当事者から共事者へ(13) 共事者の居場所|小松理虔

初出:2021年9月21日刊行『ゲンロンβ65』

 前回の寄稿、リア充をめぐる文章に★1、多くの感想をいただいた。自分も似たような悩みを抱えていた。息苦しさを抱えていた。だからリケンさんの文章に共感した、というような感想が多かったように思う。社会から「マジョリティ」とされる人たちにも息苦しさがあるということだろう。しかし、マジョリティと自覚するからこそ、語ることを自重し、耐えてきた。それこそマジョリティの役割だと言われてしまえばそれまでだが、さまざまな生きにくさや困難がある時代、自分の弱者性・被害者性に触れる機会もなく、誰かに聞いてもらう機会も失ったまま、一方的に社会の側から「強者であること」を背負わされ、それに耐えられず、他者に対して負の感情をぶつけてしまう人も、あるいは少なくないのかもしれない。

 今回の体験を通じて感じたことは、自分のアイデンティティの一部が崩れるようなショッキングなことが起きたとしても、辛さや悩み、ネガティブな感情も含めて(社会的には正しくなかったかもしれないが)自分の内面を吐露し、誰かから感想をもらったり、働きかけられたりすることで、以前よりも手応えのある自分が立ち上がり、何かを引き受ける力が生まれ得る、ということだ。

 思い返せば、件の「小松さんには賛同できないコメント」以降、ぼくのシラス配信には不思議とコメントが多くついた。しかしそれでいて何百人も見ているというわけではなく、おそらく視聴者のほとんどはチャンネル購読会員だろうから、空間は適度に閉じてもいる。その適度に閉じた空間に、会員から盛んにコメントが寄せられたことで対話空間が生み出され、図らずもそれが「オープンダイアローグ」のような機能を立ち上げたのかもしれない。もしかしたら、ぼくの配信は図らずも「ケア」の空間を立ち上げてしまっていたということか。いや、それはさすがに拡大解釈だろうが、みなさんがぼくに「共事」してくれていたことは間違いない。そしてその「共事」の働きかけがぼくを成長させ、鋭い論考を書かせた。前回のテキストが秀作だったのだとすれば、それはみなさんの力によるものだろう。この場を借りて感謝!

 

 さて、言葉が出てきたついでなので「オープンダイアローグ」から本稿を始めようと思う。オープンダイアローグは、フィンランドで始まった、精神的な疾患や障害のある人たちに対する療法のひとつだ。患者の関係者が集まって全員参加で対話をするという極めてシンプルな手法として知られ、これまでは投薬が中心だった統合失調症の治療が対話だけで解決できるということで近年、さらに注目を浴びている。たとえば、精神科医の斎藤環さんは、インタビュー記事のなかで、オープンダイアローグについてこう語っている。

対話の目的は、対話を続けることそれ自体です。相手の気持ちが変わる、結論が変わる、選択肢が変わることを目指すのは対話ではありません。[中略]主役は主体であり周囲はそれに対して感想などを返していきます。そうするうちに、中心にいる患者の症状が消えていくというわけです。★2

 もちろん、むやみに一般化することは避けねばならないが、あのコメントに対するぼくの怒りや葛藤を吐露する場が、「独白」ではなく「対話」だったのがよかったのかもしれない。ぼくのシラスチャンネルなので、いつもはぼくの独白で終わるが、地元の先輩である猪狩さんや江尻さんが助け舟を出してくれ、若い世代の久保田くんが別の角度から違った考え方を提示し、さらに、みなさんから寄せられた多様なコメントが「加害者-被害者」という関係を解体してフラットな対話空間をつくり出してくれた。それによってぼくの意識に変化が生まれ、怒りや葛藤がうまく言語化されたことで、ぼくは感情を自分の「外」に出すことができた。そのことが、自分の苦しみが何によってもたらされていたのかを客観的に振り返り、「闇」を自分なりにクリアにすることにつながった。そう解釈できないだろうか。

