この連載では、現在のイスラエルには宗教や文化を基盤とした様々な集団(宗教派ユダヤ人、世俗派ユダヤ人、アラブ人キリスト教徒、アラブ人イスラム教徒、ベドウィン、ドゥルーズ教徒、父親や祖父母がユダヤ人でも母親がユダヤ人でないため非ユダヤ人と見なされる人々等)があること、そのような人々が相互に一定の距離を保ちつつも市民として共存していることを述べてきた。そしてイスラエルでは18歳から男女共に課される徴兵制(男性約3年、女性約2年)が、これらの異なるグループに属する人々をイスラエル国民として結び付ける役割をある意味で果たしている例も示して来た。今回は、イスラエルにおける最近の政治動向を取り上げたい。
2022年11月に行われた総選挙で、約1年半に亘って下野していたビンヤミン・ネタニヤフ(リクード党首)が首相の座に返り咲くことになった。2か月もかかった諸政党との連立交渉の末、同年12月29日に第六次ネタニヤフ政権が発足した。このニュースは、海外ではイスラエル史上最も強硬な右派政権発足として、パレスチナ問題悪化への懸念と絡めて報じられることが多かった。だが国内からは、これを機にイスラエル社会そのものが大きな転機を迎えたように見える。一定の距離と緊張を保ちつつ共存してきた諸集団の間に以前からあった亀裂、とりわけユダヤ人内部の考え方の相違が、新政権誕生を機に明確に可視化されたからである。しかも、ただそれが可視化されただけでなく、異なる集団に対する嫌悪が増大しつつある。新政権に反対する声は広がる一方で、毎週安息日明けの土曜日夜に行われる市民たちの大規模デモに加え、イスラエル経済を牽引するハイテク業界のスト、さらにはイスラエル国防軍の戦闘機パイロット部隊予備役の訓練拒否宣言にまで反対運動が広がり、物議を醸している[★1]。
民主的に行われた選挙結果を受けて発足した新政権のはずなのに、なぜこれほど揉めているのか。簡単に言えば、それは収賄罪等で起訴され公判中のネタニヤフが、有罪判決から服役という道筋を避けるために、なりふりかまわず政権を奪い返す行動に出たことに起因する。
イスラエルでは、最高権力者の地位にある人物でも、裁判で禁錮や罰金の有罪判決を受け、実際に収監された例がある。モシェ・カツァブ元大統領は、部下の女性に対する強姦罪で起訴され、2011年に実刑判決が出された後に収監された。エフード・オルメルト元首相も、エルサレム市長時代の収賄罪で起訴され、結局最高裁で実刑判決が出て、2015年から収監されている。高い地位に就いていた政治家たちの相次ぐ収監に、当時のイスラエルでは「こんな人々を権力者の地位に就けていた国に住んでいることを悲しむべきなのか、いくら高い地位に就いていた人物でも法の裁きを免れ得ない制度を持つ国であることを喜ぶべきなのか」という、冗談とも本気ともつかない会話が交わされていたのを覚えている。この国のありようを悲しむにせよ喜ぶにせよ、複数の権力者が司法の前で、自らのスキャンダルを揉み消せなかったことは事実であった。汚職疑惑で起訴されたが無罪を主張しているネタニヤフとしては、彼らの例に倣って実刑となることだけはどうしても避けたかったのだろう。
イスラエルの国会(クネセト)は、議席数が120の一院制である。いわゆる右派と左派の二大政党が勢力を二分し、その間でユダヤ教超正統派の小政党がキャスティングボートを握るという体制が長く続いてきた。いずれの大政党も自分たちだけでは多数派になれないので、やむを得ず超正統派の宗教色が強い小政党の言い分を聞いて、ようやく政権を維持してきたとという経緯がある。だが時代が移ると、主張が細分化されて中小の政党が乱立するようになり、どの政党がどこと連立を組めば政権が成立するかが、選挙における主たる関心の焦点となった。中小政党の乱立は、イスラエル国民の考え方の多様性を象徴するという側面もあるが、政治的な不安定さの原因でもある。ネタニヤフ率いるリクードも、第一党とはいえ今回の選挙で32議席しか獲得できていない。
なぜ今回ネタニヤフは、数ある政党の中から危険な主張をする極右政党と連立を組まなければならなかったのか。ネタニヤフを党首とするリクード党がかつて連立を組んできた、比較的穏健な右派政治家たちの中には、ネタニヤフ個人を支持しないと表明した人々がかなりいる。だからこそ反ネタニヤフを旗印にしたナフタリ・ベネット/ヤイル・ラピード政権が2021年に誕生し、紆余曲折がありながらも1年半続いたのである。ベネットは宗教右派政党ヤミナ、ラピードは中道のイェシュ・アティッド(有未来)党の党首であり、彼らの政権には左派政党とアラブ政党も参加していた。政権復帰の機会を狙っていたネタニヤフは、この「極右から極左まで」と評された政権の脆い基盤の切り崩しに成功し、解散に追い込んだ。
