居場所をやっと見つけたと感じていました。また、社会人として働きながら映像作家を志し、自主制作の短編映画やミュージックビデオを作ったりもしていました。それ以外にも、東京以外では見られる機会が少なかった「群青いろ」という私が世界で一番好きな映画製作ユニットの作品を誘致し、上映会を開催したりもしていました。そういった人間関係から遠ざかることは、あまりにも不安で寂しかったのです。

 札幌は、北海道の牧歌的なイメージとは裏腹に全国4位の人口を誇る政令指定都市です。少し歩けばどこにでもコンビニがあり、深夜まで開いている飲食店があり、美術館やギャラリーやライブハウスがあり、誰にも知られず一息つけるカフェがあります。そんな環境に慣れきっていた私には、久々の地元は辛いものでした。

 



 ゲンロンに出会ったのは、地元に戻ってから2年ほど経った頃です。

 もともと、その少し前に東浩紀さんの『弱いつながり 検索ワードを探す旅』を読んですごくいい本だなと思ってはいたのですが、それ以前の本を読んだりゲンロンに興味を持ったりするまでには至りませんでした。

 ところがその後しばらく経って、同時期にまわりから「ゲンロンが面白い」という話が聞こえてきました。ひとりは私の古い女友達から、もうひとりは当時私が熱烈にファンだった劇作家のSNSからです。

 



 私の好きな女性たちが何を面白いと感じているのか知りたい──。そう思い、そこで初めてゲンロンや東浩紀さんに興味を持ちました。ちょうど『観光客の哲学』が出たばかりの時期でしたので、買って読んでみました。それまでは多少読書が好きとはいえ、哲学書や人文書などの類はまるで読んだことがなかったですし、そのうえ私は大学を出ているわけでもありません。私が通った学校は、(今はもう閉校してしまいましたが)札幌市立高専というデザイン科のみの少々変わった高専で、授業の半分は美術やデザインに関するものでした。真面目な学生ではなかったのに加え、一人暮らしをしながら常にバイトと課題提出で手一杯だったので、一般教養も危うい自覚があります……。

 そんな私ですが、『観光客の哲学』をなんとか読み切ったとき、「自分にとって大事なものを読んだ」という感覚になったことをよく覚えています。

 一応本屋らしい視点を付け加えると、これまた高卒ですが文学が好きな父の本棚に柄谷行人や浅田彰や吉本隆明の本が並んでいたことは、(当然読んだことはありませんでしたが)いきなり人文系の本にチャレンジできた遠因かもしれません。

 



 それからというもの、ニコニコ動画でゲンロンカフェの番組を貪るように視聴する日々が始まりました。田舎で鬱々としていた私に、それがぴったりとハマったのです。

 文化からも友人からも遠ざかったと感じていた私にとって、オンライン上で多様な文化人たちが交わす「今の」議論をリアルタイムで聞けることは、うまくは言えませんが自分を保つためにかけがえのないことだったのです。

 以来、私は東浩紀さんのファンになり、ゲンロンのファンになり、「ゲンロン友の会」の会員になり、妊娠したり出産したり新しい仕事をしたり友人を作ったりしました。そして、いつしかゲンロンのミッションや在り方に感化され、作家の道を目指すのをやめて「観客をつくる」ために本屋となることを決意します。シラスができたのは、ちょうどその頃でした。

六畳書房のこれまでと3代目の変革


 さて、これまでゲンロンやシラスとの出会いについて自己紹介を交えつつ書いてきましたが、ひとつ心配なことがあるので事前にお伝えします。この文章を読んでくださっているうち少なくない人数の方が、地方都市や田舎に住んでいらっしゃるはずです。その皆さんにとっては、「田舎には文化がない」というような言葉は侮辱に聞こえるかもしれません。ごめんなさい。たしかに以前の私は、そのように思い込んでいました。

 しかし、今は違います。私は最近になってはじめて、「この浦河という地域にも豊かな文化がある。なにもない田舎ではない」と感じるようになりました。そして、そのように思い至らせてくれたのは、ほかでもなく六畳書房に来てくださるお客様たちや、シラスの視聴者の皆さんでした。後半ではそんな話を書きたいと思います。

 