 自分の苦しみを、まずは聞いてもらえる。それによって心の苦しみが少しずつ癒されたり、また明日からがんばろうと思えるような力になる。そういうことはぼくたちの暮らしのなかでも頻繁に起きることだ。対話が生まれるような場所は地域にも求められてきた。たとえば東日本大震災直後、地域に小さなコミュニティができた。自分の苦しみや困難、辛さ、悲しみを聞いてくれるだけで楽になった、語ることで救われた、なんて話をあちこちで耳にする。このコロナ禍における「リスク・コミュニケーション」の文脈でも同じだろう。どれほど目の前の人が「非科学的」な意見を発しているとしても、「あなたは非科学的だ」と指摘するだけでは不十分だ。相手の悩みや不安、懸念がどこにあるのか見極めるべく、いったんは意見を受け止めることが必要だというのは、少なくない専門家が指摘するところだ。

 シラスでのやりとりも、それにも似た話かもしれない。みなさんが、ぼくの意見をつぶそうとせず、まずは吐露する機会を与えてくれ、その後に、多様な意見を交わし合う。そういう関わり方がぼくの回復につながったのだとすれば、やはり、シラス配信の「オープンダイアローグ性」は、あながちこじつけとも言えないのではないか。

イノセンスを表出できる場所

 本音を吐き出せる場所は、ぼくが体験したように「ケア」にもつながる。しかし一方で、同じような意見だけが集まれば、異なる意見が排除されたり、場合によっては「カルト」的な言論空間をつくり出してしまうこともあるだろう。「つらい」という思いを、傷を舐め合う方向でもなく、いたずらに共感を増幅させる方向でもなく、回復につなげていくことは、どうすれば可能なのか。そんなことを考えるために、ぼくがひと月ほど前に参加した、とあるイベントへ寄り道してみたい。

 

 8月、福島の白河市で開催された「白河若者会議」というイベントに参加した。大学生や高校生たちが企画したシンポジウム形式のイベントで、今回のテーマは「分断をこえる新しい地域のひらき方」。白河出身の大学生、白河市長、さらに、スウェーデンの若者政策の研究者とぼくの4人で討議するという内容だった。「若者会議」というとなんとなくキラキラしたイメージを持つ人もいるかもしれないが、白河の若者たちはここ数年、非常に「尖った」テーマを掲げて活動してきた。たとえば、今年3月に開かれた前回のテーマは「復興を背負わされた若者たち」というものだった。若者たちを「復興の未来」として動員してきた大人たちに対するある種の批評に思える内容だ。毎回、学生たち同士で慎重に討議し、専門家たちも交えて対話の場をつくり続けてきたという。

 今回の会議では、白河出身で、現在は東京大学で社会学を学ぶ小林友里恵さんの発表が大変印象的だった。テーマは、福島に生まれている若者たちと大人、地域の分断について。以下、小林さんの問題提起を簡単にまとめてみる。

 大人たちは、若者たちに「地域に出よう」とか「社会課題に関心を持とう」というようなことをしばしば口にするが、若者たちは「自分には関係がない」「自分たちのせいじゃない」と考えてしまう。なぜか。小林さんは、若者や教育について多くの著作を持つ評論家、芹沢俊介さんが提唱した「イノセンス」の概念を用いて解きほぐしていく。芹沢さんによれば、子どもたちは誕生するとき、本人の意思とは関係なく、ある意味で暴力的にこの世に産み落とされる。つまり子どもは根源的になんら自己に対して責任がない「イノセント」な存在だ。しかし、子どもは成長の過程で誕生という暴力を受け止め、自己の存在に責任をとっていかなければいけない。そのためには、他者から自己の存在がまるごと受け止められる体験が必要だ。そうでなければ、子どもはイノセントな自己から脱皮できず、自らの責任の主体となることができない。それが芹沢さんのイノセンスの概念だ。

 小林さんは、このイノセンスの概念を、福島の若者たちにも当てはめていく。若者たちはイノセントであるがゆえに、復興とか社会課題なんて関係がない、自分たちに社会課題の責任なんてないと考えてしまう。しかしそれは自然なことであり、大事なことは若者たちがそのイノセンスを乗り越えることだ。そこで鍵を握るのが、自分の存在が丸ごと許容される場所、自分が存在していていいんだと感じられる場の存在だ。若者が、「若者」としてではなく、名前を持った固有の存在として社会に存在できるようになって初めて、彼らは自らのイノセンスを解体できるのではないか。必要なのは、若者たちを、大人たちがつくった「被災地の若者」という役割に当てはめることではない。若者自らが社会に対して自由に意見を表明できる場をつくることだ。

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1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。2018年、『新復興論』(ゲンロン)で大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。2021年3月に『新復興論 増補版』をゲンロンより刊行。 撮影:鈴木禎司

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