ひろがりアジア(9) 反転のユートピア──スハルト政権期インドネシアの「若者向け娯楽誌」と9.30事件の痕跡(後篇)|竹下愛

初出:2022年1月26日刊行『ゲンロンβ69』
後篇

「PKI」の恐怖

 一般娯楽誌として当時市場を二分していた『セレクタ』と『ヴァリア』には60年代の半ばから70年代初頭にかけて、PKI(インドネシア共産党)掃討作戦で没収されたとするコミュニストらの武器の数々、逮捕者連行の様子などが写真入りで紹介されていた。9.30事件における将軍たちの拉致・拷問に関与したとされたPKI傘下の「ゲルワニ(インドネシア婦人運動 Gerakan Wanita Indonesia の略)」の女性たちに対する裁判や実況検分の様子も伝えられた。9.30事件の際に将軍らを拉致し、100万ルピアの報酬で将軍らの目をくりぬいたと自白したゲルワニ女性の裁判の模様(Selecta, No. 489, 1970)などが、「PKIを締め上げろ Ganyang PKI」というスローガンのもとに連日報じられていた【図1】★1

 

【図1】『セレクタ』に掲載された、ゲルワニの女性の裁判の様子
 

 ところが、『アクトゥイル』からこうした話題は完全に排除されている。各地で読者組織が増加していたころには毎号、どこかのAFC(アクトウィル・ファン・クラブ)創設イベントの模様が報じられていた。そこでは「いかなる政治的・社会的運動にも関与せず、特定の政党や団体のイデオロギーを持ち込んではならない」というAFCの基本方針が繰り返し強調されている。このような方針について、この雑誌の創刊者の1人であり、AFC創設イベントに主賓として参加していたトト・ラハルジョは、当時共産党の再来への警戒を呼び掛けていた当局への配慮があったと述懐している★2。もっとも、そうした「配慮」という消極的姿勢自体が、一般娯楽誌が共産分子の壊滅を訴え、国軍への積極的な支持を表明してきたのとは対照的だ。

 では、『アクトゥイル』にみられる政治的なもの一切に対する消極性はどこからくるのか──。第120号にはミス・インドネシア・コンテスト開催の広告記事が掲載され、審査の基準について「国内外の政治問題についての豊富な知識が求められる」と明記されている。その記事の端には、カッコで括られた編集部のコメントがたった一言、「(なんて恐ろしい…)」と添えられている★3。何が、どう恐ろしいのか。それは読む側の判断にゆだねられている。しかしながらこのようにミニマルな意思表明は、ミニマルであるがゆえに、それを読む多くの読者たちの間にも同じような政治的・イデオロギー的なものに対する恐怖や拒絶感が共有されていることを暗黙のうちに示している。

 政治的なものがなぜ「怖い ngeri」と感じられるのか、その意識の背景について『アクトゥイル』で具体的に言及されたことは1度もない。しかし、いくつかのテクストは、あえて明言されない恐怖の根拠が、9.30事件以降インドネシア共和国全土で共産分子撲滅の名のもとに無差別に展開された逮捕・拘束、あるいは大量殺戮という、若者たち自身にも真相は不明であったはずの出来事に集約されていることを示している。

 たとえば73年、スラバヤのロック・バンド、AKAをめぐって「アンダーグラウンド論争」と呼ばれたひとつの誌上論争が展開した。当時インドネシア国内でもっとも過激で破壊的なステージ・アトラクションを行うロック・バンドであったことから「インドネシア版アンダーグラウンド」と称され、人気を集めていたこのグループについて、ある読者が、「『アンダーグラウンド』とは、ロックの本場であるニューヨークやロンドンでは、スタイルだけでなく思想的にもラディカルなロック・スターたちに与えられる呼称であって、ステージ・アトラクションだけを二番煎じで模倣しているAKAにはふさわしくない」とする投稿を行った。これに対して、あくまでAKAの「アンダーグラウンド性」を主張するファンたちと、くだんの投稿を支持する読者たちとの間で、その後数ヵ月間にわたる論争が展開されたのだった【図2】。

 

【図2】誌面で紹介されたAKAのパフォーマンス
 

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大阪大学大学院言語社会研究科単位取得退学。2011年に同大学院で博士号取得(学術)。東京外国語大学非常勤講師。専門はインドネシアの現代文化・文学。
1995年に国立インドネシア大学文学部に留学。以後年に二度はジャカルタを訪れ、下町のコミュニティーで地元の人々のお世話になりつつ生活。映画、ノベル、雑誌など、ポピュラー・カルチャーのテクストの編まれ方、消費のされ方、グローバル化やデジタル化なかでの変容を日々観察している。
訳書にアユ・ウタミ作『サマン』(木犀社)、共著に『インドネシアのポピュラー・カルチャー』(めこん)、『東南アジアのポピュラーカルチャー』(スタイルノート)など。

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