その背景には、宗教右派政党ヤミナ党首のベネットが、反ネタニヤフを旗印として左派やアラブ政党と組み、連立政権を立てたことを「裏切り」と感じていた同党議員たちの存在があった。ネタニヤフはこうした議員たちの取り込み工作には成功した。しかし、反ネタニヤフを掲げる比較的穏健な右派と組む道はもはや塞がれていた。そのため彼は、従来連立を組んできたユダヤ教超正統派の政党(ベネット/ラピード政権時はネタニヤフと共に野党に回っていた)だけでなく、「極右」と称される宗教シオニズム諸政党とも連立を組まざるを得なかったのだ。これが「現政権の中で最も中道的立場なのはネタニヤフ」「ネタニヤフは保身のため極右政党の人質となった」等と評される理由である。
今行われている大規模な反政権デモは、新政権が推進する司法制度改革にノーを突き付けることを目的として始まった。この司法改革案は、法務相に任命されたヤリブ・レビンによって発表されたのだが、その内容を要約すると、国会(クネセト)で過半数の賛同を得られれば最高裁の決定を覆せるし、裁判官の選任に政府の意向を反映させられるということになる。民主主義社会における議会と司法の関係のあり方については諸議論があって然るべきだろう。この改革案には、あまりにも「左」に寄りすぎた最高裁の判断に縛られて自由な政権運営ができないという批判が常々為されてきたという背景もある。
だが憲法を持たないイスラエルにおいて、この改革が現行案のまま実現すると、選挙で勝った政権が多数決で国の重要事項を全て決定できることになる。しかも今回はネタニヤフがこの法案を盾に自らの汚職裁判から逃れようとする意図が明白なのに加え、極端な主張をする宗教政党が強い影響力を持った政権下のことでもあり、多くの人が民主主義の危機だと反対を表明するのもうなずける。カツァブ元大統領やオルメルト元首相が実刑判決を受けたのは、裁判所の権限が強かったからこそであった[★2]。なお、今回の選挙結果ではネタニヤフを推す右派が圧勝したという印象があるが、実際の得票数を見てみると勢力は拮抗している。また、選挙戦略を誤った反ネタニヤフ陣営の政党が多くの死に票を出した結果、議席獲得の最低ラインに達することができなかったという事情もある。
反ネタニヤフ陣営が得票数を議席に結び付けられなかった理由については、以下のような分析が為されている。まず左派政党同士の意地の張り合いで、共闘ができなかった。彼らの選挙キャンペーンは、理念に基づいて将来のヴィジョンを具体的に語るのではなく「私たちの民主主義は崖っぷちに立っているから助けて」という抽象的訴えに終始した。また凋落著しい労働党は、かつてのように政治的中道の立場の人々を取り込む方針は取らず、より左と見なされる方向に傾いていった。ベネット/ラピード政権において交通相を務めたメラブ・ミハエリ労働党首は、ヘブライ語の単語の男女双方の性を早口で同時に言う話法で有名である。たとえば「あなたたち(男性複数形)/あなたたち(女性複数形)はこのように考えている(男性複数形)/考えている(女性複数形)のか?」という話法である。同じ意味の単語が男女両方の性で繰り返されることによる冗長さは、早口にすることで緩和される。表立っては言わないものの、ヘブライ語の構造そのものを変えるような話し方を極端すぎると内心思っていた人々もいただろう[★3]。
労働党よりさらに左寄りで知識人御用達と言われる政党メレツは、低所得者層や地方在住の生活者たちの実感に寄り添わず、都市のエリート知識層に受け入れられそうな主張を繰り返すようになった。かつてパレスチナ和平を推進し、1995年に極右ユダヤ人暗殺者の銃弾に斃れたイツハク・ラビン首相(当時)は、積極的に地方の生活者と対話するようにしていたのに、今の左派諸政党はその種の努力を怠った。最初から話が通じる層、つまり宗教的な伝統には重きをおかない都市在住の世俗派の人々しか相手にせず、自分たちとは少し考えが違うが、やり方によっては自陣営に取り込めたかもしれない人々を視野に入れなかったのである。その結果「それで自分たちはラビンの正統な後継者だと名乗っていたのは、おこがましいにも程がある」との批判を受けることになった。