 その前にまずは、現在私が営んでいる六畳書房という本屋のこれまでを簡単に説明します。六畳書房は、2014年に当時浦河で活動していた地域おこし協力隊員が、「書店のない浦河に本屋を作りたい」と、札幌にあった「くすみ書房」さんの協力のもと町内外の寄付を募り開いた店です。利益を求めない、小さく持続可能な書店として営業を開始し、寄付をしてくださった方には「一口店長」としておすすめの本を1冊入荷してもらうことができる仕組みを持っていました。“店長はあくまで出資者の皆さんだから”ということで、店を立ち上げた地域おこし協力隊員は「店番」を名乗っていました。

 本屋がない町の面白い取り組みということで、新聞やテレビをはじめ多くのメディアから取り上げていただいたものの、経営難と様々な事情により初代店番は約3年で閉店を決意します。しかしその後、関東からの移住者で書店員経験がある60代の女性が、「本屋がなくなってしまうのはもったいない」と名乗り出てくださり、2代目店番としてご自宅のリビングを開放しご夫婦で営業を続けていました。2代目の店番は営業を続けながらも、「自分のあとに長く継続してくれる3代目が出てきてくれないか」と後継者を探していたため、そこに私武藤が3代目として手を上げたという形です。

 ちなみにこの初代店番というのが、じつは私の夫です。夫は札幌出身で地域おこし協力隊として着任するはるか以前からの友人なのですが、結婚を決めたとき、なぜか私が二度と戻るまいと思っていた浦河にいたんですね。人生はわからないものです。2代目のご夫婦も知人でしたので、前述したように私が「作家ではなく文化を紹介する側になりたい」と思ったとき、六畳書房を引き継ぐという選択はとても身近なものでした。書店で働いた経験がまったくないからこそ飛び込むことができた無謀な挑戦だったのかもしれない、と今となっては思います。

 



 店を引き継いだとき、それまでの一連の経緯を見ていたと同時にゲンロンに敬意を持っていた私は、直感的に「店主が利益を得ないボランティア型」の書店運営は、じつは持続性がないのではないか?と考えました。1代目、2代目までのスタイルを変え、店番ではなく店主と名乗り、あるていど利益を得ることを目標にプレハブで店舗を構えて営業日数も増やしました。書棚を充実させるため、買い切りという条件にもかかわらず無理をして在庫も増やしました。ありがたいことにお客様の層は少し幅広くなり、新しい常連さんも増えました。

 しかし、約2年後の今……。3代目の私は、盛大に店の経営に失敗したのでした。見通しの甘さから売上と見合わない点数の在庫を抱えてしまったことが一番の原因です。そのうえ、育児や兼業している他の仕事(月に1度、夫が経営する燃料店が発行するニュースレターの制作・編集をしています)の負担が増えたこと、その疲れで体調を崩しがちになったことなどを理由に、もともと不定期だった営業日をさらに極端に減らしたものですから、キャッシュが回らなくなり赤字の自転車操業となってしまいました。

 そんな現状を改善したいということもシラスの配信者となったひとつの理由なのですが、配信の売上を経営の補填に回しても、このままのやり方では六畳書房を継続していけない……。

 そんなどん底の状況で、諦めの悪い私はなんとか状況を好転させるべく、昨年(2022年)末に選書サービスを始めました。

コミュニティをつくるということ


 選書サービスを始める以前は、正直「私みたいな素人本屋が選書なんて」と尻込みしていました。しかし、シラスでの配信時に状況を相談したところ、視聴者の皆さんがコメントで「ぜひやってみたらいい」と背中を押してくださったのです。

 そんな声に励まされて恐る恐る案内をSNSで発表したところ、ありがたいことに1ヶ月足らずで定員の60名の方からお申込みをいただきました。

 お客様はSNSを通じて六畳書房に興味を持ってくださっていた遠方の方、浦河町内の普段のお客様、札幌時代の友人知人、そして多くのシラスユーザーの方でした。

 もちろんそのすべての皆さまに深く感謝していますが、驚いたのはシラスユーザーの方々からのお申込みが予想よりとても多かったことです。

 つまり、あまりあけすけに言うのも恥ずかしいのですが、私のシラスチャンネルの会員数からは想像できない多くのシラスユーザーさんから選書のお申込みをいただいたのです。

 選書サービスは「一万円選書」で有名な北海道・砂川市の「いわた書店」さんの取り組みを参考に、事前にお送りしたアンケートの回答をもとに選書をするという仕組みにしました。その回答のなかには、「シラスでのご縁なので」「シラスの宣伝番組で知りました」「辻田真佐憲さんのリツイートで知って申し込みました」というような、“私がシラスの配信者だから”という理由で興味を持ってくださった方がたくさんいらっしゃいました(もちろん、普段から私の配信をご覧いただいているユーザーさんや、実店舗での常連さんからのお申込みもありました。多方面から応援してくださり本当にありがとうございます)。