今回明らかになったのは、政治的には中道でありながら、ユダヤ人としての生き方はある程度守りたいという人々が相当数存在したということである。彼らが抱いていたのは、安息日や食物規定の遵守を無意味なものとして真向から否定することへの抵抗感や、非ユダヤ人や性的マイノリティの人々への対処についてのとまどいだったのかもしれない。そのような人々も、ゆるやかな変化や対話による部分的譲歩であれば、受け入れた可能性がある。だがかつては左派陣営として華々しく活躍していた労働党もメレツも、そのような人々に対する受け皿を提供できなかった。そして結果的に今回の選挙では、我々が目指す民主的な近代市民社会においては伝統的なユダヤ人としての生き方は不要だと言っているかのごとき主張か、さもなければ極右ユダヤ民族主義即ち宗教シオニズムか、という2つの選択肢しか示されなかったのである。
前述したように、今回の政権内には、大きく分けて2つのユダヤ教の宗教勢力が存在する。1つは従来からキャスティングボートを握ってきたユダヤ教超正統派の政党、即ちシャス(セファルディと呼ばれる中東系ユダヤ人が支持母体)とトーラーユダヤ教連合(アシュケナジと呼ばれる東欧系ユダヤ人が支持母体)である。彼らの関心は、イスラエル国内におけるユダヤ教の規定の遵守と、それに関連する自分たちの利権追求にある。具体的には、義務教育における宗教科目重視、超正統派ユダヤ人の兵役免除、子ども手当の増額(彼らは産児制限をしない多子家庭である)、安息日や食物規定遵守のための行動制限、性的マイノリティの排除等が挙げられる。彼らは自分たちの共同体内部でユダヤ教の規定を守るだけでなく、ユダヤ教の規定を重んじない世俗派ユダヤ人の生活をも規制しようとしてきた。
一例を挙げると、今回の政権発足直後に彼らが要求したのは、安息日における鉄道工事の中止であった。現在イスラエル鉄道は、全線電化のための工事を全国的に行っている。その工事が行われるのは、主としてイスラエルの公共交通機関が運休する安息日の間、つまり金曜日の夜から土曜日の夜にかけてである。彼らはそれを問題視し、安息日を遵守するためには平日に列車を運休させて工事をすべきだと主張した。平日に列車が運休になると、人々は自動車やバスを使わざるを得ず、交通渋滞がより酷くなり、経済活動に影響が出るのは明らかだ。ユダヤ教には人命に関わる事態の場合は安息日を破ってもよいという規定があるのだが、この安息日の鉄道工事がそれに適用されるか否かが論点となった。世俗派ユダヤ人にとっては、毎日鉄道を使って通勤通学しているわけでもないユダヤ教超正統派の政治家に、自分たちの生活に直結する平日列車運休のような無理な要求をされるのは、我慢ができない事態なのである。
もう1つは、今回大躍進した宗教シオニズムを掲げる政党である。彼らは「神から与えられた土地」であるイスラエルのユダヤ国家体制を維持することを重視し、自らの宗教的信念に基づいて西岸地区(パレスチナ)におけるユダヤ人入植地の拡大を目指している。オスロ合意に基づく2民族2国家の原則によるパレスチナ和平には反対であり、自分たちの主張を実現するために、国防省や警察行政に関わる権限も要求している。このような過激な主張をする党であるユダヤの力党首イタマル・ベングビールは国家治安相、宗教シオニスト党首ベツァレル・スモトリッチは財務相ポストと兼務で、国防省内に新設された「第二国防相」というポストを獲得した。
イスラエルでは、重大な責任を負う政治家は、それなりの軍歴がないと信頼を得られないことが多い。ネタニヤフもイスラエル国防軍のエリート部隊出身である。だが宗教シオニズムを掲げる政党の党首たちにはそのような軍歴がなく、現場を知らない政治家が理念だけで強硬に国防政策を遂行することへの懸念が語られている。その一方でユダヤ教超正統派は、基本的に現代の国民国家イスラエルを認めていないので、この点で宗教シオニズムとは立場を異にしている。
宗教シオニズム政党はまた、エルサレム旧市街に位置する神殿の丘/ハラム・アッシャリーフでのユダヤ人の祈祷の権利を主張する。ここはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地ではあるが、複雑な歴史的背景に由来する「現状維持」の原則が守られており、現在その場所で祈祷ができるのはイスラム教徒だけである(ユダヤ人とキリスト教徒は立ち入りのみ許可)。宗教/祈祷の自由を掲げてその「現状維持」の原則を動かすことは、大きな紛争の呼び水となるだろう。またこのような彼らの主張は、自らの宗教的信念に基づいてそこでの祈祷は行わないとするユダヤ教超正統派の立場とは、真向から対立するものである[★4]。
ここで改めて浮上するのは、「宗教的」という語の内実は何かという問題である。ユダヤ教超正統派にとって重要なのは、ユダヤ人がユダヤ教の規定を遵守して生活し続けることである。その目的のためには、考えを異にする世俗派ユダヤ人の生き方に介入してはばからないし、それを推進するための政策遂行を要求する。宗教シオニズムを信じる人々にとっては、現代の国民国家イスラエルをユダヤ人国家として堅持するだけでなく、その領土を「神から与えられた地」にまで拡大することが、宗教的信念である。その国土におけるユダヤ人の優位性は揺るがない。ネタニヤフ自身は世俗的な人物であり、どちらの宗教的信念にも与しないだろうが、政権維持のためには、方向性を異にするこれら2種類の宗教政党の極端な言い分をある程度までは受け入れざるを得ない。
極端な言い分というのは、宗教シオニズム政党がパレスチナ人の存在はもとより、イスラエル国民の約3割を占める非ユダヤ人の立場をないがしろにしているからである。宗教シオニズム政党支持者が口にしてはばからない人種差別的スローガンは、決して認めることはできない。またいずれの宗教派政党も、性的マイノリティの権利については否定的で、公教育に彼らの思想が持ち込まれることは近代市民社会に対する挑戦である。つまり現実に立脚するのではなく宗教的理念に基づいて為される彼らの主張は、多くの国民の生活実感とは相容れないのである。このような宗教政党の影響下で、最高裁判断がないがしろにされ、国会(クネセト)の多数決で国の全ての方針が決まっていくことになると、今までの自由な市民生活が激変するかもしれないというのが、反対運動を行っている人々の偽らざる懸念である。これまではその抜群のバランス感覚と人心制御術で「起き上りこぼし」と評されてきたネタニヤフだが、自らの汚職裁判を抱えつつ、この状況をどう乗り切っていくのか。
私の周囲でも、世間話の中で、資産や住居を海外に移す計画が語られ始めている。高騰を続けてきたイスラエルの不動産価格も、この不安定な国内情勢を受け、上げ止まりから下降へ向かうのではないかという予測も囁かれている。イスラエルの好況を支えるハイテク業界への海外からの投資が、この法案がこのまま通ると引き上げられるだろうという説もある。ネタニヤフは多くの問題を抱えた政治家であるが、近年のイスラエルの経済発展をもたらした功績は確実に彼に帰すると言ってよい。またトランプ米大統領(当時)の立ち合いの下、アブラハム合意(UAEに始まり、バーレーン、スーダン、モロッコとイスラエルとの関係正常化)を実現したのもネタニヤフである。イスラエル人観光客がドバイに大挙して押し寄せる風景は、数年前までは想像すらできなかった。この歴史的合意を成し遂げたネタニヤフにとって、イスラエルの経済的停滞や下降は、その可能性が予測されること自体がすでに一種の敗北であろう。
司法制度改革反対運動の激化と共に、反対派と賛成派の間に憎悪の感情が高まる中で、罵倒の応酬のみならず、暴力的な要素が入り込む萌芽もある。緊張を保ちつつも何とか共存してきたイスラエル国民の各集団の間の亀裂が修復不可能になるかもしれないことを憂えて、「私たちはただ意見が異なっているだけであることを忘れないように」という警告が、良心的市民の間から出始めている。国内世論が大きく割れた状態が続いていると、それを好機として外側から揺さぶりをかけてくる勢力もあるだろう。
イスラエル社会は、コロナ禍においてもハイテク業界が牽引する好況を謳歌してきた。しかし今、第六次ネタニヤフ政権下で岐路に立っているのかもしれない。
追記(2023年3月30日)
政権発足時から12週間に亘って続けられてきた司法制度改革反対デモは、法案成立予定の3月末が近づくにつれ参加者が増大した。予備役兵の応召拒否運動も拡大し、国中が緊迫した雰囲気に包まれた。ちょうど、イスラム教のラマダンが始まると同時にユダヤ教のペサハが目前という、ただでさえ治安が不安定になる時期である。国防軍や治安維持に携わる人々の間にある分断は、国の存続にとって致命的ともなりかねない。