 



 これは、もしYouTubeだったらまず起こらない現象だと思います。シラスには、プラットフォームそのものに親近感を持って、自分たちがプラットフォームを支えて育てていくという気持ちを持った視聴者の方がたくさんいる。そのことを、身をもって、感謝とともに実感した出来事でした。

 



 シラスで配信を始めてからの変化はいくつかありますが、その一番は日常生活に新しい視点が増え、日常生活での思考が変わったことです。

 例えば天気予報を見ているとき。以前はせいぜい札幌と浦河くらいしか気にしていなかったのですが、今は北海道の内陸部、東北、東京近郊、京都、鹿児島、果ては長崎の五島列島までもが気になる範囲となりました。これは、シラスのコメントでやり取りする皆さんが具体的に様々な地域で暮らしていると知り、「そこはいったいどんな地域なのだろう」と想像するようになったゆえに起こった変化です。

 または、育児問題について考えるとき。育児によって抱える多くの悩みについて、育児という観点からだけではなく、介護や、心身の障害がある方の状況とどうつながるのだろうかと考えるようになりました。この変化もまた、シラスにはひとつの興味や目的やイデオロギーに偏らない色んな人たちがいて、それがコメント欄を通じて自然と感じられるからこそ起こったものです。

 



 そういった想像力をシラスの視聴者の皆さんから少しずつ与えてもらうなかで、自分の地元に対する考え方にも変化が生まれ始めました。中盤でも書いたように、「なにもない田舎と決めつけるのではなく、この地域には何があるのか、どんな人がいるのか、それをどうつなげれば未来が少しでも楽しくなるのか」──。そんなことを考えるようになったのです。

 



 Uターンしたばかりの頃の私は、「町づくり」とか「地域おこし」というような言葉を毛嫌いしていました。なので、今の心境はその頃からは想像もつかなかったものです。

 



 これから六畳書房とシラス配信を続けるにあたって、最近あたらしく決めた目標があります。それは、シラスの番組配信中にコメント欄で感じられるようなゆるやかなコミュニティを、浦河で実店舗のお客様たちとつくることです。

 私にできることは限られています。コミュニティづくりのために、もしかすると一時的に「本屋」という機能を手放すこともあるかもしれません。それでも、人々が一番求めているものは、「本」そのものではなく、そこから広がる出会いなのではないか。そんな風に考え始めています。(ちなみに、このことを考えるヒントとなったのは、私がチャンネル開設をする後押しをしてくださったシラス配信者の生うどんつちやさんが、鹿屋市で開催している「大隅読書会」というものでした)。

 



 チャンネル開設時に、穂村弘さんの著書『短歌という爆弾』から引用して『六畳書房の田舎でワンダー売ります。』というチャンネル名をつけました。私にとって「ワンダー」とは、本屋のお客さんとなぜか旅行をするような友人になったり、シラスの視聴者の方から教えてもらった本をいつか私の娘が偶然手にとったり、それが人生をうっかり変えてしまうというようなことです。

 



 なにもかもが考え中、試行錯誤中、失敗中の私です。それでも、まわりの皆さんに支えられながら、かつては忌み嫌った地元でゆるやかなコミュニティづくりをしていきたいなと思っています。そしてそのきっかけのひとつに、本があればよりいっそう嬉しいです。
六畳書房の田舎でワンダー売ります。
URL= https://shirasu.io/c/wonder

武藤あかり

1987年生。北海道浦河町にある六畳書房の3代目店主。本屋のほかに、家業の燃料店が毎月発行するニュースレターの編集長を務める。2022年6月よりシラスにて『六畳書房の田舎でワンダー売ります。』チャンネルを開設。田舎でも持続可能な、既存の形にとらわれない本屋の在り方を模索中。一児の母。
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