3月25日夜、与党リクード所属のヨアブ・ガラント国防相はこの状況を受け、自らの政治生命を賭けて、司法制度改革プロセスを一時中止することを呼びかけた。外遊中だったリクード党首ネタニヤフ首相は、26日に帰国するや閣議にかけることなく一存で、ガラント国防相の罷免を発表。これが国民から「一線を越えた」と捉えられ、その夜イスラエルの世論は大きく動いた。
未明まで全国的な反政権デモが続き、翌27日には労働者総同盟(ヒスタドルート)が歴史的な大規模ストライキを決行した。このストは、いわば市民側が出した緊急事態宣言のようなもので、経済界(主要銀行、ショッピングモールや大手チェーン店の経営者)、法曹界、教育機関、基幹病院、空港、そして在外公館のような政府機関に所属する人々さえ参加する前代未聞の規模で行われた。空港の機能がいきなり停止して大混乱となった一方で、国内公共交通機関はデモ参加者の移動の必要もあってか機能しており、列車の増便もあったらしい。
一時は政権崩壊の危機かと思われたが、与党内の意見を何とかとりまとめたネタニヤフ首相は27日夜、司法制度改革プロセスの一時中止を宣言した。与党内の一時中止反対派を説得するために、ネタニヤフ自身が大規模ストの計画に関わったという報道も為されている。野党党首たちはこの宣言を歓迎し、今後改革案修正に向けた話し合いが大統領官邸で持たれることになった。だがそれ以外の具体的なことは何も決まっておらず、双方が合意できるような修正が可能かどうか不明である。また宗教シオニズムを掲げる「ユダヤの力」党首のベングビール国家治安相は最後まで一時中止に反対していたが、ぎりぎりのタイミングで同意と引き換えに、自らが直接権限を握る治安部隊創設の約束をネタニヤフ首相から取り付けた。
ベングビールは、過激なユダヤ民族至上主義を掲げる政党カハ(現在は消滅)の元メンバーで、人種差別的主張で有罪判決を受けたこともある。このような思想背景を持つ人物による治安部隊の私物化は、今後の大きな懸念となっている。これからの展開を注視していきたい。
★2 今回の司法改革で恩恵を受けられそうなのは、ネタニヤフだけではない。ネタニヤフは政権に加わることが決まっていたアリエ・デリ内相兼保健相(超正統派政党シャス党首)を罷免したが、これは過去の脱税での有罪判決を理由にデリに閣僚資格はないとした最高裁判断に従ったからである。ネタニヤフは、この最高裁判断はシャスに投票した有権者の意志を尊重していないと批判し、デリを閣僚復帰させる道をさぐると言う。
★3 ヘブライ語ではその文法規則上、名詞、形容詞、動詞には、それぞれ性(男性形と女性形)と数(単数形、複数形、双数形)がある。たとえば「敬愛する学生たち」と言う時は、従来であれば男性が多い場合は男性複数形の「敬愛する」と男性複数形の「学生」と言っていたのだが(女性が多い場合は女性複数形の「敬愛する」と女性複数形の「学生」を使うことになっていたが、それを厳密に守るのは現実的には困難だった)、ミハエリは男性複数形「敬愛する」女性複数形「敬愛する」男性複数形「学生」女性複数形「学生」を早口で一挙に言うことを自ら実践することで、この問題に一つの解を与えた。だがこの話法も、書き言葉としては実践できても、日常会話として用いるには難しい。
“Merav Michaeli must take responsibility for failing Labor – editorial” The Jerusalem Post, November 6, 2022. URL= https://www.jpost.com/opinion/article-721563
★4 エルサレムのこの場所の複雑な性格については、以下の論考が示唆に富んでいる。
池内恵「エルサレム『神殿の丘』の宗教と権力」、『増補新版イスラーム世界の論じ方』、中央公論新社、2016年、438-446頁。
大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。著書『古代イスラエルにおけるレビびと像』、『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルにおける日常生活』、『ヘブライ語のかたち』等。テルアビブ大学東アジア学科日本語主任。